かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

その成果を言祝いだはずの韓国のバイオ研究が、ひょっとしたら捏造かも知れないと言うのです。

2005-12-16 23:42:12 | Weblog
 冬の天気は実に変わりやすいですね。昨日の夜、何となく雷のような音を夢見心地に聞いたと思っていたら、朝目覚めてみるとすっかり道が濡れそぼち、所々氷が張っている様に見えました。そしてあっと驚いたことには、昨日まるで雪の気配すらなかった葛城山が、山の麓まですっかり真っ白に変わっていた事です。明日午後から明後日にかけてぐっと冷え込み雪もどかどかっと降るらしいので、週末の休みはなるべく布団にくるまって惰眠を貪るといたしましょう。
 
 さて、韓国のES細胞研究が、随分きな臭くなってきているようです。アメリカの科学雑誌が主催する、今年世界を代表する科学者50人のリスト入りをはたしたソウル大学の教授がチームリーダーとなって研究し、サイエンスに華々しく掲載された論文の中身が、捏造されたものである可能性が高まったというのです。先にこの教授の研究に関しては、チームの女子学生に圧力をかけて不正に卵子を提供させた、と言う疑惑が明るみに出て、欧米の共同研究者がチームからの離脱を決めるなど一騒動あったところでしたが、今回はそうまでして得られたはずの研究データが、一文の価値もないガセネタだったかも知れないと言うのですから、大変な問題です。当の教授は疑惑を否定し、近くその事を証明する結果を公表すると明言されているそうですが、報道の内容を信じるとすれば、かなりこの教授には不利な風が嵐となって吹き荒れていると言う感じです。これはまだ決着が付いてはいませんが、仮に黒と認定されれば、韓国の科学振興政策は大変な痛手をこうむることでしょう。既に過ぎたことでも蒸し返して罪に問おうとするような国ですから、英雄とされた教授が実はとんでもない詐欺師だったと知れたときには、本当に極刑にだってしてしまうかも知れません。
 まあそれはともかく、捏造というと日本でもちょっと前に大きな話題になった大阪大学のスキャンダルがありましたし、もっと前には今も考古学会に深い傷を残している旧石器捏造事件がありました。今回ソウル大教授を非難している欧米諸国でも研究データの捏造問題は深刻化しており、ある調査では、過去3年間に、実に研究者の3人に一人が、何らかの形で職業上の不正行為を犯したと認めたそうです。その理由は色々あるようですが、もっとも大きいのが、論文を発表しなければならないという職業上のプレッシャーの増大だそうです。成功を納めれば納めるほど、高い評価と共に、より大きな成果への期待が寄せられてしまいます。当然と言えば当然なのですが、研究はやれば必ず結果が出ると言うものではありませんから、そうしているうちには思うような成果が出ないことだって間々あります。そんなときに、極小さな、誤差レベルと言えるかも知れないほどのデータの改竄を一度でもやってしまうと、余程克己心の強い人でないと、後は坂道を転げ落ちるばかりになります。そこまで行くと、もはや間違いを認めることは出来なくなります。認めてしまえば、研究者生命はそこで終わりです。このあたり、今巷を騒がせている建築不正と同じ様な所があると言えるでしょう。
 研究に置いても、その進展には競争が必要ですし、成果を上げるべく、研究者は努力を惜しまずs仕事を進めるべきではあります。でも研究者もまた人間ですから、いつも全力で競争していたら、いずればててしまうのは自明の理です。その弊害を避け、健全に研究を進展させるには、単なる競争とは異なる何かが必要な気がいたします。その何か、はまだ今ひとつ明確に頭に描ききれないのですけど、もう少し各自の創造性をのびのびと活かせる状況を作る方法が、あるような気がするのです。捏造は良くない、してはいけないんだ、と言うだけでは、捏造はなくなりはしません。また、それについて処罰を厳しくしても、あまり効果が期待できないことは、犯罪者と刑法の関係を見ても明らかです。それよりも、なぜ貴重なデータを捏造してしまうのか、どうすればそれを防止できるのか、人として無理でない方法で、それらが解決される日を迎える努力をしないと、科学は自らの手で、自らの首を絞め、世界は中世の暗黒時代へと逆戻りするようなことになるやもしれません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「日露戦争」後のあやまりを知るための一冊。

2005-12-15 21:51:24 | Weblog
 今日は少し寒さも和らぎ、日向はそれなりに暖かな1日でした。昨日は真っ白だった葛城山(標高959m)も遠望するに白いところはなく、隣の金剛山(1125m)の山頂付近に雪の白々した気色が伺えるばかり。まだまだ12月半ばですから、気温はともかく地温はそれほど下がっていないのでしょう。とはいえ、天気予報では週末また第1級の寒波が襲来するらしく、クリスマスくらいまでは寒い日が続くらしいですから、少しくらいの暖かさで気を緩めていると酷い目に遭いそうです。

