(ムバラク退陣を求めるタハリール広場では、ムスリムはコーランを、コプト教徒は十字架を掲げて共に戦ったのですが・・・ “flickr”より By pinkturtle2 http://www.flickr.com/photos/effarania/5421572241/)
ムバラク大統領を辞任に追い込んだエジプトでの市民による政変は、エジプト保健省の発表では、少なくとも死者365人、負傷者は5500人にのぼるとされています。
大きな犠牲をも伴った市民革命ではありますが、その真価は、今後どのような政治体制が作られるかによって決まります。
【「フェイスブック」で首相交代発表】
政変後も製造業や金融など幅広い業種でストが実施されて経済活動が停滞、軍最高評議会は2月18日、「違法行為の継続は許容しない」との声明を発表し、政変後も頻発しているストを事実上禁止する“苛立ち”を見せていました。
2月22日には、ムバラク前政権の影響一掃を求める市民からの批判を受けて暫定内閣の改造が行われましたが、大半の閣僚が留任する内容に、市民の不満は収まりませんでした。
****エジプト:野党勢力から初入閣も 暫定内閣の改造実施*****
エジプトで22日、暫定内閣の改造が行われ、初めて野党勢力から入閣するなど新たに11人が起用されたが、シャフィク首相以下、財務・外務・内務・国防など主要ポストを中心に、大半の閣僚は留任した。
内閣改造は、ムバラク前政権と同じ顔ぶれが続くのはおかしいという市民の批判を受け、内外に挙国一致を印象づける狙いだ。だが、一部交代にとどまったため、反政府デモを主導した若手グループは納得せず、同日、カイロ市中心部のタハリール広場で、内閣一新など徹底した民主化を求めて数千人がデモを行った。旧閣僚の残留に反対する公務員のストライキも散発的に続いている。(後略)【2月23日 毎日】
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こうした事態に、軍最高評議会は今月3日、退陣したムバラク前大統領が任命した軍人出身のシャフィク首相に代えて元運輸相のイサム・シャラフ氏(58)の首相就任を「フェイスブック」で発表しました。
****エジプト:元運輸相のシャラフ氏に首相交代*****
エジプトを暫定統治する軍最高評議会は3日、退陣したムバラク前大統領が任命した軍人出身のシャフィク首相が辞任し、後任に元運輸相のイサム・シャラフ氏(58)が就任すると発表した。シャフィク氏辞任はムバラク政権の名残払拭(ふっしょく)を求めていた若者グループの主要な要求の一つ。今回の措置で軍側は国民の要求に柔軟に対応する姿勢を改めてアピールした。
シャフィク氏はムバラク時代の民間航空相で、1月末に首相に就任。ムバラク氏が2月11日に辞任した後も留任していた。しかし、ムバラク退陣要求運動を主導した若者グループは前政権との決別を要求。軍最高評議会は同月22日に野党幹部を入閣させるなどの内閣改造を行ったが「シャフィク辞任」を求める声は続いていた。
若者グループ「4月6日運動」は首相交代に関する声明で「シャラフ氏は(デモの中心地だったカイロの)タハリール広場での座り込みにも参加していた」と歓迎した。
シャラフ氏は04~06年に運輸相としてエジプトの交通インフラ改良などに取り組んだ。米国留学経験がありカイロ大で土木工学の教授として教えたこともある。
軍最高評議会は今回の首相交代を交流サイト「フェイスブック」で発表した。フェイスブックはムバラク氏を退陣に追い込んだ若者グループらが情報発信などに活用しており、若者受けを配慮したとみられる。【3月3日 毎日】
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****エジプト、組閣でムバラク色ない閣僚を相次いで指名****
エジプトでは、シャラフ新首相が率いる新内閣の閣僚選びが進み、内相、外相などが指名された。外相に指名されたのは国際司法裁判所判事などを歴任したエルアラビ氏。
シャラフ首相は、シャフィク前首相の後任で、反政府行動を展開した若者グループの支持を得ている。
閣僚の就任には、軍最高司令官であるタンタウィ軍最高評議会議長(副首相兼国防相)の承認が必要。
同国の暫定統治にあたっている軍最高評議会は、ムバラク政権時代の閣僚追放を求める声にこれまでで最も忠実に応えて改革を進めており、今回の組閣に国民が満足するとともに、政府の信頼が回復され、経済が再び動き出すよう期待している。タンタウィ氏は、国防相留任となる。【3月7日 ロイター】
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シャラフ新首相は4日、数千人規模の民主化要求デモが行われた首都カイロ中心部タハリール広場で演説し、「国民の要求が実現するよう全力を尽くす」と述べ非常事態令の解除や政治犯の釈放などに取り組むことを約束しています。
紆余曲折はあったものの、ムバラク前政権からの決別はなんとか実現しつつあるようです。
【ムスリム同胞団 新党結成 若手グループによる変革要求も】
なお、上記シャラフ新首相の演説の際、“シャラフ氏の横にはイスラム原理主義組織ムスリム同胞団の幹部ムハンマド・ベルタギー氏が並び、同胞団の存在感の高まりを印象づけた”【3月5日 産経】とも。
エジプト政変の行方を危惧するアメリカなどの見方として、穏健派ながらイスラム原理主義組織であるムスリム同胞団台頭への懸念があります。強権支配国家からイスラム原理主義国家に変わるのであれば、歓迎できないという見方です。
****エジプト ムスリム同胞団「自由と公正党」結成****
軍が全権を掌握しているエジプトの事実上の最大野党であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団は21日、同胞団を基盤とする政党「自由と公正党」を結成すると発表した。党首などの幹部人事や政党綱領はまだ決まっておらず、同胞団のバイユーミ副団長は「適切な時期に発表する」としている。半年以内に実施される次期議会選への参加を目指すとみられる。
