私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』

2010-03-31 09:22:19 | 日記・エッセイ・コラム
 この本を書き上げる前に病気の身になってしまいまして些か苦労しましたが、いろいろな方々からのお力添えのお蔭で、出版に漕ぎ着けることが出来ました。厚く御礼申し上げます。このブログの読者から頂いた励ましのお言葉にも心から感謝しています。
 広告や書店の店頭で本書が皆さんの目につく可能性は限りなくゼロに近いと思われますので、以下に『アメリカン・ドリームという悪夢』の目次を掲げさせていただきます。
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はじめに 「アメリカ」は変わるか、変わらないか?
第1章 オバマ現象 
「オバマ現象」とは/二〇〇四年の民主党全国大会での基調講演/人種偏見の免罪符/オバマ新大統領の勝利演説/アメリカの新しいブランド《オバマ》/そんなにスゴーイことなのか
第2章  アメリカン・ドリーム 
アメリカン・ドリームを取り戻す?/アメリカン・ドリームとは?/フォードランディア/マーチン・ルーサー・キング・ジュニアの《夢》/キング牧師の「ホープ」、バラク・オバマの「ホープ」/歴史的に見てアメリカン・ドリームは役に立ったか?
第3章 アメリカ史の学び直し 
なぜアメリカ史の学び直しなのか/二組の「父祖(ファーザーズ)」/感謝祭/ジェームズタウン、ヴァージニア植民地の始まり/クレヴクールの『一米国農夫からの手紙』/白い奴隷、白いインディアン、黒い奴隷/アメリカ独立宣言
第4章 文人たちのアメリカ 
文学とアメリカの鏡/トクヴィル、ホイットマン、アレント/トクヴィルとインディアン/ホイットマンとカスター将軍/自然と人間/ホイットマンとオセオーラ/アレントの革命論/メルヴィルとアメリカ/ジョン・モードック大佐の物語/シルコウと『死者の暦』
第5章 ブッシュ、オバマ、そしてアメリカ 
プラトンの「魂の中の嘘」/フルブライト症候群/何がアメリカを動かしているか/ライト・ミルズの『パワー・エリート』/誰がバラク・オバマを大統領にしたか/バラク・オバマの「不正直」、嘘と本音/オバマ大統領の平和賞受賞講演/アメリカン・ドリームという悪夢
終わりに ブログ『私の闇の奥』
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 アメリカの過去と現在の動向について、オバマ大統領について、本書で述べた判断と推測は、執筆後もますます確かさを増していると感じています。ハイチとアメリカの関係については、本書の中でも少し取り上げはしましたが、それは今年1月の大地震以前でした。震災をきっかけに開始されたオバマ政権の動向には、我々の背筋を凍らせるに十分な恐ろしい残忍さがあります。コロンビアに続いて、ハイチの属国化の動きです。ハイチの黒人大衆が願う自由独立の国ハイチに対する事実上の死刑宣告といっても、あまり過言ではありますまい。オバマ大統領は、アメリカのこのラテン・アメリカ外交攻勢政策の自発的執行者(a willing executor)であります。いや、むしろ自発的死刑執行人(a willing executioner)と呼ぶべきかも知れません。バラク・オバマという人物について、アメリカでも、日本でも、いわゆる“進歩的”な人々の間で誤った見方が広く見られます。「バラク・オバマは幾多の進歩的政策の実施を公約に掲げ、それで選挙戦を勝ち抜いてホワイトハウス入りを果たしたのだが、いざ公約を実行に移してみようとすると、反動勢力の抵抗が強く、思ったように動けないで苦悩している」という弁護的な見方です。これが根本的に誤った見方である事を、拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』で説明しましたが、オバマ政権のハイチ政策を見ていると、私の確信はいよいよ固くなるばかりです。アメリカの医療保険制度についても、「オバマさん、ここまで良くやった」という賞賛の声が上がっていますが、これが二重唱であることを聞き分けなければなりません。一つは、選挙運動でオバマさんを一生懸命持ち上げた浅薄な進歩派の人たち、もう一つは、大保険会社と大製薬会社からの声です。これらの業界からのオバマ大統領への褒め言葉は彼等の株価の目立った上昇に示されています。1500頁に及ぶ複雑なこの法律が全面的に機能するのは4年後、次の大統領選挙の後ですが、その間にも、不備な医療保険制度のために沢山の貧困者が死に続けることでしょう。今度の改変はアメリカの医療保険制度問題の根本的解決には全くなっていない、というのが私の判断です。問題は必ず再燃すると思います。オバマ大統領のいわゆる「核兵器のない世界」の提言の虚偽性についても同じです。これは、アメリカ合州国の道義意識とは何の関係もない、アメリカ合州国のセキュリティの問題です。はっきり言って、これはイランをどう押さえ込むかの問題です。イラン問題を、アメリカの問題ではなく、全世界の問題であるかのように仕立てようという手口は、アフガニスタン、イラクの場合と全く同じです。アメリカとイスラエルによる対イラン軍事作戦が始まらないことを切に祈らざるをえません。誠におこがましい言い方ですが、私が新著で描いた予言的ベクトルの向きの正しさについては、ますます確信を深めているところです。
 しかし、その一方で、著者としての浅学を恥じる気持ちも大いに募っています。拙著では、アメリカの原罪として、先住民に対して犯した罪と黒人に対して犯した罪の二つを挙げ、第一の原罪、インディアンに対する犯罪の記憶、がアメリカ人の深層心理の底にマグマのように存在すると書きました。私も、自分なりに広く勉強し、よく考えたつもりでしたが、そこは孤立した独学者の悲しみで、例えば、アメリカの西部神話に関する最重要な著作の一つであるらしいリチャード・スロトキン(Richard Slotkin)の三部作も、拙著の校正が終った後でその存在に気がついて、勉強を始めたような次第です。アメリカについては、まだまだしっかり勉強を重ねなければなりません。最近の話題の映画『アヴァター』も、病身のため映画館に行く事がかなわず、未だ見ていません。将来の課題です。

藤永 茂 (2010年3月31日)