日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

神のまにまに

2017-05-07 | ホーム
先日、友人に誘われて代官山のデンマーク大使館でNicolai Bergmannのインスタレーションを見に行く。
今ここで、ニコライ バーグマン。
少し前、偶然にTVでニコライ バーグマンが太宰府天満宮でのイベントを行ったことが紹介されていて、改めてその仕事ぶりの素晴らしさに感銘を受けて、これは一度ちゃんと我が目で見たいと思っていたところだから渡りに船とドンブラコと飛び乗った訳だ。



そういやあ太宰府天満宮で鹿児島睦の造形展というのもやっていて、デザイナーズ神社の竈門神社といい、天満宮はうそ替え神事や学問の神様だけにとどまらなくなっている。
アートや食べ物、梅ヶ枝餅も美味いし(名物はちゃんと美味いのだ)太宰府グッツもオシャレ仕様で、遊園地も隣にあって、九州国立博物館もすぐ近く。もう一大エンターテイメントエリアを構成しちゃってる。
何回も、何回でも行きたいのだけど、如何せん関東圏から太宰府は遠い。
菅原道真公も涙にくれる程の遠さだもの。


東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ
東からの風が吹いたなら匂いを寄越しておくれ梅の花 (わたしは太宰府にゆくが)主人がいなくても春を忘れるなよ。
かの有名な飛梅の歌。






さくら花 ぬしをわすれぬものならば 吹き来む風に言伝てはせよ
桜の花よ 私を忘れていないのなら、吹く風に(都からの)言伝をのせてきておくれ






道真公、怨みつらみを花に託して、梅だけでなく、桜にさえ望郷の想いを重ねていたとは。
切ないほどの都への未練ひしひし。
梅が咲いて涙して、桜が咲いて泣きぬれて、ついに季節がかわっても



草葉には 玉と見えつつわび人の 袖の涙の秋のしら露
草の葉では玉と見える水滴も 世をはかなんだ人間の袖では涙である。 ああ、秋の白露よ。



ああ、涙、涙にくれる日々。
そんな遠い太宰府ではなく、電車に乗って数十分、梅か桜か蘭の花。
見たことも、聴いたことのない植物がニコライバーグマンの手で玉に仕立てられてデンマーク大使館。
すてきな花器の多肉植物も手に入れてほくほく。
大使館内は日本国あって、日本国ではないから太宰府よりも遠い遠い異国の地で花の錦 神のまにまに。






もみぢの錦 神のまにまに
「まにまに」いう音がユーモラスなきがしてお気に入りの歌。
道真公の御歌だったのですな。
なんだか買ってきた多肉植物が有り難く、貴重なものにおもえてきた。
枯らさずに育てねば、そのココロ神のまにまに。



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