水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-7- 嘆(なげ)かわしい現実

2018年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 この世では、余り知りたくない現実も多々ある。それを知らず、あるいは知らされずに私達は軽く生きている訳だ。知らない方が極楽で、知って地獄・・ということもあり、この世はそれほど狡猾(こうかつ)で生きにくい世界なのである。出世したからといって世の中を侮(あなど)って油断していると、出世する以前より酷(ひど)い仕打ちに会うことだってある。議員さん達には誠に申し訳ない例(たと)えとなるが、政治資金規正法の記載漏れ・・とかで、ガックリ! されることがある、あの類(たぐ)いだ。要は、一寸先の油断も出来ない世の中・・ということになる。ならば、知らず、知らされずに軽く生き、世の中を楽しんだ方がいいじゃないかっ! という結論に至るが、いや、それは違うっ! と声高(こわだか)に否定できないのだから怖(こわ)い世の中ということになるだろう。
 とある公民館で開かれている老人会の一場面である。
 出された幕の内弁当を食べながら、志和吹(しわぶき)は隣に座る銅毛(あかげ)へ朴訥(ぼくとつ)に訊(たず)ねた。
「最近、老尾(ふけお)さん、お見かけしませんが、あなたご存知ですかっ?」
「いゃ~、詳(くわ)しいことは知りませんが、聞くところによれば、オレオレ詐欺(さぎ)に引っかかられたとか…」
「銅毛さんが言われるんだから、そうなんでしょうな…」
「はあ、まあ…。実に嘆(なげ)かわしい現実ですっ」
「それで、この地を去られた・・ってことでしょうか?」
「いや、そこまでは…。ただ、お金に困っておられた・・とは聞いております…」
「ひと言(こと)くらい同じ老人会の私らに相談されてもよかったんですがね」
「ええ…。おいくつでしたかね?」
「確か…私より一つ下ですから、74(ななじゅうし)かと…」
「74ですか…。嘆かわしい現実になる訳です」
「7[な]げかわ4[し]い、だけに・・ですか?」
「ははは…まあ」
「ははは…。いや、笑いごとじゃないっ! いつ我が身とも分かりませんからなっ!」
「…ですな」
 嘆かわしい現実に、二人はテンションを下げ、急に押し黙った。

                                完


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