水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 15] トマト小唄

2016年03月21日 00時00分00秒 | #小説

 いい湯加減だ…とばかりに、村中は浴槽で目を閉じた。こうなれば、自(おの)ずと出てくるのが鼻唄(はなうた)である。
「♪ハァ~~お湯の山にぃもぉ コリャ 花が咲くよぉチョイナチョイナァ~♪ と…」
 言わずと知れた草津節の一節である。まあ、村中としてはどんな唄でもよかったのだが、なんとなく出た一節(ひとふし)だった。
 浴室を出ると、今朝、収穫したトマトが冷蔵庫で十分に冷えて村中を待ち構えていた。村中は、軽い塩でこれを風呂上りに食べるのを楽しみにしていた。そこへ冷えたピールをグイッ! とやれば、これはもう、極楽の蓮(ハス)の上の観音さまになったような心地だった。
「おい、トマトは?」
「出てるわよ…」
 妻の美麗(ミレ)は料理が上手(うま)く、菜園で採れたほとんどの食材は調理したが、トマトだけはサラダ以外、手をつけなかった。村中が専門に食すからである。
 村中がキッチンテーブルへ座ると、美麗が言ったように、食塩の小皿とトマトのスライスが皿に盛られて出ていた。その横には、どうぞ! とばかりの冷えた生ピールがジョッキで泡(あわ)を昇らせていた。いつものとおりだ…と村中は、さも当り前のようにグビッ! とジョッキのビールを喉(のど)に流し込むと塩を少し摘んでトマトへパラパラ…っとかけ、フォークでガブリ! とひと口いった。えも言われぬ満足感がヒタヒタと村中を包み込んだ。そのときだった。
『♪ハァ~♪』
 どこからともなく、聞いたことがない唄声が村中の耳に届(とど)いた。
「おい! 今、なにか言ったか」
「いいえ、どうかした?」
 料理を作る美麗が振り向いた。
「いや、なんでもない。ははは…そんな馬鹿な話はないよな、ないない!」
 村中は、そう言いながら、グビッ! と一杯やると、トマトにガブリ! と食らいついた。そのとき、また村中の耳に唄声が聞こえた。
『♪はぁ~ わたしゃ食べられ 満足満足 ぁぁぁ~ 満足さぁ~ トマト小唄でシャンシャンシャン~♪ お粗末! トマト小唄でした…』
「ギャア~~!!」
 村中はゾクッ! とする寒気(さむけ)を覚え、思わず叫んでいた。村中がトマトの小皿になにげなく目を落したとき見たもの、それは目鼻がついたトマトの化けものだった。
「どうしたのっ!」
 美麗がテーブルを見たとき、そこに村中の姿はなかった。村中は寝室で毛布を頭から被(かむ)りながら、完全なトマトの形で震えていた。