同胞団はナセル元大統領時代の1950年代に非合法化。ムバラク前政権は一定の活動を容認する半面、監視下に置いた。同胞団は議会選に無所属の形でメンバーを送り出し、2005年の人民議会(下院に相当)選では全体の約2割にあたる88議席を獲得した。(後略)【2月22日 産経】
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そのムスリム同胞団内部においても、変革の動きが伝えられています。
****エジプトで17日にデモ計画 同胞団でも“若い力”台頭*****
ムバラク政権崩壊後のエジプト政治で主要勢力のひとつとして動向が注目されるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団の若手グループが、現指導部の解散と組織の若返りを求めて17日にデモを計画している。強固な統制力を誇る同胞団で公然と指導部批判が起きるのは異例。長期政権への閉塞(へいそく)感からムバラク体制を転覆に追い込んだ若い世代は、事実上の最大野党にも「変革」を迫りつつある。(後略)
同胞団の若手グループの要求は「発言権の確保」程度にとどまってはいる。だが今後、指導部の統制力が弱まれば、政策や組織のあり方をめぐる路線闘争に発展する可能性もある。【3月5日 産経】
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【ムーサ氏に、エルバラダイ氏も】
新大統領については、大統領任期を6年から4年に短縮、現行は認められている多選を制限し、3選を禁じる条項を新設することなどを柱とした改憲案が憲法改正委員会でまとめられています。
****エジプト:19日に国民投票 大統領選8~9月に*****
エジプトで実権を握る軍最高評議会は28日、民政移管の日程として、憲法条項改正に関する国民投票を3月19日に実施する考えを示した。評議会と面談した複数の青年団体幹部が明らかにした。国民投票の後、6月に人民議会(国会)選、8月か9月に大統領選を検討しているという。
評議会は6カ月以内、もしくは大統領選の実施後に権限を返上する基本方針を示している。青年団体との面談では、大統領選前に権限を返上し、民主的な政体下で選挙を実施するかどうかについて明言を避けたという。【3月1日 毎日】
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新大統領への立候補者については、先月末に、長年にわたり外相を務めた人気政治家ムーサ・アラブ連盟事務局長(74)が立候補する意向を固めたと報じられたほか、ノーベル平和賞受賞者で、国際原子力機関(IAEA)の前事務局長ムハンマド・エルバラダイ氏(68)も今月9日、民間テレビに出演し立候補する意向を表明しています。
実現すれば、変革を印象付ける選挙戦になりそうです。
【再燃する宗派対立】
しかし、エジプトの今後については、イスラム原理主義の動向だけでなく、エジプト社会に内在する宗派対立の再燃の問題もあります。今年1月1日には、アレクサンドリアのコプト教会前で自爆テロがあり、20人以上が犠牲になった事件も起きていました。
****エジプト イスラム・コプト教徒衝突 2人死亡、教会放火****
エジプトの首都カイロ南部のソル村で4日夜、イスラム教徒の住民と、キリスト教の一派で同国の人口の約1割を占めるコプト教徒の住民が衝突し、イスラム教徒の男性2人が死亡した。イスラム教徒側はコプト教会に火をつけた。同国の中東通信が5日伝えた。
政府系紙アハラム(電子版)によると、コプト教徒の男性とイスラム教徒の女性が関係を持ったことが露見し、女性の親族らが怒ったことがきっかけ。
エジプトでは近年、両宗教間の緊張が高まっており、反コプトデモが頻発している。【3月6日 産経】
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この対立は更にエスカレートしています。
****カイロでコプト教徒とイスラム教徒が衝突、13人死亡 エジプト*****
エジプトの首都カイロで8日、抗議デモを行っていたキリスト教のコプト教徒がイスラム教徒と衝突し、保健省や教会関係者によると、コプト教徒7人を含む少なくとも13人が死亡、45人が負傷した。
コプト教の神父が9日、AFPに語ったところによると、犠牲者、負傷者とも全員が銃撃を受けたものだという。
エジプトでは4日、カイロ郊外のヘルワンでコプト教徒とイスラム教徒が衝突し、コプト教の教会が放火され2人が死亡する事件が起きており、これに抗議するコプト教徒1000人あまりが8日午後、ゴミ収集を生活の糧としているコプト教徒が多く住むカイロ市内の貧困地区モッカタムに集結した。そこに、イスラム教の一団が押し寄せ、コプト教徒との衝突が起きた。
衝突が起きる前にも、カイロ中心部の国営放送局前で、コプト教徒が数日間にわたり、放火された教会の再建と責任者の処罰を求める抗議デモを行っていた。【3月10日 AFP】
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“ムバラク前大統領を2月に退陣に追い込んだ民衆蜂起では両教徒は共闘するなど、一定の関係改善も見られていた”【3月9日 毎日】とのことですが、共通の敵がいなくなったら衝突再燃・・・というのも残念なことです。
変革運動によって自覚された民衆の力が、同じ民衆に向けられるようなことになるのであれば、何のための変革だったのかとも問われます。
【ガザ封鎖は?】
なお、パレスチナ・ガザ地区との境界ラファ検問所は、反政府デモの影響で閉鎖されていました。
イスラエルのガザ封鎖にこれまでどおり協力するのか、それともイスラエルとの関係を大きく変えるのか・・・外交的には最も注目されるところです。
“イスラエルによる「ガザ封鎖」の悪夢を想起させることから、ムバラク前政権のイスラエル偏重外交に不満な市民感情を刺激し、民主化運動の要求項目に「往来の早期再開」が含まれていた。ただ、エジプト国営放送によると、段階的な運用再開となる見込みで、当面は、市民の不満を和らげる象徴的な再開にとどまりそうだ”【2月19日 毎日】