伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

月夜の蟹の泡

2012年05月29日 | エッセー

 悪い予感はよく当たる。あの男にだけは首相をさせてはならないと、再三再四本ブログで訴えてきた。理由はない。直感だ。敢えていえば、わがプロファイリングによるとあの手の男に禄な者はいないからだ。万が一そんなことになれば、国外移住するとまで公言してきた。万が一になったのでその準備を進めていたが、あんなことになり沙汰止みとなった(話半分、気持ち一杯)。浅田次郎御大の小説に準えて、『貧乏神から疫病神へ、そしてついには死神に』と化身を予想した。繰り返すが、悪い予感はよく当たる。
 5月28日、国会事故調査委員会にあの男は参考人として招致された。一国の総理だった者が、在任中の公務にかかわる言動そのものの適否を問われることは前代未聞ではないか(私利に関わる疑惑についてなら前例はいくつもあるが)。いわば勤務評定であり、事後的ではあるが適格性の審査である。A元総理に言わせれば、『みぞうゆう』にちがいない。東條英機以来ではないか。その意味で、日本憲政史上に永く汚名を留めることとなった。最も無能で、災厄でしかなかった総理大臣として。
 3時間近くに及ぶ聴取に対する応答は責任転嫁の一言に尽きる。言い訳上手がこの男の本性だから、案の内だったともいえる。痴人説夢のあれこれについて取り上げる値打ちはない。紙幅を汚すだけだ。ただ、次の遣り取りだけは爆笑を誘った。
〓〓3月15日早朝に東電本店に乗り込んだ際、清水正孝社長(当時)らに「撤退などあり得ない」と厳しく迫ったことに話題が及ぶと、「叱責するつもりは本当になかった。夫婦げんかより小さい声だった」と釈明。「東電幹部に撤退を考え直し、命がけで頑張ってもらいたいという気持ちだった」と続けた。
 ノーベル化学賞受賞者の田中耕一委員は、海江田万里元経済産業相が事故調での質疑に「初めて菅氏の演説を聞く方は違和感を感じて当然」と答えていたことを指摘。ここでは、「厳しく受け止められたとしたら本意ではない。不快に思った方がおられたら申し訳ない」と陳謝した。〓〓(asahi.com 2012-05-29)
 「夫婦げんかより小さい声」で、はたして叱責が可能だろうか。全面撤退の要請が本当だったとしたら、「夫婦げんかより大きい声」で叱責するのは当然ではないか。「夫婦げんかより小さい声」では、叱責は格好つけただけだと自ら証言しているに等しい。本気で乗り込んだのなら、1発や2発ぶっ飛ばしたっておかしくはない。それともあの男の夫婦げんかは、町内に響き渡るほどのどでかい声でなされるのであろうか。周到に弁明の準備をして臨んだそうだが、あの男のオツムはこの程度でしかない。多言を弄しても、蟹の泡(アブク)だ。
 「不快に思った方がおられたら申し訳ない」も、聞くに耐えない稚拙な言い草だ。田中氏は不快感を問題にしているのではない。不適格を問い糺しているのだ。ノーベル賞学者の社交辞令を甘く捉えてはいけない。
 一端の男ならすべての非を一身に担い、歴史の審判に委ねるとでも啖呵を切ったであろう。第一、恥を知る男なら、そんな屈辱的なお白洲にのこのこ出張るはずがない。
 国会事故調では事故の解明は不十分であったかもしれぬが、人物の解明は十全になされた。もう二度と月夜の蟹は要らない。 □


ナマポ?? 

2012年05月28日 | エッセー

  時々、なぜか割り切れない報道がある。生活保護騒動で、お笑い芸人のK君が詫びた。「むちゃくちゃ、認識が甘かった」と。芸能人に対して過剰に倫理性を求めるべきではないとうのが筆者のスタンスだが、それにしても腑に落ちない。
 本当に「甘かった」のだろうか。むしろ、「知らなかった」のではないか。民法第877条には「直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養をする義務がある。」と規定されている。次項には「家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合の外、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。」とまで定められている。それほどまでに重い軛があることを、彼は知らなかったにちがいない。
 世には、自らの夢を捨ててまでその義務を忠実に履行する数多の民草がいる。いなむしろ、世間はそういう律儀な衆庶で成り立っている。だから「甘かった」とは、極めて罪深い物言いだ。いっそ、「知らなかった」と言った方が合点が行く。胴元の吉本興業はなぜ教えなかったのか。芸人たちの無知は身近で一番よく判っていたはずだ。
 生活保護法第1条には、「日本国憲法第25条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする制度である。」とある。貧困対策の歴史は古い。はじめは律令国家が手掛けた。光明皇后治下の「悲田院」「施薬院」は高名だ。江戸時代には、「お助け米」「お助け小屋」があった。明治政府は早々に「恤救規則」を制定している。昭和初期には「救護法」が制定された。推移を注視すると、慈恵、つまり上からの救済から国の責務へと法的トポスがシフトしている。裏返せば、困窮者にとって被救済者から権利者へのシフトといえる。それを声高に主張する識者もいるが、筆者は躊躇せざるをえない。
 内田 樹氏が倫理を基礎づけるものは何かについて、次のように考究している。

