孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

バングラデシュ  ユヌス氏をグラミン銀行総裁から解任 厚い既存政治の壁

2011-03-03 21:45:18 | 国際情勢

(グラミン銀行融資の特徴でもある利用者の“ミーティング”風景 単に返済を確実にするだけでなく、社会啓蒙的な面もあるようです。 “flickr”より By katiekins570 http://www.flickr.com/photos/28092475@N08/2839696020/ )

ハシナ首相:「貧しい人々の血を吸い上げている」】
中東・リビア情勢やニュージーランド地震関連のニュースが多い中で、目にとまったのがバングラデシュのグラミン銀行創設者でノーベル平和賞をも受賞したユヌス氏がグラミン銀行総裁から解任されたとのニュース。
バングラデシュのハシナ首相との政治的対立が背景にあるようです。

****ノーベル平和賞のユヌス氏、グラミン銀行総裁から解任****
バングラデシュ中央銀行は2日、貧困層向けの少額融資機関グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏(70)を、同銀行の総裁職から解任した。ユヌス氏が2000年に総裁に就任した際、同行の株式の25%を保有する政府の承認を事前に得ておらず、国有企業の総裁就任規定に違反しているためと説明している。
AFPの取材に応じた政府高官は、「法的に、ユヌス氏はもはやグラミン銀行総裁ではない。今後も同氏が総裁になる余地はない」と述べた。
しかしグラミン銀行側は、ユヌス氏の総裁就任は「法的な手続きにのっとったもの」であり、同氏は「しかるべく総裁職にとどまる」と反論している。

■「マイクロファイナンス」生みの親、政府とは対立
ユヌス氏は、貧困層に対する無担保小口融資「マイクロクレジット」の生みの親で、2006年にバングラデシュ人としては初めてノーベル平和賞を受賞、国際的にも高い評価を受けている人物だ。
だが、バングラデシュのシェイク・ハシナ・ワゼド首相や与党政治家らとの対立が激化しており、高齢であることなどを理由に、辞任圧力にさらされてきた。ユヌス氏が2007年に新政党の立ち上げを示唆したことが、政府との関係悪化の原因とみられている。

ハシナ首相は前年12月、グラミン銀行を「私物化している」とユヌス氏を批判、同銀について「貧しい人々の血を吸い上げている」と糾弾した。同月、ノルウェー人ジャーナリストがユヌス氏について1990年代にノルウェー政府の援助金を使い込んだ疑惑を報じ、同氏はバングラデシュ政府の捜査対象となったが、ノルウェー側の調査で潔白が証明された。

こうしたなか、アブル・マル・アブドゥル・ムヒト財務相は前月、ユヌス氏に改めて辞任を要求。同氏はグラミン銀行をめぐる公判のため、前月だけで3回も法廷に召喚されていた。
ユヌス氏をとりまく一連の疑いに関して、ノルウェーのエーリック・ソールハイム環境・開発援助相は「非常に悲しむべき展開だ。われわれが目にしているのは、バングラデシュ国内の権力争いだ。ユヌス氏は国内外で評価されおり、常に野党勢力を主導している」とノルウェー通信に語った。【3月3日 AFP】
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施しは貧困解決にならない
グラミン銀行及び「マイクロクレジット」についてはこれまでも何回か取り上げたことがありますが、07年6月5日ブログ「グラミン銀行 貧困脱出と女性の地位向上」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20070605)でおおよその仕組みを紹介しています。

ザックリ言えば、貧困層、主に女性を対象に、小額(数十ドルとか百ドルとか)の“無担保”融資で事業資金(牛を飼うとか、材料を購入するとか、小商いの商品を仕入れるとか)を融資することによって、彼らの経済的自立、ひいては社会的立場の確立をはかっていくという融資制度で、無担保にもかかわらず97%といった高い返済率が達成されていることも注目されます。

そうした高い返済率の背景にもある“連帯責任的な相互監視システム”については、08年2月23日ブログ「バングラデシュのグラミン銀行、アメリカに進出」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080223)で補足説明していますが、そのなかでも取り上げたグラミン銀行の理念的な言葉が以下のものです。

「通常の銀行では、“クレジット(信用、信頼)”という言葉を使いながらも、実際には人を信用しないことを前提に制度を作ってきた。しかしグラミンでは、クレジットという意味をその名のとおり“信頼”を意味する。グラミンは法的な契約で借り手を縛るのではなく、人間的なつながりによって資金を回収する。グラミンでは担保も貸付契約書も取らない(連帯責任的な相互監視システムはあるが)。
貸し出しにおいて法的な契約は存在せず、握手を交わしてお金を貸すだけである。そもそも小口の融資の取立てに弁護士費用をかけたら完全にペイしないからだ。それでもグラミンの回収率は99%を超えるという。契約の代わりに、お金を返済することはとても大切なことであるということを事前に伝えるのである。」(Business Media 誠 山口揚平 性善説は貧困を救えるのか http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0707/10/news031.html

