棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ゴーギャンの絵について

2012-10-31 08:20:13 | 山郷の暮し
ゴーギャンの色彩・モノ・構図など、全てが強い。
力強いい線や形の表現は、精神の強さ・意思の強さが画面を支配していながら、不思議なほどの静けさや微風を感じる空間があります。
その描写は確かなデッサン力はもって生まれたものである。
形を現すという輪郭ではなく、形が生み出している影や輝きを表現している、そおいう形・輪郭 なのである。
チョットまわリくどいですが、デフォルメは「そおならざるを得ない」 ということです。
ゆがんだ姿・形といえば誰でもが思い浮かぶのはピカソですね。
ゴーギャンのデフォルメについてはビカソとは次元が異なっているから、当然 意図もことなっています。
デフォルメの意味には絵画論理の本質があるのです。
老婆心ながら、芸術作品の鑑賞には其の次元がいかなるものか考慮しなくてはなりません。
デフォルメ というだけで、同じ土俵で考えてはいけないとうことです。

話を戻しますと、ゴーギャンの描き出した姿を、実像にしてみようなどと無謀だと承知しつつも、やってみたいのです。
なぜだろうか・・・。そんな理屈は今は無視し、気分を持続することが肝要です。
タイトル写真はお顔を横にしてください。
ただいま製作中の塑像
コメント

ゴーギャンの絵に触発されて

2012-10-30 08:13:50 | 山郷の暮し
ただいま気合が入って連作をしているのが「地母神」をテーマにしたもの。
次々と浮かび上がってくる姿に、最終仕上げは先にして、ともかく形にしてゆく。

好きなゴーギャンの画集を観ているうちに、描かれた人物を塑像にしたくなった。
特に「マリヤを拝す」の三対の人物からは強い刺激を受ける。
ゴーギャンの不思議ともいえる「輪郭」や「影の色彩」を立体に移し変えることはできないだろうか・・・。
最終仕上げ(色付け)を絵のようにしてみようということだ。
まだ姿の製作過程だが、頭の中には絵から抜け出した実像が現れています。
コメント

けいれん症

2012-10-29 08:14:53 | 山郷の暮し
日曜日の昨日はどんよりとした重い空で、気温も17度と寒かった。
夕方になると冷たい雨が降り出し、ワンちゃんたちの散歩もいまひとつ元気がない。
やはり湿っぽいのはいやとみえ、早々に家の中に飛び込んでしまった。
「マテマテ!! 足 フケッ!!」と言ったところでハイソウデスカとなるわけはなく、拭くのはトーチャンだ。
今朝は赤みを帯びた光が雲を照らし、木漏れ日に紅葉が冴える。
気分のいい秋の朝です。

立体製作の場所は、半野帳場のようなビニールハウスなので、じっとしての製作は日差しがないと厳しい。
私は子供のころから「けいれん」を起こしやすく、寒くなるといっそういけない。
指がピーーンと硬直してしまい、其の痛いこと!!。
下手にもむとなおいけなくなってしまう。
ケイレンは足にもおこることがあり、なんとも困っているが、医者は???と相談にもならない。
「ヤブメ!!」と内心おもっうが、母が同じなやみがあった。

ただいま気合が入って連作をしているのが「地母神」をテーマにしたもの。
次々と浮かび上がってくる姿に、最終仕上げは先にして、ともかく形にしてゆく。
コメント

1-楽しい塑像製作

2012-10-28 08:44:04 | 山郷の暮し
芸術の秋と申しますが、残暑が収まりだすと制作欲が湧き上がってきます。
私はこの時期になると絵画制作よりも、立体物の製作がやけにしたくなってくるのです。
昨年は9月中旬あたりから11月にかけて「犬」の塑像製作に取り掛かっていました。
ちょこんとオスマシしているポーズではなく、じゃれあったりしている激しい動きの立体化に挑戦したのです。
一年経過し見直すと、我ながら面白いことをしたと思います。

今回は、夏の花火大会の折に目撃した妊婦さんかひらめいた「地母神像」ですが、10月にはいってようやく製作をする気になったのです。
とはいっても、妊婦さんのデッサンができるわけでもなく、それに近い太っちょの女もいない。
写真を参考に具象的な表現にならざるを得ないなーと思っていた。

そんなとき、知り合いの妊婦さんのお腹をなぜさせてもらった。
「俺もこのようにしてこの世に生を受けたのだ」と、なんとも言いがたい感動と感触をえた。
デッサンこそできないが、大きなお腹は生命宇宙。
私もこのようにして生まれた ということを表わすことにあると製作中です。

コメント

冷やっこい朝

2012-10-25 08:22:02 | 山郷の暮し
身が硬くなる冷気が流れる。先日の雨はアルプスでは雪になり、うっすらと雪化粧。
対面する東山の山頂がいくぶん色すき出した。
秋の行楽シーズンとなりました。

りんごの玉回し作業も終了し、採り入れは11月中旬あたりか。
雨が少なく玉の成長がきずかわれたようですが、全体にソフトボール大の中玉で形も悪くはない。
これからの2週間ほどで色艶や蜜がきまるようです。
それにしても、りんごは本当に手間のかかるしろものだと感じます。
収穫が一番楽しい、と聞きますが私にはきついのでお断りしています。
コメント