                   完


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怪奇ユーモア百選 14] 死んだはず

2016年03月20日 00時00分00秒 | #小説

 山辺は海水浴へ家族とともに出かけていた。小学2年になった友輝と幼稚園年長組の美久、それに、妻の千沙の四人である。毛皮(けがわ)海水浴場は名の通り、毛皮のような、かなりぶ厚い松並木に被(おお)われた浜辺で、大自然を満喫(まんきつ)することが出来た。ごった返す市場の人混みのような砂浜の一角にビーチパラソルを広げ、山辺一家は日陰の中にいた。
「パパ、泳いでくるねっ!」
「待てよ、俺達も泳ぐ…」
 家族四人は、浜辺へ出た。潮の香りがする風が時折り吹き、日射しはきついが水に濡れると心地よかった。というのは真っ赤な偽(いつわ)りで、炎天下で熱せられた海水は、湾岸内では流れも弱く、ぬるま湯に近かった。それでも、しばらく遠浅の海で戯(たわむ)れ、山辺と千沙はビーチパラソルへ戻(もど)った。友輝と美久はもう少し遊ぶからと浜辺に残った。
 異変が起きたのは、その20分ほど後だった。
{パパ大変だっ! 美久が…」
 友輝の言葉と同時に山辺は新幹線のようにビーチパラソルを飛び出ていた。山辺の目に見えたもの、それは溺れかけてバタつく我が子だった。山辺は狂ったように海へ入っていた。だが、美久から今一歩のところで、美久は波間に消えた。山辺は海中へと潜(もぐ)っていた。
 気づいたとき、山辺は寂々(じゃくじゃく)としたどこともつかぬ所にいた。ところどころに、灯(あか)りがチラチラと見えた。前方に蒼白い顔をした老婆が一人、こちらを眺(なが)めている。山辺は近づくと、その老婆に訊(たず)ねていた。
「あのう…ここは、どこでしょう?」
「ふふふ…ここは、あの世の渡し口さ」
「あなたは?」
「わたしかい? わたしゃ娑婆(しゃば)で有名な[しょうづか美人]だわい」
「しょうづかの婆さんですか?」
「誰が婆さんじゃ! …まあ、いいがのう」
 俺は海で死んだのか…と山辺はこの瞬間、思った。
「あの、美久といううちの子は来なかったでしょうか?」
「おお、そういや、さっきな。そんな子が来たのう」
「そうでしたか…」
 やはり駄目だったか…と山辺は自分のことも忘れ、ガックリと肩を落とした。
「いや、賽(さい)の河原へ来たには来たが、すぐ戻ったぞ。お前さんが来たときな」
「えっ!」
「なにも驚くことはなかろう。死なずに生きたんじゃから喜びなされ。どうだい、お前さんも?」
 しょうづかの婆さんは、ニタリと笑った。それと同時に、山辺の意識は途絶えた。
 気づくと山辺はビーチパラソルの中で横たわっていた。
「そろそろ帰らない?」
 見上げると、しょうづかの婆さんではなく、千沙の顔があった。肩を揺(ゆ)すられ、目覚めたようだった。
「俺、死んだはずだろ?」
「誰が?」
 千沙が訝(いぶか)しげに山辺の顔を見たとき、友輝と美久が砂浜から戯れながら戻ってきた。
「これ…拾(ひろ)ったの!」
 美久が楽しそうに手に握ったものを山辺へ手渡そうとした。山辺が受け取って見ると、それは貝殻ではなく、一枚の一文銭だった。山辺は、確かに死んだ…と思った。

                     完


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怪奇ユーモア百選 13] 怖(こわ)い三日後

2016年03月19日 00時00分00秒 | #小説

 朝食後、いつもの庭掃除と盆栽の剪定(せんてい)を済ませると、餅川(もちかわ)はいい湯加減のシャワーでホッコリし、浴室を出た。火照(ほて)った頬(ほお)をまるで餅のように美味(うま)そうに紅潮させながらキッチンへ入ると、冷蔵庫から冷えたミルクを徐(おもむろ)に取り出した。そして、そのミルクをコップに注ぎ入れ、グビグビッ! っと、喉(のど)へ流し込んだ。飲み終えた餅川は満足この上ない完全なミルク顔となり、感無量! とばかりに目を閉ざした。疲れがいっきに餅川を眠気へと誘(いざな)った。餅川はいつしか、ウトウトとテーブル椅子に座ったまま眠っていた。ここまでなら、餅川のその後は万事順調の、めでたしめでたし・・のはずだった。
 目覚めると、すでに夕方になっているではないか。えっ! そんなに寝たか? と餅川は少し驚いたが、それでも、疲れはとれたようだったから、まあいいか…と軽く考えた。今日は日曜だし、別に急ぐこともない…と、餅川は新聞を広げた。そのとき、なにげなく目に入った日付に、餅川はおやっ? と思った。日付は三日後の水曜が印字されていた。馬鹿なっ! と餅川は新聞を場当たり的にアチラコチラとめくった。だが、やはりどの誌面も日付は三日後の水曜日だった。餅川のモチモチした紅潮顔は、蒼白の青ナスへと変化した。
「あらっ? あなた、早かったわね…。残業は?」
「んっ? ああ、まあな…」
 思わず、餅川は誤魔化していた。妻の美葉の言い方からすれば、餅川は今日、出勤していたことになる。一瞬、餅川はゾクッと寒気(さむけ)を覚えた。
 無言で夕飯を早めに済ませ、餅川は寝ることにした。缶ピールを一本飲んで早々とベッドに入ったが、なかなか寝つけなかった。それでも、いつしか微睡(まどろ)んで、朝を迎えた。
 餅川はソソクサと起き、朝刊を取りに玄関へ出た。朝刊を慌ただしく見ると、日付は月曜だった。
「そうだよな、これで、いいんだ…」
 餅川は独りごちた。
「あら! 今朝は早いわね?」
 美葉がキッチンから現れ、餅川に気づいた。
「ああ…。昨日、俺、早く寝たよな?」
「なに言ってるのよ。昨日は遅くまで飲んでたじゃない」
 餅川には、まったく心当たりがなかった。俺はどうかしたのか…と、その日は、まったく仕事が手につかなかったが、何事もなくその日は終わり、餅川は区役所から帰宅した。寝る直前、餅川は、なぜか三日後が怖(こわ)くなった。
 そして、怖い三日後が巡った。残業はせず、少し早めに家へ戻(もど)ると、美葉が声をかけた。
「あらっ? あなた、早かったわね…。残業は?」
「んっ? ああ、まあな…」
 自分でも気づかなかったが、三日前と同じことを言った自分に、ふと餅川は気づいた。美葉が訊(たず)ねた言い方も三日前、そのままだった。
「今日は、水曜だよな?」
「なに言ってるのよ。今日は日曜だからって、釣りに行ったんでしょ?」
「そうだったか…。ああ、そうだったかな?」
 餅川は柔らかくなった餅のような顔で、訝(いぶか)しげにそう言った。その後の餅川がどうなったか・・私は聞いていない。

