棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

2-おふくろー夫婦・親子関係って??

2008-06-30 08:48:23 | エッセイ・随筆

私は「産めよ増やせよ・お国のためだ」と言われた時代からの、5人兄弟の末っ子。
親父は56歳、母は40歳。さいごの頑張りみたいなもので、両親の若い頃は皆目判らない。
これは私だけのことではなく、子供にとって親のことは判っていない。
もう少しつめてみれば、親も実はよくわかっていないところから始まっている。
結婚はわからないもの同士が、わずかな接点で結びつき、その小さな根を巨木に育てる根にしてゆくことなのであろう。

子供にとって最初の異性意識が、両親だと言われますが、男の子にとって父親は、目標であったり競争相手であったり、ときには憎しみの対象にもなってしまう。
つまり、男対男の関係だ。
女性の場合は、母親が女対女の関係になるのであろうか。
では、男の子にとって母親を「異性」として意識することがあったのか、あったとしたら何時ごろだったのか。

父親から「お母さんの若い頃の写真だ」と見せられたのは、小6のときだった。
どうしてそおなったのかは判らないが、ただただ面食らい内心「お母さんて若くて綺麗だったんだ」とおもった。
父もこの時代の母を知らないはずだ。この写真を見てコヤコヤしていたかもしれぬ。
写真裏には、父の筆による「大正15年・小学校補習科教員時代 21歳」とあるる

上記したように、私は晩年の子供で、物心ついた頃は母は50代だが、鼻ったれ悪がきのカーチャン連の中で毅然とし美しく、一目置かれていた存在だった。

「おふくろは、イイ女だったんだよナーー」
と、お茶を入れてもらいながらいえるようになったのは、私が50歳代。
親父の気持ちが、チョットわかるようになってからかもしれない。
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1-おふくろを思う--やかん

2008-06-29 17:14:19 | エッセイ・随筆
銅製の小さなやかんはクルッとして、なんともいい姿をしている。
1996年・92歳で他界した「おふくろ」が、自宅で最後まで愛用していたものです。
ときおり訪ねるた私に、炭火で湯を沸かし、、煎茶の旨さを教えてくれました。
やかんは、たぶん大正期のものと思うが、医師・学者の妻で「奥様」と言われた、結構な頃からのものだと思う。
「おふくろさん、形見にそのやかんはオレにくれよ・・・」
「お前は失くしやすいからねー」といっていたが、やかんの中に「龍王丸に渡す・・・」の手紙があった。

お袋はこのやかんで煎茶を楽しみ、私は焼酎のお燗に愛用している。
ガスなどの直火は傷めてしまうので、電気コンロと気を使っています。
独酌の至高の時ばかりでなく、宴会にも絶対欠かせない、目を楽しませてくれる逸品として、皆からナゼナゼされているものです。

お酒となったとたんに、方向を失った筋になってしまいますが、おふくろの話をしていきたいと思います。
当然、理想化した母親像として、装飾された虚像的な記述になってしまいますが、おつきあいください。
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ドライバーいろいろ

2008-06-29 16:53:54 | エッセイ・随筆
http://ryuomaru行きかう車の、一瞬に見るドライバーは様々ですネ。
よくあるのが携帯電話中、いつの間にか取締りが緩んでしまいました。
口をパクパク、多分大声でカラオケの練習か。
すごいのが、携帯にクワエたばこのオバハン。
お化粧にご熱心で、バックミラーを覗き込む目がバッチリあってしまったり。
髭剃り運転は、もちろん男で朝の1コマ。
チョットやめてくれ !と叫びたいのが、トラック運ちゃんに多い、マンガ本をハンドルに置きながらの運転。これは、運転のプロとはいえない。
時には○×▽▲中だったり・・・。
不思議なもので、車の上下・速度など関係なく、ドライバーの人格が現れるものです。

サテ私は、あまり運転がすきではなく、免許取得は25歳だった。
思い出すのは、東京での私が唯一まともなサラリーマン時代、なぜか秘書課に抜擢された。
社長は車大好きで、当時日本に数台しかないシボレーのドデカイヤツをころがしていた。私は、社長の運転であちこちへオトモ。
社長もどこかおかしいと思ったか「君、運転免許を取りなさい」
「いや、ボクは運度神経がダメですから・・。運転手におまかせしたら」
「・・・・この車は俺が運転する」
結局、会社の経費で免許を取得。
運転なんかいやだと、社長と大喧嘩し首になってしまった。

それ以後、まともなサラリーマン生活はないのですが、「サラリーマンとは気楽な家業ときたもんだ・・」のイメージなんです。
何の話でしたっけ! めでたし、めでたし。3.web.fc2.com/akakb-5.html
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野菜に敬意を称して

2008-06-28 10:01:27 | 山郷の暮し
賢犬サクラと散歩を終え、我が雑草花畑を見れば、まだ30cmほど成長したナスちゃんに、けなげにも5cmほどの実が一つ。
さらに、お隣から「丘ひじき・ブロッコリー・大根」のはちきれんばかりの野菜が、玄関におかれている。
いつものことながら、ありがたい!!。

最も美味しく食べてやるには・・・・。ナスは青シソをきざみ込み塩もみ。
頂き物は、熱湯をかける程度で十分だ。
これらを、朝食のおかずではあまりにも、彼らに申し訳がない
いつものように、外の食台に並べ、感謝の心を込めて、朝日を浴びながら一杯。
が・・・二杯になってしまったが・・・。

花の谷の国道に通勤・お仕事の車が行きかう。
草刈り機のせわしい音が響く。ビバーとはよく名ずけたものだ。
田圃を見に来る人。朝一の畑仕事を終えて帰る人。
「我が家に煙は上がらずとも、庶民の竈からは煙がたっているなーー。天下泰平・この世は天国」
気分は殿様気分
今日は「腰痛の治療に行く予定だったが・・・。」

写真、真ん中のやかんは愛用の焼酎のお燗用で、コレについてはおたのしみに。
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私の勇姿が新聞に

2008-06-27 09:39:59 | 賢犬さくら
私のファンから、お電話やブログのコメントでお祝いの言葉をいただきました。
お父さんは、昨日(6-26)の信濃毎日新聞を見せてくれなかったので、私がイノシシと闘う勇姿の写真が、コンテストで三席に入選したことをしりませんでした。
ありがとうございます
今朝の散歩の時など、ご近所の人が「サクラはすごいんだ---」
と、いってくれました。
やっぱり自由に走り回っていなければいけないのだ。
つながれパナッシで、カビが生えてきそうです。

お父さん。なにか旨いものをご馳走してネ。
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野生の勇姿

2008-06-27 09:31:35 | 賢犬さくら
6月26日 信濃毎日新聞 写真コンテスト・ニ-ス部門三席

組み写真で応募しましたが、紙面の都合で一部のみ
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バラの湯

2008-06-26 18:47:58 | 山郷の暮し
梅雨の重さで、バラの枝が数本折れてしまった。
花瓶に生けたバラはあまり好きでなく、サテどうしたものかと・・・。

湯気のほのかな香りは、化学製香水風呂の嫌味な香りとはまったく違う。
オッチャンもイケメン青年気分にさせてくれる。
フット、今はなき「薔薇の湯」という、よく行った銭湯を思い出す。

そこは「松本サリン事件の河野さん宅隣」
この銭湯の駐車場から、連中は裁判官宿舎に向けて、毒ガスをまいたのである。
犯人がわかるまで、この町内は警察・報道関係がウジャウジャ。
とても、薔薇の湯でも行くカー。どころではなかった。

ところで「薔薇の湯」は、特にバラの香りがするわけでなく、薔薇の絵が描かれてもいるわけでもなく、ただ、赤色のライトが浴槽にあるだけ。
ヤローたちのケツが、ほんのりと薔薇色に照らされるなんて、シャレにしてもキツイ。
次いでながら、薔薇の花が浮かぶ湯船に、オッチャンがウットリしているなんてー。
優雅・酔狂・狂態・気持ちわるーー。ナンテ言わないでください。
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咲きました・夏の花

2008-06-25 16:25:05 | エッセイ・随筆
http://ryuomaru3.web.fc2.com/sizennoe.htm
久しぶりに朝から夏の光に溢れています。
雑草を気まぐれに抜き取る。じきにイヤになってしまった。
けなげにもヒョロヒョロと伸びたひまわりたちに、夏の顔を拝見できました。
写真は2つの花なのですが、裏から見れば一つのガクからです。
私はひまわりの花が大好きで、今までに色々な種類のひまわりを栽培しましたが、結局は単純な花が一番いい。
雑草畑と言われている花畑が、その名にふさわしく「ひまわりの花畑」になるでしょう。そして、来宅した人に「好きなだけドーーゾ」と言ってやるんだ!!
絵もたくさん描いてきました。思い起こせば、ひまわりを描く夏は、製作欲も充実している年でした。

ひまわりの絵と言えば誰でもがゴッホの「ひまわり」
花瓶に生けられた室内の静物画で、浮世絵の影響を受け「影」を書き入れていません。

私の「ひまわり」は、真夏のお日様がギラ゛キラ照りつける、野外のひまわりで、あるがまま、そのものの表現にこだわっています。
自然状態のひまわりの絵は、オレの作が一番の名画だと自負ております----。
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五右衛門風呂のつづき--東海道中膝栗毛

2008-06-25 07:30:01 | 山郷の暮し
http://ryuomaru3.web.fc2.com/matumoto/sakuin/sb-26iiku.html
我が家の五右衛門風呂のお話をしたついでに、東海道中膝栗毛を。
江戸は神田の長屋から、夜逃げのように出発した弥次・喜多。
小田原での旅籠屋、亭主は上方とみえて、五右衛門風呂である。
と書かれているところをみると、江戸では風呂の構造が違っていたとみえます。
訳文をそのまま記載しましょう。
土で釜をつきかためて、その上に薄い鍋をかけ、それに風呂桶をつけ、廻りを湯の洩らぬように漆喰で塗り固めてある。
これには、蓋がなく、底板が浮いていて蓋の代わりにもなりはやく湯の沸くしかけであり、湯に入るときはそれを底に沈めて入るものだ。
と、五右衛門風呂をことこまかく説明しています。
道中記が案内書的な役目もあったといわれますが、五右衛門風呂は江戸では一般的ではなかったのですネ。

最初に弥次さんが風呂にいき、いきなり入って「アッツアッツ」
そこで、便所にあった下駄を使って湯浴みですが、そのあと、下駄をかくしてしまう。
後からの北さんもワカラナイ。ひと悶着あって、隠した下駄を探しだし湯船に入りますが、底板がないから熱い湯がもろにくる。
立ったり坐ったりバタバタしているうちに、とうとう釜の底を踏み抜いてしまった。
という、ドタバタ。

ためしに五右衛門風呂と検索してみましたら、バッチリあるんですねー。
現在も生産され、愛好者がいるとは、チョットうれしくなりました。
蛇足ですが、普通の辞書には記載されていないのですねー。

友人は、不要になったステンレスの浴槽で。五右衛門風呂を作りました。
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五右衛門風呂のつづきです

2008-06-24 19:18:10 | 山郷の暮し
五右衛門風呂の写真でも、と思ったのですが、ただの汚いタイル張りの浴槽。
とても絵になる代物ではありません。
そこで、文化かまどの写真をおもいだす。
以前からあったもので、一度も使用したことはなかった。
二人で持ち上がるのかな?というもので、少し迷いましたが壊してしまった。
今から思えば『無煙かまど」の商標はとっておいたほうがよかった。
ただし、焚き口などは保管してあります。
構造的には、かなりこった作りでした。
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本