水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第二十二回

2010年08月08日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第二十二
 慌てて樋口は庭先より通用門の方へと歩みだした。
「先生のこと、宜しくお願いします!」
 左馬介は樋口の後ろ姿に、どうとも取れる言葉を掛けていた。小さく、「おっ!」とだけ、声が返った。
 左馬介が稽古場へ戻ると、案の定、鴨下は問い掛けてきた。長谷川は場にいなかった。
「樋口さん、何だったんですか?」
「いやあ…、野暮用を頼んでおいたんですよ。水無月の娘のことが気になっていたもので、調べておいて欲しいと言伝(ことづて)していたんです」
「へえー、左馬介さんがねえ。ははは…、少し色づきましたか? 水無月と云やあ、物集(もずめ)街道沿いの腰掛け茶屋ですよね?」
「はい、そうですが…」
 自分でも驚いたことに、スラスラと出鱈目の筋書きが浮かんできて、即答出来た左馬介であった。水無月へ立ち寄った折りの記憶が、心の片隅に残像を留めていたのである。確かに以前、水無月へ寄った時、娘の名を訊ねられなかったという蟠(わだかま)りが左馬介の心中にあった。兎も角、長谷川がこの場に居合わせなかったことも幸いして、スラスラ即答出来た因ではある。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第四十五回)

2010年08月08日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第四十五回
「どちらから?」
「お得意の多毛(たげ)本舗様からです」
「ああ、今夜の? で、なんて?」
「それが…、都合で本日は辞退させて戴きたいと…」
「そう…。何か急用でも出来たのかな?」
「はあ、そこまでは云っておられないんですが…」
「ふ~ん、まあ、今日は寒いしねぇ。私も気乗りしてなかったんだよ、実は」
「そうでしたか…」
 いつも私が接待をしている上得意で、何軒かハシゴした後、最後にみかんでお開き、というのがパターンだった。だがこの日は、私の体調が今一で、二日前辺りから風邪ぎみで微熱があった。それで昨日、掛かりつけの白髭(しらひげ)医院へ行き、調合して貰った薬を朝、昼、晩と飲んでいたのだ。幸いにも点滴注射で身体のけだるさは消えたので、会社を休むほどのことはなかった。そんなこともあり、多毛本舗の接待は気が進まなかったのだが、輪をかけて、この日の寒さが一層、私を億劫(おっくう)にしていた。そこへ、児島君が受けた先方からの断り電話だった。まあ、この時は、以前にも似通った話がなくもなかったから、そう深くも考えず、偶然、私の思い通りになったのだろう…と、思う程度だった。

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