 さて、こういう時は早々に布団をかぶって本でも読んでいるのが幸せと言うものですが、取りあえずまた1冊の本を読み終えました。「日露戦争 勝利のあとの誤算」黒岩比佐子 文春新書 です。新書にしてはちょっとぶ厚い目の本でしたが、日露戦役戦勝100周年の掉尾を飾る1冊として、興味深く読むことが出来ました。
 司馬遼太郎も述べているように、日本人は日露戦争で勝ったことで調子狂いになり、その後の道を誤ったという指摘は、正しいように思えます。この時まで日本人は先進欧米諸国を追いかける立場でしたが、大国ロシアに勝ったことで、自分自身は欧米列強に追いついたような感覚を持ってしまったのかもしれません。しかしながら、あとから歴史として振り返ったものなら誰でも判るように、日露戦争はとても勝利と手放しで喜ぶことの出来ない、まさに薄氷の勝利でした。陸戦は緒戦で相手の戦意の低さに助けられたものの、旅順では思い切り手痛い目に遭い、戦争終結時には、弾薬や糧食も尽きて、ほとんど戦闘に耐える状態ではなかったと聞きます。海軍も日本海海戦の大勝利ばかりよく知られていますが、その前のウラジオストックを拠点とする艦隊の通商破壊に散々翻弄され、黄海海戦では、肝心の旅順艦隊を取り逃がしています。その事が原因で陸からの旅順攻略が必要になり、乃木大将の第三軍が、日本人の血液を湯水のごとく旅順の地にばらまいてしまう事になるのです。日本海海戦も、幸いバルチック艦隊の砲術練度が低かったおかげか、集中砲火を浴びた連合艦隊旗艦三笠に座乗する司令長官東郷平八郎は怪我一つ無くすみましたが、もし一発でも東郷を含む艦隊幕僚達を襲っていたら、日本艦隊は混乱をきたしてあれほどの大勝利は得られなかったかも知れません。第一、日本経済自体が、戦時体制の前に破綻寸前になっており、もしロシアが大国の地力を発揮して後半年でも戦争を継続していたら、日本は満州から叩き出されていた事でしょう。そんな自分達の実力を、当時の指導者達が見事なまでに客観的に推し量り、その限界を見極めた上で、ありとあらゆる努力を払って戦争終結に導いたことを、我々は知ることが出来ます。つまり、少なくとも当時の指導者層は、調子狂いしてなかったわけです。ところが日本はその後思い切り道を誤ってしまいます。その昔、東宝映画「日本海大海戦」を見た頃の私は、これが疑問でした。これほど相手と自分達の力量を正確に把握し、勝利のために努力を惜しまなかった人達が、どうして昭和に入ってその経験を生かすことが出来なかったのか。結局は指導者層の情報秘匿のため、国民がいかに自分達が危うかったのかをまるで知らないままに時を過ごしてしまったことが、痛恨の昭和史の遠因の様ですが、ではどうして指導者達は、素直に自分達日本国の弱さを国民に説明し、理解を求めようとしなかったのか、そのあたりの事情が、この本を読むことで私には見えてきたように思えます。書き方がどうも小説っぽいと言うか、史実と想像がごっちゃになる所が多々あるようにも見受けられますが、勝利を祝う熱狂的な空気や、ポーツマスの賠償交渉でロシアから大したものを得られず、檄高する当時の国民の様子が肌で感じられます。また、私は朝日新聞始め当時の新聞社が国民に迎合し、その気分をあおりたてたのがそもそもの間違いだったのでは、と永らく思っておりましたが、確かにそう言う一面もある一方で、仕方ない部分も確かにあった、というのも理解できました。暗黒の昭和史を知り、国が戦争する、ということを理解するには、是非目を通してみたい本の一冊に挙げられると思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

元建築士が嘘つきでないのなら、結局悪いのは制度その物ではないでしょうか?

2005-12-14 21:51:05 | Weblog
 昨日の日記を読み返してみたら、単なる愚痴のオンパレードでちょっと反省しました。忙しいのは忙しいとして、その中でいかに自分の時間を作るかは、コミケ対応などでそれなりにやって来たつもりです。それでも時間が不足するのは、一つには前ほど肉体的・精神的に無理がきかなくなってきていることと、色々と暇つぶしが増えてしまったことがあるんじゃないかと思いました。これでゲームになんて手を出そうものなら、それこそ時間が全然足りなくなってコミケの新刊も作る気しなくなるでしょうね。程々に体力を損なわないよう、余暇を生み出していく算段が必要なようです。
 
 さて、今日は移動中の車のラジオ放送で、今もっとも注目を浴びる元一級建築士の国会証人喚問を聞き、昼休みのニュースで映像も見ました。まあどこまでその言を信じて良いかという話は別にありますけど、生活のためというその言葉には、結構真実味があったように感じました。責任転嫁もあったかも知れませんが、民間検査機関のザルぶりを告発した言葉や、偽装についてプロが見たらすぐばれるはずだと思ったという言葉にも、かなりの真実が込められていたように思われます。ここからはあくまでもその言葉が真実だとしてのお話になるのですが、やはりこの元一級建築士は、犠牲者の一人になるのではないか、と私には感じられました。生活を脅かされてなお胸を張って公正明大に生きていく自信のある人は、この世の中にどれだけいるでしょう。武士はくわねど、などという言葉は、食えない事の不安やつらさを知らない空威張りとしか思えません。それならそう言う圧力があった時点で圧力元を告発するなりすればよかったかもしれませんが、日本の商慣習や色々な事件で明らかな我が国の官僚機構の鈍感さ、無神経ぶりからすれば、そうすることでこの建築士が救われた可能性は低いんじゃないかと思います。結局、この人は破滅が先にあることを知りながら、その道を外れることも許されないまま歩かされてしまったのでしょう。
 テレビのニュースでは、この国会答弁を見ている欠陥マンションを購入した被害者の様子も放映されましたが、そのあたりを全く斟酌せず、たとえ明日からの仕事が無くなろうとも不正はすべきではない、という言葉には、ちょっとそれは違うでしょうと言いたくなりました。言いたくなる気持ち、その怒りはごもっともなんですが、そんなスーパーマンのようなヒロイズムを一般の人に求めても無理があると思うのです。建築士は一般人ではない、資格という責任を負った職業だとも言えるのですが、この資格は、そう言う責任を負えるだけの権威を担保するような制度だったのでしょうか? 力のある者ほど高い倫理観を持たねばならないと思のですが、この建築士にそうした倫理観を求められるほどの権力があったとは、到底思えないのです。権力も収入も無いのに責任ばかり重いと言うのはおかしいと思います。建築士資格を得るときに、死を賭して職務に精励すべし、という誓約でもあり、覚悟の上でその資格を得たというのならいざ知らず、外部から圧力を受けてそれに制度として対抗できないような資格など、通常の神経の人間からすれば、明らかに欠陥がある制度と思えるのではないでしょうか? この怒りの声報道を見て私が恐れるのは、ここで建築士一人を断罪して、終わりにしてしまわないか、と言うことです。今こそこの資格を、普通の人が普通に対応しても間違わない、間違える事ができないデザインにしなければ、いつかきっとまた同じ様な事件が繰り返されることになります。そう言う掘り下げをしないまま、怒りをぶちまけて終わってはいけないと思うのです。被害者の怒りを伝えたいマスコミの気持ちも分かりますけど、この報道が結局建築士一人切って、本質的な危険の温床を温存してしまう結果に繋がるのではないかと危惧いたします。そろそろこの資格制度や建築業界に巣くう構造的欠陥を洗い出すような報道を見てみたいのですが、日本のマスコミにそんなことを期待するのは無理なんでしょうか?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

師走だからって何故に私まで「走って」るんでしょう?