◇共同的に生きてゆく上でもっとも合理性の高い生き方を私たちの祖先は「倫理」と名づけた。倫理は合理性の前にあるわけではない。ことの順逆を間違えないようにしよう。
 「倫理」の「倫」とは「相次序し、相対する関係のものをいう。類もその系統の語。全体が一の秩序をなす状態のもの」すなわち「共同体」のことである(白川静『字通』)。すなわち、「倫理」とは「共同体の規範」「人々がともに生きるための条理」のことである。
 「倫理」が「共同体にとっての合理性」のことである以上、「合理性と背馳する倫理」というのは、原理的にはありえないはずである。
 短期的には合理的だが、長期的には合理的でないふるまいというものがある。あるいは少数の人間だけが行う限り合理的だが、一定数以上が同調すると合理的ではないふるまいというものがある。ある戦略が「長期的に継続しても合理的かどうか」「一定数以上の個体が採択した場合にも合理的かどうか」については、かならず損益分岐点が存在する。しかし、それを見切れるのは卓越した知性に限られており、私たちのような凡人にはなかなかむずかしい。だから、共同体の合理性を配慮して、「長期的に継続した場合」や「一定数以上の個体が採択した場合」にはベネフィットよりもリスクが高くなるような生存戦略についてはこれをまとめて「非」としたのである。
 倫理的でない人間というのは、「全員が自分みたいな人間ばかりになった社会」の風景を想像できない人間のことである。◇(文春文庫「街場の現代思想」より抄録)

 生活困窮者が圧倒的多数を占めた場合、社会は危殆に瀕する。だから貧困者救済は「共同体にとっての合理性」に適う。となれば、慈恵や権利であるよりも倫理的ムーブメントではないか。「損益分岐点」が難題となるが、期間と個体数を仮想的に増加させてみれば判断はつく。他民族への排斥はリスクが圧倒的に高い。貧困者への救済は逆に、ベネフィットがリスクを遙かに凌ぐ。

 『ナマポ』──新語である。生=ナマ、保=ポだ。ネットで飛び交っている。「ナマポの手引き」なるものまである。生活保護を受給するための手軽な案内書だ。前述した「権利者へのシフト」の成れの果てである。「倫理的でない人間というのは、『全員が自分みたいな人間ばかりになった社会』の風景を想像できない人間のことである」とは実に鋭い洞見だ。おそらく、筆者の「躊躇」はここに発する。 □


NIMBYの壁

2012年05月24日 | エッセー

〓〓震災がれき尼崎市対話集会 慎重論大半
 東日本大震災で発生した災害廃棄物の受け入れについて、尼崎市の稲村和美市長と市民らが意見を交換する対話集会が16日、同市七松町1丁目の市立すこやかプラザであった。市内外から約140人が参加。参加者からは、反対か慎重な立場からの意見が相次いだ。
 市はがれきの受け入れについて、受け入れ時も焼却灰も放射性セシウムの濃度を、1キロ当たり100ベクレル以下とする独自の基準を示している。集会では稲村市長が基準について説明し、「受け入れを決めたわけではない。みなさんの安全と思いが前提条件。疑問や論点を頂き、判断材料としたい」と述べた。
 参加者からは、「放射能に安全という基準はない。拡散させないことが大事」(大阪市・男性)、「試験焼却もやめて欲しい」(尼崎市・女性)、「いろいろ情報があり、市の基準が安全なのか疑問」(西宮市・女性)といった声が出た。途中、「もっと勉強してほしい」「対話になっていない」などと怒号が飛ぶ一幕もあった。
 市は現地調査や試験焼却を経て、改めて対話集会を開く方針を示していた。稲村市長は「試験焼却をするということで、市が受け入れに前向きという誤解を招いてしまった」「私も国の基準を丸のみしていいのか疑問を感じており、みなさんとご相談したい」などと答えた。〓〓(asahi.com 2012-05-17)
 テレビ報道を見ると、発言者はかなり激高していた。「ベクレルの問題ではない!」との反対論に一斉に拍手が湧き起こる様はヒステリックであり、ファナティックでさえあった。参加者の大半は問答無用、聞く耳をもたないようで、別の意味で「対話になっていない」ともいえた。
 やはり、“NIMBY”は越え難い「壁」か。とてもじゃないが、サンデル教授には聞かせられない、見せられない。世界平和を揚言する人が隣家と揉め事が絶えなかったり、おどろおどろしい家族騒動を抱えていたりする図を連想してしまう。尼崎に限った話ではない。これから日本が登攀せざるを得ない『NIMBYの壁』が、いよいよ鮮明に姿を現してきたといえようか。
 TBSの報道によると、南方の無人島で希少鉱石を採り、空いた穴にそっくりがれきを埋めるという構想があるらしい。魅力的というより、魅惑的、蠱惑的な印象が強い。いっそ、本ブログで幾度か提唱した『宇宙投棄説』の方がまだマシか。
 NIMBYは住民エゴとして批判に晒されることもある。しかし「適者生存」を『適地生存』と読み替えれば、生き残りのための生物的本能ともいえる。ならば、「適地」はあるのか。この場合、適地とは汚染されない地域のことだ。現代日本で、それは考えられない。空も、海も、それにロジスティックスもある。また、生涯東北と無縁に生き終える本邦人がはたして幾人いるだろうか。東北を「隔離」して果たして日本は成立し得るのか。断じて、それはない。一例ではあるが、サプライ・チェーンの切断が如実に教えてくれたはずだ。チェーンはすでに世界に懸かっている。汚染がれきとはつまりは二者択一ではなく、「程度」の問題である。さらには、覚悟の問題である。日本に棲まう限り、無縁ではありえない。事、既にここに至っているのだ。だから「程度」を科学的に見極め、全国的エリアで相応に対処していくほかはないのではないか。一国をまるごと汚染するつもりかとの声も聞こえてきそうだが、それゆえにこそ「程度」なのだというしかない。(猫の額ほどの“MBY”ではあるが、筆者は喜んで供する)
 目から鱗の学説がある。

