棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

腹が立つ

2011-03-19 08:37:42 | チョット一言
東京都知事・石原新太郎がこのたびの大震災に『天罰」だといいました。
揚げ足を取るわけでは在りませんが「ふざけるなーー」と血圧があがってしまった。
 16日に投稿した源 実朝ーー時により過ぎれば民の嘆きなり 八大竜王 雨やめさせたまえ の天に向かっての叫びの片鱗も無い。時代は違い、今よりももっともっと天変に神々に畏敬し恐れた時代。
それでも「八大大王止めろ」と必死で祈っている。毅然と天に神に叫んでいる。
石原新太郎は、芸術家でもなく、だだ富める、右上がり日本時代の時の寵児て・為政者の驕り(おごり)を観るばかりだ。
 さらに、株価が下がってしまうのはわかるが、なぜ円高になるのだ???。
未曾有の大災害で大もうけをする。また出来るのか・・さっぱりわからないが、まさに火事場の泥棒であり焼け太りだ。
腹が立ち血圧が上がってしまうが、どうにもならないことなのだろうか。
火事場泥棒の拝金亡者は、救援の発想も無いのだろう。イヤ、大もうけした分をドーーーンと寄付をするかもしれない。
残念ながらもう一つつけくわえよう。
被災地に窃盗が横行しているようだ。止めろといっても、そお云う連中は耳を傾けない。だからやってしまうのだが・・。
腹が立つーー石原新太郎も同じレベルだ。
日本中がタイガーマスクになっているのに・・。
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政治献金問題

2009-03-05 08:33:48 | チョット一言
現在の長野県知事は、一時全国的に有名になった田中康夫を破って当選した、バリバリの自民党の老議員。二期目に入っているのか忘れましたが、先日、公設私書が自殺して県内は大騒ぎ。そうです、西村建設からの政治献金のことで、捜査を受けていたらしい。全国ニースで報じられた矢先に、今度の小沢一郎の献金問題。まるで味噌もクソも一緒とも見える、政治と金のもつれあい。本当にイヤになっちゃう。
小沢一郎の記者会見での検察への批判は、彼がかつて自民党・政権の中心(裏世界)にいただけに、アレだけのことをいったのではないだろうか。単に言い逃れだけとも思えない。日本が変わろうとする流れに、水を刺すことにならないことを願う。
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政治哲学がネーのか麻生さん

2008-12-05 18:09:56 | チョット一言
朝日が我が家にまだ射しこまぬころ、お隣からけたたましい響き。
漬物たるが吹き飛ばされ、転げまわっている。
山おろしが止まると、天高く舞い上がった木の葉が群れ踊り、てふてふのようだ。
まだ着地せぬまに、裏山の木々がうなりだし、急速に迫ってくる。
昨日掃き寄せたカレッパ(枯葉)が、きりきり舞いし玄関に飛び込んできた。
宮沢賢治の森の話が思い浮かぶ。
妙に生暖かい風である。9:00 記

予報の通りに雨が降り出し、夕刻には止んでくれ、まだ寒気を感じるほどではアリマセン。
それよりも、多少期待を持っていた麻生総理はどうにもなりませんねー。
今日の国会中継をみてもなんだかがっかりさせられ、11-25に投稿した記事のままなのですが、再び投稿させていただきます。

麻生総理は海外に行くとバカに威勢が良くなる。
江戸っ子的歯切れのよさだと評されて、人気があったが、どうも違うと思う。
当然報道でしか判らない範囲だが、彼は決して庶民派でもなく、あっ気らかんで気さくな人物ではない。むしろその逆で、自分が一番と、人を食ったところが見え隠れする。
いわゆる良家でだいじだいじと、わがままいっぱいに育ったままの人生観だ。
ヨイショした言い方をすれば「帝王学」的な幼児教育の元に育ったのであろう。
それ故に、怖い者しらず、人にこびる必要も無いから、海外では受ける要素がある。つまり、言いたいことは其のままいい、通ってきた人生である。
思い立ったことは即可能であったし、出来なくともケツを拭くのは自分でなくていいいのだ。
細やかな配慮などの気配りとは無縁の、必要性の無い生き方なのだ。
以前にも殿様総理(細川)から安部・福田と、タイプは全く違いますが、共通点があるのです。

国民への ばらまきおこずかいにしろ、道路税のことにしろ、どこか思いつき的だ。
わがままに育っている子が「ほしいほしい」と、ばたばたしている情景が見えてくる。取巻きはたまったもんではあるまい。内部崩壊の兆しが見える。
三つ子の魂百までも のことわざではないが、こんな政治家が増えてくることは決してよくない。
最近の麻生総理を見ていると、北朝鮮のトッチャンボウヤのバカ長男と良く似ている気がします。
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nhk-愚問のインタビュー

2008-11-30 09:22:29 | チョット一言
強い朝日がカーテンの隙間から差し込んでいましたが、しだいに弱弱しい光に・・。暖かな一日であってほしいですねー。
賢犬サクラが散歩に行きたくて「フイーン・フイーン」と媚、あまえる。
「オレ足腰がまだ正常じゃーねえんだけど」と、腰を曲げポトポトと200Mばかり。それで足りるわけでなし。あとは好きにしろと、紐を放つ。
裏山へピューー。夕方にはかえって来るであろう。

昨夜はNHK杯を晩酌しながら、エドー・エドー・beautiful!!と盛り上がり飲んでいました。
浅田奈央ちゃんから、日本勢の独占。素人が見ていても納得いきます。
そして、インタビュー
いつも思うのですが、NHKのインタビューって、始めからそお答えてほしいというような、じつに味気のないもの。
今回も、ナオちゅんがラストに、こけたのを彼女はジョークで済まそうとしたものを、受け止めていない。
話の発展がナイのです。
海外の選手のジョークを交えた豊かな返答に、日本選手との知識・精神力の違いかと感じてもいましたが、私たちに伝わってくるインタビュアーの資質にも大いに関係しているのでした。
NHKのお定まりの質問は相撲でこりごりだ。
もっと、自由で躍動的なインタビューを望みたい。
追申--あい変わらずですが、愛犬サクラはさきほど(4時半)ヘトヘトになって帰ってきました。いつもは見向きもしないペレットを食っている。自給自足は出来なかったと見える。
今日もいい天気で助かりました。ぞっとするくらい冴え冴えとした三日月・宵の明星が見えます。
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駄々っ子

2008-11-26 09:17:56 | チョット一言
甘やかされ育った者 
麻生総理は海外に行くとバカに威勢が良くなる。
江戸っ子的歯切れのよさだと評されて、人気があったが、どうも違うと思う。
当然報道でしか判らない範囲だが、彼は決して庶民派でもなく、あっ気らかんで気さくな人物ではない。
むしろその逆で、自分が一番と、人を食ったところが見え隠れする。
いわゆる良家でだいじだいじと、わがままいっぱいに育ったままの人生観だ。
ヨイショした言い方をすれば「帝王学」的な幼児教育の元に育ったのであろう。
それ故に、怖い者しらず、人にこびる必要も無いから、海外では受ける要素がある。
つまり、言いたいことは其のままいい、通ってきた人生である。
思い立ったことは即可能であったし、出来なくともケツを拭くのは自分でなくていいいのだ。
細やかな配慮などの気配りとは無縁の、必要性の無い生き方なのだ。
以前にも殿様総理(細川)から安部・福田と、タイプは全く違いますが、共通点があるのです。

国民への ばらまきおこずかいにしろ、道路税のことにしろ、どこか思いつき的だ。
わがままに育っている子が「ほしいほしい」と、ばたばたしている情景が見えてくる。
取巻きはたまったもんではあるまい。内部崩壊の兆しが見える。
三つ子の魂百までも のことわざではないが、こんな政治家が増えてくることは決してよくない。
最近の麻生総理を見ていると、北朝鮮のトッチャンボウヤのバカ長男と良く似ている気がします。
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葬儀-1

2008-10-25 09:06:12 | チョット一言
たて続けて葬儀がありました。
我が家の全ての花瓶に、立派な花が生けられています。うれしいですねー。

「浄土宗系」の葬儀に始めて参列、聴きなじみの無いお経.
といっても、お経はまったく判りませんが、色々な調子があるものですね。
私の読経のウマイ下手の差は、心地よく眠くなるか、それとも、なんだかしかられている様な・・・。
葬儀評論ができるほどの回数があるわけではないのですが、それにしても沢山の宗派があるものです。
いずれも、我が宗派が一番とばかり、チンぽんジャンと賑やかです。
この宗派仏教のありかたは日本独自のもので、決して世界仏教のあり方ではアリマセン。他国にも宗派はありますが、学校的なもので、学びの集まり学校みたいなもの。
それに対し、日本の宗派はセクト的な、宗我組織といえます。
各宗派の開祖は、吾こそは釈迦の教の真髄を明らかにした思います。
決して宗派の樹立を目的にしたわけではないのですが、時代を得るとどうしても本意とことなり、守りの体制になっていったのでしょう。
なにか日本人の体質そのものが潜んでいる。
その上、江戸時代に制定した檀家制度で、お寺は安泰。目的を見失った宗教ビジネスのマンマン、今日に至っている。

そんなことが現在、葬式仏教といわれ、告別式といってもなにか馬鹿馬鹿しさが残ります。
私が仏画を描くこととは全く関係なく「葬式坊主で葬式はしたくねーー」と、心から思うのです。

写真は文とむかんけい。マンダラ・パフォーマンスの張りぼて
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世界思想ーー2

2008-09-17 12:31:32 | チョット一言
従来の政治経済、そして思想までも支配してきたのは、西欧の感覚・考え方が世界をリードしてきた。
経済においては、米国の顔色一つで変わってしまうほどの専横ぶりだったが、中国・インドの躍進で変化をしている。
具体的な政治経済への論評はできないが、今までの西欧による世界思想が崩れ、新たな世界思想が生み出る 混沌とした時代だとかんじる。
ではどこから、新世界思想が生まれ出るか。
中国ではない。日本など世界思想を生み出す素地もない。
ずばり、インドからである。
 難解な「印哲」をうんちくする学識はないが、西欧の科学万能の考え方がいきずまり、古代インドの不確定性原理に科学が近ずいてゆくという。
インド哲理の基本は、「ことば--文字」である。
森羅万象、言葉で説明できて始めて存在する。
逆の視点からすれば、言葉で説明できなければ「存在しない」のである。

突然ですが、TVで躍進するインドが報じられるた。その中で
インド企業から徹底的に質問攻めに会う、日本企業の戸惑いがあった。
日本的感覚からすれば{そんなことは暗黙のうちに判っているだろう」と・・。
モンゴロイドは本質的に理屈を嫌う。数理的筋立てを嫌う。
日本に至っては「暗黙の了解」に代表できるように、徹底的な議論をきらう社会である。
役所の秘密主義やその場しのぎの対策の根底が、我々日本人の性格ともいえる。
日本は「理屈世界」からは、面白みがあっても、世界には通用しないのである。
日本は思想を生み出しているのではなく、解説している思考ともいえる。
一時は「ルックイースト」などと、ヨイショされたことがあったが、世界の指針にはなりえなかった。

話を戻そう。
世界思想とはこれからの世界のバックボーンとなる哲学である。
哲学は数学的論理の思考である。
インドは宗教家・思想家・芸術家・政治経済家、全ての人が「お喋りで理屈家」
バクシーとくる物貰いですら、自分の立場(言うべきこと)を認識している。
モンゴロイド人では とても太刀打ちできない、力を秘めているのである。
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混沌とした社会

2008-09-16 08:43:03 | チョット一言
流動・激変してゆく世界の動きの中で、日本はあいかわらず旧態依然。
判断のあまさ・遅さ・読み違いなど、ますます小さな国になっているような気がする。
無能な政治家・体制を作り上げてしまったのは、我々国民で すなわちわれわれが無能なのだ。
一時期、日本の企業は世界の範とされたことがあったが、今から思うと錯覚に等しかった。
というより、金をひっぱり出す、手段だったのではないかともかんじてならない。
優良企業は血の出る工面をしていることであろうが、近年の企業モラルのむ低下は、新参会社・新業種に多い。
つめていえば、製造企業ではなく、どちらかといえば他人の褌で相撲を取っている業種におおい。
政治家は金・金と選挙資金工面に走り回り、蓄財に余念が無い。
「国民のため・国民の目線」などのお題目で、我々をいつまで愚弄するのかといいたくなる。
政治献金を得るためには、国民の嘆きを無視しても、様々な悪制度を改革しょうとはしない。
その最もいい例が、金貸し業への取締りの甘さだという。
彼らの得た暴利から、政治献金という名の、お礼金をかすめとっているのだ。
残念ながらこの現象は日本ばかりでなく、社会秩序のバックボーンとなる世界思想が根元から崩壊し、病魔は世界中に広がっていることだ。
では、世界思想とはナンであろうか。少し考えてみよう。
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病院とは無縁でいたいが

2008-08-12 17:43:29 | チョット一言
病院など縁がないのにこしたことはないが、昨日は腰の断層写真撮影(MCR)で、いつも通っている整骨医院の紹介状を持参して始めて病院へ。
新しいということもあるのでしょうが、ホテル並みの待合室に受付。
薬の臭いなど少しもなく、スタッフたちのユニホームも気が利いている。
腰を曲げてイテテテ・・なんていってられない、あかるいふんいきだった。

数年前に、アメリカで風邪をこじらせてしまい、紹介された病院の綺麗さと、スタップの対応の素晴らしさに感動をした。

近くの大学の付属病院にもいったことがあるが、あの薬臭さと、ばい菌が蔓延しているような暗い雰囲気とは、雲泥の差があった。

我がぶっ壊れた背骨の一部。どこがどうなっているやら、これからの問題です。
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あの笑顔を失くすな インドネシアからの看護士

2008-08-08 10:51:43 | チョット一言
昨日のニースにインドネシアからの看護士さんたちの来日をほうじていた。
期待と自信に満ちた、生き生きとした若者たちの笑顔を、久しぶりにみた。
あの輝やける笑顔を、失望の顔にしてはならない。
きつく、ご苦労な介護仕事のなり手がない対策として、インドネシアからうけいれた。
そもそも発想が、その場しのぎの応急処置的で、ご都合主義が見えてならない。
驚きは、日本人でも簡単に取得できないという、介護士免許を期限を限定している。
100ぽ譲ってしかたがないとして、その試験を日本語でなく母国語か、いっそうのこと英語にしたらどうだ。
となれば、日本側が困ってしまう。日本だから書類は日本語で無くてはならない理由もないと思うが。
役人たちの書類優先・自己保全しか感じない。

日本に来てよかった。母国では得られなかった高い技術と知識をえることができたと、
母国に役立てる、大切な人材となってくれることだ。
人をそだてるという理念が少しも見えてこない、海外からのその場しのぎの労働者導入だ。
今の日本は、海外から働きに来た人(合法・非合法にかかわらず)が日本嫌いになって帰国していくことが大問題である。
昨夜のTVを視聴し、あの笑顔で数年後に帰国してほしいものだと願った。
このことは、こんご私たちが注目をし、守っていかなくてはならないことだ。
写真はインドネシアの大学生・・・記事とは関係アリマセン
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本