2005-12-13 22:17:56 | Weblog
 今日は朝5時に目が醒めてしまい、もう少し寝た方がよいと暖かい布団の中でもぞもぞしておりました。ふと気づいてみると、車の音がいたしません。確かに早朝から車の走る音は少ないですが、それでも新聞配達やら早朝から出勤する人やらで、全く無いというわけではないのです。そういえば、うちにくる新聞配達も、今日は音が聞こえません。いつもは結構騒々しく新聞受けに新聞をつっこんでいくのですが。私は、これはきっと雪が積もったせいではないだろうかと考えました。あんまりにも静かですし、5時だというのに案外外が明るい感じがします。昨日の予報でも雪の可能性が指摘されていましたし、これは通勤が大変だな、と思いつつも布団の中でまだぐずぐずして、やがて目覚ましが鳴ってしまったのであきらめて布団からはい出ました。早速外を眺めてみると、雪などどこにもありません。もしやと新聞受けを見るとちゃんと朝刊が刺さっています。なのに新聞がきたという定かな記憶がない。どうやら私は、早起きする夢を見ていたようです。あるいは確かに早朝から起きたのですが、布団にくるまっているうちに2度寝、3度寝というか、覚醒とも熟睡ともつかぬうたた寝状態で転がっていたのでしょう。
 ただ、朝から雪景色は拝めませんでしたが、通勤中に時折前が見えなくなるほど吹雪いたのには弱りました。幸い道にまで積もるほどの降りではありませんでしたが、2,3時間早く降り始めていたら、私の夢は正夢になっていたことでしょう。12月からこんなに降るなんて、初めての気がします。
大体奈良はそれほど雪が降る土地柄ではなく、1月下旬から2月初めあたりの強い寒波で積もることがあるくらいです。ところが今年は年も明けぬうちから積雪の心配をしなくてはならないなんて、異常気象なんてもう聞き飽きた感のある言葉ですが、やっぱりこれ以外にこの現象を表現する言葉がありません。無理矢理雪を作って狭い人工雪斜面を生み出していたスキー場のニュースに冷笑していたのはついこの間の気がするのですが、きっとあのスキー場は今頃本物の雪で覆われていることでしょう。ほんとに季節の移り変わりが早い、と言うより激しい年です。
 さて、そろそろ年賀状を用意しないといけないな、と思いつつ、まだ手つかずでいます。年の瀬だというのにまるでのんびり感が無くて、スケジュール帳にはぎっしり仕事の予定がてんこ盛りで、おちおちゆっくりもしてられません。このせわしなさのうちに記念すべき日露戦勝100周年が終わってしまうのかと思うと、余裕を持って100年前を振り返ることが出来ない自分が恨めしくなってしまいます。「坂の上の雲」でも日がな一日ゆっくり読む時間が欲しい今日この頃です(といいつつ、日露戦争関連の本をちょっと読んでいたりはするのですが、その紹介はいずれ近いうちに)。
 何やらネズミの脳に人間のES細胞を移植して18ヶ月も機能したことが確認されたとか、インフルエンザウィルスが感染する際に重要な役割を担っているあるタンパク質を分解する抗体酵素が開発されただの、今日の夕刊はなかなかおもしろそうな記事が踊っていますね。記念板も議論が白熱してきたようで、そのただ中に参戦したいのですが、それらをじっくり堪能する時間もないのがカナシイ・・・。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

民主党が割れる日も近い?

2005-12-12 21:38:50 | Weblog
 今日は一日寒かったです。風に当たると空気の冷たさが昨日までとは大分違うのが実感されます。今夜から明日にかけては更に一段と冷え込むのだそうで、積雪もあるらしいという予報に震えております。それにしても今年の天気はメリハリが利きすぎているようで、11月あんなに暖かだったのに、12月になった途端いきなり冷え込んで、まだ12月中旬だというのに、1月末頃の一番寒い時期と変わらない冷え込みぶり。今年は暖冬ではなかったのか、と気象庁を問いつめたい気分ですが、そんなことが出来たとしても、外で電線を鳴らしている北西の風や街灯に白々と映る雪が止むわけでもなく、その変さ加減にただ呆れるしかありません。でも、気象統計で平年並み、と言うような出し方は止めてもらいたいもの。平均値で比較するため、どうしても寒い日と暖かい日が均されてしまって、こんなに寒い思いをしているのにそれが統計データに反映されないことが往々にしてあるのです。気象庁には、もっと生活実感にあった統計手法を考えて頂きたいものです。
 
 さて、民主党前原代表がワシントンの戦略国際問題研究所で行った講演で、中国の軍事力増強が「現実的脅威」だとか、シーレーン(海上交通路)防衛のために、集団的自衛権を行使できるよう憲法改正を検討すべきだとか色々宣った上、続けて中国・北京でも、中国の軍事力を脅威だと明言したとのこと。
 中国の軍事力が脅威なのは間違いないと思いますし、中東から日本に至る海上輸送路が日本の生命線であり、その安全確保をアメリカに頼り切っているのも現実で、しかもマラッカ海峡では海賊行為が後を絶たないということもあるようなので、前原代表のおっしゃっていることはいちいちごもっとも、と思われる事ばかりです。ですが、民主党は本当にそれで良いんでしょうか? 実際にその事で民主党内部のきしみがより鮮明になり、党を割るような発言に苦言を呈する大物がいれば、副代表が党の方針に反すると文句を言ったりしているのを見てますと、代表が一人で空回りしているようにさえ見えます。まあもともとキメラ状態と言うか、呉越同舟というか、ともかく本質的に異質な集団の寄り合いである民主党ですから、ちょっと突っ走ったことを言えば組織に動揺が走るのは致し方ないところで、そんな、図体を大きく見せるためだけに強引に手を繋ぎあっているような無理は止めて、主張を同じくする人々の集団に分裂した方が、無駄な結合エネルギーを必要としない、もっとも自然な状態になるのではないか、と思ったりします。そうなると、短期的にはますます自民党に代わって政権を担うのは難しくなるでしょうけど、そうやって色の違う部分を取り除き、澄明な民主党カラーを出してくれれば、もう少し肩入れしたくなるかも知れません。取りあえず次の参院選までにそのあたりを整理してくれれば、投票の時それほど悩まなくてもすむかも知れないわけです。まあ前原代表は、他に色々支持するのが難しい主張もなさっているようなので、これで簡単に民主党支持、となるわけにも行きませんが、このまま自民党の一人勝ちではいずれ国家運営が行き詰まるかも知れないわけで、対抗馬として最右翼の民主党には、是非頑張ってもらいたいと思うのです。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新たな歴史が一ページ、中国史に加えられつつあるのでしょうか?