◇注意すべきことは、そうした(百姓一揆などの徴税に対する強い抵抗をする・引用者註)平民たちが、年貢・租税を廃棄せよというスローガンを公然と掲げたことは、古代から近世にいたるまでほとんど見られないのです。租税、年貢を減免せよ、軽減せよという運動は無数におこっていますが、年貢をすべて撤廃せよという運動は見られないのです。もちろん「公」が「公」としての役割を果さないかぎり、年貢を納める必要なし、という考え方は、平民の根底にあることは間違いないことですが、それが公然たる年貢の廃棄というところまではいかない。これは、年貢が単なる私的な地代ではなく、公的な租税の意味を持っていたからだと思います。現在の税金にいたるまで、日本の社会は、こうした租税制度に規制されつづけているといわざるをえません。このような「公」の観念、しかもそれが決して専制的な支配による強制のみによって押し付けられたものではなくて、平民の「自由」、「自発性」を背景において、律令制が組織されたことは、その後の日本の社会の「公」に対する考え方に大きな影響をあたえていますし、その「公」の頂点につねになんらかの形で天皇が存在したということも、この最初の国家の成立の結果であるということを考えておく必要があると思います。◇(網野善彦著「日本の歴史をよみなおす(全)」ちくま学芸文庫)

 一揆は年貢自体の廃止を求めたものではなかった。「程度」を巡る抗議であった。年貢は私的な地代ではなく、公的な租税と認識されていた。その「公」意識の頂点に天皇の存在があった。──捉え方はいろいろあろうが、日本人の深層にある公民意識を考える枢要な視点である。もちろん、震災がれきを上記の論述に機械的に準えれば理路の通る単純な話ではない。だが、「決して専制的な支配による強制のみによって押し付けられたものではなく」には留意すべきだ。モチベーションの励起には、高みへの、至極の存在への希求と紐帯がある。現実を超えるには、現実を超える彼岸が要る。痛みを分かつのも同じだ。
 ともあれ、この壁はチョモランマよりも高い。日本人の登攀力が試される。 □


リングとツリー

2012年05月22日 | エッセー

 金環日食の翌日がスカイツリー開業。仕組んだのか、偶然か。もちろん日食は動かせないから、ツリーが合わせたのだろうか。どちらも空、いや宙(ソラ)か。いずれにせよ、千載一遇の好機に巡り合わせたのは一身の幸運にちがいない。
 「チラ見」なる言葉もずいぶん飛び交った。それも御法度、目を痛めると。なのにこの日、全国で16人が眼科に駆け込んだ。「日食網膜症」の疑いという。「チラ見」のための追突事故も数件起こった。聞き分けのない手合いはどうにもならない。付ける薬もない。
 やはりというべきか、サルが夕方と勘違いして跳びはねたりしたそうだ。だが、笑ってはいけない。太古には日食は天変地異の一つに数えられていた。しかしこれとて、笑ってはいけない。凶瑞と捉える向きもあるが、それ自体が天変とされた。今でこそ精密に予測可能だが、かつては突然襲ってきたにちがいない。しかし現代と同じくさほどの実害があったとは考えにくい。やはり知識が足りないだけ目を傷つけた者はいたであろうが、深刻な社会的ダメージとは言い難い。ならば、何をもって天変としたのか。地球環境に与える影響や、人間の心身両面に及ぼす作用もあるにはちがいないが、未解明だ。そこで、奇想を逞しくしてみる。
 古人の智慧は、天文学的現象を「天変」とすることで宇宙的視座を人類に供したのではないか。地球さえも客体視する想像的位相を設えたのではないか。それも地球が球体であり、宇宙の一惑星にすぎないという科学的知見が確立する前に。
 地球も生きている。宇宙も生きている。ならば、人知、人為の及ばない動きもある。早い話が、今回の金環日食は今に至るまで正確に知られていない太陽の大きさを測る絶好のチャンスだった。SFじみてくるが、巨大な彗星の衝突だってないとはいえない。地異さえも、いまだに掴み得ない。つい先日も関東で竜巻が荒れ狂ったばかりだ。天も地も予測不能に満ちている。そういうありようを突き付けたのではないか。
 容赦なく襲う天変地異。幼気(イタイケ)な生物としての人類。にもかかわらず生き抜かねばならぬ。外敵はもとより、天地の異変にも古人はセンサーを研ぎ澄ました。危険をいち早く察知することこそが生き延びる最良の手段だ。スペクタキュラーなあやかしにその知覚を励起させる。そんな狙いも込められていたのかもしれない。
 宇宙の神秘が凝結したゴールドリング。人知と人為が天に向かって凝ったツリー。エポックメーキングな連なりではある。 □


