ゆみちゃんの365日

日々の出来事を綴っています。

祇園祭山鉾巡行(前祭)

2015-07-18 02:40:30 | アート・文化

7月17日(金曜日)
今日は日本三大祭りの一つ、祇園祭山鉾巡行です。昨年から巡行が、前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)の二日間に分かれて行われるようになりました。49年ぶりの復活です。前祭は17日で23基。後祭は24日で10基です。京都では京都テレビで巡行のテレビ中継を8時半から11時20分までやってくれます。

天気が良ければ、京都まで出かけて巡行を見学しますが、台風11号の影響でややこしい天気なので、ビールを飲みながら楽しむことにしました。
テレビ中継の良い面は、山鉾をあらゆる角度から写してくれることです。巡行を観に行けば、懸装品は3面しか見れませんが、テレビであれば4面見ることが出来ます。
祇園祭山鉾巡行は、動く美術館と言われているだけあって、懸装品は豪華です。
今年は生憎の雨で、懸装品には保護のビニールが掛かっています。豪華な懸装品を直接見れないのが残念です。
四条通堺町では「くじ改め」があり巡行の順番に、裃姿の正使が古式にのっとりくじを奉行役に示します。

正使は小学生の子どもから、お年寄りまでいろいろです。巡行の順番が書いた紙を入れてある箱には、ふさヒモがかかっています。これを扇子で解き、箱を開け蓋は腰の後ろに持って行き、箱を奉行役に示します。

風のいたずらで箱から紙が飛び出すハプニングが何度もありました。
箱の中からクジを取り出し、奉行役は巡行の順番を読み上げ、間違いないことを確認します。
これが終わって裃姿の正使が山鉾の引き手に、扇子を3回大きく回し終わって、その後動き始めます。

四条河原町交差点では、山鉾巡行の最大の見せ場「辻回し」が行われるので、観光客が沢山見えています。車輪の下に冬に切り取った細い竹が敷き詰められ、その上に水を打ちます。 「ヨーイトセー」の掛け声の後、曳き手が綱を一気に引くと、竹のきしむ音とともに、鉾の角度が変わります。

3回で90度の方向転換するのが、理想の方向転換の仕方です。回数が少なければ、山鉾に無理なチカラが掛かるとのこと。

平成27年(2015年)の巡行順
(平成27年7月2日 くじ取り式による)◎はくじ取らず
7月17日(前祭)
一番 長刀鉾(なぎなたほこ) ◎
 「くじ取らず」として、毎年必ず先頭を行く鉾。 唯一、生稚児が乗る鉾で、五位の位を授かった授かった稚児が正面に乗って巡行。巡行中は町名が変わる度に稚児舞が披露される。鉾頭は、疫病邪悪を祓う大長刀。 三条小鍛冶宗近が鍛えたという長刀を鉾頭高くかざして疫病邪悪を祓いながら厳然と進む。

二番 孟宗山(もうそうやま)
昔の中国で、孟宗という人物が、病気の母が欲しがる筍を真冬の雪の中探し回り、ついに掘り当てて母を喜ばせたという話に因んでいる。そのため、御神木の松や粽には、雪を模した綿が付けられている。別名「筍山」とも呼ばれる。 
 

