水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説 突破(ブレーク・スルー)[3]

2012年09月15日 00時00分00秒 | #小説

 

  突 破[ブレーク・スルー]
   (第三回)
 
 避けるつもりもないが、恐らく手術に至るであろう経緯をどう説明したらいいものか…と、苦慮しつつ、「そいじゃ、一応帰るから…」と、足早に病室を出ようとする。四床のベッドには各々に患者と付き添う家族がいる。適当な会釈で、「母がお世話になります…」と軽く頭を下げて紋切り型の言葉を吐く。別に圭介が計算したのでもないが、至極当然の挨拶のようにも感じられ、彼はそうしていた。
 病院の玄関を出て、何歩か歩んだところで、看護師と目線が合う。圭介は思わず相好を崩した。
「204号室の土肥です。母がお世話になります。宜しくお願い致します」
 幾らか上気したのか、片言を区切り、丁寧な物腰で語る圭介である。
「あらっ、そうでした? はい、分かりました。ご苦労様です…」
 井口というネームプレートを左胸に付けた若い愛想のいい看護師は、擦れ違い様にニコッ! っと微笑んで病室へと入った。容姿、頗(すこぶ)る端麗である。
 遠ざかる圭介の耳に、「検温ですよ」という快活な声が耳に届いた。その届く声が、未練にも遠ざかる。
 
しかし今は、彼女に執着している場合ではない。圭介の足は加速して、病院の出口へと向かう。関東医科大学付属病院と表示された表玄関の周辺には、様々な外来患者、家族、見舞い訪問の人々、ナース、医師達の交錯する或る種、異様な空間が展開している。それらも流して捨て、圭介は玄関を出て駐車場の車へと急いだ。


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