水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第一回

2010年08月22日 00時00分01秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第一回
 或る意味、野分の暴風雨が、ほんのいっ時にしろ、左馬介を全ての束縛から解放したとも云える。無論、左馬介は剣の道に対して負担思った訳ではなかったが、野分が来襲する迄は心のどこかに絶えず剣の姿が浮かんでいた。形(かた)として残月剣を極めたとはいえ、未だ確固たる不動のものには至っていない。如何なる状況下にあっても、ひとたび剣を抜けば残月剣を相手に対して示せねば無用の長物なのである。だから、絶えず左馬介の意識として脳裡に去来していたのだ。それが今回の野分で完全にふっ切れたのである。
 樋口が姿を見せないことが左馬介にとっては朗報であった。幻妙斎に何らかの異変があれば、真っ先に知らせて欲しい、と云ってあるからだ。野分も一段落して、平穏な日々がふたたび道場に流れていた。この日も左馬介は三人による稽古を終えた後、残月剣の形稽古に余念がなかった。鴨下と長谷川は人心地つけに堂所へ行っている。遠くで土塀瓦を挿し替える瓦鳶(とび)の篠屋の話し声が聞こえる。微風に流され、時折り途絶える声の内容からすれば、どうも二人は来ているようである。それが、竹刀を握り両眼を閉ざした左馬介の耳に届くのだ。たった数枚とはいえ、瓦が飛ばされた後に吹きつけた雨水で壁土も杉皮も散々に荒れ果て、すぐには、どうも済みそうにないのだ。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第五十七回)

2010年08月22日 00時00分00秒 | #小説

   あんたはすごい!    水本爽涼 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第五十七回
 目覚ましが鳴る前に飛び起きた私は、洗顔もほどほどに始発のホームへと急いでいた。駅の構内は暗闇に沈み、まだ辺りは深夜の余韻を残していた。みかんの駐車場が近い駅までは僅(わず)かに二つの駅があるだけで、時間的には高が知れていた。始発に乗り、駅へと着き、それから駐車場まで歩く…というお決まりのパターンを私は実行した。駐車料金は普通ならば考えられない激安の八百円である。六時間が二百円の駐車場など、今のご時世で見つけるのは遺跡の土器を見つけるに等しいと云わざるを得ない。私はここの経営者を尊敬(リスペクト)してやまない。というのも、この時もそうだったのだが、今もってその料金が維持されているからである。それはさて置き、私は車を運転してA・N・L駐車場へ向かった。この行動もお決まりのパターンである。二十四時間営業のレストランは非常に有難く大いに結構なのだか、ただひとつ、愛想が余りよくない男性店員がいるのが難点だった。まあ、いつもいるという訳ではなく、交代勤務で時折り出食わす程度だったから、そうは気にならなかった。出食わした早朝は流石(さすが)に気が滅入った。愛想が余りよくないというのは、態度ではなく私を見る目線にあった。言葉遣(づか)いは至極、流暢(りゅうちょう)で奇麗なのだが、目線が『また、あいつか…』と云っていた。当然、愛想は悪かった。この時は幸いその店員はおらず、私はホッと、安堵の息を漏らしてボックス席へ腰を下ろした。


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