                     完


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怪奇ユーモア百選 12] 怪談 鰯雲(いわしぐも)

2016年03月18日 00時00分00秒 | #小説

 正樹が学校の帰り道を歩いていた。晴れ渡った空には鰯雲(いわしぐも)が出ていた。クラスで飼育係の正樹は動物の世話を終え、ようやく解放された気分だった。まあ、動物好きだったから苦にはならなかったが、それでも他の生徒より小一時間遅れての下校になったから、それが嫌だった。そんな正樹を慰(なぐさ)めるかのように、鰯雲は空高く棚引(たなび)いて美しい姿を正樹に見せていた。晩秋のことでもあり、陽はすでに西山へと傾きかけていた。正樹はしばらく立ち止まり、鰯雲を眺(なが)めていた。
「あっ! いけねぇ~」
 道草をし過ぎた…と気づき、正樹は慌(あわ)てて歩き始めた。そのときだった。
『みんな元気かぁ~~』
 低く響く声のような音が空から正樹の耳へ伝わった。正樹は、ビクッ! として、ふたたび立ち止まり、辺(あた)りを見回した。どこにも人の姿はなく、刈り取られたあとの田が一面に続くだけである。人がいる気配もなかった。正樹は少し気味悪くなり駆けだした。
『お~~い、待てよぉ~~』
 駆けだした正樹の頭の上からまた声のような音が響いた。少し先ほどより大きめの轟(とどろ)く声のような音だった。正樹は駆けながら、思わず上空を見上げた。空の鰯雲の大群がスゥ~っと正樹に近づいて下りてきた。んっな馬鹿なっ! と正樹は自分の目を疑(うたが)った。だが現実に正樹の目に映(うつ)る雲は、下りながら速度を弱め、フワリフワリと正樹を取り囲むように包み込んだでいた。まるで霧の中にいるように視界は閉ざされ、正樹は完全に前へ進めなくなっていた。
『そう、逃げなくてもいいだろ、正樹君』
 白い雲から声のような音が響いた。というより、雲が話す声がはっきりと聞こえた。
「なんなんですか! 僕になにか用ですかっ!?」
 正樹は思わず叫(さけ)んでいた。
『そうそう、用があるのさ。動物は元気かい?』
 雲の声が、また聞こえた。
「はい、元気ですよ。それがなにか?」
『いや、それならいいのさ。またな…』
 白い霧は、まるで一ヶ所に吸い取られるように螺旋(らせん)状に上昇し、上空で元の鰯雲の姿を形作った。
「嘘(うそ)だろっ!」
 正樹は空を見上げ、大声を出した。
『嘘じゃないぞ』
 また空から鰯雲の声がした。
「…」
 怖(こわ)くなった正樹は懸命に家をめざし走っていた。
「どうしたの、正樹?」
 母親の里江が息を切らして玄関へ駆け込んだ正樹に訊(たず)ねた。
「… … なんでもないよ…」
 しばらくして、正樹は返した。
「そう…。あっ! これ、来てたわよ。封が開いた動物園への招待券。差出人が書かれてないし、局の消印もないの。おかしいわねぇ?」
 正樹に心当たりはなかった。…いや、あった。鰯雲からだ…と正樹は思った。

