棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

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大丈夫かーー

2008-10-31 11:05:05 | 山郷の暮し
この秋一番の冷え込みでした。
これから一日一日「一番の冷え込み」ということになっていくのですねー。
昨日あたりからの冷え込みで、次々と散り落ちる紅色のサクラの葉も、かなり少なくなってしまいました。
6月頃でしたか、葬式でいただいた菊の挿し木が、立派な花をさかせてくれました。
薄緑色の品のある花で、挿し木をしながら増やしていけそうです。
日光浴に這い出てきたのか、キリギリスがジーーーとしています。
チョットつっついても、ピクッともいません。
この子たちはこのまま死んでしまうのでしょうかねー。
思わず「オイッ だいじょうぶかー」
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レッテル(権威)に弱い日本人

2008-10-30 09:20:58 | 山郷の暮し
昨日の空模様の激変は、いよいよ冬に入っていく前触れです。
今朝は雲がポコポコ浮かび、木々の間から見える、雪化粧したアルプスの裾野は、真っ白な雲に包まれています。
安曇野にでれば、身が引き締まる山容を見ることが出来るでしょう。
冷やっこい風が流れ、これはこれで気持ちがいい。

昨夜から読み出した、陳舜臣さんのエッセイ集「日本的中国的」1983年 のレッテル考がおもしろい。
大正から昭和のはじめにかけて、日本は中国から生きた牛を輸入していた。
それは「神戸牛」となってうられていた。今もかわりませんねー
「青島牛」のラベルは、等級の低い不味い日本の牛だったという。一部逆転しましたねー
つまり、「神戸牛」とレッテルが貼られると、どんな肉でも上等品になり、完全信用する日本人。
レッテルの権威に弱い日本人というわけだ。少しも変わりませんねー

中国人は絶対にそんなことはなく、中身を吟味してから買うというのである。
軽々に結び付けますが、先日の世界ニュースで、ただ今上海のスーパーで困り果てていることを報じていました
衣類・食べ物・その他、平気で包装紙を開けてしまい、気に食わなければそのままポイ!
買い物籠に入れても同じこと。気が変われば、なんの悪びれも無く、通路においておかえりになってしまった。
店員はその後始末が、大変なことになっているようだ。
中国人は見せ掛けでは騙されまいとする、根っからの気質なのであろうか。モラルなんていっていられねー そんな感じ。、

有名ブランドを、絶対視するお人よし日本人。
中国人を見習えとは決して言いませんが、権威などの威力が発揮する社会構造の変革を、していかねばなりませんね。緊張感の無さやお人よしは、今の若者にも続いているんですねー
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光通信--電話勧誘

2008-10-29 16:21:23 | 山郷の暮し
お昼ごろから、西空より鉛色の厚い雲が、物凄いスピードで青空をおおってしまった。前線が北上し、北海道では雪降りになるとか。
アルプスはすでに雪化粧。すきま風か身にしみる時節も、もうまじか。いやだねーー。
この花の谷も光通信にむけて、配線工事のまっただなかです。
それは大変けっこうなことですが、電話局からの加入営業電話には頭にくる。
土日・晩酌タイム関係なく、通り一遍の調子での勧誘だ。
断っているうちに、ベテランとおぼしき女性。
「時代の流れ、このスピードに対応していけなければ・・・」
「今でしたら工事費が無料。一年後でしたら有料になります。どうします」
などと、脅迫的で思い上がった話に、
「あんたにそんなことを言われる筋ではない。だいたい情報過多で振り回されている現状ジャーないか。
あなた方は商売で、オクレルナー遅れるな、と煽っているが、今のわたしにそんなスピードと、ネットに食いついている時間は無い。
第一にこれ以上、電話費が上がればカーチャンが許してくれねー」
なんと、夕刻に
「奥様はおいでになりませんか・・・」と。
今のままで十二分だ!!

話は一変しますが、「振り込め詐欺」にあられた方は、一ったん目をつけられたら、どうにもならなくなっていくのでしょう。
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ブッタの言葉

2008-10-29 09:33:03 | 山郷の暮し
光が踊り、色が歌う。暖かな朝です。
真っ青な空をみあげ、大きく深呼吸。
葬儀の話の最後に、私の大好きな釈迦のお言葉を紹介いたしましょう。

ブッタの肉声を伝えるといわれる原始仏典--Maha-Parinivana Sutra より

樹樹は美しい この世は美しい 人の命は甘美である
愛欲にまみれた 人の命は しかし 甘美である


「人生は苦悩に満ち、この世は穢土である」と出家したゴータマ・シッダッタは「目覚めた者・ブッタ」となられた。
ブッタすら死から逃れることはできない。
死期を予感された頃おしゃったという・・・・。
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下手だねー

2008-10-28 17:14:24 | 創作活動
光と色に満ち満ちた秋の一日でした。
日向ぼっこをかねて「風景でも描いてみるかー」、とほんの身の回りの景色をスケッチ。
下手である。実に下手で、たちまちイヤになってしまった。
わたしは風景画は実にダメで、下手ならへたで、いっそう幼児並みまでになってくれればいいのだが、そおわいかない。
でも、ちゃんとデッサンはできるのですよ・・・。
ただし私自身が、自身の風景絵にひらめきをかんじないのです。そうなると、つぶしてしまう。
「風景画をもっと風景画ラシク描けば、注文にも応じられて、もっと楽になるのだが・・・」といわれてもダメである。
描きたくも描けない、イヤーーナ事態になりそうで、ヤバイのですが・・。

写真は昨年の製作 70-120cm

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葬式-3・ご冥福への疑問

2008-10-28 08:58:50 | 山郷の暮し
「ご冥福を祈ります」と、お別れの言葉として定着していますが、なんだか変だと思いませんか。
と申しますのは、「冥」は辞書によると、暗い・迷い・道理に通じない・あの世・冥土などなどと、決していい意味を含んでいないのです。
ついでに手持ちの仏教辞典を見ますと、冥土--黄泉。亡者の魂の迷い行く処。死後の世界。とあります。さらに
冥土の旅---人は終りに死して、冥土に住くべきものなるより、生涯の行路を旅にたとえて冥土の旅という。とあります。
つまり冥土と冥府は同意語でをつけたとたんに、パラダイスのような世界へと大変身だ。
冥土世界を極楽・浄土や天国(キリスト教的観念ですが)の処と思いこみ「ご冥福を祈ります」となってしまったのか・・・。

浅学の仏教知識ですが釈迦の教えは、一切の輪廻からのサイクルから脱することが目的。
それはあまりにも深遠で到達できえない世界だと、後世に様々な方便を考え出した。
そんな過程から、中国の陰陽道などが入り込んできたのではないだろうか。
ではどんな言葉で、締めくくったらいいのか。
難しいが、心を込めた「ご苦労様でした ありがとう さよおなら」などでしょうか。いい言葉がありませんでしょうかネーー。

葬式坊主が寄ってたかって合唱し、お定まりの訳のわからぬ説法とやらを、したり顔して唱え、キンキラキンの法衣をひらひらさせて退場する。
そんな葬式で本当にいいのだろか。
おれはいやだ。おれはいやだ!!!
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葬儀について-2

2008-10-27 15:52:27 | 山郷の暮し
3-40歳代の告別式への参列は、同年輩の山友達でした。
といっても、私は山登り屋といえる代物ではアリマセンが、ヒマラヤの高峰に、岩壁に挑み、かえらぬ者となってしまった友人達。
そして、厳寒のアルプスで、富士山で・・・

中でも、印象に残っている告別式は、クリスチャンの信者の友でした。
私が世話役をすることになったのですが、全く不明。
しかし、信者の方々が万端ことをすすめてくれ、心温まる賛美歌にいざなわれて行きました。
我々山仲間は、精一杯 山の歌を歌い上げた。

駄菓子でお茶を飲む。
信者の方が「山仲間の方々は、本当に心温かな結びつきなんですねー。
私たちもお手伝いが出来て、とってもうれしい」と。

我々も心から最良の告別式が出来たと語りあった。
「オレもこんな葬式をしてほしい」と思っている。
何よりビックリしたのは、葬儀代なるものがなく、あくまでもお志といわれた。

東山は燃えるような紅色が広がるのですが、今ひとつ。
あたたか秋で、紅葉はあまりよくないかもしれません。
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筆が止まる

2008-10-27 10:04:24 | 創作活動
暖かさが染み込んでくる朝日を浴びながらコーヒーを飲む。
すっかリ少なくなった赤とんぼが処かまわず停まり、モゾッ痒い。
強い光に目を細めている賢犬サクラの、ピンッとした耳にもとまる。
やはり気になるとみえプルッと動かしても、またまた停まる。
数回繰り返すうちに、サクラはあきらめてしまったのか寝てしまった。
秋の日を浴びてボーーとする。
同じボーーでも、昨日のような重い空の一日は不健康だ。

アトリエは寒々として、イーゼルには筆が止まってしまった絵が、一週間近くそのままに。
「この製作は何を意図として描いているのだ。今しか描けないものなのか・・・」
などなどと、制作欲の「ゆらぎ」が生まれるとサーーいけません。
自分の絵が空空らしく観え、絵の具の浪費に過ぎないと思い、パレットの絵の具が硬くなっていく。
こんな状態におちいって行く予防策として、どこかに蒸発するのが一番ですが、腰痛(運転が危険)でそれもかなわぬ。
レゲあたりを爆音にしてバカみたいに踊るか・・・
逆立ちでもスッカ!!
それもかなわぬ悲しさよ・・・・。
重症にならないように、せめて、暖かな秋の陽を浴びていよう。

追・・・こんなとき酒ではごまかさない。酒はあくまでも楽しく飲む
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暗い秋の日です

2008-10-26 11:08:18 | 山郷の暮し
どよんとした色気を失った空。
裏山の竹林が大きく揺れ騒いでいます。
緑色が失った葉が引きちぎられ、斜に飛ばされた後、取り残された葉が寂しくゆれています。
それも、次の風に吹き飛ばされ、林は奥まで透けて見えるようになってきました。
向かいのザーザーと立ち騒ぐ林の中から、甲高い叫び声が響いてきます。
そして、パーンパーンと乾いた音。
たぶん鹿の駆除をしているのでしょう。

我が家からの南向かいの山はゴルフ場になっています。といっても、見えるわけではアリマセンが。
鹿の集団が出没し、被害が出ているとききました。
昨夜は、今秋に初めて鹿の鳴き声を聴きました。
ヒューヒューと、なんとももの悲しい響きですが、感傷的になってもいられない現実があります。
そのうちに、国道と川を越えてこちら側に進出してくるでしょう。
我が家の賢犬サクラも忙しくなりそうです。
写真の作品は、暮色の女シリーズ(80年代製作)なんとなく思い出した作品です。このシリーズについて投稿したいと思っています。
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葬儀-1

2008-10-25 09:06:12 | チョット一言
たて続けて葬儀がありました。
我が家の全ての花瓶に、立派な花が生けられています。うれしいですねー。

「浄土宗系」の葬儀に始めて参列、聴きなじみの無いお経.
といっても、お経はまったく判りませんが、色々な調子があるものですね。
私の読経のウマイ下手の差は、心地よく眠くなるか、それとも、なんだかしかられている様な・・・。
葬儀評論ができるほどの回数があるわけではないのですが、それにしても沢山の宗派があるものです。
いずれも、我が宗派が一番とばかり、チンぽんジャンと賑やかです。
この宗派仏教のありかたは日本独自のもので、決して世界仏教のあり方ではアリマセン。他国にも宗派はありますが、学校的なもので、学びの集まり学校みたいなもの。
それに対し、日本の宗派はセクト的な、宗我組織といえます。
各宗派の開祖は、吾こそは釈迦の教の真髄を明らかにした思います。
決して宗派の樹立を目的にしたわけではないのですが、時代を得るとどうしても本意とことなり、守りの体制になっていったのでしょう。
なにか日本人の体質そのものが潜んでいる。
その上、江戸時代に制定した檀家制度で、お寺は安泰。目的を見失った宗教ビジネスのマンマン、今日に至っている。

そんなことが現在、葬式仏教といわれ、告別式といってもなにか馬鹿馬鹿しさが残ります。
私が仏画を描くこととは全く関係なく「葬式坊主で葬式はしたくねーー」と、心から思うのです。

写真は文とむかんけい。マンダラ・パフォーマンスの張りぼて
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本