まあ、この話は、わしが話す戯言(ざれごと)として聞き流してもらいたいんじゃがのう…。
いつの頃のことかは聞いておらぬが、とある村の一角に、それはそれは格式が高い無毛寺(むもうじ)という寺があったそうな。格式が高いといえば、さぞ豪華で立派な寺だろう…と誰しも思うじゃろうが、さにあらず。その実態は荒れ果て、今にも崩れ落ちそうな荒れ寺だったという。ここで、かつてはこの寺にいた住職に纏(まつ)わる話をしておかねばならぬじゃろうのう。というのも、この住職がいなくなったその原因へと繋(つな)がるからじゃ。
かつては、さる大名家の公(おおやけ)には出来ぬご落胤(らくいん)として生まれたこの男は、遁世(とんせい)して各地を行脚(あんぎゃ)した。そののち、かの地にて庵(いおり)を結んで寺とし、無毛庵(むもうあん)と名づけた。その庵は、実に貧相な庵だったそうな。男は出家し、名を増髪(ぞうはつ)と号したと聞く。この増髪が説く話に教化された村の住民は増髪を崇(あが)め奉(まつ)った。増髪の人となりは、次第に全国各地へと広がり、ついに生まれた大名家にも伝わった。その大名家はそのままには捨て置けぬ・・と、そこの村の山奥に密(ひそ)かに寺を建て、そこの住職に増髪を無理やり定めたそうな。ただ寺名だけは、無毛庵から無毛寺として認めたと聞く。この強(し)いた一方的な行(おこな)いが増髪の心を逆撫(さかな)でした訳じゃな。増髪はある日、ふと消息を断ったという。早い話、行方(ゆくえ)をくらませたということになるかのう。寺の住職がいなければ寺は荒れる。いつの間にか、寺は、もののけが住まう奇っ怪な寺へと変貌(へんぼう)をとげたんじゃそうな。気味が悪いと参る者もいなくなるわい。これは必然じゃ。寺はその後、荒れ放題となっていった。もののけとしては都合よくなった訳じゃな。無毛寺・・毛がなくなった頭は、無毛じゃわい。禿(は)げた頭はよく光る。増髪が寺におらぬようになったのじゃから、それも必然ということになるかのう。無毛の寺、無毛寺に纏(まつ)わる話じゃ。そんな話を、いつぞや聞いたわい。今、何か言うたか? …もう、聞かなんだことにして、忘れてくれんかのう。
完