電脳筆写『 心超臨界 』

真の発見の旅は新しい景色を求めることではなく
新しい視野を持つことにある
( マルセル・プルースト )

人間学 《 行動をささえた箴言――伊藤肇 》

2024-07-17 | 03-自己・信念・努力
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
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そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
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■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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いかなる名僧といえども、最後の最後まで残るのは尊敬されたいという気持ちである。まして、一般の凡人は老年になると一段と欲が深くなる。特に名声と富のある者はそれを失うまいと焦る。だが、どんなに焦っても、いつかは容赦なくやってくる死によって零(ぜろ)となる。これだけ明瞭にわかっているにもかかわらず、多くの人が死の直前まで焦慮と欲望との虜となってあがくのである。


『人間学』
( 伊藤肇、PHP研究所 (1986/05)、p124 )
第4章 出処進退の人間学

◆行動をささえた箴言

「出処進退」に関する箴言を書いておきたい。自分が迷った時、ここを開けば、事に臨んで明確なる裁断をたすける何かがあるはずである。


  英傑、大事に当たりては固(もと)より禍福生死を忘る。而(しこう)
  して、事、適々(たまたま)成れば、則(すなわ)ち亦(また)或(ある
  い)は禍福生死に惑う。学問精熟(せいじゅく)の君子に至(いた)り
  ては則ち一(いつ)なり。
           大塩平八郎『洗心洞箚記(せんしんどうさつき)』

〈英雄豪傑というものは、非凡な気迫や力量や才能をもって天下の功業を争うものだが、多くは時の勢や客気にまかせて、深く心を練るというようなことをしない。このため、何か、事に当って、自分の全知全能を傾け、全く、余念の生ずる余地がない時はいいが、ひとたび、問題が片づき、ふと心の弛(ゆるみ)が生じた時、事、志と違って「禍福生死に惑い」だすと、自ら関するところが大きいだけに混乱も大きく、下手をすれば命とりとなる。これを防止するためには、英傑たるものは功名富貴を目的とせず、「学問精熟」を旨とし、英傑自らが君子になるか、あるいは君子を師とするかの何れかでなければならない〉


  雲―大事を做(な)し出すもの、必ず跡あるべからず。跡あるときは
  禍、必ず生ず。跡なき工夫如何(いかん)。功名を喜ぶの心なくして
  做(な)し得べし。

  水―是(これ)も亦(また)是(ぜ)なり。功名を喜ぶの心なきは学問の
  工夫(くふう)を積まざれば出まじ。周公の事業さへ男児分涯(だん
  じぶんがい)のことをする程の量にて、始めて跡なきようにやるべ
  し。然らざれば、跡なき工夫、黄老清浄(こうろうせいじょう)の道
  の如くなりて、真の道とはなるまじ。細思商量。
                 松浦静山『甲子夜話(かっしやわ)』

〈雲―跡とは、何かを行った後に残るしるしである。大事をなす時は、そういう形跡があってはならない。跡があると、必ず、禍が生ずる。ではどうするか。功名を喜ぶ心を捨てきって、無心でやった時、はじめて出来ることかもしれませんネ。

水―お説の通りです。これはよほど学問を積まなければできないことです。千年王国といわれた周の建国という大偉業をなした周公旦の事蹟も男一匹の仕事をする程の度量があって、はじめて跡のないようにやれましょう。そうでなければ、いわゆる「黄老―老子―清浄の道」で一種のニヒリズムに堕してしまって真の道とはなりません。この点、こまかに思索し検討されたい〉


  成功は幸福の中の一つの要素にはなり得る。しかし、もし、他のあ
  らゆる要素が成功を獲得するために犠牲にされたとしたら、成功の
  値(あたい)はあまりにも高価すぎる。
                 バートランド・ラッセル『幸福論』

〈世の中には成功のほかに人生の目的はない、と思っているようなのがいる。特にエリート・コースを驀進してきた人間には、この観念が強い。だから、そういう人間が社長の地位につくと、その地位に執着しすぎて、その地位から去ることは、もう幸福がそれでおしまいになってしまうような錯覚に襲われて、必死にその地位にしがみつき、老醜をさらすことになる〉


  一種のスポーツとして成功を追求する者は健全である。
                      三木清『人生論ノート』

〈成功を追求しすぎると、個人主義になり、自己顕示欲の強い男となり、非情な男となる。というのは、成功というものは、そのような素因の上に成立しているからである。このため、成功の追求にのみ身をやつしている男は、ある意味において病的である。しかし、一種のスポーツ的な気分で、勝つことを目標に成功を追求している者は、そういう病的なものはない。そこにはスポーツマン的明朗さがあり、たとい敗れても、そこには陰湿なジェラシーみたいなものは存在しない〉