                     完


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怪奇ユーモア百選 11] 田幽霊

2016年03月17日 00時00分00秒 | #小説

 とある地方の話である。かつてはこの一帯で耕(たがや)されていた田畑も休耕地や耕作放棄地が目立つようになり、荒廃していた。そうなると、それを待っていたかのように田幽霊が時折り、現れるようになった。ただ、その幽霊は誰にも見えるのではなく、一部の人にだけ見えた。見えたのは、昔からの農業を守り続け、棚田を耕す二人の農民だった。
 耕作放棄されたかつての平地の田畑は、高地の棚田から一望のもとに見下ろすことが出来た。その棚田で二人の農民が話をしていた。
「田幽霊が草取りば、しとったぞ」
「ほう、あの荒れ地でか?」
 一人が下に散開する平地を指さして言い、もう一人はその指先を見つめて返した。
「今日は、なんば使(つこ)うとった?」
「こいだ」
 指さした農民が、今度は足下(あしもと)の草取り機を指さした。今の時代、もう使われなくなった手押し式の草取り機である。平地では農薬が散布され、昭和の古い時代に見られた手押し式の草取り機を使っていたのは、この二人ぐらいだった。
「ほう、そいか。おい、お前ん横に、田幽霊が立っとるぞ」
 もう一人の農民が草取り機を指さした。草取り機を持った農民は、ギクリ! とした。田幽霊はニタリと笑いながら、懐(なつ)かしそうに草取り機を眺(なが)めていた。
「田幽霊も鋤(す)きたかんやろう」
「そがんことかな」
 二人は顔を見合わせて笑った。笑いは、いつの間にか三人になっていた。
「世の中の進み過ぎて、人が足らん時代になってしもうたな。見えん者(もん)の時代とは情(なさけ)んな」
「まあ、そがんことやろう…」
 田幽霊は罰(ばつ)が悪いのか、ボリボリと頭を掻(か)いた。

                     完


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怪奇ユーモア百選 10] 峠(とうげ)