秋ですねーー

2012-10-23 09:19:31 | 山郷の暮し
秋ですねーー。
山頂が少し紅ずいてきました。
今日は昨日と一変し冷たい雨降りで、なんとなく心さびしくなります。
雨露の重さに耐えられなくなった紅葉が、濡れぼそっています。
コメント

さむーーくなりました

2012-10-20 07:40:17 | 山郷の暮し
先日の雨以来 気温は一気に下がってしまいました。
部屋にはまだお気に入りのアロハシャッツが、デコレイション的にかかっています。
甲府の友から富士山が真っ白になったと電話がありました。
花の谷から拝む常念岳は朝ドラ ひまわり ですっかり有名になりましたが、まだ雪はか冠ってはいません。
写真は 連続する生命体

「りんごはナゼ赤い」は赤色の色素が出来上がってくるのだ!!ということですが、大多数の植物が緑色です。
それも太陽光を浴びると緑色だけ反射をすることになる。それが緑色の色素ということですかね・・・。
カロチンだのキサントフィル・クロロフィルなどなどとなってくると、理科のお勉強になってくる。
花の色も、お世話になっている絵の具もみんな光の反射によるもの・・。ということは、反射をしなかったは光波--色 は吸い込まれてしまった、ということか・・。
しだいに????が飛び回りだしたが、たしか「こども科学電話相談室」で植物の色について解説をしていたのをメモったが・・・。
では、ネットで検索をしたが難しくなってしまった。
小生のアホな説明よりも興味を持ったら「植物の色について」とお調べください。
夕日はお空がハニカンデイルのだよ・・・。と思うことも楽しいのですが・・・。
コメント

りんご

2012-10-19 07:54:49 | 山郷の暮し
昨日は冷たい雨もようで、冬用の下着をひっぱりだした。
りんごの玉回しという作業が始まりましたが、鉛白の空の下でヤル気はおきません。
私ばかりでなく、若い衆もオヤスミでしょう。
今日は朝日が当たり気分がいいので、弁当をもってりんご園にいきます。

さて、りんごのべとつきに農薬だと思っておられる方が多いのですが、答えはブーーーーです。
正体はリンゴ自身が成長の過程で、雨や露などから身を守るために、糖分を原料に作ったワックスのようなものです。
クチクラといいますが、早い話が愛車をワックスで保護することと同じです。
ですから、食べてもまったく問題はありません。
ところでクチクラは英語で言うと「キューティクル」。聞いたことがあるでしょう。シャンプーなどのコマーシャルにでてくる能書きのひとつです。
この天然ワックスはりんごだけでなく、他の果実にもあります。
ブドウ・スモモなどの白い粉も同じ成分。みかんや柿の果実の艶やかさも同じ。
果物は自ら実を守っているので、われわれは美味しくいただけるのです。
コメント

リンゴはナゼ赤い

2012-10-17 17:04:37 | 山郷の暮し
久しぶりの雨です。水やりを忘れていた菊が元気になりつつあります。
22-3度もあった気温も一気に下がり、電気ストーブを引き出す。
寒暖の差が大きくなっると「よろしくお願いします」とりんご園から電話がある。
「玉回し」の作業が始まるのだ。
りんごの色艶をよくするために、密着した葉を摘み取り、りんごを1/3回転ほどさせる。
写真のような葉を摘むといってもむやみにとってはいけない。
葉一枚一枚がでんぷん製造工場であるからです。
時には玉がポロリともぎ取れてしまうが、この作業は割合気楽で、秋空の元では楽しく、ノテな私だがりんご園のお手伝いは気に入っている。

ところで、りんごはどうして赤いのでしょうか・・。
秋のみごとな夕焼けの光を満面にうけ、赤く染まるのです。
だったら面白いのですが紅葉と同じアントシアンという赤い色素なのです。
黄色などのりんごは赤い色素が少ないために、夕日を浴びても赤くなりません。
まーー夕日というよりは、果実の中ででんぷん糖にかわることと、気温が下がってもたっぷりと紫外線をうけなくてはなりません。
ところで、新鮮なりんごは蝋のようなワックスのよなべたつき感があります。
その正体は・・・・次回
コメント

共同作業

2012-10-15 08:41:01 | 山郷の暮し
獣たちによる被害は年々増し、とくに日本鹿の棒弱無人さは目に余るようになった。
昨年あたりから、朝夕の散歩時に群れなす鹿の家族にいきあうことも珍しくなく、ワンちゃんの一声ではどうにもならなくなってきた。
目の下の我が家の花畑にも進出し、蕾をすっかり食われてしまった。

 農業委員会とやらが働きかけ、花の谷全域に高さ2メートルほどの網を張る計画をたてた。
散歩コースの急な山に目印の紐が張られ、こりゃー大変な作業だ、と人事で見ていたが・・。
アップダウン・曲がりくねったコースは20キロ近いのではないだろうか。
なんと、農家・非農家を問わず作業に出なくてはならなくなった。
今回ばかりは シカトウ するわけにもいかず、第一日目(六日間ある)の昨日、はじめて手弁当をもち村の共同作業にでました。
幅3メートルくらいを目安に伐採したり下草刈りなどなど、急な斜面での作業はしんどかった。
黙々と作業をする70歳を超える者に比べ、若い連中の方が「ヒエーー、こんなの一日やるんかーー」と。
私は一日の出席で一応役目は果たしたが、これから12月にかけ、毎日曜日は頭の上でチエンソーのエンジン音が響くとなると、これまたシカトウしずらいなーー。
コメント

ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本