七人はゆっくりと洞窟の入り口に近づいた。初めに気づいたのは、やはり円光である。
「来る!」
七人が緊張して身構えた時、奥から轟くひずめの音に押し出されるように、暗黒の風が吹き寄せた。やがて二騎の馬が怒涛の勢いで洞から飛び出した。二頭とも漆黒の毛並みに白銀作りの鞍を置いた、太くたくましい馬である。その右に乗るのが、馬にも劣らぬ墨染めの衣で身を包み、黒い頭巾で頭を隠した老僧祟海だった。
「よう参ったな。村に残っておれば数刻でも命長らえたものを。わざわざ頭を捧げに参るとは、殊勝なことよ」
だが七人の目は、不敵な笑みを浮かべる老人よりも、その隣の人物へ集まっていた。
「八条大夫・・・」
その姿は確かに見慣れた八条であった。何を見ているのかと人を不安にさせる細い目。たっぷりと脂肪を蓄えた腹。くつわを爪先立ちに取る短い足。全て見間違うことなき五位判官代、八条雅房その人なのである。
「反魂の術か」
鬼童が、額に冷や汗を浮かべて呟いた、その言葉尻を祟海が取った。
「ほう、貴様のような若造でも、我が秘術を知るか。その通り。反魂の術よ。だが、唯の反魂術では無い。見せてやれ、八条!」
八条はゆっくりと馬から下りようとして、くつわを踏み外して頭から落ちた。佐々木源太等郎党衆が、その醜態に思わず吹き出してしまう。が、円光は真剣だった。八条から噴き上がる気が、尋常ではなかったのだ。榊と鬼童も、ただならぬものを感じて油断無く身構えた。八条は逆さづりになって暫くもがいた末、ようやく足をくつわからはずすと、ごろんと転がってうつ伏せに落ちた。郎党達はまだ腹を抱えていたが、見とがめた榊が、気を付けろ、と声をかけたその時である。ようやく立ち上がった八条の姿が、榊等の前でふっと消えた。円光だけが素早く首をめぐらして八条の動きを追った。が、さしもの円光も、八条が見せた突然の襲撃に、警告を発するのが精一杯であった。
「危ないっ!」
消えたと思った八条の姿が、突然一固まりに集まった四人の郎党の前に現れた。何の警戒もしなかった四人は、この余りに信じがたい光景に、笑顔のまま凍り付いた。
一番近くにいた佐々木源太が突然雷に打たれたように馬から吹き飛んだ。信じがたい跳躍力で宙に跳んだ八条の足が、佐々木の顎を捕らえたのだ。佐々木が地に落ちる寸前、更なる一撃が隣の郎党を襲った。八条は一足飛びに飛びついて、弓を奪うと同時にそのこめかみへ拳打を浴びせた。佐々木と殴られた郎党が次々に地に激突する音と、奪われた弓の折りちぎられる音が交錯した。八条は既にごみと化した弓を捨て、細かったはずの目をまん丸に開いてにやりと笑った。口が耳元まで裂け、獣のような鋭い犬歯が、唾液の糸を引いて見る者の恐怖を煽った。
この間に残る二人は体勢を立て直した。長刀を構え、太刀を抜く。背中は冷や汗で水をかぶったようになったが、額へは恐怖と戦う脂汗が大粒の水滴を連ねていた。
「シャアアッ!」
八条は歯を向いて二人を威嚇した。今にも飛びかかろうと、手を肩近くまで引き寄せ、牙の如く伸びた爪を立てて隙をうかがっている。二人はそれぞれの獲物を身に引き寄せ、隙を作らぬよう必死になった。と、一瞬の間をついて八条が飛びかかった。
ガッ!
長刀の柄で郎党は辛うじて八条の口を防いだが、もったのはわずかに数瞬だった。八条は強引に歯を立てて、ついに砕ける音をこだまさせ、径一寸五分の白木を喰い破ったのである。勢いに耐えかねてその郎党も落馬すると、その後を追ってのしかかるように八条が食らいつく。その隣で、太刀を構えた男が馬から飛び降りながら叫んだ。
「おのれ!」
大きく振りかぶられた太刀が、飛び降りた勢いもそのままに八条の背中に走った。
「ひっ!」
一刀両断! と思いきや、八条は瞬きする間もなく飛び離れた。目標を失った太刀が、仰向けの郎党の顔際に突き刺さる。済んでの所で命を拾った郎党は、頬からつっと細く血を滴らせてあえなく気を失った。八条は、味方を殺し損ねて茫然となった郎党に、息をもつかせず襲いかかった。鋭い爪は分厚い鎧をものともせずに切り裂いて、顔に飛んだ一撃が、頬の肉を引きちぎった。
「ぎゃあ!」
顔を押さえてうずくまる郎党を見下しながら、八条はうまそうに右手の爪に残る血と肉を啜った。
榊と鬼童の背筋に冷たいものが走った。口元を真っ赤に染めた八条が、その二人にいかにもうまいものを見つけたというような目を向けたからである。榊は即座に長刀を構え、鬼童の前に馬を出した。鬼童は、護身用の山刀を下げているのみなのである。
「シャアアアアッ!」
八条は躍り上がって榊に突進した。
「でやあああっ!」
とりつかれては厄介と榊は横様に長刀を払った。途端に八条の姿が消えた。空振りした長刀の勢いに体勢を崩した榊に向けて、鬼童の叫び声が飛んだ。
「危ないっ! 上だ!」
「来る!」