2016年03月16日 00時00分00秒 | #小説

 頂上からの帰り山道を辿(たど)っていた渋川は、前方に現れた分岐路で、ふと足を止めた。道標(みちしるべ)がなかったのである。普通、こうした場所には道標・・としたものだ…と、渋川は不満っぽく思った。道路標識がない道を車が走れば必ず事故が起こる・・という具合に考えた訳だ。
 渋川が山に登る場合、装備として山岳マップは必ず携行していた。そんなことで、渋川は当然、地図を広げ、これも装備したコンパス[方位磁石]と合わせてみた。地図には分岐路も記(しる)されていたから、合わせやすかった。秋の陽(ひ)は釣瓶(つるべ)落とし・・とはよく言うが、まだ、日暮れには少し早い時間だった。
「こちらの道で間違いなさそうだな…」
 確認して少し安堵(あんど)した渋川は、そう呟(つぶや)くと、ゆっくりと分岐路の片方を下り始めた。辺(あた)りは鬱蒼(うっそう)と茂る木立(こだち)である。その中の細い山道を通り抜けるように、渋川は下りていった。
 かれこれ半時間も下っただろうか。渋川は荒い息を吐(は)きながら、ようやく元来た同じ峠へと戻(もど)ることが出来た。フゥ~っと溜(た)め息を一つ吐いて峠の道へ抜け出たとき、渋川は妙なことに気づいた。峠の茶店にしては貧相な佇(たたず)まいの店が一軒、小さく見えたのである。登ったときにはなかったはずだった。渋川は、馬鹿なっ! と思った。登ったときになかったものが、戻ったときにある訳がないのだ。事前に調べた情報によれば、この子竹山(こたけやま)には茶店などなかったはずだった。それが、現に近づく前方にあるではないか。渋川の脚(あし)は次第に近づいていき、ついにその店の前へ立った。
「あのう…誰か!」
 渋川は、やや大きめの声で叫(さけ)ぶように言った。
「はい…どなたかな?」
 店の奥から出てきたのは、みすぼらしい老婆だった。
「少し小腹が空(す)きましたもので、何か出来ませんか?」
「はあ? …ああ、峠の竹の子の煮ものならお出し出来ますがな…」
「じゃあ、それとご飯で…」
 財布には万一を考え、それなりの額を入れていたから、値段まで渋川は訊(き)かなかった。
「へえ…しばらくかかりますで、お待ちくだせぇ~まし…」
 老婆はゆっくりお辞儀すると、奥へと消えた。肋屋(あばらや)だからか、どうも陰気な老婆に思えた。渋川が腕を見ると、すでに四時は回っていた。
 渋川は忍耐強く待ち続けた。時は流れ、小一時間が経ったが、いっこうに老婆が出てくる様子はなかった。渋川は痺(しび)れを切らしていた。陽はすでに西山へと傾き、暗闇(くらやみ)が迫っていた。
「婆さん、出来ないなら、もういいよっ! 俺、急ぐから!」
 渋川は、ふたたび叫んだ。
「お客さん、出汁(だし)は出来たんでね。こちらへどうぞ…」
 奥から声が響いて聞こえた。
「こちらって…?」
 訝(いぶか)しげに渋川は訊き返していた。
「ひひひ…土鍋(どなべ)の出汁風呂に浸(つ)かって行かれましな」
 老婆の声が少し凄味(すごみ)を増した。
「出汁風呂って?」
「そうさ! あんたを煮るんだよ!!」
 そのとき突如(とつじょ)として、ギロリ! と睨(にら)む目鼻だちの怖(おそ)ろしげな竹の子妖怪が渋川の前へ浮かび出た。
『ひひひひひ…』
 竹の子妖怪は怖ろしげな顔で渋川を見下ろすと、舌舐(したな)めずりした。その顔は、どこか妻の直美が怒ったときの顔に似ていた。
「ギャア~~!!」
 渋川は気を失った。
 気がつくと、渋川は家のキッチン椅子で寝ていた。晩酌の酒を飲み、どうも疲れが出たようで、ついウトウトと寝込んでしまった節(ふし)があった。ツマミは妻の直美が調理した竹の子の煮つけだった。ああ、それで、かっ! と渋川は、夢の原因が分かった。
「そろそろ、夕飯にするわね、あなた」
 直美が調理場から声をかけた。
「ああ…。今、変な夢を見たよ」
「こんなの?」
 直美が振り向くと、その姿はギロリ! と睨む目鼻だちの竹の子妖怪だった。
「ギャア~~!!」
 渋川はふたたび気絶した。気づけば渋川はベッドの上で眠っていた。よ~~く考えれば、ベッドは夏用に誂(あつら)えた竹製のベッドだった。不思議なことに、ベッドの下には渋川が夢で見た峠の竹の子が一本あった。渋川はそのことに気づかず、安心したかのようにふたたび瞼(まぶた)を閉ざした。渋川が次に見た夢、それは家の床下(ゆかした)を突き破って生える竹の子の夢だった。

                     完


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怪奇ユーモア百選 9] 消えた入れ歯

2016年03月15日 00時00分00秒 | #小説

 この話は怪談といえば怪談だが、怪談という分野の階段を登っていく段階にある、ある意味、怪談までには至らない馬鹿げた怪談もどきの話でもある。
 肩が凝(こ)りそうな言い方はさておいて、話を始めるとしよう。
 私の家族は私と妻、それに離婚して戻った娘とその連れ子の四人暮らしだ。まあ、こんな構成の家は、世間を探せばいくらでもあるのだろうが、我が家では普通、起こり得ない一つの妙な珍事が起きたのだ。私は世界でそのようなことが起きたのは我が家だけではないか? と、ギネスに申請しようとさえ思っている。
 私は今年、めでたく喜寿を迎え、妻はそんな私より六つばかり下だ。えっ? そんなことはどうでもいいから、何が世界で我が家だけなのかを話せ! だって? …それも一理ある。では、話すとしよう。我が家で消えた物、それは私の入れ歯だ。えっ? どこかに置き忘れたんだろうだって? いや、そんなことはない。私の前から忽然(こつぜん)と消えたのだ。いつも装着(そうちゃく)している私が言うのだから間違いがない! なにっ? ボケが始まったんだろうって? 失礼な! 私はボケてなどいない。断固、これだけは言っておく。私の目の前から忽然と消えたのだ。では、そのときの状況を説明しよう。
 ある日の朝、私はいつものように洗面台の前で顔を洗い、口を漱(すす)ごうと入れ歯を外(はず)した。外した入れ歯は口を漱ぐ間、いつも洗面台の右横に置くのが私なりの流儀になっている。その日の朝も私はそうした。口を漱ぎ、入れ歯を洗うためガラスコップに入れようとしたときだった。洗面台に置いたはずの入れ歯が忽然と消えていたのだ。確かに置いた感覚も残っていたし、下へ落ちた形跡もなかった。とすれば…消えたとしか考えようがない。そして、ついに出てこなかったのだ。私は入れ歯作りにしばらく歯科医院へ通う破目になった。しばらくとはいえ、フガフガ人生を味わう羽目になってしまった訳だ。入れ歯はついに見つからなかった。儚(はかな)い人生ではなく、嗚呼(ああ)・・歯がない人生になったのだ。その謎(なぞ)は未(いま)だに解(と)き明かされてはいない。

                     完


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怪奇ユーモア百選 8] 無毛寺(むもうじ)異聞

2016年03月14日 00時00分00秒 | #小説

 まあ、この話は、わしが話す戯言(ざれごと)として聞き流してもらいたいんじゃがのう…。
 いつの頃のことかは聞いておらぬが、とある村の一角に、それはそれは格式が高い無毛寺(むもうじ)という寺があったそうな。格式が高いといえば、さぞ豪華で立派な寺だろう…と誰しも思うじゃろうが、さにあらず。その実態は荒れ果て、今にも崩れ落ちそうな荒れ寺だったという。ここで、かつてはこの寺にいた住職に纏(まつ)わる話をしておかねばならぬじゃろうのう。というのも、この住職がいなくなったその原因へと繋(つな)がるからじゃ。
 かつては、さる大名家の公(おおやけ)には出来ぬご落胤(らくいん)として生まれたこの男は、遁世(とんせい)して各地を行脚(あんぎゃ)した。そののち、かの地にて庵(いおり)を結んで寺とし、無毛庵(むもうあん)と名づけた。その庵は、実に貧相な庵だったそうな。男は出家し、名を増髪(ぞうはつ)と号したと聞く。この増髪が説く話に教化された村の住民は増髪を崇(あが)め奉(まつ)った。増髪の人となりは、次第に全国各地へと広がり、ついに生まれた大名家にも伝わった。その大名家はそのままには捨て置けぬ・・と、そこの村の山奥に密(ひそ)かに寺を建て、そこの住職に増髪を無理やり定めたそうな。ただ寺名だけは、無毛庵から無毛寺として認めたと聞く。この強(し)いた一方的な行(おこな)いが増髪の心を逆撫(さかな)でした訳じゃな。増髪はある日、ふと消息を断ったという。早い話、行方(ゆくえ)をくらませたということになるかのう。寺の住職がいなければ寺は荒れる。いつの間にか、寺は、もののけが住まう奇っ怪な寺へと変貌(へんぼう)をとげたんじゃそうな。気味が悪いと参る者もいなくなるわい。これは必然じゃ。寺はその後、荒れ放題となっていった。もののけとしては都合よくなった訳じゃな。無毛寺・・毛がなくなった頭は、無毛じゃわい。禿(は)げた頭はよく光る。増髪が寺におらぬようになったのじゃから、それも必然ということになるかのう。無毛の寺、無毛寺に纏(まつ)わる話じゃ。そんな話を、いつぞや聞いたわい。今、何か言うたか? …もう、聞かなんだことにして、忘れてくれんかのう。 

