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かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

11.月下の罠 その3

2008-03-15 22:49:23 | 麗夢小説『麗しき、夢』
 反射的に榊は上を見た。真っ赤な口が視界をうずめ、榊の全身が総毛立った。
(やられる!)
 榊は、予想される衝撃に身を堅くするのがやっとだった。
「でえええいっ!」
 次の瞬間、榊の視界から八条が消えた。視界の端から飛び込んできた黒い物体に、はじき飛ばされたのである。黒い物体はそのまま空中で一回転し、地に降り立つと榊に言った。
「大丈夫か、榊殿!」
 円光に体当たりされた八条は、もんどりうって地を転げた。しかし、さしたる傷も負わなかったかのように、すぐに立ち上がって円光を睨んだ。円光は言った。
「榊殿、あれはもう八条殿ではござらん! 反魂の術で蘇った、血に飢えた化け物でござる! 油断めさるな!」
「かたじけない、円光殿」
 榊は長刀を構え直し、円光も錫杖を突き出して八条に向けた。何とか立ち上がった佐々木源太も身をそばだてて榊に付いた。さすがに容易に攻め込めなくなった八条は、時折毒蛇のような声で威嚇しつつ、じりじりと間合いを取り始めた。
 この間、鬼童だけはじっと崇海の様子を伺っていた。崇海はちょっと見には別に何ということもない平静を装っていたが、稀代の薬師鬼童には、その異常が何となくかぎわけられる様な気がした。鬼童は言った。
「崇海殿、随分と苦しそうですが、いかが致した?」
 崇海は憤怒の表情でさっと顔を朱に染めたが、努めて冷静に鬼童に返した。
「おこなることを言うな! 今すぐここで、一人残らず血祭りに上げてくれる!」
 鬼童は、その余裕のない崇海の申し様に、疑念を確信に変えた。
(崇海殿、常人には気づかれないかも知れないが、この鬼童には御坊の限界全てお見通しだ)
 意を決した鬼童は、ぎりぎり榊等が聞き取れる声で、一つの策を話して見せた。
「成る程、うまく行けば一石二鳥ですな」
「ただし、まずは雅房殿を退治することを第一に考えましょう。例の鎧武者がいない今、雅房殿さえ押さえれば、崇海は難なく捕らえられるはずです」
「心得た」
 榊と円光、それに佐々木の三人は手早く役割を分担すると、さっそく策に取りかかった。鬼童は崇海を牽制する役である。
「崇海殿、所で先程の鎧武者はいかが致した? 察するに八陣脱出の際に相当の深手を負ったと推察するが、何ならこの私が診て進ぜようか?」
「貴様等などその男一人で十分じゃ! 今殺してやるから黙っているがいい!」
「それにしては、随分と息が上がっているではないですか。ご老体の無理は禁物ですぞ」
「だ、黙れ! 貴様等尻の青い若造に、年寄り呼ばわりされる謂れはないわ! ええい八条! 奴等をもみつぶせ!」
 八条は崇海の怒りの気を受けたのか、ほんの一瞬全身を硬直させたと思うと、新たに流れ込んだ力のままに、一声大きく吼え哮った。そして緊張の面もちで八条を見据える四人に向かい、息つく暇もなく突進した。
「今です!」
 鬼童の合図に、佐々木は隠し持った弓を構え、かけ声も鮮やかに矢を放った。目標は八条ではない。崇海である。距離は坂東武者の業を持ってしても当てるのは難しい遠さであったが、そう思って油断していた崇海をあわてさせるには十分だった。
「八条! 戻れ!」
 距離のせいもあって狙点はもう一つ定まらないが、佐々木は背中にしょった二十四本の矢をここが先途と引き詰め引き詰め散々に射散らした。崇海はたまらず後退した。八条は、急制動に末足を取られ、もんどりうってひっくり返った。
「今だ!」
 榊と円光が同時に八条に討ち掛かった。振り下ろす榊の長刀は、ずんと独特の手応えに迎えられた。榊がそのまま長刀を振り切って八条の首を跳ね飛ばすや、円光の気に満ちた錫杖の一撃が襲いかかった。
「悪霊退散!」
 錫杖が一瞬光り、八条の首を打ち砕いた。血しぶきと粉みじんに砕けた脳漿が、飛沫となって地に降り注ぐ。途端に首を探してもがいていた八条の身体が、わずかなけいれんを残して動きを止めた。
「観念しろ、崇海!」
 榊と円光は脱兎の勢いで走り込むと、そのまま崇海を挟み撃ちにした。佐々木もこれに呼応して、崇海の退路を断つべく右に回り込んだ。鬼童はゆっくりと馬を歩ませて、崇海に迫った。
「万策つきましたね。崇海殿」
 一歩二歩とたまらず下がる崇海に、背後に回った佐々木がことさら大きく刀を鳴らした。ぎょっと振り返る崇海の額に、つと焦りの色も濃い汗が伝う。最早崇海の運命はここに窮まったかに見えた。
「な、何を?!」
 鬼童等の驚きに崇海は初めて余裕のある笑みを浮かべた。その手は真っ直ぐ天を向いて伸び、指の形も複雑に、崇海は本当の切り札を呼ぶ呪文を唱えた。
「出でよ智盛! この源氏の草賊共を血祭りに上げるがいい!」
(何! 智盛?!)
 榊等はまさかと耳を疑った。が、次の瞬間には鍾乳洞から吹き出す暗黒の気の暴風と、次第に近づくひずめの音が一同の背筋に冷たく響いた。やがて、はっきり西に傾いた月光を浴びて、一人の鎧武者が出現した。白銀の鎧を纏い、白柄の大長刀を手に、金覆輪の鞍も輝くその姿。鬼を模した面でその素顔こそ隠してはいるが、わずかな穴から覗く目は狂乱と怒りに燃え上がり、全身から発せられる旺盛な戦意は、その場に集う強者共を圧倒して余りあった。

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