棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

りゅう王丸作品展 7月28日-8月1日

2010-07-31 07:01:51 | 山郷の暮し
昨日はポツポツと60名前後の観覧者で、いねむりコックリの日だった。
私の会場ばかりでなく、美術館の企画展「出光美術館収蔵展」の入りも今ひとつのようでした。
友に受付を頼み企画展を鑑賞しました。
美術書で観る作品ばかりでしたが、近代の収蔵品はいかにも日本的趣味の収蔵だとかんじた。
その中で特筆する作家は、葛飾北斎であり、明治にあっては富岡鉄斎であると改めて感じた。
この両者は時代も作風も全く違うのだが、いわゆる日本的美観から飛びぬけている。
どことなく、西欧的なバタ臭さやエネルギーがあり、現代的世界観(現代に通用する)を感じる。

さて、収蔵品の名作をみて我会場に入れば、少しも遜色のない現代のパワーが放たれている。
自我自賛には違いアリマセンが、思想・哲学が内方された作品群だと思います。
人類の終焉を観る私--45-8-6 長崎原爆投下によせて F80
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りゅう王丸作品展 7月28日-8月1日

2010-07-30 07:19:53 | 山郷の暮し
いいお湿りでした。連日の熱気でグターーとしていた野菜や草花が朝日に照らされ、生き生きとしています。
今日は昨日と変わって真夏日になりそうですね。
展示作品の中に蝉空を使ったものがありますが、今年は蝉が少ないような気がします。
作品の蝉空は昨年に集めておいたものですが、それでも少なく、今年の夏に期待をしていたのですが、まだ油蝉があまり鳴いていません。
当然蝉からも見つかりませんのでがっかりですが、作品の意図は十二分に伝わっています。
題名は「兵士の帰還」といい、兵士の迷彩ヘルメットに蝉ガラが山盛りになり、柩に乗っているオブジェです。

面白いことに観覧者の皆さんが、最初は製作意図よりも蝉ガラに興味を持ち「今年は蝉が少ないのに、よくまーーこれだけ集めましたねー。」と。
そして、製作意図を理解してくれたとき、黙してしまいます。
今回の個展は終戦65周年・人類の愚行を描いた40年 といわば私の本音の叫びのようなものです。
決してお美しいものを描きあげた絵画展ではありません。
メッセージの強い作品ばかりで重苦しいかもしれませんが、若い方々も含め私の叫びは十二分に伝わっていきます。
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りゅう王丸作品展 7月28日-8月1日

2010-07-29 06:39:05 | 山郷の暮し
今朝は打ち水程度に雨が降りました。
水ッケがすっかり失せた畑には全く役に立たないが、曇り空ながら涼しい風の流れは心地よい。。
ところで我会場は冷房なし。
外の猛暑からいきなり冷えるのは体によくないのでささやかな心配りです・・・。
というのはジョーダンで、展示会場の松本市美術館・ギヤリーの冷暖房は別勘定で、これがケッコーーかかるので経費節約。
其の分は、いつものパターーン。
さて、初日の入りは150人ほどで、予定よりは少ない。
新聞取材を受けたので、今日から忙しいだろう。
展示会という奴は、入っても入らなくてもしんどい。普段のノテ暮らしに戻りテーと、もう思ってしまいます。

1980年代の作品 記憶の歪・月下炎上・我らは六道に住むを知らず

なんという戦争なんだ(ビアフラ戦争より)・人類の終焉を観る私・A WALL
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りゅう王丸作品展 7月28日-8月1日

2010-07-28 06:52:04 | 山郷の暮し
山国の松本も、連日刺すような暑い日が続いていますが、今朝はタオルケットでは寒さで目が覚めました。
いかにも信州のさわやかな夏の朝になりましたが、朝日が当たるといっせいに蝉が鳴きだしました。
昨日の飾りつけはベテランや若者が10人ほどきてくれ、手際のよい仕事に予定より早々と終了。
真夏のくそ暑い中、慰労会といってもなお疲れそうなうえに、気抜けしてしまい珍しく、本当にメズラシク後日ということに・・。

今日は展示会の初日となります。
すばらしく充実した、見ごたえの在る会場に仕上がりました。

松本市美術館企画展示---出水美術館収蔵展
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飾りつけ

2010-07-27 06:18:24 | 山郷の暮し
りゅう王丸作品展 人類の愚行を描いた40年
少し頭がボーーとしている。
作品の荷作りで仲間が手伝いに来てくれたのが嬉しくて、ついつい飲みすぎてしまった。
今日は搬入、飾りつけでそのあとはまたまた飲むことになるであろう。
お祭りは始まったばかりだから、自制をしながら飲まなくては・・・。
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今週はお祭りWeekです--りゅう王丸作品展

2010-07-26 06:46:05 | 山郷の暮し
久しぶりに自作自演のお祭りの開幕です。
とはいっても、展示会の初日は7月28日なのですが、運搬積み込み・飾りつけは今日から始まりました。
展示作品は絵画21点・立体3点と数は大したことはないのですが、絵画は組み立てて最大4x3mのものがあったり。
レリーフ的な作品があるのでカサバルのです。
友人が軽トラックをもってきてくれます。およそ3回は往復しなければなりません。とはいっても、松本美術館までは20分くらい。
若い連中も応援に来てくれます。
一杯がたのしみですねーーーーー。ただし会場内ではありません。
昔は展示会場には祝儀の酒瓶が並び、宴会が始まったものでしたが、いまはそのようなことは無くなってしまいました。
芸術家といえば酒飲み。酒息を吐きまわっても、観覧者もそお言うものだというような、おおらかさがありました。
ずっと昔、私が銀座で個展をしたとき、オーナーに気に入られ、経営をしているクラブのホステスさんたちによって、会場で宴会になったことがありましたっケ!!    Natukasi--な------
写真は別所温泉の雨乞い祭りより
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一雨ほしいです