  タフでなければ生きて行けない。
  やさしくなければ生きている資格はない。
                    レイモンド・チャンドラー

〈「プレイバック」の主人公、フィリップ・マーローは、食うか食われるかの厳しい暗黒面をかいくぐって生きているロスの私立探偵である。そのマーローが一夜、ふと女を抱き、その女との別れぎわにたずねられる。

「あなたみたいなタフな男が、どうして、こんなにやさしくなれるの?」

これに対するマーローの答えであった。

人生は時に非情に徹するタフさがなければ生きていけない。しかし、タフに生きぬくために「情」とか「慈悲」とかいう人間のデリカシーを犠牲にしてはいけない。もともと、人生とは未解決の問題を背負って生きぬいてゆくことだが、この二律背反をいかにこなすかが、大事なところである。

東京電力社長の平岩外四のもっとも好きな言葉で、「これを東洋学では『小事は情をもって処し、大事は意をもって決す』ということになりますか」と解説している〉


  富貴の家、常に窮親戚の来往するあらば、便(すなわ)ち、是れ忠厚。
             陸紹珩『酔古堂劔掃(すいこどうけんすい)』

〈銭を愛する者は、他人を愛し得ないが、自分の妻子は溺愛するものだ。しかし、地位に執着し、名誉を愛する者は親戚や家族までも犠牲にする場合がある。つまり、自分の地位や名誉のためには親戚の窮状も見殺しにし、家族の失敗や過失も、親身になって、その面倒をみない。深くタッチしすぎて、自分の地位や名誉が傷つくことを恐れるからだ。

出世コースを順風満帆で突っ走った男が、思わぬ奴につき合ったためにつまずいて失脚した。その男がいつもいっていたのは「僕は出世のさまたげになるような女とは、心がけて結婚までつき合わなかったから、商売女の味しかしらない」ということだった。

こんな心がけでは本当の商売女の味もわかるものではない。一段高いところから、自己保身を第一として、商売女を見おろすような男にホステスだって、芸者衆だって惚れるわけがない。こういう手合いにかぎって、名もなき親戚とつきあうことを嫌うくせに女房の親戚にでも名のある人がいると、しきりにその人のことを話題にのせる〉


  事を謝するは當(まさ)に正盛の時に謝すべし。
  身を居(お)くは宜(よろ)しく独後の地に居(おくべし)。
                  洪自誡『菜根譚(さいこんたん)』

〈隠居するなら惜しまれるうちに、隠居の身を置くなら、他人の邪魔にならぬところへ〉


  四時の序(じょ)、功を成す者は去る。
                  曾先之(そうせんし)『十八史略』

〈友人の范睢(はんしょ)が出処進退に思い悩んでいたのをみて、蔡沢(さいたく)がいった言葉。

「春は万物を芽ぐませて去り、夏はこれを成長させて去り、秋はこれを成熟させて去り、冬はこれを収蔵して去る。春夏秋冬、おのおの、その功をなしとげると、順序よく移りかわっていく。同様に人間も功をなしとげたら、潔く去って、次の者にバトンタッチすべきである」

范睢は豁然(かつぜん)として悟り、病と称して、宰相の地位を降り、蔡沢を後任に推した〉


  『新平家物語』を完結し、子供たちの成長をみとどけたら、路地裏
  へひっこむね。そして、妻と二人で植木鉢に水をやったりして暮ら
  すよ。それを考えると、今から心がうきうきしてくる。
                         吉川英治〈作家〉

〈兵法家として功成り名を遂げた孫子が田舎にひっこんで余生を楽しんでいたとき、帝王の使者がきて、再度の出馬を乞うたが、孫子は、かぶりをふりながらことわった。

「人の世のふれあいには微妙なものがあります。ある時期に大いに有用であり、大いに役に立つ人物でも、その時期がすぎて次の時期にうつれば、もう用をなさないのです。まあ、たとえて申せば、四季の衣服みたいなものでしょう。春に春衣、夏に葛衣(かつい)、秋には秋衣、冬には裘(かわごろも)と、この季節、季節にはそれがなくては用をなしません。いかに高価で美しくても、夏の裘は困ります。どんなにうすく涼しげでも冬の葛衣は用にたちません。ところが、四季は年々歳々確実にめぐってきますが、人の世は循環しません。今の私は世間を忘れたいし、世間からも忘れられたいのです。これからも、人間として生まれた以上、命のある限り生きていかねばなりませんが、私の心境としては、できるだけ世間との接触を小さくして、自らの生をつなぐだけの接触に限りたいと思っているのです」〉