記念式典にて

2012年05月17日 | エッセー

〓〓鳩山元首相「思いが先に立ちすぎた」 沖縄で謝罪
 鳩山由紀夫元首相は15日、沖縄県宜野湾市で講演し、米軍普天間飛行場の移設問題で「最低でも県外」と発言したことについて「ご迷惑をおかけしたことは申し訳なく、心からおわびしたい。同僚議員や官僚を説得できなかった不明を恥じる」と陳謝した。
 鳩山氏は「沖縄の皆さんが基地問題に悩まされ続けていることについて(解決策を)少しでも進めたかったが、自分の思いが先に立ちすぎて綿密なスケジュールを立てられなかった」と釈明した。
 ただ、鳩山氏は「他国の軍隊が一国の領土に居続けるのは異常。独立国の姿を取り戻さないといけない」とも述べた。鳩山氏が沖縄県内を訪問するのは、首相辞任後初めて。〓〓(asahi.com 2012-05-15)
 記念式典の会場で、野中広務元官房長官は直接「男は恥を知るものだ」と痛罵したそうだ。限りなく善意に解釈すれば、ひょっとしてトリックスターを気取っているのかもしれない。しかし中国、イランでの失態を引き合わせると、それはありえない。単なる「バカ殿」だ。それならそれで訳知った「爺」がいるはずだが、それもいない。殿を外交担当最高顧問に据えた輿石幹事長が爺に当たるともいえるが、ほとんどコレオグラフィたり得ていない。
 歴代総理経験者全員が招待された中で、一人鳩山氏だけが出席したらしい。市井の結婚式でもそうだが、誰を招待するか(あるいは、招待しないか)に主催者の立ち位置や意図が表出する。外交でもそうだ。誰を招き、誰が出ないか。さまざまな思惑が交錯する。むしろそれら事前の段取りこそが交渉の中核的部分を占める。式典は政府と沖縄県の共催だが、ヘゲモニーは内閣府が執ったにちがいない。肝心の式次第は沖縄担当の政策統括官名で通知されている。国のセレモニーである以上、ゲストの選択には国の立ち位置や意図が表出するはずだ。あまりに無神経、無策であり、無能が明らかではないか。
 いまさら「バカ殿」の『バカ』を論ったところで時間の無駄だ。問題は政府の為体(テイタラク)である。なぜこうまで行政機能が劣化してしまったのだろう。官僚の官僚的差配に、なぜチェックを入れられないのか。どうして政治的配慮が加味できないのか。セレモニーに政治的権能はないが、政治的意志は十全に発信する。彼のセンスを問う前に、政府のセンスこそ指弾されるべきではないか。現政権党の破綻はどこから始まったのか。そこを真摯に振り返れば、こんな愚かな式典運営はできないはずだ。あるいは、百も承知の悪知恵なのか。ならばハトは見事にトラップに嵌められたというべきか。
 一方、大田昌秀元知事は欠席した。95年少女暴行事件の直後、米軍基地の強制使用を認める代理署名を峻拒し時の政府と鋭く対峙した。翌年、日米は普天間返還で合意。大田氏は県外移設を強硬に主張した。だが移設先に名護市が浮上した際には、氏の対応が裏目に出た。また米軍用地特別措置法の改正も阻止し得なかった。いまだに普天間は動かない。氏は忸怩たる重い鬱懐を抱いているにちがいない。「お祝いできるような状況ではない」と招待を断った。今も氏は宜野湾市に暮らす。
 片や出席、片や欠席。人品の、いかんともし難い雲泥の差に悚然とする。 □


