日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

JR展 世界はアートで変わっていく

2013-04-01 | ギャラリー
ワタリウム美術館でのJR展に参加してきた。
行ってきたとは言わない「参加してきた」のだ。
街を飲み込み、世界をのみこむ彼のパフォーマンスには途轍もない大きな力が秘められていて
世界中の種々の出来事にこんなアプローチの仕方があるんだと考えさせられた。


フランス人 アーティスト JR(ジェイアール)
彼のやり方はこうだ。



ポートレートをストリートに展示する




それだけ。



世界一大きな展示場(世界中どこだって)に巨大なポートレートを貼っていく。
それはバンクシーと同じようなグラフィティと呼ばれる神出鬼没なストリートアート。

パリ郊外の公営団地に住む若者のポートレートを
パリの華々しいエリアに貼りだした「Portrait of a Generation」
(邦題:ある世代のポートレート)
パレスチナ人とイスラエル人を並べて配置する「FACE 2 FACE」
(邦題:向き合って)



紛争地域で犠牲となった女性たちのポートレートを掲げた「Women Are Heroes」
(邦題:女性たちはヒーロー)



初めてJRという不可思議な名で呼ばれるアーティストの活動を知ったのは確か雑誌の特集だったと記憶している。
確か雑誌・・・SPURだったか。
もう紙面の内容も時期もさっぱり覚えていないけど強烈なインパクトをもってその写真をみたのだ。
まっすぐ見つめる女性のまなざし。
それは心ここにあらずとも見えるし、憂いにもみえるが、強さと達観にもみえる。
おどける表情をしたのはユダヤ教・キリスト教・イスラム教それぞれの指導者だ。

ただ一枚の市井の人々のポートレートは人々の目にさらされて大きな意味を孕む
その意味はそれを見た人間が考えればいい。
そう、考えざるを得ない状況になるのだ。
そこにある顔と対峙するとはそこにある現実と向き合うことなんだと思う。
たんなる一枚の大きな写真は恐ろしいほどに雄弁だ。
日本という国なら自分の顔を写真を撮ることに、撮られることに比較的問題がない。
これが中東の女性ならどうなんだろうか?
北朝鮮の人々なら?
考えれば考えるほど思考の深淵にはまってもがくのみだ。


目は口ほどモノを言う。
君は自分のポートレートを前に何を考える?
JRに切り取られたポートレートを前に何を思う?
 JR展    世界はアートで変わっていく




単に模造紙大の自分のポートレートが面白いからでもいいので。
そこで何かを思ったらめっけもん。
6月2日までワタリウム美術館にて。