棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

衆議院選挙

2017-10-25 11:38:56 | 山郷の暮し
今度の衆議院選挙は訳のわからない展開でしたね。
安部首相の思惑が大当たりした結果になり、これからますます独断的な政権になって行く気がします。
私は自民党には投票しませんでしたが、必ずしも否定的ではなく、安部政権の交代を願ったのです。
とはいっても希望の党ではありません。

さて、今回から18歳の若い方々の投票が出来るようになり、どんな動きだっつたのか興味が湧きます。
なんといっても、彼らがこれからの日本を支えてくれる。
チョット気に少し気になるのが、若い方が「安定」を求めて小さな社会を作り上げてしまうことです。
安定重視は大切かもしれないが、変わってゆく力がないと世界の変動についていけなくなってしまう。
若い政治家も増えましたがそのエネルギーがうまく働いていない。いや、働かせない機構になっているのが日本なのかもしれない。
初めての選挙権にどれだけ投票されたか確認していませんが、当たり前のことですが投票は大切なことです。

私の初めての投票は、東京都知事選でした。
長く続いていた自民党から、革新バリバリの美濃部氏が立ちウエーブが起きました。
新宿区にいた私も、友達とともにボランティア活動を幾分しました。
初めて選挙権を得た若者たちに事務所は溢れていました。
今思うに、安保闘争に破れ社会・政治に不信感をいだいていた若者たちだったといえましょう。

今でも初めての投票にわくわくし、美濃部都知事が誕生した悦びがふつふつと湧き上がってきます。
よき体験をしたものだと、芯から思います。
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台風21号

2017-10-24 18:11:58 | 山郷の暮し
いやーーよく降り続き、最終は台風21号の大雨となりました。
眼下の女鳥羽川はすざましき流れと濁流になり、轟音の中に大岩がぶつかり合う音が地響きのごとく聞こえました。
今日の午後あたりになると急に水量も減りましたが、土色の濁流は今も続いています。


この川のことは時々書いていますが松本市内を流れ、普段は鯉や鴨がいます。
源流は三才山(みさやま)トンネル脇の谷をさかのぼる美ヶ原に続く山山。
水源地から市内まで17キロと短いのですが、標高差1700メートルと昔は「暴れ川」といわれたらしい。

近年では1959年9月26日、本土を直撃した伊勢湾台風では松本市内で決壊し、激甚災害に指定された。
それ以後、川での被害は聞かないが、昨日までのすざましい濁流を見ると、うなずける。

連日 雨がしとしととうっとおしく、散歩も我が家の周りで済ませていたが、今日ようやく全コースを歩く。
なんと、山沿いの山道の一部が幅10メートルほどに渡り崩れ落ちている。
ひび割れが横に走り、まだ水分をたっぷり含んみ、グズグズと沈んでしまうので危険を感じ迂回する。
当分この山道は歩かないほうが良いであろう。


さらに、我が家から南の丘山であるが、田んぼ沿いの杉の大木が数本倒れ、農道を塞いでしまった。
この対応は早く、夕刻までチェンソーが鳴り響いていた。

おかげで直接の被害はなかったが、この花の谷も決して安全と言い切れず、崩壊指定地域なのです。

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夏祭りの夜ー家族 1994年

2017-10-19 11:06:30 | 山郷の暮し
前回は朝の散歩中に唐突に思い出した作品を修正したことを書きました。
その作品に同梱されていた墨画があり、この作品はまったく記憶から失せていました。
パネル貼りがされていたので発表をしていた、と思いますが忘れている。
物事に忘れっぽい私ですが、作品制作のことは下図一枚でも記憶が甦ってくるものですが・・・。
自分でも不思議なくらい忘れていたのです。

これは私ばかりでなく創作にいとしんでいる方は、分野を問わず不思議なくらいに制作状況が甦ってくるものです。
それがまったくなく、しかも1994年制作となればちょうど50歳の時。
ぼけているどころか、制作も乗りに乗っているころでした。

さてこの作品は兄の家族を描いたもので、前回投稿した「母になる日」の義姉が病死をしてから6年後の制作です。
描いた真意は忘れてしまいましたが(制作日記はあるはずですか・・)、
子供たちに叔父さんとして、画家として、母親の姿を残してやれる事だ、という思いだったのでしょうか。
この作品、自我自讃に聞こえるかもしれませんが、悪くない作品で特に視線の構成がすばらしい。