NHKのせいにしとこー

2012年05月14日 | エッセー

 この急速な関心の冷め具合はなんだろう。少なくとも私の中ではそうだ。沸いたのは10年だった。本ブログでも何度か取り上げた。「究極の選択」から問題を提起し、カテゴライズし、原理的究明へと誘(イザナ)う。その鮮やかなメソッドは衝撃的だった。まさに「白熱」した。
 爾来、来日が重なるごとに白熱は「微熱」に、それもやがて「平熱」に変わってきた。なぜだろう。
 まずは絵面(エヅラ)の問題だ。TVが見せるものである以上、これは決定的だ。3月18日放送のNHK「許せる格差 許せない格差」は典型的だった。大型ディスプレイには、参加する日・米・中の学生たち。スタジオでは学者・竹中平蔵、タレント・真鍋かをり、野球解説者・古田敦也、お笑い芸人・ピース又吉、副知事・猪瀬直樹がイスに掛けるている。サンデル教授はいつものように片手をポケットに、片手をジェスチャーに使いながら歩き回る。
 これは変だ。これでは明らかにスタジオの5人は教えられるトポスになる。当人たちは教わる気であろうとも、痩せても枯れても日本の大人の代表である。私は決して「右」ではないつもりだが、どう贔屓目に見てもアメリカが日本に教えを垂れている図にしか映らない。中身はともあれ、少なくとも対話ではない。絵面ではそうだ。東大安田講堂のイスに掛けて彼らも「教室」に参加する体(テイ)なら、授業参観ともとれる。発言するにせよ、「一日学生」としておかしくはない。いっそ、竹中、猪瀬両氏に学らんでも着せるという演出もありだ。しかし、スタジオ参加のあの絵面はよくない。NHKのセンスのなさに辟易だ。
 次に中身。上記の回もそうだが、「大震災特別講義~私たちはどう生きるべきか~」、「震災復興・誰が金を払うのか」、「ビンラディン殺害に正義はあるか」と時事的な論件が並ぶ。特に「格差」をテーマにして、竹中氏を招くとはブラックユーモアといえなくもない。
 ともあれ議題が生臭くていけない。「『究極の選択』から問題を提起し、カテゴライズし、原理的究明へと誘う」というメソッドが活きないのだ。聴講者をして選択のジレンマを見舞うには問題が若すぎる。教授の真骨頂は「原理的究明へと誘う」ところにある。短兵急に今日的問題の解を求めても、お門違いではないか。せいぜいシャンシャンで終わるか、隔靴掻痒で切り上げるほかあるまい。これでは、教授の神通力も減衰せざるを得ない。安田講堂でハーバードの「白熱教室」を再現している分には、絵面も中身もなにも文句はなかったのだが……。
 教授は言う。
「震災の時の日本の人々の素晴らしい対応。彼らは非常時でも礼節を重んじ、冷静で自己犠牲の精神にあふれ行動した。その姿に驚き、そして誇りに思ったという意見が聞かれた。日本の人々が行動で表した美徳や精神が、人間にとってそして世界にとって大きな意味を持ったということ、それが再生、復活、希望に繋がるプロセスの一助となればと思います。
 もしかすると今回の危機に対するグローバルな反応や支援の広がりは、コミュニティーの意味やその境界線が変わりつつある、広がりつつあることを示しているのではないだろうか。家族や地域とのつながり、我々を束ねているより小さなコミュニティー独自のアイデンティティーというものがある。これは私たちが共に生き、お互いを思いやる上で、重要な要素であることは指摘してくれた通りだ。しかし地球の反対側にいたとしても日本の人々の冷静で勇敢な対応には強い共感を覚えることができたということだ」
 身に余る言葉ではあるが、一方で政府や東電の愚かしさや狡猾さも日本人は痛いほど目に焼き付けている。略奪はないまでも、放射線汚染による立ち入り禁止区域では略奪紛いの盗難が横行した。
 後段の「より小さなコミュニティー」の喪失が前景化してくるのはこれからだ。「地球の反対側」の「強い共感」とは位相を異にする死活的アポリアだ。事程左様に、浮世は御し難い。
 政治哲学者が世事を語る困難、というより語り方、形式に疑義ありだ。講演というスタイルで一向に構わないのではないか。少なくとも「サンデル流」はそぐわない。NHKも「二匹目のどぜう」ばかり狙うのは能がないヨ! 
 2度目になるが、内田 樹氏の言を引こう。
◇「正しいかどうかわからないけどワクワクする」と「正しいけどワクワクしない」ってあるじゃないですか。なんとなくテンションが上がる。生命力の針が一目盛り分だけ高くなるような方向に向かう。学問的テーマにしても、日々の仕事にしても「ワクワク」を選択し続けていると、なんとなくいいことが続いて起こる、身体の中に自分自身を正しい方向に導くセンサーがある。◇(「日本の文脈」角川書店)
 「正しいかどうかわからないけどワクワクする」と「正しいけどワクワクしない」──ここだ! 絶対、前者をチョイスだ。ところがわがセンサーの感度が鈍ったか、それともNHKのせいか。寄らば大樹の陰(意味が違うけど)、NHKのせいにしとこー、と。 

*民放でも「教室」は企画・放映されているが、NHKと大差ない。放送量は圧倒的にNHKが優る。 □


卓袱台返し

2012年05月13日 | エッセー

 ずいぶん古い映画だ。三島由紀夫扮する薩摩藩士・田中新兵衛が罠に嵌められる。暗殺の現場に彼の佩刀が残されていたのだ。証拠の段平を見せられ、改めようとしてそれを手に取るやすかさず腹掻っ捌いて果てるという凄絶な場面が展開する。もちろん冤罪である。しかし嫌疑を掛けられた時点ですでに武士の面目は失われている。この場合、無実の証明はほとんど顧慮されていない。申し開きは無用であり、かつ有害だ。ましてや縄目の恥辱を受けるわけにはいかない。面目を回復する手段はただ一つ。武士のみに許された自死の作法である切腹だ。武士たるを証するには、武士たる特権的手法を鮮やかに振るって死んでみせる以外にないというパラドキシカルな理路がそこにはある。
 69年、五社英雄監督による「人斬り」である。岡田以蔵を勝新太郎、仲代達矢が武市半平太、石原裕次郎が龍馬を演じ、当時話題を呼んだ。翌る年、三島は市ヶ谷で正真の「自決」を遂げる。
 以下の内田 樹氏の一文に触れた時だ。上記のシーンが蘇ってきた。長い引用をしてみる。