                     完


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怪奇ユーモア百選 7] 双六(すごろく)

2016年03月13日 00時00分00秒 | #小説

 夏のある日、古い土蔵(どぞう)を整理していた村川は偶然、収納されていた古い双六(すごろく)を見つけた。今や、テレビゲーム、アプリ全盛の時代である。こんな時代 遅(おく)れの遊びを今の子供がする訳がない…とは思えたが、余りの懐(なつ)かしさからか、村川はそのまま家へ双六を持ち込んだ。
 蝉しぐれが喧(やかま)しく響(ひび)くなか、村川は昼寝のあと、何げなく持ち込んだ双六を開けてみた。双六の紙はきちんと折り畳(たた)まれ、中には古びたサイコロが一つ、何も書かれていない木駒が一つ入っていた。
「えらく古い時代モノだな…」
 村川はカビ臭い紙に書かれた模様を眺(なが)めながら文字を追って読んだ。
「なになに? 一、二、三? …なんだ、ダセェ~な。ひのふのみーかよ。今どき似合わねぇ~~! 今の時代、1、2、3だろ?」
 村川はそう言いながら興味がなくなった紙を元のように包もうとした。そのときだった。紙に書かれた和数字が算用数字に変化した。村川は思わず自分の目を疑った。だが何度見ても、書かれた数字は最初の数字とは違っていた。俺は疲れてるんだ…と村川は思うことにした。そうしないと少し怖(こわ)かった。紙を詳(くわ)しく読むと、中央にやや大きめの平仮名で、[ひとのよ・すごろく]とあった。村川の興味が復活した。
「やってやろうじゃねぇ~か」
 ニタリと笑うと、村川はサイコロを振った。目は●が五つだった。
「5か…」
 村川は木駒を五つ進めた。
「ほお~、[しゅうげん]か…、これはお目出てぇ~な」
 そのとき不意に、見目麗(みめうるわ)しい時代劇風の娘が、村川の前へ白無垢(しろむく)の着物姿で浮かび出た。娘は三つ指をついて村川にお辞儀をした。
「幾(いく)久しゅう、よろしゅうお願い申し上げまするぅ~」
 一瞬、村川は驚きの余り仰天して逃げ出そうとしたが、思いとどまって振り向いた。娘は、村川にお辞儀したままの姿勢で存在していた。
「ははぁ~!」
 村川は思わずそう言っていた。村川はもう一度、娘を見た。娘は姿勢を崩さず、お辞儀したまま氷結したように動かなかった。村川は娘の着物に触れてみた。着物は氷のように凍(い)てついていた。怖くなった村川はサイコロを慌(あわ)てて振った。目は●が四つだった。村川は木駒を急いで四つ進めた。[りえん]とあった。その途端、娘は跡形(あとかた)もなく消え失(う)せた。
「なんだよ、喜ばせてっ!」
 少し怒りながら村川はサイコロをまた振った。目は●が六つだった。村川は、そそくさと木駒を進めた。[をのこ]とあった。その途端、先ほどの美形の娘が所帯じみた着物姿で赤ん坊をあやしながら浮かび出た。
「もう、こんなに大きゅうなって…」
 我が子に視線を向けて笑ってはいるが、いっこうに村川を見る気配(けはい)はなく、そのままあやし続けている。同じ動作を繰り返しているだけなのだ。
「やめたやめたっ!」
 村川は部屋を出ようと立ち上がったが、足は凍(こお)りついたように動かなかった。村川はゾクッ! と背筋が寒くなり、座り直すとまたサイコロを振っていた。目は●が、また六つだった。村川が木駒を進めると、[はか]と書かれていた。そのとき、村川は急に息苦しくなって記憶が途絶えた。
 ふと、気づくと、村川は土蔵の中で、崩れた本の山に首の下すべて埋(うず)もれ眠っていた。息苦しかったのは、崩れた本のせいだった。村川は、夢だったか…と思った。本の前には、決して美形ではない古女房が、呆(あき)れ果(は)てた顔で立っていた。村川は夢であってくれ…と願い、瞼(まぶた)を閉ざした。

