棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

2-東日本大震災を描く-展示会

2020-02-28 15:27:53 | 山郷の暮し
コロナウイルスの感染予防で自粛せざるを得なくなり。展示を中止しなければならないかもしれないが、準備万端である。
作品は高さ162センチ・幅820センチと大きなもので、様々な情景をびっしりと描きこんである。
今回は説明をしたて来たことを、漫画のコマワリのような説明パンフを作ったので、ブログでも一部を展開させてみます。

1-2パネル 天災--津波
2011年3月11日 私はいつものように愛犬と散歩をしている時だった。
「オヤ・地震かな・・。」とわずかな揺れを感じた。
いつもはテレビを視聴する時間ではないがチョット気になりスイッチ・オン。
飛び込んできた映像に信じがたい思いだった。
新たな映像とともに繰り返される報道に、体内からこみ上げてくるナニカは日に日に大きくなり、それに左右される一年となった。

三陸沖を震源としたM8.8は観測史上最大。
津波は所によっては高さ10メートルを超え東日本の人々の暮らしを数分のうちに壊滅状態にしてしまった。
日々の報道に悲しみは怒りとなり、そのままの思いを描き文に残した。
本絵の制作にはためらいもあったが、小学校入学まじかの家族を仮想し、絵巻的な構想が熟したのは同年の11月であった。





お母さんとおばあちゃんが入学祝を買おうとウインドウを見ています。
コメント

東日本大震災を描く-展示会

2020-02-27 11:50:27 | 山郷の暮し
東日本大震災が起きてより早くも9年たたんとしております。
日本中の人が強烈な光景に息をのみ、「何とかできないものか」と思ったことでしょう。
思うばかりでなく、実際にボランティアにでかけていったり、何らかの形で支援をされた方も少なくないと思います。

私も画人として何ができるのか迷いに迷った挙句、新聞・映像とうの報道資料を参考に津波被害などを表したが、
災害の光景を描くのではなく人々が苦境から立ち上がる精神力を描いた。
正直、現場に立ったわけでもなく人々の苦悩を芸術家的想像だけの制作に後ろめたさもあった。
制作日記を読むと、制作時の湧き上がる悲しみ、いきどうりに自身当惑しながら、夢中にキャンバスに向かった日々であった。
 パンフ 表紙

翌年の2012年春に「東日本大震災を描く-天災・人災・人曼荼羅」を意図に絵巻風に展開した大作(920cmX162cm)を完成させた。
ある展示会場では、男性が作品を見ているうちに絶句し飛び出してしまった。
避難をされていた方だと、同行の人が話をしてくれた。

機会を得ては展示会をしてきたが、ここ3年ほど開催をしていなかった。
この度 3月17日--22日 松本市美術館 で久しぶりに展示をすることになった。

案内はがき・パンフ等すべてそろった現在、先ほど美術館より電話があった。
なんと、他人事と思っていたコロナウイルスの感染予防の影響で、自粛要請があった。

決して強制的なものではないのだが、まだ未定だというが、もし本館での企画が中止になってしまったらこれはお手上げだ。
正直 入場者数は本館の流れにかかっている。
何とも・・・。

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アイリス

2020-02-04 17:26:55 | 山郷の暮し
暖かですねー。例年でしたら川岸に複雑な氷の造形が折り重なっているのですがマッタクそのけもない。
大変楽な冬ですが、グレタさんの言うような地球環境危機からでしょうかねー。
積雪がないと水不足の要因になりかねませんから心配ですね。

昨年制作をした「極楽を描くとしたら・・・。」の話に戻りましょう。
とは言っても、ヒマラヤの谷でのことでしたが、アイリスを描いているときに思いだした光景でした。
「アイリス」は我が家の雑草花畑に数種類あったのですが、変わった立派な花をつける株は、雑草に負けたのかいつの間にか消えてしまった。

花弁は色合いの関係からか見た目には厚く硬そうですが、虫がちかつくだけで震え、透き通った光が光粒となってきらめく。
そのような様子を素直に描き出したかった。
もちろん、極楽のイメージである。
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ryusun

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絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本