棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

安曇野で展示会

2013-07-31 09:29:45 | 山郷の暮し
酷暑から幕開けした夏も梅雨時のような雨降りと、重い空が続いていましたが、今朝は早々にセミの鳴き声がこだましています。
いよいよ本番の夏 というところでしょうか。

先の遊激展(6/5---6/9 松本市美術館)に引き続き、8/10--8/18にかけて展示会があります。
岩淵四季と仲間たち  5味我流展
今回は写真家の兄である岩淵四季さんが企画。遊激展とは異なった出品者ですが、何人かは共通でが、企画者によって雰囲気は変わるもので楽しみです。

会場は安曇野にある高橋節郎記念美術館というところで、本館ではなく保存移築された古民家です。
美術館ではないので展示壁面はおろか画鋲一つ打つこともできず、利用しにくいために平面物の展示会はなされて来なかったようです。
以前に見学に行ったときは、陶芸や着物てんじでした。
美術館の方から兄に、何とか工夫をした展示会を開催してほしいと相談を受けての企画です。

私の作品は、木々が茂った広い庭や流水があるので、それを背景とした展示を考えています。
写真のオブジェは組立ることになりますが、さて、どんなものになるやら・・。

連続する生命体

2013-07-30 07:21:45 | 山郷の暮し
「マンダラ絵の隙間を埋めた意味」といっても、なんのことかお分かりになりませんよね。
マンダラの絵は仏様がびっしりと描かれています。そして、背後(普通の絵で言ったら 背景空間)には様々な模様が絵描がかれています。
そのことについて教理の説明はありませんが、あることよりその模様の意味 または位置づけを模索しだしました。
 その模様の意味に気がついたのが、縄文模様のような原始的な初元的な表現をしている、熱帯雨林に住むダヤック族でした。
そして、「連続する生命体」が生まれてから20年たちます。
過去の表現は生命の姿を代表的に「りんご型」として表してきましたが、より抽象的な表現を試行しています。
つまり、動き なのです。方向性のある動きから、混沌とした動きの表現なってきました。

この作品の発想は、モコモコと湧き上がってくる力強い湧水を見ているうちに、神話的な運動とも言えますが、混沌とした動きから生命が誕生した。
そんな、初原的な命の根源を表しました。
同時に、そのエネルギーの源は「波動」だとし、どのように表しえるか今後の大テーマなのです。

連続する生命体

2013-07-29 08:43:06 | 山郷の暮し
朝明けから雨です。
山口県では大変な雨量で、大災害になっていますね。
それにしても、今年の気候は変です。とはいっても、即異常気象と言ってしまうのも軽薄かもしれない。
先に投稿している「完成させること」の続きです。
写真の作品は20年ほど前からテーマとして表し続けている「シリーズ・連続する生命体」
で、このブログの投稿でときおりその意味について書いてきました。
見ることはおろか、その存在すら人によって定かでない「生命の根源またわ精神の存在」
など「我らはどこから来て、いずこに行くのか」という大問題なのです。

私は生命には普遍的な根源があり、それを視覚化したものをこの「絡み合うひとで型」として表したものです。
ただし「このようになっている」と定説としているわけではありません。

私たちの命の根源は連綿として続いている。あらゆる生命体は絡み合い結びついているのだ。
と思っていますので、そのことを「連続する生命体」として視覚化したものです。
そのヒントになったのは、熱帯雨林に暮すダヤック族へのフィールドワークからでした。
彼らの表現は絡み合う草木であり、縄文土器のような渦巻パワーでした。
それらを観たとき、それまで解決できていなかった「曼荼羅絵」の一部が氷解する感動をおぼえました。

ブログ編集ページが変になった

2013-07-28 08:35:49 | 山郷の暮し
昨夕は今夏初めて本格的な夕立がありました。
我が花の谷のどん詰まりの東面は、1500から2000メートル近い藪山が走っている。
東方面の雲がが折り重なり、巨大な入道雲が沸き立ち、雷とともに大雨をもたらすのだ。
時には慈雨を超えてしまうこともある。

さて・・いつもブログ投稿をしているノートW-7ですが、昨日から編集画面に進みますと、今までにない表示があり、入力できなくなっています。

goo.ne.jp は、長時間実行中のスクリプトが原因で応答しません。
トクリプト停止(S)

Sをクリックしても改善しません。なんのことでしょうねーー。
別な機種で投稿できるから、PCの問題でしょうねーー。

3-完成させること 続き

2013-07-26 07:15:06 | 山郷の暮し
前回 制作にいきずまった時、目先を変えてみるのも一つの方法として、額に入れてみるとかきました。
人にたとえますと本来の顔は作品で、着物に合わせて顔を変えてみる、なんてことはできません。
本来の顔を据えかえるわけにはいきませんから、まーー髪形や化粧方法を変えてみる、ということでしょうか。
抜本的に変えるには整形手術になってしまうが・・。
絵の場合は簡単に色を変えることはできても、かといってソレはできるものではありません。

 簡単に変えてみる方法!!あります。
 PCに取り込んで写真編集する手もあります。
私は写真編集はアドビーを使っていますが、いとも簡単に色替えその他ができ「へーーこんな絵にもなるか」
と思ったりもしますが、結局は元に戻ってしまうのが常です。

