かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

7.義経 憤怒 その3

2008-04-13 20:04:29 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
「御大将! この景時は鎌倉の大殿の命を受け、御大将の軍監としてお諫め申しておるのじゃ。即ち我が言は鎌倉殿の言も同じぞ」
 義経はせせら笑いを浮かべて、景時を嘲った。
「景時は、兄者の威を借る狐よ。おのが信念を披露するに、兄者の口を借りねばならんのか?」
 景時はこれにも耐えた。もはやまともな話など出来そうにない。ええい勝手にしろ! と口をついて出そうになるが、言うべき事を言い、すべき事をしてからでないと、鎌倉の大殿に負託されたこの分からず屋の面倒を、途中で放り出したとそしられるのも恥辱である。
「御大将、法皇の君もこうして泰径様をわざわざこの陣屋にお遣わしなさり、出陣を見合わせてはどうか、とのお言葉を賜ってござる。その有り難きお志を無碍にして何となさる」
 泰径は、自分の名が出た途端、さすがにびくりと心臓が高鳴るのを覚えた。だが、そこは交渉上手を院に見込まれて、高貴とは言い難い家の出ながら今や従三位の高位を賜った実力者である。九条兼実などから、「従三位の高位にありながらのこのこ陣屋などへ自ら足を運ぶとは・・・」などと嫌みを言われつつも、そのまめさがあったからこそ後白河院に引き立てて貰ったという自負がある。泰径は、院の代理としてここに来ているという威厳を表に精一杯あらわして、ともかくもまず胸を張った。
「梶原殿の申す通りじゃ。主上におかれても、此度の出陣には危惧を抱かれておられる。それに御大将ともあろう者が真っ先駆けて切りこもうなど、唐天竺まで求めてもそんな先例はあるまい。まずは次将をして遣わされ、しかる後大将が後詰めされては如何?」
 義経の背後で動揺のさざ波が揺れ動いた。だが、義経には、都一の実力者、後白河法皇の言葉さえ、まともには耳に入っていない様子であった。
「院には先に平氏追討を奏聞のおり、一念あって陣中にて一命を捨てる覚悟なることを申し上げてござる。それに、征旅にあっては君命も受けざるなき事はこれ兵法の極意。泰径様もこの義経の覚悟の程をご覧じあらば、源氏の必勝を信じ、主上にもご安心召されるよう申し上げていただきたい」
 義経は、さすがに相手の高位をはばかって口調だけは丁寧ではあったが、泰径が帯してきた法皇の意向は全く顧慮しようとしなかった。泰径ももうこれ以上の話し合いは無益だと悟った。口先三寸で、必ずや廷尉(えんじょう)の足を留めて見せまする、との院への約束をどう言い繕うか。既に関心はそちらの方へ向かいつつある。梶原も、ここまで言って聞かぬのなら、と腹を決めた。
「そこまでして行くといわれるなら景時これ以上止めようとは思わぬ。だが法皇の君の仰せも大殿に大権を負託されたこの景時の言葉も耳に入らぬとは、とんだ不忠者じゃ。こんな分からず屋の若造に、一体誰が付いていこうものか!」
 すると、それまでも充分に猛り狂っていた義経は、血走った両眼を飛び出さんばかりに見開き、吼えるがごとくに大喝した。
「黙れ臆病者! よいか! 風の波のと小うるさく逃げの一手を決め込む輩は皆ここから都に帰れ! 敵と組んで死ぬこそ本望と思う勇士だけが、わしと共に参るがいい!」
 本陣を取り囲むようにして居並んでいた大小名の面々が、一斉にどよめいた。その中で、源氏軍の中核をなす梶原一党の大所帯が、早くも足取り荒々しく陣屋を後に引き退く。それをみて、梶原に近い一部の大小名が、それぞれ手勢を引いてその場を立ち上がり、結局畠山重忠、熊谷直実、那須与一などに、義経子飼いの郎党、伊勢三郎義盛、佐藤継信・忠信兄弟などを合わせてほぼ一五〇騎ほどの軍勢だけが、その場に留まった。皆、義経神速の用兵に心服する大小名達であり、一騎当千を歌われる剛の者揃いである。義経は、その頼もしい面構えの数々にこれこそ源氏の名を辱めぬ勇者揃いぞ、と斜めならず喜び、早速出航の準備をせよ、と下知を下そうとした。
「殿、あいやしばらく」
「なんだ義盛、まだ何かあるのか?」
 やっと自分の思い通りになった、と有頂天になったところで水を差され、義経は自分が最も信頼する一二の郎党に不満げな声をかけた。義盛は、昨年一二月の雪の夜以来、激変した主君の様子に不安を抱いたまま、腫れ物に触る気持ちで義経に言った。
「今すぐ出られそうな舟は五艘あります」
「それは上々、ここにおる皆がすぐにも乗って出られるではないか」
 何をぐずぐずしている、行くぞ! と皆をせき立てる義経に、義盛は開きにくい口をもう一度義経に向けた。
「ですが殿、楫取(かんとり)達が、この波では到底沖に漕ぎ出すなど無理だ、と申しておりまする」
「何だと?!」
 たちまち義経の眉間に深い立て皺が何本も浮かび出た。あの雪の日以来義盛が何度も目にした、怒りの形相である。

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