◇「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」 この古諺は官人というのは、「潜在的なドロボウ」とみなされているから、そのつもりで挙措進退を心がけるようにと教えている。あなたたちは「いつでも容疑者」なのだから、そのつもりで常住坐臥、ふるまい方に人一倍気を付けなさいと言っているのである。
 通常の法諺は「疑わしきは罰せず」であるが、役人や政治家にはこの原理は適用されない。官人は「疑われたら罰される」。「疑われたら、おしまい」という例外的なルールが適用されるのは、官吏や政治家は「市民」ではないからである。市民の人権を保護する規則は彼らには適用されない。だって、当然でしょう? 官吏や政治家は他人の私権を制限する権能を持たされているのである。他人の私権を制限する権利を持つ者に、他の市民と同じ私権を認めるわけにはゆかないではないか。
 公人に私的利害の追求の権利を認めるということは、サッカーの試合で、「レフェリーもシュートしてよい」というルールでゲームするようなものである。ゲーム開始前に、ボールをもってグラウンドへ出てきたレフェリーがさりげなくボールを無人のゴールに蹴り込んで、ゴールした瞬間に「ピピー」と試合開始を宣言したら、誰も止められない。税金を徴収し、税金の使途を決定する人間が、税金の「有効利用」と称して、それを自分の飲み食いや自宅購入に充当するというのは、まさに「レフェリー・ゴール」に他ならない。だからレフェリーたる公人は「ゲーム」に参加することが許されていないのである。「官吏や政治家に私権はない」と私が言うのは、そういうことである。
 本人が「私は知りませんでした」といくら言い張っても、「知っていたと想定された」場合、それは「知っていた」と同じことである。なぜなら、公人とはまさに「想定される」という仕方でのみ機能する社会的装置だからである。
 公的過程とは、「ほんとうは何が起こっているか」ではなく、「何が起こっていると想定されているか」という水準で展開する。これが「李下に冠を正さず」の古諺に託された人類学的洞見である。「公人」とは、私たちはそのそばに行って親しく知り合い、その見識、力量を「直接には」知ることができない人間のことである。私たちにできるのは遠くから彼らの人となりを「想定すること」だけである。「知性があると想定し」、「正しい決断を下す判断力があると想定し」、「高い倫理性を備えていると想定」した上で、私たちは彼らに権力と情報を集中させることに同意している。だから逆に言えば、政治家は実際に有能である必要も有徳である必要もない。「有能有徳であるように見えれば」それでOKなのである。官僚は清廉である必要も能吏である必要もない。「清廉にして怜悧であるように見えれば」それでOKなのである。民は「太っ腹」である。◇(「期間限定の思想」から)
  
 おそらく内田氏は三島文学とはかなりの径庭があるにちがいない。だが、前述二項に関する限り符節を合わせる。上記の論考は02年の鈴木宗男事件や徳島県知事の収賄事件などを受けて書かれたものだから、今般の小沢事件とは直接の関係はない。しかし理路とスタンスに変わりはないはずだ。
 本ブログでは小沢事件について何度も触れてきた。政治家・小沢は認めがたいが、法的瑕瑾はない。裁判と起訴(検察審査会による)については許し難い、と一貫して述べてきた。ところが、とんだ卓袱台返しだ。だが、内田氏の考究には、国策捜査・裁判の視点がない。つまりトラップの場合だ。「瓜田」や「李」が偽造された時も、「人斬り」の伝でいけというのだろうか。「事件」に作為はなかったのか。問題の核心はここにある。人間の狡智は、煙を立てておいて火の所在を言い募ることだってできる。火のない所に煙は立たずの俚諺は逆順によって、火事を「想定すること」を可能にするのだ。悪用は政治家をいとも簡単に殺す。
 救いは、小沢氏が田中新兵衛のごとき倫理性を備えていなかったことだ。迷宮入りが避けられたし、なによりピット・ホールの存在が仄見えた。さらに「疑わしきは罰せず」の法諺は官人には適用されないという原則と、「法の下の平等」を定める憲法14条との整合性も気になる。あるいは、整合性がとれないニッチこそが「政治的責任」の正体かもしれない。ニッチは埋めねば、やがて建造物の瓦解を招く。してみれば、この手垢に塗れた政治的ジャーゴンは当為ではないか。小沢氏が免責される唯一のケースはトラップを挙証することだ。それが叶えば、拙論も内田説と平仄が合う。ひっくり返った卓袱台も、元に戻せる。だから小沢氏は民の「太っ腹」に賭けて、すべてを語らねばならない。もしも藪蛇になれば、彼は永田町から跡形もなく消えるほかあるまい。筆者はといえば、不明を深く恥じ入り再出発を期すことになろう。処遇の違いは、官人と民の差異だ。こちとら、「太っ腹」なただの民だ。 □


おやじギャグで失礼

2012年05月09日 | エッセー

 フランスの大統領が代わる。まあ、持っても夏までだろう。

  〽盆からさーきゃ オランド
  
   (まことにお粗末!)