2005-12-11 23:03:34 | Weblog
 中国・香港の近傍で、発電所建設に反対する住民に対し、武装した警官隊が発砲、複数の死傷者が出ているらしいです。当局発表によると3人死亡、8人負傷ということですが、色んな情報が飛び交っているようで、中には30人以上の住民が殺戮された、というような話まで出てきています。その地域住民が何故発電所建設に反対したのか、とか、判らないことはたくさんありますけど、この間の満州での工場爆発に伴う河川汚染と言い、その前にもあった事故や住民と当局の衝突などと言い、いよいよ中国の動乱が始まりつつあるのかな? という気配が何となくいたします。三国志の時代にせよ、清朝末期にせよ、こうした小さな反乱が頻発し、それがやがて大陸全土を覆うような動乱へと発展していくのがかの国の歴史です。今は、高々一地方の小さな不満、という程度の内容なのかも知れませんが、これが、21世紀の東洋史に大書される一大歴史的事件の幕開けである可能性は否定できません。前世紀末にソ連や東欧諸国の独裁政権を襲った歴史のうねりが、ようやく極東にもうち寄せるようになっているのかも知れません。共産党政権が見事立ち回ってこの事態を終息させられるか、あるいはあざなえる縄のごとく歴史がここで繰り返されるのか、その動静を見極めつつ、我々はそんな大舞台の袖で、どうこの歴史に関わって行くべきなのかを真剣に検討しなければなりません。なにせ12億を超える人間が暴れるかも知れないのです。辛うじて日本海で隔てられているとはいえ、その極近くにいて、何の影響も及ばないと考えるのは難しいでしょう。例えばトチ狂ったかの国の政府が台湾への侵攻を開始したりしたら、あの周辺海域は安全に通れなくなるかも知れませんし、あの大陸で故意にせよ事故にせよ核とか細菌兵器なんて使われでもしたら、偏西風に乗った死神達が、黄砂と共に我が国を覆うやも知れません。我が国の国益からすれば、もし中国で動乱が起こりそうならば、傍観するなり積極的に煽り立てるなりして、国としての力を弱体化せしめた方が良いようでもありますが、そんな見たくない未来図を想定したら、何とか未然に防ぐように働きかける方が得なのかも知れません。と言って、100年前みたいに治安維持のために軍を派遣したりするようなわけには行きませんし、中国がこの先どういう風になっていきそうなのか、を見極めながら、何が出来るか、何をするのが、あるいはしないのが結果的に我が国の国益に繋がるのか、を、主体的に考えておいても損はないでしょう。少なくともこれまでのような土下座外交的なやり方では、もし動乱が大きくなったときに、我が国が取れる方策の幅が著しく狭くなってしまうだけです。土下座も「臥薪嘗胆」なら良いんですが、「阿諛追従」では一緒に滅びの道を突き進むことになりかねません。外交を司る方々には、是非頑張ってもらいたいものです。

 さて、決して動乱や戦争を望むものではないのですが、これが私の空想癖がなせる荒唐無稽な未来図なのか、あるいは歴史の大転換転に差し掛かっている予兆なのか、というのは、歴史好きとしては、その悲惨な未来図とは別に、激しく興味をそそられずにはいられない昨今であります。誤解を恐れずに宣うとしたら、私はン十年後の臨終の床で、本当に歴史とは面白いと思いつつ事切れることが出来るかどうか、今から楽しみですらあるのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オイオイ、ホントにこの国の男は一体どうしてしまったのだ?

2005-12-10 23:35:54 | Weblog
 今度は学習塾で大学生の講師が小学校6年生の女子を刺殺ですか・・・。呆れて声も出ないと言うのはこういう状態を言うのですね。殴るとかひっぱたくとかをすっ飛ばして、といってひっぱたくのが良いというわけでもないんですけど、それはともかく、いきなりぶすりとやるというその感覚が理解を絶しております。刺した本人の心の中では、端から見ても判らない憤りのレベルゲージがが徐々にアップしていたのかも知れませんが。
 それにしても何故にこうも女の子ばかり災難に遭うのでしょうか? そして、栃木の場合はまだ不明ですけど、昨年の奈良の事件と言い、今年の連続する事件と言い、犯人が決まって男なのはどうしてなんでしょう? 建前では男女平等、でも現実は男性優位社会の中で、その乖離した状況に混乱し、自分を見失っているのでしょうか? それとも、体ばかり大きくなってまるで自立出来ていない幼稚な精神に社会が見てくれにあった責任を押し付けようとするので精神のバランスを崩してしまっているのでしょうか? あるいは、環境的要因等により、致命的な欠陥が、男性の大脳や遺伝子に生じつつあるのでしょうか? 週刊誌の広告には、いかにもそれが原因と言わぬばかりに幼女陵辱漫画の激増を伝える記事の見出しがありました。私はそう言うメディア原因説には今のところ根拠無しと思っているのですが、逆に考えると、そう言う漫画がヒットすると言うことは、それを嗜好する何らかの共通した精神構造が、今の日本人男性にかなり普遍的に存在すると言うことなのでしょう。その中で、より犯罪指向の強い輩が、実際に事件を起こしてしまうと言う事なのではなのかも知れません。つまり、もしこれを機会にその手の漫画を発禁し、この世から消し去ったとしても、日本男性の多くにそう言う何らかの共通した精神的異常性が存在する限り、事件はまた形を変え、様相を異にして今後とも社会を震撼させることでしょう。それを解決し、こんな異常な社会を矯正するには、もう当て推量や思いこみで効果があるのかどうかさえ疑わしい対症療法ではなく、その精神病理が何に由来するのかを、もっと根本的に突き詰めて解明するより無いと思います。その上でメディアにも原因の一端がある、と証明されたのなら、適切にコミックスやゲームを規制すればいいじゃないですか。私は社会的ストレス等による生体への影響が怪しいと勝手に思っておりますが、それにしても結局は何らかの遺伝子が動いて肉体や精神に怪しい作用を顕現しているに違いなく、と言うことは、遺伝子の異常か一塩基多型などの遺伝的欠陥が原因だろうと言うところではないかと思うのです。ガンや糖尿病などの研究も結構ですが、そろそろ遺伝子と脳とココロの関係も本気で研究に取り組む時代になっているはずです。メディアの業界も標的にされたくなかったら、そう言う方面の研究に資金提供してぬれぎぬを晴らす努力をするべきです。もっとも、それでやぶ蛇になったときは、キッパリ転・廃業するくらいの潔さを持って取り組んで欲しいですけどね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一日遅れの開戦記念日特集 今日はある本の感想

