棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

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第二回 前歯工事

2013-01-30 10:24:29 | 山郷の暮し
2回目の「前歯工事」は朝一の予約だった。
初日は「ヒーヒー」痛いから駆け込んだ歯科医院。ガーガーギーギーの大工事だったが、今回は詰めた薬の交換。さほど痛くはなかったが、だだいまズキンズキンとしている。
半日はこんな状態だろう。

歯科医院は予約制度であるから、待合室に患者が不安げにしている姿はないが、歯科医院だけはジジババの寄り合い所的には絶対ならないであろうと・・。
まだまだ前歯工事は終了しそうもありません。ふーーーー。
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銭湯は楽しい

2013-01-29 10:11:59 | 山郷の暮し
日曜日に松本市内に残る銭湯に行った。
この風呂屋は塩分を含んだ湯で、それなりに知られているが、戦後間もない造作のままである。
人っ気もなくサブイのではないかと覚悟をしていたが、なんと大賑わい。
最近、外湯(近くの温泉・銭湯など)でこんなに混んんでいることは久しく見ていない。
20人近く入浴し、其の大多数はジッチャンばかり。
浴槽にはしわくちゃな翁や色艶のいい布袋面がプカプカ。
ジッちゅん連の話をそれとなく聞いていると、町内の方ばかりでなく、寒い中をトコトコとやってきているらしい。若い連中は車でくる範囲だ。
「葬式に行ってきたわい・・。財産なんかわ生きているうちに決めておいたほうがいい」という話はたちまち大きくなって、将軍様は世継ぎでこうだったと転じる話に「????? 」
どうやらTV の物語とミックスしてきているようだ。

よたよたと出口で迷ってしまったジッチャンに「だいぶボケたなーー」
と言った方は、ジッチャン連の中でまだ若い方だったか。

「いつもこんなに混んでいますか?」と聞けば「いやーー今日は珍しい。こんなだったら風呂屋も儲かる」
銭湯はおもしろいなーーー。


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日々新しい--中島敦をよむ

2013-01-28 09:28:44 | 山郷の暮し
図書館より中島敦全集を借りて来ました。

悟浄出世の物語で迷い地獄に陥ってしまった悟浄ですが、かつて私も彼ほどではないにしても「この世と私の有り様」について真剣に思い巡らしたことがあった。
みなさんも青春の思い出としてナニカあったことでしょう。青春ばかりではなく、ますます社会との軋轢の中に落ち込んでしまうこともあります。
迷いは疑問と違って、学問的や経験などから解決ができるものではない。
(さほど深遠な悩みでないこともあるが・・。)

中島敦作品は深層心理を追求しているともいえる作品から抜粋してみる。
先日投稿した物語中の「賢者が他人について知るよりも、愚者が己について知るほうが多いもの故、自分の病は自分で治さなくてはならぬ」
と賢者が語るが、自分が自覚できたから解決に向かうかというとそうでもない。
「何事も意識の毒汁の中に浸さずにはいられぬ憐れな悟浄よ。」というように、自己の中に埋没して行きますます迷い地獄に彷徨うことになる。

私はこの地獄から抜け出るきっかけは、突然やってくる、と信じています。
とわいっても、奇跡や予想外なことではなく、己の中に育っていくのだが・・。それが目・芽をだすのだ。
{どうやって!!}と悲鳴に近い声が聞こえてきますが、「きっとソオナルと信じること。それが希望だ」

唐突ですが、この手記を書いているうちに以前に甥子の絵画に文章を添えて、
絵本「窓辺の象」を表したことを思い出した。
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日々新しい--読書より

2013-01-26 09:24:21 | 山郷の暮し
まだ(9時半)零下3度と、雪雲がたれこんだサブーーイ一日になりそうだ。

中島敦で有名なのは「李陵」「山月記」
20代後半からなくなる33歳まで、大変な作品を残し、恐れ入ってしまいます。
まさに天才的な人だと感じている作家の一人です。ついでと言ってはとんでもないことですが、私の大好きな宮沢賢治も1896--1933年と、やはり早逝しています。
なにか凝縮し、一瞬で燃え尽きてしまった!!。そんな気がする天才たちです。
話を中島敦に戻しますと、スクラップノートには次の詩が抜書きされていました。

河馬の歌
水の上に耳と目とのみ覗きいていじらしと見つその小さきを

ほかにも河童の歌があるのですが、ユーモラスでいてメランコリックな雰囲気は、悩める人の姿を連想します。
蔵書として中島敦はありませんので図書館に借りに行こうと思っていま。
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悟浄出世

2013-01-25 09:35:30 | 山郷の暮し
昨日は気温も上がり、屋根からの雪解け水が賑やかでした。
ただ今、徐々に雪雲がちぎれだし、薄日が射しだし気温は高いのですが、予報では雪が降るとか・・。

昨日の続きでスクラップ・ノートを調べました。
中島敦著「悟浄出世」の短編で、あの西遊記のメンバーですがあまり目立たない存在の悟浄が、三蔵法師に出合う前の、「自分は何のために生まれ存在するか。この世はいかなるものか。マコトとは???・・・」
と苦悩する話です。
宗教的であり哲学的であり、私達の悩み事でもあることかもしれない。