 ギリシャも再選挙になりそうだ。
 ここも“ギリシャク”している。(少し無理か?)
 括れば、両国とも緊縮策に国民が音を上げた結果か。ギリシャでは抗議の焼身自殺もあった。ベトナム戦争時代と見紛う苛烈さである。
 民意に沿って財政を緩めれば信用不安を呼び、欧州危機は再燃する。まことに厳しい舵取だ。という以前に、EU丸の巨躯には舵そのものが付いていない。経済政策は各国がそれぞれに執る。
 国家を超える共同体の創造という歴史的挑戦にある欧州連合が、その起源と中枢の地で跛行を始める。なんとも皮肉ではあるが、断じて水に絵を描いてはなるまい。日本でもEUには悲観的観測をする学識者は多い。敬愛する浜 矩子先生もその一人だ。しかしこればかりは譲れない。人類史上最強の国家という軛を解き、次のフェーズへ進めるかどうか。経済が主導はするものの、より広範な人類史的諸課題を担ったトライアルである。それを忘れる訳にはいかない。
 極めて示唆に富む言葉を挙げよう。
◇自立は「その人なしでは生きてゆけない人」の数を増やすことによって達成される。
◇私たちは自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることはできない。これが人間が人間的であるためのルールです。人類の黎明期に、人類の始祖が「人間性」を基礎づけたそのときに決められたルールです。(内田 樹著「ひとりでは生きられないのも芸のうち」文藝春秋)
 前段のトリッキーな理路は本文に当たっていただければ頓悟できる。孤立は自立とはちがうし、生存確率はまちがいなく低下する。
 後段は「沈黙交易」からはじまる贈与の思想である。二つながらEUに準えれば、底光りのするような教訓を帯びてくる。あらためて人類のトップランナーたちに声援を送りたい。

 片や、ロシア。出来レースのつもりが、案の外に苦戦。支持率はガタ落ち、反プーチン・デモが渦巻いた。
 ロシア国民もプーチンには“プッチン”と切れたか。(これもいまいち?)
 汚職の蔓延と根深い官僚体質、強権的手法に反発が広がっている。積極的支持は2割だという。ただ外に誰もいないからという消去法でこうなった。薄ら淋しい結果ではある。
 しかし大統領と首相の再交替とは、最高度のコスタリカ方式ともいえる。政治的アクロバシーも極まれりだ。ともあれ大国に変わりはない。メドベージェフ氏もプーチンのパシリなどという汚名を返上して、せめてパセリぐらいにはなってほしい。付け合わせにせよ、こちらは栄養がある。
 歴史もあり、文化も厚く、資源も豊富。なにより失念してならぬのは、隣国であることだ。嫌だといって、いまさら越せはせぬ。歴年の懸案も、是非アクロバティックな打開策を期待したい。遠い親戚より近くの他人というではないか。 □


御上り備忘録

2012年05月06日 | エッセー

 丁度1年ぶりに御上りさんをしてきた。上りついでに、昇れないまでも東京スカイツリーを参観した。3日、生憎の雨模様。「武蔵」の雄姿は望めず、間近で足元だけを窺ってきた。
 やはり、辺りの気がちがう。とてつもない違和感といえばいいのか。あってはならない、あり得べからざる桁外れの異物が蕭然と蟠踞していた。視線を少し上向けただけで霧隠れし鮮やかな長躯が一望できなかったから、なおそう感じたのかもしれない。
 十全に練られたデザインであろう。メガシティに屹立する様は悪くはない。むしろ似合っている。灌木帯の中に喬木が雲井を突き破って聳える。それはそれで様になっている。しかし屋久島の千年杉が根方に漂わせる存在感が、場所を違えたような不釣り合いがスカイツリーの基部に漂っていたのだ。東京タワーは戦後復興のモニュメント。さて、スカイツリーは何をシンボライズするのであろうか。足元を領する異質の気。決して気の迷いではない。大都会の巨木に凝る木霊といえなくもない。むしろ昇れなかったのが、悪天であったのがあの気を生む好条件であったのかもしれない。

 帰りしな、浅草を訪う。さんざ探し歩いて、さる高名な天丼屋に立ち寄る。案の内、ごった返す賑わいだ。特上を食す。案の外、不味い。塩っ辛くてやたら醤油が勝っている。ついでにべったら漬けも頼んでみたが、こちらも辛い。天保年間からの老舗だといった世の評判などは、眉に唾したほうが利口なのか。それともこちらの味覚が不覚か。
 思案しつつ浮かんだのは、ここは下町であるという地勢だ。額に汗して活計を立ててきた庶民の街だ。流した汗は塩で補う。塩っ辛いのは当然なのだ。ならば、辛い辛いと小賢しい物言いは失礼というものであろう。あれこそ衆庶の欲した味なのだ。文化レベルが上がれば薄味になるというが、これほどの巨大都市ではその伝が通じない地域もあるにちがいない。いや、「おいしゅうございました」と言い直そう。
 