  実際、老人になってわがまま一ついえぬようになったら、もうおし
  まいだ。老人になっても、わがままがいえ、わがままが通る間こそ
  花であって、それができなくなったら、一刻も早く出しゃばりをや
  めるべきだし、その地位もさっさとひきさがるがよろしい。つまり
  わがままこそが老人としての有用無用をたしかめるバロメーターみ
  たいなもので、わがままをどうしてもひっ込めねばならなくなった
  ら、いさぎよく自分自身もひっこめねばならぬ。万一、ここで下手
  にまごつくと、せっかくの偉物(えらぶつ)と見られていた人物でも、
  「老いては駑馬(どば)に劣る」などと悪口をいわれることになる。
                     石坂泰三〈元経団連会長〉

〈すでに亡いが、世紀のダム「黒四」を完成した前関西電力の太田垣士郎は主待医から「脳軟化(のうなんか)の気(け)がある」と告げられた翌日、一切の公職から徐々に身をひいていった。

人間は正常な時だって、時々、間違った判断をして後悔に臍(ほぞ)をかむこと度々(たびたび)である。まして、いささかでも脳軟化の気があるとあっては、どんな失敗をやらかすかしれたものではない。脳軟化の悲喜劇は自らが脳軟化であるかわからなくなることだ。太田垣はそれを心得ていて、見事な「退」を演じたのである〉


  志ある者は「進」を己に求むべきで人に求めてはならない。その道
  を己に求むということは道業学術の精に外ならず、「進」を人に求
  むとは富貴利達の栄にすぎぬ。富貴利達は結局、わが外にある問題
  で、自ら求めて、必ずしも得られるかどうかわからぬことであるが、
  道業学術は自分に内在するものであり、自分が啓発せねばならぬも
  のである。
                   安岡正篤〈全国師友協会々長〉

〈近ごろの経営者は、ただひたすらに「進む」ことに狃(な)れ、一旦、「退く」と、ぼんやりしてしまって何もできない。それは自分に内在するものがないからである。地位だの、名誉だのというものは偶然にくるものだ、と古人も説いているが、道業学術に懸命に励んでいるうちに結果として地位や名誉に恵まれるという意味である。地位や名誉は結果であって目的ではないのだ〉


  池田成彬(しげあき)さん〈三井財閥の大長老〉が最後のやられた仕
  事は「重役の停年制」です。昭和11年5月のことでした。それま
  で三井直系各社には役員に停年がなく、相当な長老連が各社に君臨
  していました。それらの老人たちは三井各社の「生みの親」であり、
  「育ての親」なので、いつもその中心に頑張っておられたが、池田
  さんが「会長、社長は65歳。重役は60歳」という停年制を断行
  されて、きれいさっぱり大掃除をしてしまわれた。そして、私が何
  よりも打たれたのは、自分で作られた停年制に従って、自らもおや
  めになったことです。
                    江戸英雄〈三井不動産会長〉

〈日本楽器会長の川上源一は65歳で引退を決意した。

理由は「父が64歳で倒れたことにもよるが、それよりも、年とともに老化現象がでてきて、具体的に細かい仕事の中身までチェックする根気が薄らいで、大ざっぱなことしかやれなくなったことである。そこで、何でもおいしく食べられ、酒もある程度のみ、ゴルフにいっても、まだ体が動き、肉体的条件が人生を楽しませてくれるのは70歳までと一応決めた。そういう体力が残っている間に人生の最後の休暇をあと5年間いただこうということだ。それから先、まだ体が丈夫だったら、もうけものである」ということだった。事実、人は老いてくれば、老に従った仕事をすべきである。境遇も地位も変化するであろうし、老いてなお、壮年の真似をして欲望をもつのは愚というべきである。

ところが、P・F・ドラッカーはもっと痛烈な指摘をしている。

「停年の必要は実際のところ、年老いたということではない。主な理由は『若者たちに道をあけなければならない』ということである。でなければ若者たちは就職もしなければ定着もしない」〉


  名声への野望は賢者にとって断念すべき最後のものである。
           フブリウス・ヌキトウス〈古代ローマの歴史家〉

〈いかなる名僧といえども、最後の最後まで残るのは尊敬されたいという気持ちである。まして、一般の凡人は老年になると一段と欲が深くなる。特に名声と富のある者はそれを失うまいと焦る。だが、どんなに焦っても、いつかは容赦なくやってくる死によって零(ぜろ)となる。これだけ明瞭にわかっているにもかかわらず、多くの人が死の直前まで焦慮と欲望との虜となってあがくのである〉


  散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花は花なれ 人も人なれ
                     細川ガラシャ夫人の辞世

〈たとえ万斛(ばんこく)の涙をのんでも散る時には散らねばならない。「散る」というほど深刻ではなくても、「去るべき時」に去らぬと、再びうかびあがるのは難しくなる。時には清水(きよみず)の舞台から飛び降りるつもりでそのポストを去らねばならぬこともあろう。だが、身を捨ててこそ次のチャンスに浮かぶ瀬も到来しようというものである〉
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