水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-16- オーソドックス

2017年08月04日 00時00分00秒 | #小説

 日本語化した英語にオーソドックスという言葉がある。おお! そう! 何匹ものワンちゃん・・という意味ではない。正統的と訳されているが、普通で違和感がない・・というような意味で一般的には使われている。だが、初めて耳にして、そう感じた人もいたようだが…。
 とある女性専用の高級理容室である。
「適当にねっ。いつものようにしてちょうだいっ!」
 客の有閑(ゆうかん)マダムが小声で品(しな)をつくり、貴婦人風を漂(ただよ)わせてそう言った。この顔じゃ、どうにもならないのにっ…と若い女性理容師は常々(つねづね)思っていたが、今回もそう思った。だが、そうとは言えず、「はい…」とだけ、小さく素直に返した。
 そして、整髪が始まり、時が流れた。
「いかがですか?」
 女性理容師は手を止めると、前鏡(まえかがみ)に映(うつ)る有閑マダムを見ながらそう言った。有閑マダムは、それなりに髪を弄(いじ)った感がしなくもない髪形を鏡で確認しながら、右へ左へと首を振る。
「そうね…。オーソドックス[変わり映(ば)えしない]だけど、どう?」
 どう? と訊(き)かれ、オーソドック? なに、それ! …と女性理容師は思ったが、そうとも言えず、愛想(あいそ)笑いした。正直なところ、どうしようもないわ…と思っていたのである。だが、それも言えないから、オーソドックスに愛想笑いしたのである。
 このように、オーソドックスは傍目(はため)から見える違和感を消して煙に巻く、忍びの煙玉(けむりだま)にも似たオーソドックスな言葉だ。

                              
完       


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