マーーお遊びになってしまうものですが、作品によっては参考になるかもしれません。
つまり、表現には過去からの定番法ばかりでなく、現代の方法をどしどし取り入れましょう、といいたいのです。

もっと言わせていただければ、表現に約束事など無い と。
自由にムテカツに、他人の評価など気にしないこと。
ただし、聞く耳は持つ心の広さ、寛容さを養ってゆくことです。
むしろ、このことが・こころが芸術を志す本来の目的かもしれません。

西高東低

2013-07-25 07:16:35 | 山郷の暮し
7-25 西高東低
冬の気圧配置ではありません。
西日本ではものすごく暑いようですが、信州から北は雨降り。
昨日は松本は一日中雨降りとなり、カラカラになっていた畑地にとっていい雨でした。
今朝は木々からの水滴が朝日を受け、光の粒となっています。
予報では30度を超えそうですから、かなり蒸し暑くなることでしょう。

昨日は真っ黒に日焼けした友が酒を手に来宅。
プールの監視・整備などのバイトをしているとか。
「涼しくてイイジャン!」に「俺もそお思ったがさにあらず。監視や子供の世話など、イヤーー
思った以上に大変な仕事だ。足がツルほどくたびれる」と。
麦わら帽子を冠り、能天気にみえるプールサイドも楽じゃーなさそうです。

写真は昨年のもので、今年はまだ川に子供の姿はありません

2-完成させること

2013-07-24 07:51:53 | 山郷の暮し
迷ったものは結果的にはあまり期待できない、と申しますが、創作の場合、特に立体や絵画
など視覚に訴えるものは、そう言えることが多い。
迷いに迷い試行錯誤の段階は、直接制作にはいる前で、私はこの時間こそ芸術空間・時空だと
感じています。
そして、じっくりと練り固まったとき、制作に入る。
芸術こそ排便作業だと言い切っています。
たとえは卑猥・低俗になってしまいますが、快食快便。
良き創作活動はそんなたとえが、当てはまることがあります。
そして、この道にさ迷い歩いたことから得た、ただ今の心境は「それを楽しむ」ということです。

さて・・今回「完成したかな・・」と、仮額に納めると「イイジャン!!」
孫にも衣装 ではありませんが、裸よりも額に入れると出来ていることがあったりします。
絵をお描きの皆さんで、いきずまったときの奥の手として、目先を変えてみる手があります。
まーー人様のことなど気にせずに、あわてないことです。

完成させること

2013-07-23 08:26:13 | 山郷の暮し

2年ほど前から完成しきれずに、イーゼルに置いたり、他の作品の影になったりしていた
未完作品があります。
「できている」と思えたり「中途半端だ」または「この程度でいいのでは・・」と。
つまり・・できていない のです。
では、何がたりないのか、何が納得できないのか それが分からない。
抽象作品の難しさに苦闘しています。

創作は産みの苦しみを得てから、喜びを得る。と申しますが、そのような作品がいつもできるわけではありません。
しかし、出来上がった作品を相手に自分だけの至福の時間を持てる、これも芸術家の無上の喜びでもあります。
「できた!!」と思えることは、本当に瞬間に訪れるもの、いや、天啓的に受けるものです。
それも階段を上るごとく、一段一段と高まって行き、自分でも思いもしなかった心の
充実感といいますか「ナニカが開けた世界」を体現するのです。
作品の評価は他人からのもので、それはソレとして重要な要素ですが、なによりも
制作の過程で至福の世界を体現できるか否か、その時間帯を感じるかにかかっているのです。
 話を二年越しの作品制作にもどりますと、先日のまだ明けやらない早朝、まるで夢の続き
のようにその絵の制作風景が観え、そのままアトリエにはいりました。

完成したのか・・・・いまだわかりません。
続く

PC蚊取り器

2013-07-20 08:37:46 | 山郷の暮し
今日から夏休みが始まるとか。パパ・ママちゃんは大変でしょうね。
今朝の松本は18度といいますから、花の谷はそれ以下。
散歩時ではTシャッツでは肌寒いくらいでした。

遠くにいる友から、無料で「蚊取り器・・高周波とか」手に入るよ、とメールがありました。
いつもありがたいことですが、この手の蚊取り器・・実は以前にホームセンターで買ったことがあります。
今でも下駄箱の隅っこにころがっているかも・・。
この手のものは、ゴキブリ用からネズミなどなど「高周波」となるとなんだか科学的で
よさそうに思ってしまう。
これは、小生ばかりではなさそうで、GOOD IDEA 商品ではなく、グットな儲け品なのでは・・。
とはいっても、多少は進歩しているのではないかとダウンいたしました。
実験はまだいたしておりません。

アケビの実

2013-07-19 08:51:15 | 山郷の暮し
ここ三・四日は猛暑から解放され、信州のさわやかな空気が流れる朝夕でした。
昨夕などは、幾分朱色をおびたイワシ雲のなかに上限の月が見え、それを肴に美味しく泡盛を飲む。
極上の一時です。(過去形ではありません)

散歩道に覆いかぶさっている木々の一つに、アケビのつるがあります。
五月にはその花を紹介しましたが、ようやく親指程度の実がぶら下がっています。
例年に比べ、実のつきが悪いような気がします。
まだまだ成長し、九月にはこぶし大になることでしょう。



ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本