棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

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4-東日本大震災を描く--逃げろ

2020-03-08 12:52:26 | 山郷の暮し
今朝は雪交じりの雨がしとしとと降る暗い始まり。
お昼を過ぎても寒く、ワンチャンのオシッコを済ませただけの散歩です。

東日本大震災を描く の展示会は予定では8月下旬に繰り越しになってしまいましたが、被災地への思いは変わっていません。
先ほど改めてネット検索をして、死者は一万八千人を超えて居ます。
胸詰まらせる報道が続きましたが、中でも大川小学校のことは忘れられません。

その報道を知った時浮かんだ光景をクロキーをもとに本絵にしたものです。
写真にもない、絵だけにできる記録かと思います。
あらためて 東日本大震災を描く の大作を見て 絵画ゆえにできた想像光景絵です。
顔も名前も知りませんが、なぜか具体的に観えた気がしたのです。

蛇足ですが今見て 子供たちの声が聞こえてくるような情景を よく描けたものだと自分で思います。
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3-東日本大震災を描く

2020-03-05 17:44:24 | 山郷の暮し
テレビの映像はすざましい津波を映し出していました。
巨大な船が陸地へと押し上げられていきます。
家も車もあらゆるものがぐちゃぐちゃになり、一気に海へと引きずり込んでいきました。
 
夜の映像では、コンビナートから流れ出た燃える原油の海でした。
正直 この映像にはびっくりさせられた。

世界最大級の地震と津波で痛めつけられた人々に、さらに余震が襲いました。

翌日(3-12)の朝刊には 人も 町も 消えた の大見出しの新聞でした。

子供を抱え逃げる家族を想定し、その家族の変化を描きこんだのです。
前回のショーウインドを見るお祖母ちゃんとお母さん。
上図にはこのお祖母ちゃんがいません・・。





図の右上に描いた上弦の月は2011-3-11の夜です。
日記にしっかりと記されています。
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自粛の通知

2020-03-03 15:49:18 | 山郷の暮し
20-3-3 コロナウイルスの余波
世界のニュースはコロナウイルスのことから始まっています。
残念ながら日本の対応は今一つだと評価されていますが、正直 中国のように国家権力で抑え込むことは無理でしょう。
中国の今までの封じ込め対応を見ると恐ろしさも感じます。
ある解説で、危機管理能力は戦争追行能力と比例する、とあり一瞬 ?? でしたが読むに従い、合点がいきました。
要領よく説明できませんので面白い論理ですので調べてみることをお勧めいたします。

その中国の人々から日本は何をしているんだ、といわれる昨今ですが、その中国の一部に「元々俺んとこじゃーなかった。よそから来たものだ。」
と訳の分からない話が出ているとか。
いかにも中国的だと感じています。

さて、この騒ぎは他人事でなくなりました。
3月17日から22日まで松本美術館で「東日本大震災を描く」の展示会予定でしたが、今日 美術館は休館するとの電話がありました。
ちょうど案内状の切手を貼り終えた時で、もう30分遅れたら郵便局に行く時で、あぶなくセーフでした。
ラッキーであったと前向きにとらえ、改めて決定(8月以降)できたときに開催することにしました。
あらゆるところで「こんなこと初めてだ」と慌てていることでしょうね。


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2-東日本大震災を描く-展示会

2020-02-28 15:27:53 | 山郷の暮し
コロナウイルスの感染予防で自粛せざるを得なくなり。展示を中止しなければならないかもしれないが、準備万端である。
作品は高さ162センチ・幅820センチと大きなもので、様々な情景をびっしりと描きこんである。
今回は説明をしたて来たことを、漫画のコマワリのような説明パンフを作ったので、ブログでも一部を展開させてみます。

1-2パネル 天災--津波
2011年3月11日 私はいつものように愛犬と散歩をしている時だった。
「オヤ・地震かな・・。」とわずかな揺れを感じた。
いつもはテレビを視聴する時間ではないがチョット気になりスイッチ・オン。
飛び込んできた映像に信じがたい思いだった。
新たな映像とともに繰り返される報道に、体内からこみ上げてくるナニカは日に日に大きくなり、それに左右される一年となった。