2010-07-25 07:44:54 | 山郷の暮し
気圧配置が少し変わったのでしょうか・・。
いわゆる信州の朝夕涼しい夏の様子になりました。
外の宴会場で、最前の熱気が草むらに残る中月をめでながら独酌。
ウブ毛が集まったような雲が、満月前のオッ月様を過ぎるたびに、賢犬サクラになったり白熊に化けたり、だらしなく酔っ払ったオレになったりしながらとおりすぎていきます。
静かです・・・限りなく静かです。といいたいのですが、国道254号には絶え間なく車の流れる音が響いてきます。
展示会もまじかで、高まり行く気分を味わいつつ、ゆっくりと杯を傾けた月の夜でした。
20世紀の遺構--F50-90x110
今から数世紀後から発掘をしてみたら、20世紀の地層は人間もゴミもグチャ混ぜだった。
この作品も地球破壊をテーマーにしたものです。
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海の叫び

2010-07-24 08:36:15 | 山郷の暮し
りゅう王丸作品展 7・28-8・1
松本市美術館企画展示  出光美術館収蔵展

海の叫び F100(160x130) 油彩 1995年
近代戦争の原因のひとつは、いわゆる弱小民族と呼ばれるものを搾取しようとする非人道的な競争に在るのではなかろうか。とマハトマ・ガンジーが言っていることは、資本主義の負の遺産を暗示している。
人類の愚行こそその証しで、戦争ばかりではなく、地球環境破壊の負の遺産に直面している今日です。
20世紀後半の自然破壊からの被害は、まるで地球から膿が吹き出てくるように各地に様々なことが起き出しました。
環境破壊に対して告発的に描いた一つです。
 話は変わりますが、製作時のときを思い出しました。
新鮮な魚を手に入れたく、早朝から買いに行っていました。
私にとっては安くはない。魚屋も一匹二匹の買い方に不思議がられ、事情を話すと「それじゃーー」と切り落とされた頭だけにしたこともあった。
この作品は、95年より度々か加筆・修正をしてきました。


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お暑つーございます

2010-07-23 07:45:53 | 山郷の暮し
連日お暑つうございます。
創作の発想など頭の中からすっかり蒸発してしまい、ただただグターーとしている。
いまや私の頭の中は、賢犬サクラや猫のチビクマと同じかそれ以下だ。
横になり本を広げればたちまち寝てしまい、起きたら図ごとき有様を繰り返している。

大好きな作家であった故(あまりにも早い他界です) 井上ひさしさんの作品を再々読み直している。
「ドン松五郎の生活」のなかに、風薬として紹介されていますが、試してみたい自家製ドリンクがあります。
1 卵の黄身一個をコップにかき混ぜる 
2 黄身と同僚のごま油と蜂蜜少々に熱いお湯を注ぎ、すばやくかき混ぜる。
3 フーフーいいながら飲む  最高に利くぜーー
ということですが、回春剤にもなるとかで眠気がすっとんでメモりました。
フーフー(夫婦)というところが大切なんですけど・・・。 
チョト思い出したのが、同じく井上ひさし著(題名は忘れました)で美味しい焼き鳥のタレのレシピーが書かれていました。
そのとおり作りましたら、プロの焼き鳥味になった。
ですので、この自製ドリンクで猛暑を乗り切りましょう。
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りゅう王丸作品展 7月28日-8月1日

2010-07-22 07:26:50 | 山郷の暮し
A Wall→War→W→?
ベルリンの壁を観て f100 1995年
今は歴史の一こまになったが、ドイツを東西に分けたベルリンの壁は有名だった。
1988年は西ドイツに招請されマンダラ・パフォーマンスを公演した。そのおりベルリンの壁を観て「人類の愚行」の象徴だと激しい憤りをかんじた。
 西側の落書きされた壁は、ポップアートを観るような陽気さがあった。観ることができない東側の壁面を想像したとき、いいしれぬ悲しみと怒りは脳裏に焼きつき、ふつふつと燃え続けていた。
 其のことがきっかけになったと言うわけでもないが、世界の国境線の在り様に興味を持ちだした。 
田舎の踏み切りのような国境ゲートや、白線をまたいで記念写真を撮る観光的国境や、銃を水平に構えた兵士が守る国境線。
延々と砂漠地帯に伸びる金網の壁。東西を分けたコンクリートの冷たい壁。銃弾が打ち込まれ崩れ、落ちた残骸のある壁。国境は現実の壁であり、まさに争いごと、生死の最前線です。
具体的な壁のほかに、、壁のイメージには時間とか社会の壁などと、抽象的な要素を含んでいます。
 1990年ベルリンの壁の崩壊は、永い冷戦時代の終焉をもたらした
再び壁が構築されるようなことが、絶対にあってはならないという思いが、脳裏から一気に蘇った。

 この作品ほど題名に悩んだものは無い。
題名は作品にとって製作意図を理解していただく重要な導きだけに、銘々によっては、限定した狭義的なものになりすぎてしまうことがある。この作品に関しては、広い意味をくみとってほしく、あらゆる意味に解釈できる壁「A Wall」とし、Wで続く展開を暗示した。
松本市美術館企画展 出光美術館収蔵展7-24--9-5
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