                     完


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怪奇ユーモア百選 6] かさかけ橋

2016年03月12日 00時00分00秒 | #小説

 通勤帰り、電車を降りると、いつもの無人改札を通り抜けた脇山は、踏切を横切ろうと無意識に駅を出た。カン!カン!カン!…と叩(たた)くような金属音が鳴り、踏切警報機が赤く点滅を繰り返した。今降りた電車が目の前を通り過ぎる間、脇山は虚(うつ)ろに踏切が上がるのを待った。轟音(ごうおん)とともに電車が目の前を通過し、数人の知らない人とともに脇山は踏切を横切った。
 しばらく歩いていると、これもいつも通って下さいとばかりに待ちかまえる橋が現れた。かさかけ橋だった。もう、とっぷりと日は暮れ、辺(あた)りは、すっかり暗くなっていた。橋を渡ろうとし、脇山はおやっ? と思った。朝、通った時は見かけなかった一本の傘が、外灯に照らされ橋の渡り口の欄干(らんかん)にかかっていた。脇山は、橋の名の通りだ…と、ふと思った。なぜ、かさかけ橋の名がついたのかという謂(いわ)れを脇山は知らなかった。欄干にかかった傘を見て見ぬ振りをし、脇山は橋を渡り始めた。不思議なことに、そのときザァーっと雨が降り始めた。雨具を持っていない脇山は、立ち止まった。今、見て見ぬ振りをして通り過ぎた渡り口の欄干には、どうぞ! とばかりに傘がかかっているのだ。ずぶ濡れになる訳にもいかず、脇山は傘を借用することにし、Uタ-ンした。雨は激しさを増した。傘をさし、橋を渡り終え、脇山は無事に家へ戻(もど)ることが出来た。誰かがかけた傘なら…という後ろめたい気持が起き、脇山はその傘を手に、家の傘をさして家を出た。掛かっていた欄干へその傘をかけると、脇山は家へ戻(もど)った。その後、やや小降りになったが、夜になっても雨はやむことなく降り続き、朝となった。
 脇山はいつものように通勤でかさかけ橋を渡っていた。橋を渡り終えると、昨日(きのう)返した傘が消えていることに脇山は気づいた。脇山は、やはり誰かの傘だったんだ、返してよかった…と素直に思いながら駅へと歩を進めた。そして、その日は何ごともなく家へと戻り一日が終わった。
 その次の日の帰り道である。橋を渡ろうとした脇山は、またおやっ? と思った。一昨日(おととい)の傘がかかっているではないか。朝にはかかっていなかったのだ。それでもまあ、そんな偶然もあるさ…と気に留めず、脇山は橋を渡り始めた。不思議なことに、そのときまた、ザァーっと雨が降り始めた。一昨日もこうだったぞ…と脇山はふたたぴの偶然に少し怖(こわ)くなった。繰り返しでまた傘を使うのは憚(はばか)られた。脇山はずぶ濡れになりながら家へと急ぎ、辿(たど)りつくように戻った。そして着替え、その日も終わった。
 その翌朝、脇山は橋を渡って駅へ向かっていた。そして、おやっ? とまた思った。昨日の傘は使われなかったのか、そのまま欄干にかかっていた。朝のことだから、そう恐怖心も起こらず、ふ~ん…と脇山は駅へ向かった。
 帰り道、傘はまだ橋の渡り口の欄干にかかったままだった。脇山は目を伏せ、傘を見ないようにして橋を渡った。橋の半(なか)ばへ来たときまた、ザァーっと雨が降り始めた。脇山は怖くなり駆け出していた。そのとき、後ろで小さな声がした。
『お待ちくださぁ~~い』
 脇山は、ゾォ~っと身の毛がよだったが、駆けながら思わず振り返っていた。かかっていた傘が駆けて橋を渡り、脇山の方へ近づいてくるではないか。脇山はワァ~~っと叫びながら、走っていた。かさかけ橋という名の謂れは、傘が欄干にかけられた橋ではなく、傘が駆けだす橋という意味だった。

                     完


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