水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(21)残像  <再掲>

2024年08月29日 00時00分00秒 | #小説

 めでたく新年が明け、遠くの山並みに昇る初日の出を見ながら勇は背伸びをした。この一年、どう過ごそうか…。確固とした計画もなにも立っていなかった。去年と同じで、また無為に一年が過ぎ去るのか・・と思えば、無性になにかしたい気分になった。
 気づけば車を止め、知らない街の繁華街を歩いていた。どう考えても、見た記憶が浮かばない街並みだった。落ちつけ! 落ちつくんだ! と、勇は自分に言い聞かせた。記憶を遡(さかのぼ)ろうと立ち止り、目を瞑(つむ)った。家を出て駐車した車に飛び乗った。…そこまでは、はっきりと覚えていた。住んでいる街を抜けてしばらく走り、隣街へ入った。…確か、そうだった。この辺りの残像はまだ確率が高い、と勇には思えた。ふと、不自然に立ち止っている自分に気づき、一端、瞼(まぶた)を開けると歩道にあるベンチへ座った。そして、また目を瞑った。記憶の残像が、ふたたび脳裡を巡り始めた。そのとき、ふと小学校で習った日時計を勇は思い出した。目を開けて空を見れば、日は中天やや左に昇っていた。冬場だから日の運行は軌道が低い・・とは、知識にあった。家を出たのは7時半頃だった…という残像が幸いあり、今から逆算すれば約4時間は走っていた計算になる。勇は立ち上がると自動販売機で買い求めた缶コーヒーを啜りながら、駐車した車へ戻った。幸い一本道だから逆行して走ろう・・と勇は単純に思った。
 4時間ばかり走ると、どうにか記憶の残像にある街並みが見え始めた。やれやれ、戻ってきたんだ・・と勇は、ほっとした。冬の日没は早い。もう、夕暮れ近かった。
 家の駐車場へ車を止め、家へ入った。朝刊を新聞受けから取り出し、手にして驚いた。日付けは大晦日の12月31日だった。それも、新年を迎えた前の年の…。残像に残った新年は、まだ巡っていなかった。
『旧年中は、いろいろお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします、どうぞ、いいお年を…』
 すっかり暗くなった6時半過ぎ、勇が夕食を食べていると電話が入った。世話をした知人からだった。同じ残像を勇は思い出した。昨日もかかった電話だ…と思えた。勇は新年を迎えるのが、そら怖ろしくなった。もう家を出まい…と、除夜の鐘が鳴る中で思った。だがひと眠りした次の朝、勇の残像は消え去り、初日の出を見たあと、家を出ていた。

               THE END


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする