水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

明暗ユーモア短編集 (10)行為

2021年12月16日 00時00分00秒 | #小説

 人は他人の行為によって明るくもなれば暗くもなる不安定な心の持ち主である。不満の捌(は)け口がなければ、それを外の物や者にぶつけようとする厄介な生き物とも言える。無論、ぶつけようとする行為に対しての反応は個人差があり、その行為によって心境が暗くなる者もいれば、少しも変化しない者もいる訳だ。
 とある町の歩道である。一人の中年男が路面を見ながらあちらこちらと何やら探し回っている。ウロウロしている中年男に気づいたのか、対向から歩いてきた老人が声をかけた。
「どうされました?」
「いや…先ほどアソコの店でもらった福引券がないんで、落としたのかなぁ~と探しとるんですよっ」
 老人は、『そんな福引券くらいで探し回りなさんなっ!』とは思ったが、そうとも言えず、ニンマリと微笑(ほほえ)んだ。
「なんだっ! 財布でも落とされたのか…と思ってこえをかけたんですが…。なんだっ! 福引券でしたか…」
 中年男は老人が言った、『なんだっ!』に思わずイラッ! とし、気分が暗くなった。
「なんだっ! とは、なんなんですっ! 私にとっちゃ、福引券は福の神なんですよっ! 去年の福引で電子レンジが当たってからというもの、家(うち)はいいことずくめなんですからっ!」
「いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないんで、お許し下さいっ! この券でよかったら、差し上げますが…。いや、私もアソコの店で買って、券をもらったんですよ」
「いいんですかっ!?」
「はい、よければ…」
 老人の行為で、中年男の気分はふたたび明るくなった。
 ちょっとした人の行為で、人は変化しやすく、その行為は良くも悪くも放射円状に拡散していくのである。それは恰(あたか)も今、流行しているコロナウイルスのように…。^^

                   完


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