水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

風景シリーズ  特別編 その後[5] 「留守番」

2012年09月02日 00時00分00秒 | #小説

 風景シリーズ   水本爽涼

  特別編 その後[5] 「留守番」

「いいっ!! わしが、いいと言ったらいいんだ。お前達で行ってこい!」
 じいちゃんが父さんに浴びせたひと言である。こうなれば、総理大臣、天皇陛下、国連事務総長など、お歴々が頼もうと、どうにもならず、梃子(てこ)でも動かないのが、うちのじいちゃんだ。
 話は少し前に遡(さかのぼ)るが、父さんが仕事先で格安の国内旅行チケットを、手に入れて帰宅した。なんでも、じいちゃんにいつぞや言われた『お前な! たまには家族で旅にでも出ろ!』という言葉が頭に残って探していたのだという。で、そのラッキーにももらえたチケットは半年間、有効だということで、父さんはしばらく、家族に秘密裏にしておこうと彼にしては、ない知恵を絞り、話す機会を探っていた。そしてついに、その貴重な機会は突然、訪れた。この時、上手い具合にじいちゃんは風呂順の最初で風呂に入っていて、台所には夕飯の準備に余念がない母さん、それに食卓テーブルでテレビを観る僕と父さんの三人だった。あっ! それに、もうひとり忘れるところだった。妹の愛奈(まな)は好きなだけ母さんのミルクを飲んだあとで、好きなだけ垂れ流す危険はあったものの、まずまずの小康状態を保ちつつ赤ちゃんベッドで熟睡している状況だった。
「どうだ、旅行に行かないか。会社で上手い具合にチケットが手に入ってな…」
 父さんが、テレビ画面を見ながら券を胸ポケットから出し、誰に言うでもなく、そう言った。
「あらっ! いいわね!」
 母さんの手が止まり、テーブルに近づくと、父さんが置いたテーブル上のチケットを手にした。
「五人様までOKだって! 三泊四日…ちょうどいいわね!」
「だろ? 冬休みで正也も丁度、いいじゃないか」
 父さんは僕を見て言った。僕は矛先が自分に向いたのを鋭く察知した。
「…まあ、いいけどさ。じいちゃんは、どうするの?」
「もちろん、行っていただくわよ」
「じいちゃん、旅行は好きじゃないよ」
「俺が上手く言うさ…」
「父さんが? …」
 僕は訝(いぶか)しげに父さんの顔を覗き込んだ。
「ああ…」
 たじろいだ彼の顔には、自信が感じられなかった。母さんも、まあ一応、言ってみなさいよ・・みたいな感じで余り期待しない態で炊事場に戻り、無言で手を動かし始めた。
 その後、どうなったかは、文頭を読んで下されば皆さんに分かっていただけると思う。父さんは、華々しく討って出て、華々しく討ち死にしたのである。父さんが惨(みじ)めになるから、話の過程は端折りたい。
「いいっ!! わしが、いいと言ったらいいんだ。お前達で行ってこい!」」
 で、じいちゃんは、ひとり留守番で思う存分、わが世を謳歌し、父さんは後味悪く土産の心配などをし、僕と母さん、愛奈は気分よく旅立った・・という話である。


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