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生きること:過去と未来とエスペラントと

畑へ:’24-7-14

2024-07-15 06:14:08 | 日記:Taglibro
 畑近くまで行ったところ、ジャバジャバと激しい雨が降りだした。駐車場でしばらく待ったが晴れそうもないので畑仕事はしないで帰宅しました。

 来日したらベジタリアンであることを少し休むと書いてきた孫娘Eの話です。

 先日は、コペンハーゲンに旅行したのですが、今週はプラハに行くと書いてありました。

 コペンハーゲンに行くと聞いた時、私が初めてコペンハーゲンに行った時のことを思い出しました。1993年、ベルゲンでのエスペラント大会後にスカンジナビア半島を旅し、スウェーデンのヘルシンボリのエスペランティスト・エリザベス・オーバン夫妻のところに数日泊めてもらいました。フランス人のモーリスは毎年夏に数週間夫妻のところに滞在するとかで一緒でした。デンマークに行ったことがあるかと聞かれてないと答えると、車で連れて行ってくれました。その話を少しメールでEに話しました。

 今度はプラハか!

 プラハにも思い出がいっぱい。友人たちに案内されて、大会の空き時間にたくさん歩きました。その中からレストランの話をEに書いたのです。

 汽車で行くとしたら、私が滞在し、森を歩かせてくれた友人の住んでいた街の近くも通るかもしれません。その街の話とプラハでの経験を少し書いて送りました。

 大会前日、一人でプラハを歩きカレル橋に来たときでした。女性に声をかけられました。夕食はどこで食べますかと。良いレストランがるのでご一緒しませんかということでした。レストランなら危ないこともないだろうと彼女についてゆきました。カレル橋近くのビルの2階か3階にあるレストランで、ヴァルタバ川が眼下に見えました。くれてゆく川面を眺めながらチェコで初めて夕食を食べました。支払いは私がしましたが、日本円にしたら3千円弱でした。料理はチェコ料理クネドゥリーキだったかもしれません。大会開会場でエスカレーターで上がって行く時下りてくる彼女とすれ違ったのですが、彼女は気が付きませんでした。

 それからチェコが誇る作家・ハシェックの行きつけのレストランに、散歩の帰りに2度ほど行きました。そんな話を少しばかりEに書いたのです。

 その後にふと思ったのです。エスペラントが素晴らしいと理論的に話すよりも、思い出を語る方がエスペラントが私の人生にどれだけ色どりを添えて、豊かにしてくれたかがわかってもらえるのではないかと!

 また機会があったら、思い出を沢山伝えようと思ったのでした。
 
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