水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-8- 沈着冷静(ちんちゃくれいせい)

2018年05月23日 00時00分00秒 | #小説

 四字熟語に沈着冷静(ちんちゃくれいせい)というのがある。日々の暮らしの中で、差し迫った事態にも慌(あわ)てず、騒がず、乱れず・・物事に平常心で取り組む心の有りようをいう。これが、どうしてどうして、言うは易(やす)く行(おこな)うは難(がた)し・・で、なかなか普通の者には出来ない。他人に吠(ほ)えられれば、つい吠え返したくなり、口喧嘩(くちげんか)になってしまう・・といった類(たぐ)いである。
 ほとんど散ってしまった葉桜(はざくら)を愛(め)でながら沈着冷静に花見ならぬ葉桜見をする風変わりな男がいた。桜の木の下に広げられたバランシートの上には、アレやコレやの酒、料理が、それこそ満開の桜のように置かれ、どちらが主役なのか分からない上下の景観を醸(かも)し出していた。
 通りかかった通行人二人が、そんな男をチラ見しながら話をしている。
「あの人、変わってるねぇ~」
「ああ、毎年、いるよ。いつやら、気になったもんでさぁ、声かけてみたんだ。『もう散ってますよっ!』ってね」
「やっこさん、なんて言った?」
「『沈着冷静に観(み)て下さい。まだ三分咲きです』だってよ」
「ふ~~ん。どう見たって葉桜だぜ、ありゃ」
「ああ…。だが、そう見るのはトウシロなんだってよっ! プロには三分咲きに観えるんだそうだっ!」
「イカれてるねぇ~!」
「ああ、イカれてるっ!」
 だが、ある意味で、このイカれた男は正しかった。男は、心に咲き乱れる翌年の花見を愛(め)で、楽しんでいたのである。
 沈着冷静になれば喜怒哀楽を離れ、先々の景観が浮かぶようである。

                                完


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