2005-12-09 23:40:47 | Weblog
今日は12月9日ですよね。うっかりして一日ずれてしまいました。本来は昨日載せるべきだった話題かも知れませんが、せっかく面白いと思える本を読んだことでもありますし、ちょっと書いておきましょう。
 その本とは「陸軍良識派の研究~見落とされた昭和人物伝」保坂正康著 光文社NF文庫 です。
 対象となっている陸軍とは、旧日本陸軍、それも大東亜戦争当時の、色々と悪名高き陸軍です。私は軍艦や飛行機はわりと好きだったので海軍の事はそれなりに知っている積もりですが、陸軍についてはほとんど無知といっても過言ではありません。重要な将軍の名前も数名しか知りませんし、陸軍が企図した作戦も、海軍がらみの物以外はあんまり知りません。極端に言い切ってしまうと、陸軍=無知蒙昧な精神主義者集団で日本国の行方を誤らせた犯罪者達 という見方を正直しておりました。海軍提督に、陸軍を心底から毛嫌いしてありとあらゆる言葉で罵詈雑言を浴びせていた人がいましたけど、ちょうどそんな目で帝国陸軍を見ていたわけです。例えばインパール作戦を強行した牟田口廉也とか、日中戦争をなし崩しに拡大した武藤章とか、ノモンハンやガダルカナルで兵士に無駄死にを強要した辻政信とか、そういった人達の所行を知るにつけ、その思いは益々強固になっておりました。ですから、この本を見て「そんなタイトル通りの人がいるのだろうか?」と、不思議に思ったわけです。もうそれだけで作者&出版社の『罠』にかかったも同然だったわけですが、書店で取りあえず目次を見た私は、その良識派に武藤章の名前を見て、更に驚きを深くしたのでした。ちなみに武藤章が何をしたかというと、満州事変の後、日中戦争が泥沼化しつつあったとき、この戦争が日本がもっとも忌むべき長期消耗戦になる、として戦線拡大に大反対していた石原莞爾に対して、「あなたが満州でやったことと同じ事をしているだけだ、中国は強く出れば必ず腰砕けになって戦争はすぐ終わる」と主張して、東条英機と共に戦線拡大に勤しんだ人物です。石原莞爾は言わずと知れた満州国の生みの親、と言うか、本国の統制を無視して軍を動かし、中国から満州の地をかすめ取った、いわば日中戦争の引き金を引いた人です。そのこと自体はまた別に論議を呼ぶ所でしょうが、少なくとも石原莞爾は満州国を日本の傀儡とすることに反対し、五族共和の理想国家として育てることを夢見て、それを事あるごとに主張していた人です。それを「同じ事」と強弁してやらずもがなの戦争を推進していった武藤章が、良識派の一人にあがっていたことに、強い違和感を覚えました。きっとこれも作者の『罠』だったんでしょうね。私は早速その本を躊躇無くレジまで運んでいましたから。
 さて、では武藤章が良識派と言えるかどうか、は、ネタばれになるので詳しくは申せませんが、少なくとも私はこの本を読んで納得いたしました。確かに日中戦争の時は戦争の行方を見誤り、結果として日本の国力を消耗させてしまった人でしたが、ちゃんとその事を真摯に反省し、その後の政局に理性的な対応を示していたことが判ったからです。陸軍の問題点として、頑迷固陋で自分の失敗を自分のせいと認めず、反省などしないで人に責任をなすりつけるという性癖を持っている人が多い、というのもあると私は思いますが、少なくとも武藤章はそう言う悪癖は持っていなかったと知れたのは、収穫でした。この本には、そんな人物を含めて合計一〇人の良識派軍人達の行動が記されています。少々作者の思い入れが過ぎるかな? という気がする所もないではないですが、今までほとんど知らず、「悪人ばかり」というイメージだった陸軍軍人の中にも、ホントに立派な人もいるのだと言うことが判ったのが良かったです。でも、結局こういう良材を生かし切れなかったが故に、無謀な戦争に手を出し、完膚無きまでに負けた上、手を挙げるタイミングさえ掴めずに無駄な死を量産してしまったんでしょうね。今の官僚機構にも、そんな旧陸軍と同じ様な悪弊がちらついているような気がいたしますが、一方で良識を持った方も少なからずいると思います。そう言う人に光を当てて、仕事をさせて上げられるような状況に、早くなってもらいたいものです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウィニーのウィルスって、いつになったら終息するんでしょうね?

2005-12-08 23:04:37 | Weblog
 ドリームハンター麗夢20周年記念板がスパム攻撃に遭い、一時不通になっていたことに、今日になって気づきました。その前から管理人のHIdeさんに御苦労をかけていたわけですが、とうとうサービス提供側にエラーが出て使えなくなった模様です。ググると少しだけキャッシュが残っておりましたが、残念ながら私めが提案した「麗夢2006」案はキャッシュされておりませんでした。もしバックアップが無いとしたら、まさにあの話は虚空に散華したかも知れません。まさかそんなことになるとは思っておりませんでしたが、念のためこの日記にも残して置いたのは不幸中の幸いでした。そろそろ続きを議論しようかと思っていた矢先でしたので、サービスの速やかなる再開を、提供側に切に望みたいです。
 
