水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-23- 柔道的

2017年08月11日 00時00分00秒 | #小説

 藤守(ふじもり)は柔道的な男だ。すべての出来事を柔道的に捉(とら)え、それによって判断と行動を決めるというタイプの男だった。この傾向は、なにも生まれもって備わったという性格ではない。ふとしたことがきっかけとなり、身に備わったのである。そして、中年になろうという今の年まで日々、絶え間なく続けられていた。そして今朝も、藤守の隠れた洞察(どうさつ)が始まろうとしていた。
 ここは藤守が勤務する、とある町役場の観光開発課である。一人の老人がヨロヨロと役場へ入り、窓口にやってきた。
「あの…ちと、お訊(たず)ねするんでごぜぇ~ますが…」
 老人の声に藤森は席を立ち、応接(おうせつ)に出た。
「はい! なんでしょう?」
「…あなたさまは?」
 藤守は一瞬、厄介(やっかい)なのが小内刈(こうちが)りで来たな…と、早くも柔道的に思った。そして、ここは返し技(わざ)だ…と、思うでなく思った。
「ははは…この課の藤守と申します。で、そう言われるあなたは?」
 藤守は、やんわりと返した。
「ははは…私ゃ、これだけのもんでごぜぇ~ますよ。見て、お分かりにならねぇ?」
 藤守は老人に一面識(いちめんしき)もなかったから、首を傾(かし)げた。
「あら、いやでごぜぇ~ますよっ! ほん、そこのっ!」
 老人は片方の手の指先(ゆびさき)で役場の窓の外を指さした。藤守は分からなかったが、ここは受け身だ…と瞬間、思った。
「ああ! はいはい! そこの! それで、ご用件は?」
「いやぁ~、これといっちゃ…。朝の散歩がてら寄ったというようなこってごぜぇ~ます…」
 藤守は老人の言葉に、このクソ忙(いそが)しいのに…と、ムカッ! とした。そのとき、藤守の身体(からだ)は老人がかけた内股(うちまた)にフワリ! と浮いた。忙しくは、なかったのである。危ういっ! …と藤守は無意識で思った。身体が自然に反応していた。
「なんだ、そうでしたかっ! また、お寄りくださいっ! ははは…」
 藤森は返し技、内股 透(す)かしをかけていた。老人がズッシン! と畳に転げたように藤守は感じた。一本(いっぽん)! である。
「ははは…お見事! ありがとうごぜぇ~ます」
 老人は役場を去った。藤守は何もなかったように席に戻(もど)った。そのときふと、藤守は思った。確か、あの老人、お見事! と言ったよな…と。老人もまた柔道的だった。


                             完


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