江戸糸あやつり人形

江戸時代から伝わる日本独自の糸あやつり人形。その魅力を広めるためブログを通して活動などを報告します。

堕ちた文楽

2012-03-21 23:16:12 | 劇評・他
先日、平家物語は平家を良く書いていないと言った人を、テレビで見かけた。
しかし「耳なし芳一」には、涙を流しながら平家物語に聞き入る平家人々のの様子が
書かれている。
平家物語は、悲劇であることが大切なのではないだろうか。

義経千本桜の「すし屋の段」を読むと、やはりそこに行き着く。

平家一門が滅んだ後一人残った平維盛(たいらのこれもり)、
その彼の父に恩ある鮓屋の弥左衛門にかくまわれ、町人姿になっている。
義太夫に「利口で伊達で、色も香もしる人ぞしる優男(やさおとこ)」とある。
今で言うところの草食系といったところか。
ともかくいい男。
だから鮓屋の娘に惚れられてしまった。
維盛には妻子があるが、手紙を出したくてもすぐそこまで源氏の手が伸びていて、
落とすのが恐い。
娘の恋路につれなくしては、助けてもらった弥左衛門に申し訳ないと、
仮祝言は挙げたが、娘に身分を明かせば、嫉妬から漏れる危険がある。
八方塞の苦境に置かれている。

そして本祝言という日を迎える。

文楽のDVDを見た。
余りにもずさんな芝居に、唖然としてしまった。

本祝言というので、娘は布団に入って待っている。
惚れて、惚れて、惚れぬいた男に初めて抱かれるのである。
維盛は隣の部屋にいる。
ならば男が布団に入りやすいように、そちら側を空けて寝るのではないだろうか。
しかも、期待と喜びと、初めてだから緊張に包まれている娘である。
私が人形を遣うのなら、仰向けに寝かすであろう。
ところがDVDでは、維盛のいるほうに寝て、しかも彼に背を向けているのである。
これでは一緒になって何年にもなる、草臥れた夫婦のようだ。
人形の遣い勝手もあるのだろうが、何とかならないものであろうか。
この人形遣いが大スターだけに、始末が悪い。

ここに、維盛の妻子が偶然尋ねてくる。
人づてに聞いて捜しに出たが、源氏に見付かり、伴は討ち死に、
妻子は命からがら逃げ、道に迷い、やっと人家を見つけたら、維盛がいた。
ところがこのDVD、源氏に追われているとか、道に迷った緊張感はまるでなく、
子どもを先頭に普通に出てくる。
幼子である。緊迫した状況では、母親が連れて出るのが当然だろう。

そして維盛と出会い、ともかく部屋の中に入れるのだが、
義太夫が「まずまず内へ」と語る前にずかずか子どもを先頭に妻子は入ってしまう。
しかも娘が寝ている部屋の傍まで行くのだから、娘に気付いても可笑しくない
距離なのだが、まるで気付く気配はない。
義太夫の段取り通り、維盛の町人姿を問うあたりで気付くのだが、
見ていて気付く動機や必然性が全く見えなかった。

妻に責められ、八方塞の胸の内を語るのだが、
義太夫がいけない。
武士だからという考えなのかもしれないが、
武張り過ぎて全く胸の内が聞こえてこない。
それどころか、浮気の現場を女房に押さえられ、開き直って威張っているようにしか
聞こえないのだ。
一緒に見ていた人が「悪い男やな」と言った気持ちがよくわかる。
これでは芝居にならない。

娘は維盛の胸の内を聞いて、こらえきれずに泣き出し、
3人のところに行って申し訳を語る。
その時妻子はずかずかと、娘の寝ていた部屋に入っていくのだ。
訳がわからないと思っていたら、なんとその後で”クドキ”があって
大スターが大きく人形を遣うから、場所を開けたとわかった。
この後源氏の役人が来ると知らせが入って、維盛は切腹しようとするのを
妻と娘が止めるのだが、その様子が本妻と妾にしか見えなかった。
娘は生娘である。
生娘ならではの皮膚感覚や距離感が丸で出ていない。

これで世界遺産なのか・・・

我が家に歌舞伎のビデオがあって、維盛を、先日亡くなられた芝翫さんや梅幸さんと
いうそうそうたる女形がやっていて、私が持っていた維盛のイメージに近かった。
そして当たり前のことなのだが、義太夫の語るところをよく捕まえて芝居していた。

日本の伝統芸は、様式美とか形式美とか称される。
しかしただ単に形にこだわっているわけではなく、
形にいたるまでの必然が大切なのだ。
そしてその必然の捉え方がいろいろあるので、例えば見得の形も、いろいろ出てくる。
芝居には、「正解が1つ」ということはない。
必然を見ずに形だけにとらわれていると、形骸化することになる。
そして大スター主義に陥ると、ご都合主義になるのだ。
私の見たDVDは、まさしくそれだった。

たまたまいま読んでいる本に、以下の文章があった。
「芸術家であれば誰でも創造力に富んでいるとは限らない」
創造力が乏しければ一生懸命考えて補うしかないのだが、
思考を停止しては、何も生まれないだろう。

文楽は堕ちた。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする