棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

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自問自答

2016-10-28 15:47:51 | 山郷の暮し
馬鹿陽気だった2-3日前でしたが、今朝は6度・日中は小雨が降りだし15度以下と寒く平年の気温になったようです。
紅葉が一気に進みボヤーと黄色に煙ったような谷ですが、赤色は少なく今年の紅葉はあまりよくないかもしれない。
本番は来月の中ごろでしょうが、気温よりも日差しが左右するようです。
お日様を浴び、糖分が赤くなってくれるのです。
お天道様のあたりが少ないと、紅葉しきれずに茶色やさえない色で冬を迎えてしまう。

さて、ただいまの制作は「色の終わり」のテーマで、毎日其の中で過ごしている花の谷と、
女鳥羽川の流れを題材として創り出した風景です。
一つ一つに創意を設定しているのですが其の能書きはのちほどに・・。

当初は明るい光の情景でしたが、しだいに沈んだ色合いに変化をしています。
直射日光を浴びた色彩と(夕刻であっても)太陽がアルプスに沈み空が赤く染まった時刻の輻射光とはまったく違った輪郭です。
クリヤーな4K映像とソフトフォーカス的な映像の違い、とも言えるかもしれない・・。
いや、そうではない。ともかく、当然ですが違うのです。
それを描こうとすると、頭の中の思いを表すのは今までの技巧では表現できない。
今回は初めての技法を試みています。

筆を執ればとるほど、なにか普通の風景画になって行きそうで少し面白くない。
という気持ちと「いや・・なるようになってゆくのだ。それが今の自分だ」とも思えるのです。
まーー創作というものは結局は自問自答の仕事なのです。

前回の投稿写真とくらぺ背後の山を小さくしている。


日中の散歩コース
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色の終わり

2016-10-26 16:00:27 | 山郷の暮し
昨日は今季一番の冷え込みでうっすらと霜が見られました。
日中になっても気温が上がらず、防寒着と手袋をしての散歩となってしまった。

アトリエは冬のように寒く、指先が冷たくなってしまった。
しかし、今朝はボワーとした感じで予報のとおり気温はぐんぐん上がり25度近くある。
朝一から制作欲も強く、ガンガンと音楽を流しながらの制作を最前までしていたがチカビター。
今日のような天気が続いてくれるとテンションも上がって調子がいいのですが・・。

ただいまの制作は前回と同じく水流ですが、意図はまったく異なります。
秋の夕刻にきらめく水面やゆったりとした流れを素直に描いてみようと何枚も下書きをした。
次第に「普通の風景画」のようになってしまい、どこか面白くなく止めてしまった。
どうもその辺が素直でない小生で仕方が無いのですが、フッとひらめいたのがイギリスの画家ターナーの作品。
とりわけ水彩画の習作「色の始まり」という作品の題名なのです。
色の始まり の発想がある限り「色の終わり」という創作意図で描けないものかと気がついた。
夕刻から闇夜に変わってゆく時間の流れこそ「色の終わり」ではないだろうか、ということです。

ようやく制作意図が定まったので本画の制作に入れた訳です。
紅葉で色彩あふれる谷が、やがて漆黒の世界に飲み込まれてゆく時の流れを凝縮したいのです。
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馬肥ゆる

2016-10-20 09:44:37 | 山郷の暮し
先週は寒さを感じる不順な天気に「天高く馬肥ゆる・ではない」と愚痴りましたが、
先の土曜日辺りから暖かくなり、昨日など25度ほどの夏日でした。
今朝も暖かく心地よい空気が流れていますが、この天気も明日から平年に戻ってしまうとか。
濃い緑色の山々が薄色に変わりつつあり、点々と赤色が目立ってきた。
たぶん桜ではないかと思いますが、我が家でも目の前の桜が大きな日陰を作っていましたが、
気がつけば紅葉した葉が3/1ほどになっている。
深まり行く秋を感じます。

先日の日曜日に姪の結婚式があり、おじさんも目一杯の支度をして出席いたしました。
遠方より来た親しき縁者とも久しぶりに飲み交わした。
アットホームな披露宴は旨い酒が飲めた。
特にオリーブでいただいたパンは酒にあい、なんどもおかわりをした。
もちろんメインディッシュは旨く、ぺろりと食べました。

華美な結婚式や葬式はあまり好感がもてませんが、そこで思い出したのが十数年前の度派手な結婚式だ。
肩書きドッサリの来賓挨拶が次々と続き、喉はゴロゴロ腹はグーグーとしだいに腹が立ってきたのは私ばかりではなく、うんざりした出席者と目が合う始末。
ご両親はよっほどエライノダといいたかったのでしょうか。
宴会時間が大幅に短縮されてしまった。
食い物・飲み物の恨みは根深いものでゴンス。
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秋風立つ

2016-10-10 10:24:27 | 山郷の暮し
天高く馬肥ゆる秋 とはいかない空模様です。
いつの間にか秋になっていた と思う冷たい秋風が流れています。
先日の台風18号は、真夜中に松本地方を横切りりんごなどに2億円近い被害をもたらしたらしい。
我が谷は幸いに枝がバラバラと落ちた程度で、犬のハナが恐怖のあまりか寝床にもぐりこんできた。
連日の雨で稲刈りが遅れていたが、今日は最後のチャンスと農機具のエンジン音が響いています。

昨年の今日は松本市美術館で「画業50年展」を開催していた。
なにか数年前のことのようで我ながら奇妙ですが、そのひとつの要因が展覧会が創作の区切りとしたい思いがあった。
70歳を過ぎ、今までのままでの創作を続けることではなく、新たな自己開発を目指す基点としたかったのである。
生まれ変わり、異なる人になれるわけではないが、可能な限り元の私に帰ってみようと試みる旅が始まったといえる。
とはいっても、全ての理解はそれまでの経験の上に成り立ち、制作法が即変われるわけでもない。
以前と同じものを描きながらも、意図を変えてゆくことは可能である。
現在 ありのままを観る。ありのままを表すことにしている。
理屈や製作意図などを深く考えずに、気楽に楽しく描きたいと思うようになった。
「なんだ、そんなことか・・」と言われそうですが、私にしましたら大変な変化なのです。

写真は最新の作で「嵐・有明の月 72歳の朝」F50 91-117cm
連日の雨で眼下の女鳥羽川は日に日に水かさを増していきました。
幸い洪水の心配はありませんが、水中で岩がぶつかり合い、火花が出るのではないかと思うくらい。
そんな激流でありながら、なんともヌルリトしたような水溜りがあったりして、水の不思議さを見ます。
激流は今までに何度も描いてきたのですが、製作意図の強い観念的な表現をしてきた。
今回は早朝に見たままを描いた。
偶然であったが、まもなく消えてしまう有明の月に多少なりとも心境を表した。
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ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本