赤谷山山頂です。
令和5年9月23日から24日
赤谷山。どこにある山かご存知ですか。
北陸、富山の名峰・剣岳に連なる山で「剣ダンチョネ節」に「剣見るなら赤谷尾根でよ」と詠われた山です。
この歌詞に惹かれて赤谷山にきました。
しかし、無名の赤谷山ですが麓の馬場島から頂上までは標高差1,500mあり、穂高に例えれば横尾から奥穂高岳や槍ヶ岳を1日で往復する距離さらに登山道も整備されていませんからたやすい山ではありません。
この辺りでは「谷」を『たに」ではなく「たん」と発音します。
『えぇー、広島から来たの・・、こんなしょうもない山に・・・登る山はたくさんあるのに・・・」
ブナクラ峠で出会った地元山岳関係者の言われた言葉でした。
「剣岳は何回も来ました。高齢なので最後にここから剣岳を見たくて来ました。」
「案内しましょう」とは言われませんでしたが内心では我々の意図が分かり、「よくぞきくれた。」と嬉しかったのではないでしょう。
笹薮をかき分けて登つていると後から追いついてこられ、反対側の猫又山の山頂のカールのことを話されました。
更に、迷わないように道しるべのピンクのテープを目印につけて先に行かれました。
お陰で迷わずに山頂まで登れました。
頂上で待っていていただき景観を説明していただきました。
本当にありがとうございました。
また山頂では長時間待っておられ、後立山連峰などの展望を説明していただきました。
確かお名前は「富山の山田さん(?)とお聞きしましたが、本当にありがとうございました。
後日調べてみれば、YAMAPの「お近くにいた人」として「トトルル」さんとして登場されている方でしょうか。
それにしても山の神様は素晴らしい演出をしてくださる。
頂上に着いて初めて剣岳の雄姿が見れる。
途中では全く姿が見えずまだかまだかと気をもませたが、最後に頂上の平坦部に着くと突如として姿を現し憧れた気持ちを一気に爆発させる。
大感激でした。
本来なら予定が大幅に遅れており途中で中止、撤退の判断をすべきところですが仲間の力量がわかっていたからこそ出来た1日の行動時間過去最長の16時間52分という記憶に残る山行でした。
通常の歩行時間の50%増しの時間でした。
私のわがままで本当にご迷惑をお掛けしました。
第1日目
福山東IC 5:30==13:22立山IC 食事、明日の下見をして馬場島荘 距離585㌔
第2日目
馬場島荘 3:11・・・8:11ブナクラ峠8:42・・・11:48赤谷山12:30・・・14:56ブナクラ峠15:18・・20:03馬場島荘20:30=(「湯めごごち」(0764-64-2600)にて入浴、食事)=立山IC23:00
YAMAPの記録では。「時間16:52、距離15,5キロ 上り1650m、下り1648m ペース70から90、ややゆっくり」
第3日目
福山着7:30(山陽自動車道、赤穂トンネル通行止めのため1区間迂回)
今回のメンバはいつもの通りですが各人多忙のためか年1回の同窓登山です。
今回は1人新人が加わり7名(男4人、女3人)です。
但し、今回は私が6月に変形性膝関節症になり歩けるかどうか懸念されましたが筋トレに励み何とか間に合いました。
ひざ痛はその日、その時調子次第で時間の予測が立ちませんでした。
過去の記録や、YAMAPの記録を参考に計画しましたが不安でした。
そのようなわけで出発は午前3時。星がきれいでした。
工事現場ハウスのある登山口までは舗装道路を歩きます。
ここで最初に堰堤があり長い鉄製の梯子をのぼることになっていたが今は「大ブナクラ谷復旧工事」の仮設道を上る。かなり上ると右側に登山道の入口らしきものが見える。
工事の看板で登山道の標ありませんがここが登山口です。
帰路、この標識に「赤谷山登山口」のテープを貼り付けました。
中間点の岩小屋です。
川に沿って登山道が作られています。時には川の中を歩くところもあります。
目印は大きな岩小屋、10人くらい入れそうです。
ここが登山口とブナクラ峠の中間地点。
きれいそうでも浄水器を使用しました。
戸倉沢(1400m)で水補給。
浄水器で谷川の水を補給。今は便利なものがありますね。
熊鈴はストックのベルトにつけるとよく鳴ることを学びました。
中央部がブナクラ峠、左がごろ石帯です
ゴロ石地帯を乗り越えると峠に出ます。
ここまで登ってきた方はみんな猫又山の方に上られました。
ここから赤谷山までは文字どうりの藪漕ぎの連続でした。
地元の方が登らないわけが理解できました。
笹が生い茂り道がわかりません。
両手でかき分け、踏み跡を確かめて歩かねばなりません。
一面の笹原にピンクのテープがあればそこは転換地点、ササをかき分けて踏み跡を捜します。助かりました。
まっすぐ直進すると違った方向に行き迷いますので。。。
谷筋を詰めるとようやく尾根に出ますが山頂はまだまるか遠方。
過去の記録では、がれ場でロープが必要な個所が3か所と書いてありましたが現在はそこを通行せず、横の笹原に迂回路が作られていましたのでロープは必要ありませんでした。
ただひたすらに急な笹原を上ると平坦地となり山頂標識とお地蔵様がおられました。
目の前には剣岳の大きな山塊とその手前に池の平山の山塊その間の谷間が小窓と大窓です。
剣岳にはもう20回近く登りました。
別山尾根,長次郎谷,源次郎尾根、八ッ峰,チンネ、池ノ谷、早月尾根、北方稜線、何度も登りました、何回もビバークしました。
その都度、いろいろな困難課題もありましたがそれらを克服しての登山ですから感激もひとしおでした。
今、目の前に私を鍛え育ててくれた剣岳の峰々を見ると本当にありがとうございましたと深く頭を垂れる。
今回登れたのも仲間のご支援の賜物です。本当にありがとうございました。
仲間が言う。
「今回の登山も最後まで長時間登山という課題を与えてくれて、いかにも剣岳らしい登山でした。」
剣ダンチョネ節
1, 夢に描いた、剣の山によ
意気と力でね ぶちあたる よかね
2, 剣見るなら 赤谷尾根でよ
大窓小窓にね 三の窓 よかね
3,窓に数々 窓はあれどよ
剣の大窓ね 日本一 よかね
以下省略
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