食べることだけが楽しみとなり、行き着く記憶。
記憶美術館便り
2020年 1月18日〜3月22日 諏訪綾子展 「記憶の珍味」
「食」を通して感情、記憶などを表現する諏訪綾子。
こんな切口で表現する方法があるんだと感嘆した福光屋とコラボしたエモーショナル エッセンス。
過去ログ 感情のテイストについてはこちらから→酒×感情
感情を味わうなんて考えたことなかったけど、それをアートにまでしたということに非常に興味を持ったのが出会いであった。
よく考えてみれば喜びを噛み締め、苦渋を舐めるのだから他の感情も味わうことができるんだと納得ができる。
それからのち、偶然にも金沢21世紀美術館で「感覚で味わう感情のテイスト」というインスタレーションをみることができて非常に興奮したのを覚えている。
美食、グルメ、栄養学から見地からも一線を画す「食」に接する機会は貴重。
感情、記憶、感覚にアプローチする「食」なんていつもの朝食、昼職、夕食の「食」ではないからな。
今回初めて幸運にもその作品を味わう機会を得た。
美味しい、不味いをも超越した作品然とした「食」はどんな味がして、どんな感情を味わわせてくれるのでしょうか、期待は高まるばかり。
手渡された記憶の珍味の味わい方
いくつかの「ある記憶の匂い」を嗅いでひとつ選ぶ。
それをスタッフに伝え、チケットをうけとる。
記憶の珍味を味わうブースへ入る。
アーティストの言葉によると
匂いは考えてるのではなく感じるままに直感で、記憶をいちばん鮮やかに呼びさますものを。
食べるか食べないかは自由。
記憶珍味が味わえるかもあなた次第。
手渡された味わいかたに目を通して、自分のための匂いを探す。
むせかえるほどの香り、ひそやかな香り、湧き立つ香り、漂う香り。
標本のように用意されたいくつかの匂いは香水のようでもなく、浮世離れした不思議な匂い。不思議な記憶。
その中から選んだ私の記憶。
記憶の珍味。
孤独と自由
鮮やかな藻が生えている。緑がかってよく見えないけれど、水槽の中できっと自由を謳歌する金魚。
ずっと雨が降っている。
濡れなくて誰もいないけれど部屋の中で時間をもて余すわたし。
満たすものがない、比べるものがない。何もない。誰もいない。答えがない。きっと孤独。
だけど心地よいたぶん寂しい。もしかしたら自由。
そんな味。
なかなかおもいもよらぬ衝撃的な体験(味)でありました。
あれから1ヶ月後、部屋の中で時間をもて余すわたしの味を記憶の中から引っ張り出す日が来ようとは考えだにせず。
記憶の美味ではなく、まさしく珍味の記憶。
あなたの記憶の珍味は?
記憶美術館便り
2020年 1月18日〜3月22日 諏訪綾子展 「記憶の珍味」
「食」を通して感情、記憶などを表現する諏訪綾子。
こんな切口で表現する方法があるんだと感嘆した福光屋とコラボしたエモーショナル エッセンス。
過去ログ 感情のテイストについてはこちらから→酒×感情
感情を味わうなんて考えたことなかったけど、それをアートにまでしたということに非常に興味を持ったのが出会いであった。
よく考えてみれば喜びを噛み締め、苦渋を舐めるのだから他の感情も味わうことができるんだと納得ができる。
それからのち、偶然にも金沢21世紀美術館で「感覚で味わう感情のテイスト」というインスタレーションをみることができて非常に興奮したのを覚えている。
美食、グルメ、栄養学から見地からも一線を画す「食」に接する機会は貴重。
感情、記憶、感覚にアプローチする「食」なんていつもの朝食、昼職、夕食の「食」ではないからな。
今回初めて幸運にもその作品を味わう機会を得た。
美味しい、不味いをも超越した作品然とした「食」はどんな味がして、どんな感情を味わわせてくれるのでしょうか、期待は高まるばかり。
手渡された記憶の珍味の味わい方
いくつかの「ある記憶の匂い」を嗅いでひとつ選ぶ。
それをスタッフに伝え、チケットをうけとる。
記憶の珍味を味わうブースへ入る。
アーティストの言葉によると
匂いは考えてるのではなく感じるままに直感で、記憶をいちばん鮮やかに呼びさますものを。
食べるか食べないかは自由。
記憶珍味が味わえるかもあなた次第。
手渡された味わいかたに目を通して、自分のための匂いを探す。
むせかえるほどの香り、ひそやかな香り、湧き立つ香り、漂う香り。
標本のように用意されたいくつかの匂いは香水のようでもなく、浮世離れした不思議な匂い。不思議な記憶。
その中から選んだ私の記憶。
記憶の珍味。
孤独と自由
鮮やかな藻が生えている。緑がかってよく見えないけれど、水槽の中できっと自由を謳歌する金魚。
ずっと雨が降っている。
濡れなくて誰もいないけれど部屋の中で時間をもて余すわたし。
満たすものがない、比べるものがない。何もない。誰もいない。答えがない。きっと孤独。
だけど心地よいたぶん寂しい。もしかしたら自由。
そんな味。
なかなかおもいもよらぬ衝撃的な体験(味)でありました。
あれから1ヶ月後、部屋の中で時間をもて余すわたしの味を記憶の中から引っ張り出す日が来ようとは考えだにせず。
記憶の美味ではなく、まさしく珍味の記憶。
あなたの記憶の珍味は?