棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

久しぶりに見る虹

2009-07-31 19:01:00 | 山郷の暮し
雷鳴とともに激しい雨がしばらく降り続く。
降り止んだので夕方の散歩にでたが、また降り出してくる。サクラの方がサッサッと帰ってしまった。西空が明るくなりだす。我が家への小道にはいると、東空に虹が。しかも2重---3重と狭い谷いっぱいにかかっている。あわてて写真を撮りましたが、我が腕とバカチョンではこの程度です。
コメント

うっとおしい雨空

2009-07-31 15:05:51 | 山郷の暮し
今日もあいかわらずうっとおしい雨空だ。
近くの有機栽培農法をしている方が、雨が多く日照時間が少ないと病気がでやすい。使いたくない農薬をなんとか最小量にしてやっている。さらに、今年はやけにモグラの出没が多く、ナス畑が台無しになってしまっう。「サクラはモグラをよく捕ってくれるが、掘り返したその後の騒ぎがたいへん・・・」と笑ってくれた。
モグラさん、雨降りが続いていい場所を求めて、移動しマクッテいるのでしょうかネー。
昨年はどうだったのかと日記をみれば、激しい夕立に草木が倒れた、とある。
昨年と少しも変わらないのは、我が家の雑草花畑である。
度派手なグラジオラスが次々と咲き、掃除が行き届かない部屋をキレーーーイにしてくれている。
残念だが、大好きな「ひまわり」は今年は少なく、どうもパッとした感じが無い。
コメント

45-珍訳源氏-極秘の恋

2009-07-31 08:19:13 | 物語・絵本・童話
実は、源氏殿と宮中にあがった6の姫(朧月夜の姫)は、ひそかに文通をしていたのだった。危険であればあるほど、恋の炎は燃え上がってゆくのは自然なこと。
光源氏に手ほどきを受けた六姫に、自分より若い朱雀帝が夢中になるは当たり前のことだと、光源氏は思っていた。
姉の皇太后様は実家の右大臣の屋敷にかえられるのが多いので、皇太后の弘徽殿に住むまわせた。二人にとっては、危険ではあったが、逆に逢える機会は増えたのだった。
光源氏殿の義兄である私は、これらのことは10数年後に知ることになるのですが、恋というものは障害があればあるほど燃えてゆくもの。
一夜のつまみ食いの恋とは訳が違い、数少ない逢瀬を、心身をかけた情熱に燃えたのでしょう。
源氏物語の作者-紫式部さんも、大変な情熱を込めてお書きになっておりますので、ぜひお読みください。
絵は「水流-静と動」の部分
コメント

自己治療中のサクラ

2009-07-30 20:10:20 | 山郷の暮し
久しぶりに朝日が外のテーブルを照らす。
どこに触っても水がしみでてきくるのではないかと思われるほど、すべてが湿っている。ベトー・ジトー ともかく嫌な空気だ
そんな中、久しぶりに外で朝食をとったが、気分は今ひとつ。
賢犬サクラがかたわらでおこぼれを待っているが、顔は向こう傷だらけで先日の傷が閉じたばかりだが、昨日鼻の頭をひどくやられて帰ってきた。「お前トシなんだから、モーー追い掛け回すのを止めにしろよ」といっても本能だからしかたがないが。
己を知らなくては賢犬サクラではなく、鈍犬サクラと言われてしまうのではないか。
まーー繋いでおけばいいのだが・・・・。
ただ今自己治療中。といってもひたすら舐めているが、いつもの事ながら犬の回復力は驚異的だ。
猫のチビクマが鼻先にじゃれるとさすがに怒った。
コメント

44珍訳源氏

2009-07-30 08:33:23 | 物語・絵本・童話
朧月夜に登場した右大臣家の六姫は宮中にあがり、位も帝近くの尚侍(ないしのかみ)になり、性格のよさもあり帝の寵愛を受けた。
姫が帝に愛されていることを知った姉の皇后様はお喜びではあったが、それだけに憎いのは源氏殿で、操を傷つけられた姫には后の将来図はないのである。
右大臣家にとっても誤算ではあったが、一層のこと源氏殿の後妻にと思ったが、皇后様の大反対に流れてしまった。
コメント

43-珍訳源氏-光源氏22-3歳のこと

2009-07-29 09:49:30 | 物語・絵本・童話
心が完全に通じ合う前に一子を残してなくなってしまった葵の上。源氏殿もさすがにまいったようで、私の実家である左大臣家の屋敷に冴えない日々を過ごしていました。
光溢れる初夏のころ、自分の二条屋敷に久しぶりにかえっていったのです。
 しばらくして、私はご機嫌伺いにうかがいますと、びっくりしたことに、あの幼いながらも美しかった「若草の姫」は「若藤」と呼ばれ、源氏殿のご寵愛をうけていたのです。
お忘れですか・・源氏殿が療養に行っていた先で見つけた美しい少女-若草のことです。
 お年は12-3才と思われますが、どこに出ても恥ずかしくない気品に満ちたうつくしさです。私は改めて源氏殿のお目の確かさに脱帽。まるで、花作り師のごとく、まだ蕾の花をいくつしみ・愛し・大切に育て上げれば、早々に見事な花を咲かせるごとくです。
源氏殿は、若藤を妻にしようと思っていたようです。
コメント

ミレーの若妻の肖像画

2009-07-28 13:12:52 | 創作活動
いつまでもうっとおしい空でイヤになっちゃう。なにかスカッとしたことがないかなーー。
ミレーといえば「種まく人」「落穂ひろい」「夕べの祈り」などなど数々の名作を思い浮かべられるとおもいます。私も当然だいすきな名作で、ありがたいことに隣県の山梨美術館に収蔵されています。
ミレーは肖像画家として活躍をしていたのですが、なかでも新婚の妻-ホーリーヌ・V・オノを描いた肖像画は大好きで、この作品が購入されたときはほんとうに嬉しかった。今でも美術館へ行く最大の目的は、この作品に逢いに行くようなものだ。
製作エネルギーの配分とでもいいますか、描き込む所と、さらりと仕上げてしまっている処。一回塗りの地塗りを残した仕上げなど、製作の手順を観る事が出来ます。その妙味が、写真的な肖像画とは一味もふた味も違っているのです。
私は絵を勉強している方々に、この作品を研究することを進めているのです。
画中の力の配分がいかに大切なことか、理解しやすい作品でもあるのですが理屈はともかく、この絵に出合うたびに「絵の世界が創りだす生命観」に触発されるのです。
写真はアトリエのデスク光景です
コメント

42-珍訳源氏-権力交代の始まり

2009-07-28 13:05:04 | 物語・絵本・童話
光源氏23歳--右大臣家の繁栄の始まり
翌年、源氏殿が23歳。いまは桐壺院になられていた父君の病状が10月になるとさらに思わしくなくなりました。
朱雀帝への遺言として、源氏殿を補佐役に治世するようにと固く申されました。
源氏殿には東宮(源氏の子供だか)をくれぐれもたのむと・・。院の崩御のあと、後宮は大きく入れ替わり、藤壺の中宮さまもお里の三条の屋敷にお移りになりました。
それ以後は、弘徽殿の皇太后の取り巻きと、右大臣家の栄華の始まりでした。
ということは我が左大臣家の権力が右大臣家に移ること。となれば、光源氏殿に積年の嫉妬があった弘徽殿が黙っているわけは無い。
私は妻が右大臣家なので問題はありませんが、内心は面白くなく政務もおろそかになっていきました。
コメント

41-珍訳源氏

2009-07-27 10:51:03 | 物語・絵本・童話
41--去りゆく人
六条の君は源氏殿より7才年上だが、気品と才識ある方で、かような嫉妬から来る、浅ましき生霊になるなどと考えられなかったが、寂しさからくることだったのだろうか。
この六条の御息所は、自分が浅ましい生霊になったことを恥じ、神仏に身を清めてもらうために、潔斎所に入っていた。それは、娘が伊勢に斎宮として赴くための、付き添ってゆく者の決まりごとだった。
源氏殿は妻葵の上に先立たれた上に、愛する六条まで完全に手の届かぬ人となり、寂しさは傍目にもきのどくでならなかった。
「行くかたをながめもやらぬこの秋は逢坂山を霧な隔てそ」
朝霧立ち込めるなか、去りゆく行列を隠れ見ながら、詠ったのです。
コメント

40-珍訳源氏-女の怨念

2009-07-26 09:37:12 | 物語・絵本・童話
40女の怨念
源氏殿に訊ねると、懐妊中の正妻-葵の上を見舞ったとき、寝室の隅に六条の御息所の生霊--いきりょうをみて、ぞっとしたという。
六条の君にはしばらく会いに行っていない。もしやそのことが原因なのか知れない。申し分のない教養と美しい姫だが、惜しむらくは気性が激しいことである。
妻・葵の上にお子ができたことも面白くなかったのでしょう。
なんといっても先の加茂の祭りの折に、葵の上の車と六条の君の車とに、並び順番のことで争いがあったらしいのです。
私はたいして気にもしていなかったのですが、六条の方は辱めを受けたと、かなり恨み辛みがあったようです。
真に女子の嫉妬心の強さには理解できませんが、むしろ自分の不備で、生霊にまでなって恋焦がれてしまうことに、六条があわれでならない。と光源氏殿は語った。
私はお聞きをして恐ろしくもありますが、生霊とまで成っても恋焦がれる女性がおいでになる光源氏殿が多少なりともうらやましくもあった。

イラスは「暮景の女」シリーズより
コメント

ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本