三陸沖を震源としたM8.8は観測史上最大。
津波は所によっては高さ10メートルを超え東日本の人々の暮らしを数分のうちに壊滅状態にしてしまった。
日々の報道に悲しみは怒りとなり、そのままの思いを描き文に残した。
本絵の制作にはためらいもあったが、小学校入学まじかの家族を仮想し、絵巻的な構想が熟したのは同年の11月であった。





お母さんとおばあちゃんが入学祝を買おうとウインドウを見ています。
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東日本大震災を描く-展示会

2020-02-27 11:50:27 | 山郷の暮し
東日本大震災が起きてより早くも9年たたんとしております。
日本中の人が強烈な光景に息をのみ、「何とかできないものか」と思ったことでしょう。
思うばかりでなく、実際にボランティアにでかけていったり、何らかの形で支援をされた方も少なくないと思います。

私も画人として何ができるのか迷いに迷った挙句、新聞・映像とうの報道資料を参考に津波被害などを表したが、
災害の光景を描くのではなく人々が苦境から立ち上がる精神力を描いた。
正直、現場に立ったわけでもなく人々の苦悩を芸術家的想像だけの制作に後ろめたさもあった。
制作日記を読むと、制作時の湧き上がる悲しみ、いきどうりに自身当惑しながら、夢中にキャンバスに向かった日々であった。
 パンフ 表紙

翌年の2012年春に「東日本大震災を描く-天災・人災・人曼荼羅」を意図に絵巻風に展開した大作(920cmX162cm)を完成させた。
ある展示会場では、男性が作品を見ているうちに絶句し飛び出してしまった。
避難をされていた方だと、同行の人が話をしてくれた。

機会を得ては展示会をしてきたが、ここ3年ほど開催をしていなかった。
この度 3月17日--22日 松本市美術館 で久しぶりに展示をすることになった。

案内はがき・パンフ等すべてそろった現在、先ほど美術館より電話があった。
なんと、他人事と思っていたコロナウイルスの感染予防の影響で、自粛要請があった。

決して強制的なものではないのだが、まだ未定だというが、もし本館での企画が中止になってしまったらこれはお手上げだ。
正直 入場者数は本館の流れにかかっている。
何とも・・・。

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アイリス

2020-02-04 17:26:55 | 山郷の暮し
暖かですねー。例年でしたら川岸に複雑な氷の造形が折り重なっているのですがマッタクそのけもない。
大変楽な冬ですが、グレタさんの言うような地球環境危機からでしょうかねー。
積雪がないと水不足の要因になりかねませんから心配ですね。

昨年制作をした「極楽を描くとしたら・・・。」の話に戻りましょう。
とは言っても、ヒマラヤの谷でのことでしたが、アイリスを描いているときに思いだした光景でした。
「アイリス」は我が家の雑草花畑に数種類あったのですが、変わった立派な花をつける株は、雑草に負けたのかいつの間にか消えてしまった。

花弁は色合いの関係からか見た目には厚く硬そうですが、虫がちかつくだけで震え、透き通った光が光粒となってきらめく。
そのような様子を素直に描き出したかった。
もちろん、極楽のイメージである。
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チベットの空

2020-01-27 15:46:20 | 山郷の暮し
3創作の根底

創作意図の根底をなしているヒマラヤの体験ですが、ヒマラヤのトレッキングは1970年後半の30代半ばだった。
それまでは、お釈迦様の生まれ育ったインドでどうして仏教が衰退してしまったのか、という疑問解決の糸口を見出さんとインドの仏跡を中心に旅をつづけていた。
論理的ではないがヒンドゥ教に飲み込まれてしまった要因として、仏教の寛容精神が彼の地の過酷な自然環境に適用できなかったのではないかとかんじた。
つまり、人々は絶対神てきな強力性を求めているのではなかろうか。
浅学な私がのたまわれる問題ではないが、現場を踏んで感じたことだ。

そのインドの放浪からネパール・ヒマラヤに興味を持ったのはヒマラヤ山脈ではない。
知人のヒマラヤ遠征の記録写真を見た折、何ともおどろおどろした仏教壁画をバックにした記念写真にビックリしてしまった。
それが何処にどのような環境にあったのか聞き及び、わたしもチベット仏教圏に行こうとおもたのだ。
それまでのチベット仏教の知識はチベットであり、当時の中国では入域禁止であった。
それが、ヒマラヤの寒村に点在していると知ったのだ。

1970年代はネパールも半鎖国的で、ヒマラヤの寒村に入るには個人的には許可が出なかった。
遠征隊の学術調査員として参加をし、朽ち果てた寺院{ゴンパ}などを踏査してきたのだった。
蛇足ですが遠征隊にはリーゾンオフィシャーという目付け役人が同行していた。
ヒマラヤは中国との国境地帯で、決して自由に歩ける地域ではありません。

私のヒマラヤは山登りではなく、チベット寺院を訪ねることであり、必然的に5000メートルの峠をヒーヒーながら越えることになってしまっただけだ。
面白いことに、記録写真にヒマラヤの高峰写真は誠に少ない。

3-40歳代のエネルギーがあったゆえに、今から思えば危険な体験もあった。

写真は朽ち果てたチベット寺院内の曼荼羅壁画をイメージし、牛乳パックのパルプに曼荼羅を印刻した「チベットの空」
2010年 幅91--高さ130センチ
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りゅう王丸曼荼羅

2020-01-21 18:15:40 | 山郷の暮し
昨年珍しく本格的に花の絵を制作したのですが、その一つに我が家の花畑に雑然と咲くアイリスがありました。
散歩コースにも田んぼのあぜ道に様々なアイリスが咲き、写真を撮ったり、スケッチをしているうちに、ヒマラヤで見た花の谷がよみがえってきたのです。
年代的には30歳から50歳中ごろまでですが、20年前になってしまいました。
そもそもこの投稿は「極楽をえがくとしたら・・・」のつもりが、いつの間にかヒマラヤで体感した「破壊と再生」の光景の話になってしまいました。

「破壊と再生 りゅう王丸曼荼羅」として表現してきたと書きましたが、作品を紹介しましょう。


土石流 450-180cm

東日本大震災を描く  820-180cm  2012-2-4
2011-3-11 の東日本大震災を涙を流しながら制作をしました。
You Tube動画編集  Dtaw the TOUHOKU Eatthqake ぜひご覧ください。



2012年 我が家からのみ眼下 「女鳥羽川の濁流・・嵐の後 望月が見える」 130-90cm


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破壊と再生--りゅう王丸曼荼羅

2020-01-20 17:47:51 | 山郷の暮し
私の創作の根底をなしているのがヒマラヤでの体験が影響している、と書きました。
巨岩が砕け、水に押し流されて微粒子になり、土や石にかわり、動植物を生み育て全く異なるものへと変わってゆく。
それは生命の循環ばかりではなく、宇宙全体の躍動ともいえます。
ヒマラヤは激変する過酷な自然環境だけに、前記した宇宙的な変容を体感できる気がします。

ヒンドゥー教の最高神であるシバ神は「破壊と再生の神」だといわれます。
新たに生まれ出る時は天地雷鳴炸裂しナニカが・・。
もし極楽世界だとしたら、ふわりと蝶々が生まれ、あざやかな花々が咲き誇る。

写真の作品は数年前に制作をしたものですが、何か物足りなく、完成しきっていませんでした。
アイリスの制作をしている最中にフッと思い出し修正をしたものです。
ヒマラヤの雪解けを体験したことをベースにしたもので、現実にある場所ではありません。

ポコッと浮かんだお天道様。まるで風船みたいだと言われてもかまいません。
現実ではヒマラヤの谷から、お天道様の登るさまを見ることは方位的に難しい。
私の創り上げた空間です。

この作品は自然の動きを宇宙的動きと同化でき、りゅう王丸曼荼羅 であると思えた時に完成に至ったものです。160-130cm
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寒空の夕焼け

2020-01-17 17:16:33 | 山郷の暮し
暖冬といわれてもやっぱりさむく、顔がピリピリしてくる。
我が家から見たつかの間の赤みを帯びた西空に、早くあったかくなーーれ。
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本