どうして、どうしてと悩む悟浄を、仲間や知恵者たちは病気だとか、愚かしい悩みだと最後にはバカにされていた。悟浄は求道の旅に出る。
ようやく「この教えこそ」と感じた導師は、一見普通の人でむしろアホに見えた。
「賢者が他人について知るよりも、愚者が己について知るほうが多いもの故、自分の病は自分で治さなくてはならぬ」
「聖なる狂気を知るものは幸いじゃ。聖なる狂気を知らぬものは禍じゃ。・・・・
愛するとは、より高貴な理解の仕方。行うとは、より明確な思索の仕方であると知れ。
何事も意識の毒汁の中に浸さずにはいられぬ憐れな悟浄よ。・・・・」
「真理とは何か」と迷いに迷っている悟浄をさいごに救ったのは、ご存知「仏の道」でした・・・。
(スクラップノートにはこれだけ抜き書き)
それにしても中島敦(1909--1942)という作家は天才的だと思っています。
有名なのは「李陵」「山月記」で何度か読んでいましたが、この「悟浄出世」は数年前の一度だけだった。
この作品に続き「悟浄歎異」へとつずく物語です。
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日々新しい

2013-01-24 09:50:07 | 山郷の暮し
どこかで聞いたことがある表題だが、今朝はそんな気分の散歩であった。
気温はマイナス一度と暖かく、うっすらと化粧をした氷道をサクサクと歩む。防寒着のジッパーをしなくても、背中が汗ばんできた。

「美しいなー」と思わず見入ってしまった風景は、昨日と特別変わっているわけでもないが・・・。
否や、日々・刻々と変わっていることは承知でありながら、認識していないだけだ。
否や、認識するってどおいうことか・・・。
などなどと、とりとめもなく妄想しているうちにフット思い浮かんだのが、確か中島敦の短編小説を断片的に思い出した。

 ある者が「道」を求めて求道の旅すがら、ある導師曰く
「記憶などまったくあてにならず、一週間前いや昨日とて忘れ去られている。
日々・刻々と新たな事事であるから、今ある一瞬一瞬を思えばいい」というようなことだったか。
記憶や経験の蓄積など無い。という説だったか。

 これから読書をしてメモっておいた帳面を確認しよう。
まさに、記憶など曖昧なものです。


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大工事

2013-01-22 12:15:33 | 山郷の暮し
雪降りの予報であったが、しょぽふる雨降り。
ガチガチに凍りついた道は融けだしありがたい。

最前 頭の中はガーガー・ごーこー・キーキーとすざましい騒音で、体が固まっていた。
そお、前歯が沁みてピリッと痛くなっていたが、モーこれまでと歯医者に行ってきた。
ただ今、ピリピリと痛いうえに、首から肩にかけコッテしまっているが、アーーしんど。
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ワンチャン元気

2013-01-21 09:34:21 | 山郷の暮し
朝日が当たりだすいつもの散歩コースは雪がガチガチに固まっている。
ワンチャンたちは凍りついた雪面を喜びいっぱいで走り回る。
ときおりズボッ!と落ち込む。ちびのハナはそれすら楽しくてしょうがない、といったふう。
それにしても今朝のコースは冷え込みが一段とつよかった。
というのは、いつもの手袋であったが指先がビリビリとし、無感覚になってしまった。
温度計はないが、場所によってはマイナス15度近いのではなかったか。

以前、ずっと以前ヒマラヤで軽い凍傷になったことがあった。
行動中は気が付かなかったが、手袋に小さな穴があり、それが原因で痛痒くなり、変色をしたのだった。
もとろん、散歩コースが寒かったといってもそれほどのことではないが、冷たさを超えてナントナクむず痒いのでお湯で温める。

ワンチャン元気で、素足で(当たり前だが)雪道を行くが、帰宅すればやっぱり家の中がいいとみえ、私より先に飛び込んでいきます。
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ありがたや~お天道さま

2013-01-18 09:46:21 | 山郷の暮し
顔は冷気でピリピリするのだが、分厚い防寒具を通して暖かな朝日を感じながらの散歩は心地良い。
予報ではあまり気温も上がらないようだが、お天道さまがいっぱいだとヤル気が沸き上がってくる。問題は何をやるか、ですが・・・。
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2ー井上ひさし著「一週間」を読む

2013-01-16 09:50:13 | 山郷の暮し
日中の気温が今一つ上がらず、雪がなかなか解けてくれない。
先日に続いて、井上ひさし著の「一週間」の続きです。

主人公はロシア語の堪能な日本人捕虜小松修吉は、捕虜向けの新聞「日本新聞」の編集者としてのテストを受けることになる。
その一週間の間に起きたことを、膨大な資料の上に政治史を物語的に展開している。
主人公はひょんなことから、レーニンが若いころ友人に送った手紙を手に入れる。
この手紙こそロシヤの革命半ばの体制を揺るがすものであり、主人公の生死にかかわるものだった。
つまり・・・レーニンは少数民族の出身、非モスクワの出であるから、少数民族のしあわせのために闘う。それが私の革命の大義である。
と若き情熱をたぎらせ、同志を募り革命を起こそうと紛争していた。
しかし、弱者の味方だったのだが、事が成し、権力の座についたとなるとご存じのとおり
「社会主義の利益は諸民族の利益にまさる。」ということになってしまった。

レーニンの背信 ともいえることだが、革命半ばのロシア政府にとって都合が悪い。
この手紙の所在を巡っての、一週間の物語だ。
最後は、井上ひさし作品では珍しく悲劇的な終了である。

この「一週間」はぜひ読んでほしく、一党独裁・軍事国家・強権体制などなど、現在も繰り広げられている内容だ。




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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本