三番 芦刈山(あしがりやま)
山鉾最古の御神体衣装を保有し、普段は国立博物館に保存される。大和物語の「芦刈」を再現した山で、貧しさのあまり妻に去られ寂しく芦を刈る様子を表している。
四番 伯牙山(はくがやま)
琴の名人であった伯牙が手に斧を持ち、琴を割ろうとしている場面を再現している。このことから明治4年までは「琴破山(ことわりやま)」と呼ばれていた。
五番 函谷鉾 (かんこぼこ)◎
「くじ取らず」で、毎年全体では5番目、鉾では長刀に次いで2番目に行く鉾。 孟嘗君という中国の人物がが函谷関で家来に鶏の鳴声をまねさせて関門を開かせ難を逃れたと言う
故事に因んだ鉾。 鉾頭の三日月と山は、夜中の山並みを表し、真木の上端には孟嘗君、その下に雌雄の鶏が祀られている。
六番 油天神山(あぶらてんじんやま)
社殿の中に天神像(菅原道真)を祀り、油小路通にあることから油天神山と呼ばれている。道真とゆかりがある紅梅が鉾やグッズに付けられている。
七番 四条傘鉾(しじょうかさほこ)
「子供棒振り踊り」は国選択無形民族文化財に指定されている。
八番 占出山(うらでやま)
神功皇后を祀る安産の山。くじ順でこの山の巡行が早い年は、お産が軽いといわれている。唯一、黒松を立てている。
九番 月鉾(つきほこ)
夜と水徳の神であったこの月読尊に因んだ鉾。 鉾頭は、全山鉾中最古の銘が見られる。 稚児人形は「於兎丸(おとまる)」といい、現代的な容貌で明治45年五代目伊東久重作であり、その前年までは生稚児が乗っていた。
十番 蟷螂山(とうろうやま)
全山鉾の中で唯一のからくり仕掛けの「大かまきり」が大人気。カマキリの、自分の力のほどをわきまえず大敵に立ち向かう、その勇猛さを賞した中国の君子の故事に因む。
十一番 木賊山(とくさやま)
木賊とはシダ植物の名前。 御神体は子をさらわれた翁が一人木賊を狩る姿を表現している。
十二番 山伏山(やまぶしやま)
山に飾るご神体が、山伏の姿をしていることから山伏山と呼ばれる。昔、八坂の塔が皇居の方へ傾いたのを畏れ多いとし、終夜塔の前に座って祈祷したところ、翌朝その祈りが聴かれて真っ直ぐになったとの伝説をあらわしたもの。
十三番 菊水鉾(きくすいほこ)
町内の金剛能楽堂内に古くからあった『菊水井』にちなんで名付けらた。 鉾頭は、16弁の金色の菊花を付けている。会所では、7/13~16の4日間、日替わりで表千家・裏千家・遠州流によるお茶会が開催される。
十四番 郭巨山(かっきょやま)
貧困に苦しんだ郭巨が子を捨てようとしたところ土中から黄金がでてきた、という話に因む。 御神体の郭巨は金の釜を発見した驚きの表情で鍬を持ち、童子は右手に唐団扇、左手に紅白の大輪の牡丹を持つ。
十五番 綾傘鉾(あやかさほこ)
応仁の乱以前から出ていた由緒あるもので、鶏の飾りを付けた綾傘と、壬生六斉踊の棒振り囃子が一体となった風流傘の一種。大きな傘と棒振り囃子の行列で構成される。棒振り踊りでは独特のお囃子に合わせ、疫病退散の踊りを踊る。傘の上の御神体の鶏は、金の卵を片足に持っている。
十六番 太子山(たいしやま)
真松ではなく、唯一真杉を立てている。聖徳太子が杉の巨木で六角堂を建てたという故事に因む。
十七番 鶏鉾(にわとりほこ)
暁の世、天下が良く治まり、訴訟の時打つ鼓にも苔がむして鶏がそこに巣を作ったという平和な説話を表したもの。鉾頭は、鶏の卵が諌鼓の中にあることを表しているといわれ
る。真木の『天王座』は船形で、海上の守護神である住吉明神が祀られている。
十八番 白楽天山(はくらくてんやま)
唐の詩人 白楽天が、道林禅師に仏法の大意を問うところを表している。唐冠を付けた人形が白楽天で、帽子をかぶった僧の人形が道林禅師。真松は山の中で一番高い。
十九番 保昌山(ほうしょうやま)
和泉式部の恋物語を題材とした山で、真松には恋愛成就祈願の絵馬を下げる。 縁結びのご利益があり女性やカップルに大人気。
二十番 霰天神山(あられてんじんやま)
昔、京都が大火に遭った時、急に霰が降り火の勢いが収まった。その時に降りてきた天神像を祀ったの霰天神山の始まりとされている。 実際、これまで一度も火難に遭っておらず、このことから「火除け天神」とも呼ばれている。

二十一番 放下鉾 (ほうかほこ)◎
「くじとらず」で、21番目に行く。 鉾頭は、日・月・星の三光を象徴する州浜と光苔を表す2本の棒。鉾上で稚児舞ができる唯一の操り稚児人形「三光丸」を乗せ、人形ならではの愛らしい舞いが披露される。

二十二番 岩戸山(いわとやま) ◎
「くじ取らず」で、22番目に行く。「古事記」「日本書紀」に記される「国生み」と「天の岩戸」の神話を故事に因む曳き山。屋形内に、伊弉諾尊、天照大神、手力男命の3体の人形が飾られる。

二十三番 船鉾(ふねほこ) ◎
「くじ取らず」で、23番目、さきの巡行の最後を行く。「日本書紀」の神功皇后の新羅出船に因んでいる。船頭に「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥を飾っている。

【2015年祇園祭】

台風11号の影響で激しい風雨に見舞われた都大路で17日に繰り広げられた祇園祭・前祭(さきまつり)の山鉾巡行。一部では懸想装品や稚児人形などを取り外して巡行に臨んだ山鉾もあったが、迫力ある「辻回し」あお囃子に約6万5,000人(前年約11万人)が魅了された。

7月24日(後祭)
一番 橋弁慶山 ◎
二番 北観音山 ◎
三番 役行者山
四番 八幡山
五番 鈴鹿山
六番 南観音山 ◎
七番 鯉山
八番 黒主山
九番 浄妙山
十番 大船鉾 ◎

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 台風11号 | トップ | パソコンキーボード壊れ何も... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

アート・文化」カテゴリの最新記事