水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(23)食欲前線 <再掲>

2024年08月31日 00時00分00秒 | #小説

 海鮮は、堀田家の食卓を自分が彩(いろど)るというテーブル上の野望に燃えていた。しかもそれは、飽くまでも楚々として、至極自然であらねばならなかった。そのためには肉盛が邪魔だった。唯一、それが可能となるのは中立の御飯の動向である。御飯はどちらの派閥にも属さず、中立を保っていた。海鮮は肉盛派を切り崩そうと謀(はか)っていた。御飯に連携できる料理を提案したのだ。
『なんといっても、秋サンマにはカボスやスダチ、レモン、ユズ汁。醤油のオロシ大根。で、あなたでしょ? お寿司の新鮮なネタにはシャリ!』
『はあ、まあ…』
 御飯は返事を濁した。肉盛も密かに携帯で御飯に打診していたのである。
『ジュジュっとなった焼き肉に特製タレです。そして、あなたが…。どうです? スキ焼なんかも、いいなあ』
『はあ!』
 御飯は乗り気になっていた。そこへ海鮮の提案だった。御飯は迷って親友の味噌に相談した。
『どうなんだろうね、味噌君。僕はどちらに付いた方がいいんだろう』
『それは君が決めることだ。僕は中立の立場だから、海鮮さんにも肉盛さんにも呼ばれてるんだが…』
『君のように今までどおり中立でいこうかとも思うけど、小麦君が迫ってるからな』
『だよな…。彼は侮(あなど)れない。野菜君の意見も聞いた方がいいよ』
『それは大丈夫なんだ。彼は部下の大根、カボス、レモン、スダチ、ユズを使ってくれ、と応援してくれたんだ』
『でも、レタス君は肉盛派に付いたぞ。焼き肉君を包むそうだ』
『耳寄りな情報を有難う』
 秋の食欲前線たけなわ。堀田家の派閥争いは混沌(こんとん)としていた。
「ママ、今夜は?」
「今日は、時間がなかったから店屋物(てんやもの)。パパは接待で遅くなるしね」
「そうなんだ…」
『…』『…』

            THE END


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