 さて、また、ウィニーがらみの情報流出事故が起きたようです。今度は日航社員が、関空、伊丹など幾つかの空港の立入禁止区域に設けられた電子ロックの暗証番号などを流してしまったとか。国土交通省がネットの掲示板でその事を確認し、同社に厳重注意をしたとのことですが、監視にかこつけて仕事中覗くべきでない様なところへ行ったりしてるのではないか、などと疑問を覚えつつ、国のお役人は今やネット掲示板にも目を光らせておられるのだな、と、このニュースにはちょっと感動したりもいたしました。
 ところでどうにも判らないのが、どうしてこうもファイル交換ソフトのウィルス問題が世間で騒がれているというのに、それに無頓着なまま機密情報を安易に扱う人が後を絶たないのか、と言うことです。よくよく調べてみると、騒がれているウィルスというのは、それなりに注意して対処していれば難なく被害を免れるような類の物にみえます。また、セキュリティソフトにも対応している物がありますし、本家本元がこのウィルスを駆逐するためのソフトを無料公開してもいるようです。ですから、ほんのちょっと情報をネット上で検索し、対策について心を配っていれば、それだけでこのウィルス被害は避けられるはずなのです。それなのに、幾らPCやネットの初心者が増えたからと言って、この状況はあまりに無防備というか、酷すぎるのではないでしょうか? 煙草にだって、「吸いすぎには注意しましょう」という注意書きが印刷されているのです。PCやネット関連ハード&ソフトウェアにも、いかにネット社会が危険に満ちた恐ろしい場所なのかをちゃんと初心者にも理解できるように、明記する位のことは最低限しなくちゃいけない気がいたします。
 学校でもパソコンを教える時代ではありますが、一通り基本的な使い方を教えたら、この無法地帯に乗り出して、最低限身の安全を守るための方法を、まず率先して教えるべきでしょう。総務省も本気でIT大国を目指すのなら、こんな危なっかしい初心者が大量によちよち歩きでネットの荒海に乗り出している現状をまずは正しく認識し、彼らにどうすればセキュリティとマナーを学ばせることができるか、その方策を練るべきでしょう。そうでないと幾ら大容量の高速回線が日本全国津々浦々まで届いたとしても、そこを流れる情報がウィルスゆかりのものばかりになってしまったら何にもならないではないですか。
 でもこれほど問題になってきたら、ウィニーその物を撲滅しようと言う方向に話が向かうかも知れませんね。それが技術的に可能かどうか知りませんが、もしそれをしたとしても、イタチゴッコというか、第2、第3のP2Pソフトが誕生して、そこでまたウィルスがばらまかれ、今と同じ事件が繰り返されるだけのような気がします。なるべくならそういう安易な解決方法よりは、ネット社会のモラルを高めるような地道な取り組みにこそ、力を入れてもらいたいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「羊頭狗肉」は我が国の文化とは思えないのですが、どうなんでしょう?

2005-12-07 21:42:43 | Weblog
何だか知らない間にブログに「ジャンル」何て言う新カテゴリーが登場していますね。選択が必須らしいんですけど、試しに見てみると 「社会」「文化」とか、「映画」「アニメ」「ドラマ」とか、30くらいの細目がずらりと並んで、その中から選ぶようになっています。なるほど、これまでカテゴリーでそう言うの作らないといけないかな? と考えておりましたが、これからはまずこちらで選んで、ないものをカテゴリーに登録すればいいみたいです。早速使ってみようと思います。

 さて、耐震構造計算を偽造し、日本中に多くの地震にもろい高層建築を建てまくった一級建築士の資格剥奪が、決まったそうです。先月中旬に事件が発覚してから20日あまり。当然と言えば当然の処置なのでしょうが、一連の報道を見てますと、釈然としないものも残ります。例えば、例によって性善説で組み上げられたソフトウェアや制度の欠陥。これなどは政治や行政側の大罪と私には思えます。また、例えば建築士の序列関係。本来もっとも重要な構造計算を主たる業務にする者が、経済的にもっとも冷遇されているという業界の組織的構造欠陥は、専門家をそうでない人より身分的に下とした、平安朝以来の官僚機構にも通じる、組織的硬直性のように思えます。その中で、もっとも優遇されているのがデザイン設計を担当する人と言うのが、いかにも我が国らしいお粗末さを覚えさせます。確かに外観は商品としては重要な物で、顧客の側もそこを重視していると業者側が認識しているからこそ、優遇もされるのでしょう。一方で本質的に最重要な物は、取りあえず問題が表面化しなければそれで良し、とおざなりにされる。テレビドラマの書き割りと同じく、見えないところはベニア板露出して用が見えなければそれでいい、と言う感覚が日本人全体に蔓延した結果、その一部が露出したのが今回の事件なんじゃないでしょうか?
 私が思うに、かつて日本人は、見えないところにおしゃれするような美的感覚があったんじゃないでしょうか。話を建築に絞れば、昔の大工さんは天井裏など見えなくなるところにも、随分気を使った細工を施したと言うようなことを聞いたことがあります。それが事実であると宣言するだけのデータを今持ってないので強く主張はいたしませんが、その一種自己陶酔型のストイックな美学が、かつて、日本の製造業には横溢していたように思えるのです。そんな感覚が利益追求の前にかき消されてしまったのは何故なのでしょう? それも、明るみに出れば稼ぎ上げてきた利益を一度に失うような危ない追求方法の前に。短期的には利益を上げられても、長期的には大損するのが端から見てるとはっきり判るようなその思考形式は、歴代中国王朝の末期に跋扈した佞臣連中と同じ様な気がします。あるいは大東亜戦争時の軍指導部とか。手にした利益や権力、メンツなどのために大局を見失い、結局最後に全てを失う様がそっくりに見えるのです。とするとこれは、東洋的な宿痾なのでしょうか? あるいはかつて大和の国が大陸から輸入してしまった精神的伝染病の一種なのでしょうか? 一方では職人的こだわりを見せるのに、一方ではそれをぶち壊すようなことをする。私は本質的に日本人は職人気質で、いい加減さは大陸由来だ、と何の根拠もなく主張したくなるのですが、「羊頭狗肉」に当たるような説話やことわざが万葉集や風土記や古事記日本書紀などに出てきたりするのかどうか、調べられた例でもあれば、是非知りたいものです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奈良の事件から1年、結局有効な抑止策は取られていなかったと言うことですね。

2005-12-06 23:12:55 | Weblog
 今日は医者に行って参りまして、それなりの薬をもらって来ました。まあ多少ましになった気もしますが、1、2回薬を飲んだくらいでは「復活!」とは行かないですね。明日の朝、もう少しマシになっていてくれたら御の字だと思っています。