チョットわかりにくいことをのたまわりますが、絵画となると誰しもが「遠近」を思い起こすでしょう。
手前から奥に行く空間表現は、物理的なモノによって表現できます。
写真などでよくわかる構図です。
(蛇足ですが、絵画制作でそのまま構成するのはいけません。カメラは片目で、写生は両目ですから異なります。)
難しいのは奥へ行く空間よりも、画面から観る者までの空間を表すことです。
画面に創られた遠近がそのまま伸びてくる、とでもいいますか、風景画でしたらその延長上に自分も居る気がする。
まーーそんなふうに描けたら名画なのですが・・。

さて、物理的な遠近ばかりではなく、目に見えない空気遠近があり、これが創り出す空間こそ絵画の醍醐味です。
その創作の方法の代表的なものは「視線」です。
見えないのですが、物理的遠近よりもはるかに効果が生まれてきます。
視線ばかりではなく、指先の方向やモノなどにも同じような制作意図を潜めているのです。

話は飛躍してしまいますが、私の鑑賞してきた作品の中で「視線の創る異空間」のすごさを感じたのは、
ルーブル美術館で観たあのダビンチの名画「岩窟のマリア」でした。
今はその作品のことを正確に書けませんが、たしかマリヤとイエスと侍従の女性のひれぞれの視線の方向です。
子供のイエスが私を見つめることにより、巨大な異空間の塊が迫ってきたのです。
私を見つめる視線がなかったら、あれほどの空間は生まれないとおもいます。

私の制作でも鑑賞者を見つめるナニカを描き入れる工夫をしています。
人ばかりでなく動物や草花などに託しているのです。


ダビンチの名作と私の作品は比べようもありませんが、作品を鑑賞する時の参考にしてください。

話を私の絵に戻しますと、人物の視線によって「家族だけのの空間」を創っています。
背後のぼやけた明かりと影によって、画面の空間(祭りの雰囲気)が観る者まで包み込んできます。
実像による遠近と、見えない空気遠近がバランスよく描かれていると感じます。
蛇足ですが、この制作時には母親は既に亡くなっており、似顔絵というより観音様のような顔になっています。

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作品修正・母になる日F50

2017-10-15 12:09:26 | 山郷の暮し
4日前の11日は真夏のごとき馬鹿暑さでしたが、翌日から小雨降る寒い日が続いています。
柿のオレンジ色の実が目立ちだし、色ついた葉が散っていきます。
この柿の葉ほど多彩な色に変わるものも少なく、思わず魅入ってしまいます。
むかし、ずーーとむかしに精魂こめてこの柿の葉を写し取ったことがありました。

さて今回の投稿は10日ほど前の散歩時のときでした。
唐突に40年ほど前に描いた作品が思い浮かび『本人の顔に描き直せ・・・。』ささやきを得たのです。
ささやき と言っても声が聞こえてきたと言うほどでもなく、頭の中に響いたのです。
そんな現象は時おりあるので特に驚きもありませんでしたが、その作品はまざまざと目に浮かぶのでしたが、
問題は何処にあるのか思い浮かばない。

その作品は写真家の兄の嫁さんが始めての出産をひかえたころの様子を素直に描いたものです。
私の32-3歳ころで、改めてセザンヌやミレーなどを研究しながら描いたものでした。
「本人の顔に描き直せ」とは、義姉の顔ではなく当時付き合っていた女性の顔にしたのでした。
数箇所の展示会に出品したのち、その他の多くの作品とともにストック状態になってしまった。
それ故に何処に入ってしまったのかまったく記憶がない。


梱包されていると一層探しにくく、ソレを思うと「ささやき」をただちに実行することが出来ない。
それでもヤケに気になり、2日後にようやく見つけ出した。
少なくとも30年ぶりに観るわが作品で、「うまいじゃん!!。まじめに描いている。」とかんじ、
さて顔をご本人になおすとなると大変だ。
というのは、義姉はこの作品の8-9年後に3人の子を残し癌で亡くなってしまった。
それ故に子供たちはほとんど記憶にないであろう。

描き変えにあたり兄に写真を提供してもらう。
兄の写真モデルとして多くの写真はあるが、若くピカピカしたものばかり。
当然と言えるが、全て結婚する前のものばかりで私のイメージと少し異なる。
彼女が30歳ころの「母になる日」と言う題名で、悦びを秘めた顔であり、肖像画的な要素が必要になる。
さらに、今は30才過ぎた子供たちに残してやる「母親の姿」なのである。

長時間絵画は続けたわけではなく、翌日観た瞬間にイメージが違っていたらふき取ってしまう。
そんなことを数回繰り返すことになってしまった。


肖像画として成り立っているのか解らなくなってしまったが、この作品のイメージが今後、子供たちの母親像になることはたしかだ。
正直、彼らのイメージと異なっているのかもしれないと思ってしまう。何よりも夫であった兄貴だ。
まだ贈っていないが、作品としてはよいできだといえる。
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本