「パティシエになりたーい!」ブログ。

元パティシエ・オペラのお菓子の話やらオタクっぽい話やらのごちゃ混ぜブログ。

「とかげ」 吉本ばなな

2006-04-05 23:48:43 | 感想文

*ネタバレ注意です!ラストから書いてます、感想。*

 

 

「秘密があるの。」

誰にもいえなかった秘密。

「私、殺したの。」

 

小さい頃にひどいものを見たり、ひどいことを体験してしまうと、その人も気づかないまま、それが大きな傷になっていたりする。それを抱えて生きていく子供の、背負うハンデの重さはどれほどのものなんだろう。何も知らずに、普通に大きくなってきた私に、理解しえるものだろうか。

彼女、「とかげ」は、幼い頃にひどい光景を見た。家に知らない男が入ってきて、母を刺したのだ。血だらけになって倒れている母親を、不思議な「治す力」でなんとか助けることはできたものの、とかげはショックでしばらく目が見えなくなった。母親も、父親もその事件の後、おかしくなってしまった。とかげは犯人を憎んだ。こんなに家族をボロボロにした犯人は精神鑑定の末、罪に問われなかったのだ。「あいつが車にひかれて死にますように」と祈り続けた。そしたら、本当にそうなってしまったのだ、2年後に。

そのときはやった!と思った、が、だんだんと、罪の意識が彼女を襲う。絶望の中で、犯人を本気で呪った。もし自分にかえってくるとしても、かまわないと。これより悪くなるなんてありえないし、怖くなんかない。そう信じていた。

時間の偉大さを、その時は知らなかったと彼女は泣く。

あまりにも暗い日々。あの時は、今のような日が来るなんて…自分は目が見えるし恋人がいる、母も、父も、普通に生活できるようになるような…そんな日が来るなんて、思えなかった。傷は時が癒してくれる。しかし犯した罪は消えない。死ぬつもりのない人を、死に追いやってしまった。これから何人の人を治そうとも、そのことは消えない。怖い、ととかげは言う。彼女を縛るのは、他でもない、自分自身が放った呪いなのだ。

人を殺そうと思ったり、自分で死のうと思ったりする暗いエネルギーは、未来が見えなくなったり、周りが見えなくなったりしてどんどんたまっていく。戦っていても、たまっていく。他人と分かち合えないものだからこそ、たまってしまう。そのエネルギーが爆発してしまう前に、誰かに助けてもらえればいいのだけど…

 

「とかげ」はこの小説の「私」に助けてもらえる。偶然か、宿命か、「私」も小さい頃にひどいものを見て、ハンデをもって育ってきたのだった。だけど、生きていれば、たいしたことじゃなくても、いい思いができる、と。できることはたくさんあると。いい思いをしようと。2人で。今までの分も。

この言葉も素敵だけど、まず、この「秘密」を話そうと彼女に決意させたことがすばらしい。結婚しようと言われて、なら、すべてを、分かち合えるものは…分かち合おうと、考えたのではないだろうか。秘密を抱えたまま一緒にはなれない。しかし、この秘密を知られることで、離れることになるかもしれない。待っているのは、絶望か、癒しか。癒しであることに一縷の望みをかけて、彼女は「私」の待つ部屋に向かったのだろう。

話すことが、すでに救われる道に向かっていることに、気づきもせずに。

 

 

抱えた秘密を、いつか癒してくれる相手に皆、出会うことができるのだろうか。この2人のように、知らず知らず「秘密」によってひかれあう人達もいるのだろうか。

出会えるまで、さまよい続けているのかもしれない。

癒しを、希望を、求めて。