 さて、文部科学省がこのたびの連続小学1年生殺害事件を鑑み、通学路に防犯カメラの設置を検討していく方針を決めたのだそうです。通学路上の人気が少ない危険場所や校門付近に設置する予定で、市町村等に、早急に危険個所を把握して欲しい、との緊急要請をするんだとか。
防犯カメラがどれほどの抑止力になりうるかは少々疑問なきにしもあらずなのですが、まあ出来るところから手を付けるというのはよろしいのではないかと思います。
でも遅い。
遅すぎる。
第一、検討する、と言っているだけで、まだ、やる! と言っているわけではまりません。
これをやるとなると、当然まず予算の問題が出てきます。全国に一体何万箇所そんな危険個所があるのか知れませんが、そこに防犯カメラを設置し、運営するお金を、文科省はこれから予算要求していくのでしょう。全額を一年目に要求するならともかく、きっと色々な予算の割り振りの中で、5年単位くらいで整備する積もりでいたりするんじゃないでしょうか? しかもその予算審議で満額認められたらいいですけど、もし天文学的な大赤字が続く国家財政を理由に削り込まれたりしたら、何年経っても予定通り進まないかも知れません。そして、最初に計画を立て、町並みに合わせてカメラの設置場所を決めたとして、工事にかかる前に道路整備やマンション建設などで人の流れが変わったとき、これまでの公共事業の習いとして、その変化に追随して計画を見直すだけの柔軟さを発揮できるのか。さらにさらに、防犯カメラの入札などを巡って、利権争いや不正行為が生じたりしないものか、などなど、不満と不安の種が尽きません。
 それというのも、1年前、奈良で事件が起こったあとでどうしてそう言う議論が出なかったのか。この1年、いったい文科省は何をやっていたのだ、という疑問がどうしてもあるからなのかも知れません。結局あの後出来たのは効果のほども疑われる奈良県の条例だけだった気がしますが、結局かの宮崎勤事件以来これまで、失われた命の数を考えますと、なんら有効な抑止策を
が取られていないと言ってもいいのではないでしょうか? このことを文科省始め関係各位がまずは真摯に反省し、相次いで失われた貴重な命二柱に対して、自分達が殺したも同然、と心から首を垂れるべきでしょう。その上で今こそなわばり争いやメンツなどという問題解決には何の役にも立たない物を捨てて、効果的で役に立つ策を、予算がどうのという官僚的言い訳は抜きにして、迅速に取らないといけないと思います。お金が足りないのなら、学校の全教室にLAN環境を整備、何て言う下らないことに使う予算なども一時的にこっちに流用して、他省庁の予算から一定割合で絞り出して充当すればいい。それでも足りなければそれように税金を取ればいいんです。酒税を上げるなり、煙草税を倍増させるなり、消費税でもいいし、整備に必要な分だけ取れそうな所から取って、突っ込めばいい。さしもの共産党も、この問題で増税反対、とはさすがに言わないでしょう。 それは一文科省の仕事ではなく、政治の仕事でしょうから、今の文部科学大臣なり、首相官邸なりがちゃんと動いて欲しいものです。
そして、数年かけてやるのは犯罪者の把握と研究です。何故犯罪を犯してしまうのか、どんな人間が犯罪を犯すのかを脳科学、遺伝学等の分野で研究し、異常者をあぶり出してマーキングするとともに、医学的、教育学的にどのような処置を執れば犯罪を犯さない人間に出来るか、も研究して、その成果を施していくべきでしょう。これなどはまさに文部科学省の仕事です。そう言う仕事の出来る研究者を募って直ちに研究予算を付けるべきでしょう。
 何はともあれ、有効な方策を迅速に練り上げ、直ちに執行していかないと、この世の中、いつまた事件が起こるとも限りません。いたいけな命がまた奪われる前に、そう言う危機感を持って関係各位には動いてもらいたいものです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サイト更新や日記も忘れるほど、昨日は死んでました。

2005-12-05 21:11:08 | Weblog
食っちゃあ寝、という自堕落な生活ぶりで、土日はほぼ完全に死んでました。頭がふらついて何もやる気が起きないと言う困った状況で、休みを幸い、こんなときは何もしないに限る、と惰眠を貪った次第。でも、体調が改善した様子は無し。それどころか、寒くなってきたためかどんどん具合が悪くなってきているような気がします。風邪なら薬飲んで静かに寝ていればそのうち直るのでしょうけど、どうもそうではなさそうなのです。こんな体調が続くと、どうも弱気になってくるのか、そのうち本当にぽっくり逝っちゃうのではないか、と十分の一くらいは心配になってくるのですが、それを何とかするにはまず軽い運動からしていかないと駄目みたいです。はっきりいって運動のための運動はイヤなのですが、生きるためには多少は動かねばマズいと言うわけで、まあいきなりそんなことはない、と思いつつ、万一不調が高じてこんなところでこの世とおさらばするようなことになりでもしたらと思うと少々真剣にその事を思わないでもないのです。金曜の夜の帰りは本当にアブない状況でしたし。運転しながら意識が怪しくなってきては、さすがに肝が冷えます。
とにかくまだまだ小説にしておきたいネタはあるし、読みたい本もあるし、面白い仕事だってやり残していますし。
 ところで私自身は、死とは全ての終局であり、死後の世界もなければ幽霊になることもなく、電灯のスイッチをぷちっと切ったように意識が失せるだけのことだと、今のところ考えています。だから、色々家族に見つかると正直困るような○○とか△△とか(例えば「晴海」や「有明」で調達したようなもの)、後、遺したら家の物には処分の方法も判らないだろうなと言うような物がそれなりにあったりするのですが(苦笑)、それを死ぬ前に処分しようとかいう気にはあまりなりません。死ぬときは全ての終わりで、死んでしまえばその後のことはどう足掻こうと心配しようもなければ責任のとりようもなく、まさにどうしようもないことなのだと思っています。とはいえ、生きている間はせいぜい足掻いていたいですし、なるべくなら可能な限り長く生きてみたい。未来にどんな世界があるのか、命の続く限り見てみたい。そんな欲望が、己の不摂生のせいで唐突に切り捨てられるとしたらそれはやっぱり悔しいですし、できればそんな結末にはしたくないのです。
 取りあえず、もうすぐまた健康診断もあることですし、今少し節制して気力と体力の充実を計らないとなりません。昨日みたく日記までパスするような体たらくでは、生命を維持していてもあまり面白いとは言えませんし。
 ・・・取りあえず仕事も一山超えたし、医者にでも行って参りますか。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はやぶさ、帰ってこれたらいいんですが・・・。

