水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第二十五回

2010年08月11日 00時00分01秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第二十五回
思いの外(ほか)、残暑が長く続かなかったことは、何らかの異変が起こる予兆ではないかと長谷川が二人に冗談含みで云った。
「今年は野分けが多いかも知れないですね」
「そうです…。飢饉にはならず、よかったですが…。稲刈りが急がれます」
 鴨下が云い、左馬介が続いた。
「まあな…。涼しいのは我々には有難いが、魚政の鰻が美味くなくなるからなあ…」
「もう、土用も過ぎたんですから、いいじゃありませんか」
 鴨下が長谷川を慰める。長谷川が無類の鰻好きだということを、よく知っている。
「おい、鴨下。そうは云うがな。やはり暑い時の鰻は美味いぞ」
「冬場はどうなんです?」
 左馬介が割って入る。
「冬場の鰻か…。それはそれで、また美味いな。身体に力が漲(みなぎ)ってくる」
「いつ食べても力は漲るじゃないですか…」
 左馬介が二の矢を放つ。
「ああ…それはまあ、そうだがな…」


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第四十八回)

2010年08月11日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第四十八回
それは私がペコリと禿山(はげやま)さんに頭を下げ、また上げた一瞬だった。笑うつもりはなかったのだが、思わず笑みが顔から自然に零(こぼ)れていた。禿山さんには私の心中など分かる筈(はず)もないのだが、笑顔の私を見て、禿山さんはまた微笑み返しながら頭を下げた。またそれが私には可笑(おか)しく、必死に笑いを堪(こら)えて足早やに通用門へと向かっていた。
 A・N・Lで軽めの夕食を済ませた私は、しばらく、コーヒーなどを飲みながら時を過ごした。秋の陽は釣瓶落としである。そうこうするうちに外はとっぷりと暮れ、暗闇が俄かに迫ってきていた。私は勘定を済ませ、A・N・L
を出ると、みかんへ向かった。
「もう、そろそろ来る頃かな? って云ってたの」
 ママは愛想よく私を迎えてくれた。
「そうですか…、俺のペースはだいたい決まってるからなあ」
 そう云って軽く躱(かわ)したつもりだったのだが、どっこい、早希ちゃんがいた。
「あらっ、毎日通ってくれたって、いっこう構わないのよ。ねえ、ママ」
「そりゃ、もちろんそうなんだけど…」
 ママは話を取り繕(つくろ)おうとした。私は返せず、まったく食えない娘だ…と、少し怒り気味の私自身が情けなく思え、また怒れた。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする