原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

笑わない時代と社会

2008年06月07日 | その他オピニオン
 人が笑わない時代になった。街を出歩いても、人の表情はけだるく無機質だ。


 いきなり私事であるが、私の結婚式の時のポートレート写真は類を見ない程特異的である。
 花嫁単独写真から全体集合写真まで結婚式場でのプロのカメラマンによる数枚のポートレート写真を保存してあるのだが、そのすべてにおいて花嫁である私が歯をむき出して笑っているのだ。 
 結婚写真というと、花嫁たるものすまし顔かせいぜい少し微笑んでいる程度なのが常識というものである。
 なのになぜ、私の花嫁ポートレート写真のすべてが歯をむき出して笑っているかと言うと、それがカメラマンの好みだったからである。
 最初は花嫁(すなわち私)一人の写真から撮影し始めた。撮影が始まった時点では私はすまし顔を決め込んでいたのであるが、カメラマン氏と会話しながらの撮影に打ち解けた私がケラケラ笑い始めたのだ。(私、結構笑い上戸です。)
 そうしたところ、そのカメラマン氏が私の笑顔がいいとおっしゃって下さり、その笑顔(というよりも大笑い顔)をシャッターチャンスに狙いを定めてしまったのだ。 なぜ私の笑顔がいいかと言うと、私には生まれ持っての“えくぼ”があるのだが、それをカメラマン氏が妙に気に入ってしまった様子なのである。
 そうとは言え、一応結婚写真であるからには一生記念に残るものである。撮影されつつ、そんなに大笑いの写真ばかりでも…、と我に返り、やはりすましてみたり少し微笑んでみたりするのだが、そのカメラマン氏は相変わらず「もっと笑って!」の連呼である。新郎新婦写真になっても、全体の集合写真になっても「花嫁さん、笑って!」の連呼は続き、私はすべての写真において歯をむき出すことになったという訳だ。

 この私の花嫁写真はどう考えても特異的であろうが、一昔前までは写真を取る時の決まり文句は「はい、チーズ!」であった。カメラの前で皆笑顔を作ったものだ。
 
 ところが今の時代、例えばタレントの宣材写真等においても笑顔の写真は少ない。
 一昔前“ぶりっ子アイドル”がもてはやされた時代には、タレントはとにかく不自然な作り笑顔で媚を売っていたものだ。
 近年のタレントの宣材写真といえば、男女にかかわりなく決して笑わず、睨みつけたり、ポッカリ口を開いてみたり…。 どうもこれは“作りお色気”作戦の世界のようだ。おそらく時代が笑顔よりも表面的なお色気を好むのであろう。ところが残念ながら、私の目にはこの“作りお色気”はちっとも色気がなく滑稽にしか映らない。両者の共通項は“不自然さ”なのであるが、所詮不自然ならばむしろ“作り笑顔”の方がまだしも可愛げがあるのになあ、などと私は思ってしまう。 笑顔も色気も内面から自然ににじみ出るものが本当は一番美しい。


 さて、このように“笑顔”が敬遠されるようになった時代背景を考察してみよう。
 昔、“女は愛嬌、男は度胸”という言葉があった。差別用語的ニュアンスもあるため現在では使用されなくなっているが、男女を問わず対人関係における出発点として愛嬌の基本である“笑顔”が大きな役割を果たしていたように思う。
 人間は生まれ持って本能的に“笑顔”を好むようだ。“笑顔”には本来的に人間肯定の機能が備わっていると思われる。産まれて数日しかたたない赤ちゃんでも“笑顔”の認識ができ、笑顔で接すると赤ちゃんはご機嫌でつられて笑ったりもする。育児の基本、そして人間関係の出発点が“笑顔”であることには間違いない。

 そのように人間関係の出発点でもある“笑顔”が、なぜ今の時代失われてしまっているのか?
 その根源はやはり人間関係の希薄化現象にあろう。他者との深い心のふれあいを好まず、人は自分の世界に閉じこもろうとする傾向にある。 まずは笑顔から入って語り合い少しずつ人間関係を深めていくという作業を経ずして本来の人間関係の進展は望めないはずなのに、悲しいかな今の時代自分の都合のみの人間関係で手っ取り早く事を済ませようとする人々が増えてしまっている。
 例えばの話、恋愛関係においてもすぐに体の関係に入ろうとする。だから、さしあたって直接的、表面的な色気の方が重要なのだ。 その場合、七面倒臭い笑顔や会話はむしろ煩わしい。へらへら笑顔を見せられても鬱陶しいだけなのであろう。
 そして、自分にとって用のない相手とは挨拶さえも迷惑がる人も今や多い。まさにエゴの閉鎖的な世界である。
 そんな人種が社会に蔓延し、街では皆がけだるい無機質な表情をすることになる。


 いつ何時もへらへらしようと言っている訳ではない。人間関係のエッセンスとして最低限自分のお気に入りの相手には少し意識して笑顔を取り入れてみたら、その結果心が潤い、世の中は少しずつ明るい方向へ動きそうに思うのだが…。 
  
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