 帰る車中で傷ましい事故を知った。
〓〓夏山の軽装で出発、一転零下2度 白馬岳で死亡の6人
 死者8人の大量遭難――。全国から登山者が集まるゴールデンウイークの北アルプスで、今年も遭難事故が起きた。この時期、3千メートル級の高山の天気は急変しやすい。亡くなったのは、いずれも60歳以上の男女だった。
 長野県警によると、白馬岳を目指した6人は、北九州市の小児科医岡崎薫さん(75)の呼びかけで集まった医師を中心とするパーティー。
 岡崎さんと外科医井上義和さん(66)は登山の経験が豊富だったらしい。福岡県医師会の野田健一副会長は「井上さんはアフリカのキリマンジャロなど国外の登山経験が豊富。岡崎さんは日本アルプスなどをよく登っていた」と話す。〓〓(asahi.com 2012/5/6)
 6人の内、4人はベテランの開業医。1人が開業獣医。もう1人が事業経営者。想像だが、それぞれに功成り名を遂げた人たちであろう。決して下流に棲まう人間ではない。むしろ、その逆だ。
 これは揣摩憶測、夢想に属すことだが、天候を見誤ったというよりも社会的サクセスが誘引する万能感が災いしたのではないか。その万能感が軽装となり、引き返す決断を奪ったのではなかろうか。
 まったくの部外者が死者に鞭打つような悪口を浴びせるつもりはない。決してサクセスもなく、上流に棲まうわけでもないが(つまりは、下流のやっかみでもないが)、近似する世代への教訓として下手な想像をしてみた。なにせ、医者というインテリジェンスとステイタス、それに豊富な経験と、このような事故の稚拙さがどうにも繋がらなかったのだ。

 大都会の木霊。衆庶の味。万能感の悲劇。相互に関連はない。ただ御上りの点描として綴ってみた。□


「ガチョーン」恋しや

2012年05月01日 | エッセー

 説教を喰らっているのに、教師にこれをやって輪をかけて叱られたアホな級友がいた。
 「ガチョーン」である。
 戦後最大のお笑いギャグではなかろうか。初出は昭和34年──。
 「少年マガジン」と「少年サンデー」がともに、この春創刊。天覧試合で長嶋茂雄がサヨナラ・ホームランをかっ飛ばしたのが6月。カミナリ族が横行し、岩戸景気に沸いた。9月に伊勢湾台風に急襲され甚大な被害を出したものの、一国挙げて高度経済成長の只中を驀進中であった。この3年前国連加盟の際、日本政府は「もはや戦後ではない」と高々と広言した。
 歌謡界ではペギー葉山「南国土佐を後にして」、スリー・キャッツ「黄色いさくらんぼ」、 水原弘「黒い花びら」、小林旭「ギターをもった渡り鳥」、三波春夫「大利根無情」などなど。テレビでは「番頭はんと丁稚どん」、「ポパイ」、「おかあさんといっしょ」、「ローハイド」、「旗本退屈男」……と、この辺にしておかねば滴り落ちた泪でキーボードが壊れる。
 そういう時代に、「ガチョーン」は炸裂した。団塊の世代でこのギャグを真似なかった人は、おそらく一人もいないだろう。いれば、無形文化財だ。事々ノりやすい筆者など、日に4、5回は相手構わずカマしていた。
 『創始者』は谷啓。麻雀で常用していたものを転用したらしい。追い詰められた時や場面転換などに用いる。カマされた相手や周囲は見事にずっこける。つまりは状況をカットアウトし、シャッフルするための切り札である。大袈裟にいえば、ゴルディオスの結び目を一刀両断するアレクサンドロス大王の剣である。
 なぜ生まれたのかはいい。なぜ流行ったのだろう。ギャグが風靡するには、素地があるはずだ。やはり前記した右肩上がりの国勢を思慮に入れぬわけにはいかない。人の一生とて同じ、成長期、青年期にはいくらでもやり直しや取り返しはできる。トライアンドエラーだ。何度でもリセットが効くからこそ、「ガチョーン」だ。カットアウトし、シャッフルしてリトライである。まことに当時の本邦にお誂え向きだったといえる。
 さて当節はどうか。世の回転が速いだけに長命を保つギャグはほとんどない。なお商量するに、柳原可奈子はいかがであろうか。女子高生やブティック店員など、素材を世相から切り取ってくるだけにオーダースーツの型取りといえなくもない。少し古いが特に、不機嫌な表情から一転して手を叩きながら「は、は、は」と高笑いするシーン。あれは絶妙だ。
 ブレイクしたのは平成19年。熊本の慈恵病院に「赤ちゃんポスト」が設置され、内閣には少子化担当大臣が正式に置かれた。年初より国政は年金記録問題に揺れた。福島瑞穂先生をして「僕ちゃんの投げ出し内閣」と言わしめた安倍首相突然の辞任があり、『内閣の1年交代制』がスタートした年だ。またお笑いタレントが「そのまんま知事」に立身したのはよいが、鳥インフルの猛威に襲われた。歌では、前年から引き続いて「千の風になって」が日本中に吹きまくった。年間の自殺者が3万人を超え始めて、10年になろうとしていた。そんな年だった。右肩下がりが顕著になり閉塞感が深く漂いはじめた、と括れば一絡げに過ぎようか。『幻滅の政権交代』は2年後である。
 戦後の社会システムにクラックが入り、アモルファスに近似していく。今や、「カットアウトし、シャッフルしてリトライ」なぞ夢のまた夢である。「ガチョーン」は不能だ。となれば果てもなく鬱屈してしまうか、緊急避難的に不自然な上機嫌に塗れるほかあるまい。擬似多幸症だ。
 柳原可奈子が演じるあのコンテクスト不明な哄笑は擬似多幸症の表徴ではないか。となれば、笑って見ていられるほど存外事は軽くない。彼女の鋭敏な感性が捉えた現代日本のトリヴィアルな一齣。奇しくもそこには本邦の抱える病が凝っている。
 で……、「ガチョーン」といけないのが口惜しい。□