棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

桜のうてな-うば桜

2010-04-30 09:40:17 | 山郷の暮し
5月にならんとしているのに、いま我が家の縁側から桜の花を鑑賞するとはおもってもいなかった。
ひと風ごとに桜吹雪が渦巻き、白色から淡いパステル調のレンガ色へと変わってゆく。
咲き誇る桜の名画はかずかずあるが、白色からレンガ色へと変化する中に、新緑が点々とある「うば桜」の名画を観た事が無い。
正直私にはお手上げで、油彩画での表現が適切とも思えず、強いて挑むなら、点描写のス-ラーのごとき多彩な色彩のくみあわせだろう。
ところで「うば桜」といってしまったが、はたして正しい名称なのだろうか。辞書によると、年をとってもなまめかしく、美しい女性のこと とあるが、イメージ的にはチョット違うのだが・・・。
と、こうしゃくを言っているよりも何も考えずにボーーと見入っているほうがよかろう。
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桜の衣替え

2010-04-29 09:33:53 | 山郷の暮し
天気予報はハズレ!早朝から激しい雨降りになっています。
昨日は本当の春の陽気でした。本当なんてあらためて言いたくなるほどの不順な天候でした。
我が家の桜の開花は一応4月13日で、例年よりは少し早めだった。
一応とは、そのまま開花が進まず、真冬の寒さにもどってしまったり、例年にない大雪になったりと、なんとも気分が燃えきれない日々でした。
とかに桜の開花時は長かったが、パッ!と光り輝く、正に今最高と思える爛漫の一瞬がなかった。
なんとなく、ダラダラと咲き続き、昨日の好天で室内に花びらがハラハラと舞い込む。
風邪を引いてしまい「花見宴会」も無いサビシーイ花時でしたが、天候も冴えなかった。
今日の雨で、緑へと衣替えだ。イヤ、緑色の衣装を着る前に、赤味のある下着姿をおがむことができる。
この時の桜の風情もまたいいものだ。

写真は水の中から写したもの・・・。コタエはビニールハウスからでした。

昨日の玄関前の散り行く桜
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Ⅲ 上海万博

2010-04-28 08:35:53 | 山郷の暮し
上海万博のことを記していたら、1970年の大阪万博を思い出したのでチョコット書きましょう。
1960年からのベトナム戦争も泥沼化し、退くに退けなくなったアメリカ。おかげで日本は戦争特需で一気に景気がよくなっていきました。

農協連が旅行代理店からくばられた、派手な安っぽい帽子を冠り、ガイドさんの小旗の後をゾロゾロと芋虫みたいについてまわっていました。
其れは、万博が終わった後も、海外旅行団体と転化し「一人ではおとなしいが、大人数になると手が付けられなくなる日本人」「日本人いらっしゃい。日本人大好き。お金ばらまいてくれる」と、なんとも、穴があったら入りたくなるような光景を海外でなんども見たものです。
そう・・・。今押し寄せる中国の観光団体よりも、もっと無礼だったかもしれない。
芸術活動にも大変革があり、国家が、企業がプロモートする文化事業の幕開けだといわれます。
個または小グループの芸術観による文化構造の成り立ちから、大資本をバックにした消費的な文化活動が、時勢に乗った芸術家だとされていきました。
1970年の大阪万博を機に、庶民の精神構造が大きく変わっていったと思います。
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Ⅱ 上海万博

2010-04-26 09:15:24 | 山郷の暮し
昨日の報道で開幕まじかの上海万博の、入場リハーサル?が報じられました。
「さもありなん。当然そうなるナーー」と、思わずニヤリとしてしまった。
というのは、1980年代の中国の旅をした者にとって、オリンピック以降のなんとも取澄ました市内や駅ホーム・センターなどの報道に「ほんとかヨー。もっと路地裏にカメラを振れよ」と、当局の意図が見え見えだった。
 万博実行当事者は、中国人の本質・社会道徳の欠如などを良く知っているからこそ、一般民をくわえた入場リハをしたのだろう。 
つっぱしる。我先に人を押しのけてつっぱしる。弱肉強食・並んでいても当局の監視が緩むとグチャグチャ。順番はあってない。ともかく、当局の目が怖いだけのふるまい。

1980年代、プラットホームはまるで水を求めて暴走する水牛の群れさながらであった。あのすざましさにはヘトヘトし、吐き気がするほどだったが、一生忘れないし、今となっては面白い光景を観たおもいだ。
上海万博。もしかしたら予想もつかない市民パワーーを見れるかも・・。
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花の谷

2010-04-25 07:30:05 | 山郷の暮し
真っ青な空に朝日を満身に浴びた桜の木が輝いています。
ウグイスが鳴き、小鳥たちがさえずる。もうしぶんのない美しい春の朝です。
ようやく、花の谷が蘇ってきました。
体調も回復しだし、喜びに輝くものをそのまま受け入れることができます。
オチョンコずかないように、いま少しおとなしくしていたほうがいいでしょう。
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体力・気力・創作力

2010-04-24 08:37:13 | 山郷の暮し
「スキーに行こう」「イッパイのもう」とお誘いの電話があった昨夜だったが、それどころの体調ではない。
「一ヶ月前にノロウイルスに感染し、またまた今度は風邪をひき、一週間も晩酌をする元気がない」と、ジジイ声での返答。
不順な春に、なんとも待ち遠しかった我が家の桜は、冷たい雨にショボーーーンとしていた。
ようやく朝日が当たった今日あたりが、ピークかもしれない。
小鳥がついばむたびに、花びらがひらひらと舞うようになった。
例年だったら朝一から花見宴会なのですが、見ているだけ。
そう、見ているだけで絵にしょうなどという気力が湧いてこない。
創作という行為は、全身全霊のエネルギーで対象を受けとめなくてはなりません。
例えれば「金床」のように、小さいものでは大きな力を受け止める容量がありません。
大きく重量があるほど、打ち下ろすハンマーーの力を受け入れることが出来るように。
天気の回復と共に、久しぶりに散歩に行ってきました。
調子も上がってくるでしょう。
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上海万博

2010-04-23 08:37:34 | 山郷の暮し
上海万博はテーマソングのことでひと悶着ありましたが、良好な決着でよかったですね。
正直、よくまーーあの頑固な中国が、妥協したことに驚いてはいます・・・。

先日TVで上海万博の会場風景が映し出されました。
全景で見た中央のパビリオンは、今冬行った野沢温泉火祭りの社殿そっくりに見えた。
火祭りの社殿は逆台形の大きな建造物で、祭りのために作られ燃やされてしまうものだが、私はこれを観た瞬間、東南アジア島嶼にある「大地は船のようなもの」という伝説や造形を連想した。
たしか1月16-7日ころに投稿しました。お暇な方はぜひに。
上海万博のメインパビリオンの設計意図はわからないが、中国の方が歴史的に造形の意図は本場かもしれない。

TV画面で見る限り1970年の大阪万博のように木陰が無く暑い日差しに、ばててしまったことを思い出した。
タイトルのこれが未来都市だったら、とても住むきがしなかったものだ。
上海万博も何か非人間的なパビリオンがめだったが・・。
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インフルエンザ

2010-04-22 10:22:19 | 山郷の暮し
喉がヒリヒリ・鼻水ぼちょぼちょ・お熱37.5度 こりゃあかん。
在庫の市販薬を飲んでいる場合ではない。
天候不順で風邪引きが増えているそうです。
今日も朝から雨で、桜の花からしずくが絶え間なくおちています。
目白でしょうか、小鳥が群れを成して蜜をすっています。
「おまえたち、雨降りで大変だネーー」
と、ガラス戸越しにストーブにあたりながら思ったり。 
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春爛漫なのにマヌケなことに

2010-04-21 10:22:51 | 山郷の暮し
待ちに待った花の季節。我が家の桜、まさに爛漫の真っ最中、デスガ・・・。
ついうたた寝をしてしまい、寒さで目が覚める。
さーーその後がいけません。今までにあまり経験をしたことが無いほどの悪寒。
布団に入ってもガタガタ・ブルブル。電気シーツをセットし、ひたすら頭を冷やす。
体温37.5度と高めなうえに、のどがヒリヒリ、鼻水ズルズル。おかゆチョロチョロ。
窓越しに爛漫の桜を、背中丸めて見ている私です。
ナニカ抵抗力の低下をしみじみと感じている、無精ひげのままのオッチャンです。
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鹿の角-賢犬サクラ

2010-04-20 09:36:37 | 山郷の暮し
鹿の骨を見つけてきては、自給自足をしているサクラ。
我が家の花畑はゴブットイ鹿の骨が散乱していますが、立派な鹿の角が加わりました。
私が気がついたときは、サクラが角をご賞味しているとき。先端が5cmほど食われてしまいましたが、60センチはあるナカナカなもの。
サクラにしたら正に「トンビに油げ」の思いでしょうが、もう一方のほうを見つけてくれたら、ごほうびに牛の骨なんぞを・・。
ところで、角が落ちるときは両方いっしょなんでしょうかねーーー。
以前、山中で角を見つけたときは片方で、もう一方は周囲にありませんでした。
多分、別々な時間に落ちるのでしょうが、一本だけつけたシカの顔ってマヌケな様子なんでしょうね・・・・
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本