七人が緊張して身構えた時、奥から轟くひずめの音に押し出されるように、暗黒の風が吹き寄せた。やがて二騎の馬が怒涛の勢いで洞から飛び出した。二頭とも漆黒の毛並みに白銀作りの鞍を置いた、太くたくましい馬である。その右に乗るのが、馬にも劣らぬ墨染めの衣で身を包み、黒い頭巾で頭を隠した老僧祟海だった。
「よう参ったな。村に残っておれば数刻でも命長らえたものを。わざわざ頭を捧げに参るとは、殊勝なことよ」
だが七人の目は、不敵な笑みを浮かべる老人よりも、その隣の人物へ集まっていた。
「八条大夫・・・」
その姿は確かに見慣れた八条であった。何を見ているのかと人を不安にさせる細い目。たっぷりと脂肪を蓄えた腹。くつわを爪先立ちに取る短い足。全て見間違うことなき五位判官代、八条雅房その人なのである。
「反魂の術か」
鬼童が、額に冷や汗を浮かべて呟いた、その言葉尻を祟海が取った。
「ほう、貴様のような若造でも、我が秘術を知るか。その通り。反魂の術よ。だが、唯の反魂術では無い。見せてやれ、八条!」
八条はゆっくりと馬から下りようとして、くつわを踏み外して頭から落ちた。佐々木源太等郎党衆が、その醜態に思わず吹き出してしまう。が、円光は真剣だった。八条から噴き上がる気が、尋常ではなかったのだ。榊と鬼童も、ただならぬものを感じて油断無く身構えた。八条は逆さづりになって暫くもがいた末、ようやく足をくつわからはずすと、ごろんと転がってうつ伏せに落ちた。郎党達はまだ腹を抱えていたが、見とがめた榊が、気を付けろ、と声をかけたその時である。ようやく立ち上がった八条の姿が、榊等の前でふっと消えた。円光だけが素早く首をめぐらして八条の動きを追った。が、さしもの円光も、八条が見せた突然の襲撃に、警告を発するのが精一杯であった。
「危ないっ!」
消えたと思った八条の姿が、突然一固まりに集まった四人の郎党の前に現れた。何の警戒もしなかった四人は、この余りに信じがたい光景に、笑顔のまま凍り付いた。
一番近くにいた佐々木源太が突然雷に打たれたように馬から吹き飛んだ。信じがたい跳躍力で宙に跳んだ八条の足が、佐々木の顎を捕らえたのだ。佐々木が地に落ちる寸前、更なる一撃が隣の郎党を襲った。八条は一足飛びに飛びついて、弓を奪うと同時にそのこめかみへ拳打を浴びせた。佐々木と殴られた郎党が次々に地に激突する音と、奪われた弓の折りちぎられる音が交錯した。八条は既にごみと化した弓を捨て、細かったはずの目をまん丸に開いてにやりと笑った。口が耳元まで裂け、獣のような鋭い犬歯が、唾液の糸を引いて見る者の恐怖を煽った。
この間に残る二人は体勢を立て直した。長刀を構え、太刀を抜く。背中は冷や汗で水をかぶったようになったが、額へは恐怖と戦う脂汗が大粒の水滴を連ねていた。
「シャアアッ!」
八条は歯を向いて二人を威嚇した。今にも飛びかかろうと、手を肩近くまで引き寄せ、牙の如く伸びた爪を立てて隙をうかがっている。二人はそれぞれの獲物を身に引き寄せ、隙を作らぬよう必死になった。と、一瞬の間をついて八条が飛びかかった。
ガッ!
長刀の柄で郎党は辛うじて八条の口を防いだが、もったのはわずかに数瞬だった。八条は強引に歯を立てて、ついに砕ける音をこだまさせ、径一寸五分の白木を喰い破ったのである。勢いに耐えかねてその郎党も落馬すると、その後を追ってのしかかるように八条が食らいつく。その隣で、太刀を構えた男が馬から飛び降りながら叫んだ。
「おのれ!」
大きく振りかぶられた太刀が、飛び降りた勢いもそのままに八条の背中に走った。
「ひっ!」
一刀両断! と思いきや、八条は瞬きする間もなく飛び離れた。目標を失った太刀が、仰向けの郎党の顔際に突き刺さる。済んでの所で命を拾った郎党は、頬からつっと細く血を滴らせてあえなく気を失った。八条は、味方を殺し損ねて茫然となった郎党に、息をもつかせず襲いかかった。鋭い爪は分厚い鎧をものともせずに切り裂いて、顔に飛んだ一撃が、頬の肉を引きちぎった。
「ぎゃあ!」
顔を押さえてうずくまる郎党を見下しながら、八条はうまそうに右手の爪に残る血と肉を啜った。
榊と鬼童の背筋に冷たいものが走った。口元を真っ赤に染めた八条が、その二人にいかにもうまいものを見つけたというような目を向けたからである。榊は即座に長刀を構え、鬼童の前に馬を出した。鬼童は、護身用の山刀を下げているのみなのである。
「シャアアアアッ!」
八条は躍り上がって榊に突進した。
「でやあああっ!」
とりつかれては厄介と榊は横様に長刀を払った。途端に八条の姿が消えた。空振りした長刀の勢いに体勢を崩した榊に向けて、鬼童の叫び声が飛んだ。
「危ないっ! 上だ!」
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