水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 16] 提灯小憎(ちょうちんこぞう)

2016年03月22日 00時00分00秒 | #小説

 そろそろ出るんじゃないか…と待ち焦(こ)がれながら、正と健一は土塀(どべい)にできた穴(あな)から覗(のぞ)き込んでいた。何が出るかって? もちろん、言わずと知れた提灯小憎(ちょうちんこぞう)である。宵闇(よいやみ)が迫(せま)り、辺(あた)りにポツリポツリと灯(あか)りが灯(とも)る頃になると、提灯小憎はどこからともなく現れるのだった。ただ、どこにでも現れるという訳ではなく、その名のとおり、提灯が灯る細い路地伝いの陰気(いんき)な界隈(かいわい)に限られた。正と健一が今、覗いているこの界隈である。うらぶれた屋台や小じんまりとした一杯飲み屋が軒(のき)を連ねるこの界隈は別名、お試(ため)し小路(こうじ)と世間では呼ばれていた。提灯小憎が出る・・それでもここで酒を飲むか? というある種の度胸試しを兼ねた売り言葉で、それなりの客を呼んでいた。とはいえ、それは陰気(いんき)+陰鬱(いんうつ)この上なく、個人というより会社の社員養成に使われたりする場合が多かった。そんないわくつきの提灯小憎を一度、見てみようと、誰から聞いたのか、正と健一は興味本位で夕方、やってきたのだった。
「そろそろだな…」
 正が健一に呟(つぶや)いた。
「ああ…。シィ~~」
 健一は人差し指を一本、唇(くちびる)へ立てた。
 怠慢(たいまん)寺の暮れ六つの鐘がグォ~~~ン! と、どうでもいいように鳴ると、いよいよ提灯小憎の登場となる。小憎が出るタイミングは小憎自身が決めていて、暮れ六つ、誰も見ていないこと、晴れ渡った夕方、提灯に火が入ったあと・・と、幾つかの条件が揃(そろ)うことが必要だった。わりと注文が多い妖怪として妖怪連中の間では不人気で、格下にランクづけされていた。
 正と健一は、身を小さくし、鳴りを潜(ひそ)めた。しばらくすると、不思議にも火入りの吊(つ)るされた提灯が突然、点滅を始めた。その提灯は、またまた不思議なことに紐(ひも)が解け、フワリフワリと闇夜の宙(ちゅう)を漂(ただよ)い始めたのである。そして、二人が土塀で目を凝(こ)らすと、提灯に妖(あや)しげな目鼻が現れ、ピタリ! と宙に止まった。二人はギクリ! とした。見つかったんじゃないか…と思ったのだ。その予想は的中していた。ふたたび動き始めた提灯小憎と化した提灯は、二人めがけて近づいてくるではないか。二人は逃げ出そうと駆けだした。そのとき、おどろおどろしい声が二人の背後でした。
『逃げねえでくれぇ~~~』
 二人は立ち止まり、震えながら振り向いた。
『ろうそくが・・チビて消えそうだぁ~。長いのと変えてくれぇ~~』
「そんなの、知らないよぉ~~!」
 二人は一目散(いちもくさん)に逃げだした。 

                  完


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