また、「施すという行為は物乞いの尊厳および自活の意欲を奪うことになり、長期的にも短期的にも現実的な解決方法にはならない」という発想から行われている、物乞いの経済的自立を促すプログラム“物乞い自立支援プログラムStruggling (Beggar) Members Program”については、08年2月24日ブログ「バングラデシュ  グラミン銀行の物乞い自立支援プログラム」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080224)で取り上げています。

既存政治家による二大政党確執のしがらみ
大きな実績をあげ国際的にも著名なユヌス氏は、腐敗・汚職が蔓延し、既存政治家による二大政党確執のしがらみから抜け出せないバングラデシュ政治の刷新に取り組もうと、07年の暫定軍事政権下で新党結成に動きましたが、これは現実政治の壁に阻まれています。
この時以来の“既存政治家”ハシナ首相との“因縁”が、今回の解任の背景にあるようです。

冒頭記事にある“1990年代にノルウェー政府の援助金を使い込んだ疑惑”については、「椅子は硬いほうがいい」(http://fukunan-blog.cocolog-nifty.com/fukunanblog/)に詳しく紹介されています。
その内容を抜粋・要約すると以下のとおりです。

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「1994年,ノルウェー政府(正確にはNORAD)からグラミン銀行に,マイクロクレジットに使用する目的で100万ドルを提供することが決まった。しかし,その資金はグラミン銀行の下部組織であるグラミン・カリヤン (グラミン・グループの保健福祉部門。マイクロクレジットの仕事はしていない)に回された。これは合意文書に反する行為だった」というもので、そのあと100万ドルはグラミン銀行に戻されています。
この件についてはノルウェー政府とグラミン銀行の間で対話が行われ,1998年には決着がついています。
改めて報道がなされ問題視された昨年末、ノルウェーの環境・国際開発大臣は「一時,NORADの資金がグラミン・カリヤンに回ったのは事実だが,その件は1998年に解決済みである。ノルウェーからの資金が目的外流用されたり横領されたりしたという事実はない」と、ユヌス総裁を擁護する声明を発表しています。
(3月3日 「椅子は硬いほうがいい」(http://fukunan-blog.cocolog-nifty.com/fukunanblog/)より)
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なお、バングラデシュの“二大政党確執のしがらみ”は相変わらずのようです。
****バングラデシュ:元首相派と治安部隊衝突****
バングラデシュの首都ダッカなどで13日、野党バングラデシュ民族主義党党首のジア元首相に対する住居からの強制退去命令に反発した同党支持者が抗議行動を実施。ロイター通信によると、ダッカでは車へ放火するなど、約4000人が治安部隊と衝突し、約50人が負傷、約20人が拘束された。【10年11月31日 毎日】
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ユヌス氏のような人材を活用せず、排除しようとするバングラデシュ政治の現状にはため息が出る感があります。

マイクロクレジットの限界
評価が高いマイクロクレジットについては、その貧困改善の有効性について異論もあります。
****グラミン銀行は貧困を救えない****
オバマはマイクロファイナンスの創始者でノーベル賞受賞者のユヌスに勲章を授与したが、世界はそろそろその栄光に隠れた限界に気づくべきだ
(中略)
一方ユヌスは、貧しい人も融資の恩恵を受けられるし、融資の使い方を学べることを示してきた。なかでも重要なのは、貧困者がきちんと借金を返済することを証明してきたことだ。だがそのアイデアは大規模に実施するのが難しく、未だ象徴的な存在にとどまっている。
04年の時点で、世界のマイクロファイナンス機関の貸出残高は170億ドル。デソトによればそのほとんどがプチ起業家である40億人の貧困人口が必要とする融資額と比べると、スズメの涙ほどしかない。

しかも既存のマイクロファイナンスのほとんどは補助金で成り立っている。営利を追求する民間の資本市場から調達した資金で成り立っている融資はごくわずかだ(04年の時点でたった27億ドル、つまり貧困人口1人当たり1年に60セントしかない)。
開発系の銀行はマイクロファイナンスに際して担保を必要としない。こうした金融機関は利潤を追求しておらず、補助金をもとに運営していることが多いからだ。他方、民間資本市場から資金を調達する銀行は、融資先に担保の差し入れを求める。だがこれでは借り入れコストが高すぎて、長期融資を求める貧困人口の多くが利用できない。(後略)(09年08月26日Newsweek ピーター・シェーファー http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2009/08/post-456.php
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上記記事はグラミン銀行・マイクロクレジットを否定するものではなく、その資金調達の限界を指摘するものです。
貧困層に居住住宅などの財産登記を促す仕組みをつくることで、それを担保にした補助金に頼らない“担保付きの低利・長期・小口融資”を提案しています。

コメント (1)
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