2005-12-03 22:12:14 | Weblog
 小惑星「イトカワ」に着陸し、どうやら無事試料採取も行って地球へ向けて飛び立ち、見事使命を果たしたと思っていた無人探査機「はやぶさ」が、サンプルを地球に届けることが難しくなってきているらしいです。姿勢制御の装置が働かず、このままでは「イトカワ」から離脱して地球への帰還軌道に戻ることが出来ないそう。色々頑張っているらしいですが、通信すら途絶え気味とかで、戻ってくるのは絶望的と言っていいようです。姿勢制御装置というのは、宇宙船技術の中でも一番弱点になる壊れやすい装置だそうですが、こういう極めて高度なぎりぎりの先端技術で挑戦するものでは、やっぱり一番弱いところがやられてしまう物なのですね。今回、残念ながら「はやぶさ」は戻ってこないかも知れませんが、この経験を有効に生かし、次の挑戦では見事最後まで使命を全うできる頑健な機体を生み出して欲しいものです。
 それにしても、我々一般人が宇宙にいけるのはいつになるんでしょうね。私は何とか死ぬまでには出来れば月、それが無理なら少なくとも静止衛星軌道上までは到達したいと思うのですが、あと50年ほどで底まで進歩してくれるでしょうか? 過去のSF映画やドラマでは、1999年には月面基地が出来ていたり、2001年にはくるくる回る宇宙ステーションが浮いていたりしていますが、残念ながら現在、実験用宇宙ステーションがあるにはありますが、月基地はまだありませんし、第一、宇宙へ飛び立つのは、まだまだ命がけと言うに等しい物があります。一応宇宙旅行のサービスが始まるようですけど、ほとんど宇宙というのもおこがましいような低いところをちょっとだけかすめてすぐ降りてくるような物みたいなので、その必要な経費を考えるまでもなく興味はありません。いずれそのうち飛行機に乗るような気軽さで宇宙に行ける日がやってくると信じておりますが、子供の頃信じていたほどあっさりとは行かないようです。
 ところで何故宇宙に行きたいかというと、実はあまり明確な理由が思いつけません。何となく行きたいから、と言うのが一番近いのです。その気持ちに、例えば立花隆の「宇宙からの帰還」で読んだ宇宙飛行士達の体験談などで感じたことなどが重なって、外から地球を見てみたいというもっともらしい理由がついてきているんだと思います。いずれにしても今回の「はやぶさ」の仕事だって、私が将来宇宙に飛び立つために必要とされる様々な技術開発のうちの重要な一翼を担っていたはずです。その成功と失敗をしっかりと評価し、より信頼性の高い宇宙航行技術の開発がこれからもよどみなく発展し続けますよう、祈念したいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なんでこう愚かな事件がうち続くのか・・・。

2005-12-02 23:14:56 | Weblog
 今日はどう言うわけか大変に疲れました。頭痛はしてくるし軽い目眩はするし。もしやと血圧を測ってみたら仰天するような高血圧状態。帰りはひょっとして「ぷちっ」といってしまわないかと半ば本気で冷や冷やしながら、なんとか帰り着きました。あんまり無理したら駄目みたいですね。明日明後日は久々にゆっくり休もうと思います。
 でも世間は目眩くらいではすまない状況のようです。一難去ってまた一難とはまさにこのことでしょう。また! 一人のいたいけな女の子が茨城県で無惨な姿を晒す事になってしまいました。いったいこの国はどうなってしまったんでしょう? いくらモラル低下が叫ばれるからといって、何も子供を犠牲にすることはないではありませんか。ただでさえ少子高齢化を迎える我が国に置いて、一人の子供の価値は計り知れないものがあるというのに。それを浪費して恥じない愚か者は一体どこの誰なのか。本当に許し難い気持ちで一杯です。そして、さすがにこんなに事件が連続しては、もはや表現の自由に対する制限を止めることは出来なくなるでしょう。それがたとえ事件の抑止に対して効果があるかどうか、何ら根拠のない事であっても。関東での事件と言うことで、まずは冬コミが無事開催されるかどうか、黙って注視していたいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

取りあえず犯人は確定したようですが。

2005-12-01 22:12:08 | Weblog
 広島の小学1年生殺害事件の容疑者が犯行を自白したらしいですね。私は「松本サリン事件」が忘れられないためか、今回の容疑者についても半分くらい本当に犯人かどうか疑っていたのですが、ここまで来るとほとんど疑うのは難しいみたいです。この上は、なぜそんな犯罪に走ったのか、明らかにしてほしいと思います。
 ところで、どうやればこのような凶行を未然に防ぐことが出来るのか。マスコミはあれ以来保護者の皆さんのボランティア活動を報道している様子ですが、犯罪の記憶も生々しい今はともかく、半年、1年とこの先々も危機感を保ち、真剣に活動を続けるのは至難の業だと思います。しかも犯罪が起こった近辺ならともかく、別の町の人達はどうでしょう。げんに奈良の事件のちょうど一年たったところで、それなりに地域活動もしていた広島の町で事件が起こりました。私の住む町でも自治会役員の車による巡回が行われていますが、PTAや自治会等が中心になったこれら地域住民の治安維持活動では安全対策として不十分であると言わざるを得ないように思えます。特に集団登校中の朝はともかく、夕方の下校時間の方が何倍も危ないことが経験上判っているのに、地域住民それに対応する労働力があるかというと、例えば私自身がその任に就けるかどうかを考えるともう絶対に無理なわけで、多くの仕事を持つ方にしてもそれが現実だと思われます。となると仕事をしてないお年寄りなどが候補になるのでしょうが、それとて一定の人数が毎日恒常的に自警団のごとく活動するのは相当困難なのではないでしょうか? となるとそんな地域住民の悲壮な頑張りを報道するのは、心情的には納得できても、その実どれだけ安全に寄与できているか、疑問だと言えます。もっとシステマチックに安全を確保する方策を、行政やマスコミは考え、提案すべきではないかと思うのです。例えば、登校は時間を決めて集団でやらせるくせに、危ないとされる下校は個々勝手にさせる学校の方針も根本的に改めてもらう必要があるでしょう。警察の大幅な戦力強化は必須と思われますし、自衛組織についても、地域住民のボランティア的活動よりも、その手のプロフェッショナルを雇う方が確実に安全を確保できるかも知れません。自治会でこんな事を言うとすぐ反発する方がいらっしゃいますが、我々が必要としているのは確実な安全であって、当てにできるかどうか判らない精神論ではないと私は考えます。一方で加害者になりうる危険人物に関する研究とそのリストアップ、監視態勢の強化、危険人物の牙を抜く方法の研究等々、諸外国で取り組まれている色々な事例を検討し、効果が期待できる物は早急に我が国でも導入していくよう動いていくべきでしょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする