日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

それは例えば村上春樹

2013-04-19 | リブレリア
村上春樹の新作がでた。
すでに近所の書店の平台はすっきり、ぼっかりと穴が空いたようにきれいに売り切れていた。
真夜中に並ぶ人々、売り切れ続出のこの状況は何なんだ?
そんなに面白いか?
この状況がさっぱり理解できないでいる。

売れに売れる彼の小説はこの出版不況が叫ばれる中でそれはそれは類稀な存在だ。
唯一のビックイベントとして皆で大切に大切に盛り上げている感じ。
それはやっぱり面白いのか?

あの名作といわれる「ノルウェイの森」ですらシンパシーを感じなかったあたしの場合、
間違いなくこの出来事は蚊帳の外。
大崎善生、石田衣良だって同じぐらい(同じように)に面白いのに何故、村上作品は特別なんだ?
村上作品は共感できることが魅力のようだけど
それができないあたしは時代への共鳴力が少ないと言われているようでちょっと複雑。


簡潔で選び抜かれた言葉は知的でスタイリッシュで気分良く難解。
その頃合いが絶妙なんだろうか。
例えばそれが1Q84で
羊をめぐる冒険で
ねじまき鳥クロニクル。





これほど多くの人々にシンパシーを感じさせる彼の小説は
つまり流行のJ-POP。


それはまるで流行りの曲の長い長い歌詞のよう。
とても長い歌のよう。
それがミスチルで
JUJUで
サザンで
例えば村上春樹。


流行りの音楽に興味がないから
多分、村上春樹の小説にもそれほどシンパシーを感じないのだと自分を納得させたけど
良い作品なら10年後、間違いなく残っているいるね? ね!
さて『色彩をもたない多崎つくると、その巡礼の年』を手に取るのは何年後だろうか?

読むべき本の出会いのタイミングは必然だと信じているので、
共感できる頃、何となく読むのだろう。
あたしの今、手元には『遠い太鼓』というエッセイが一冊。
淡々と進む文章に遅々としてページが進まないのはきっとまだ時期尚早。