伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

欠片の瓦版 16/01/29

2016年01月29日 | エッセー

■ ふたたびSMAP
 それにつけても、“フォーライフ・レコード株式会社”(FOR LIFE RECORDS)である。
 75年、音楽業界に電撃が走った。売上100億円(今では200億くらいか)にもなろうかという新しいレコード会社が生まれたのだ。当時海外では、自分のレコード会社を持ち録音した曲を既存の会社に売るというスタイルはあった。しかし、“フォーライフ”は曲の制作から広報、営業、販売まですべてを自前で行う正真のレコード会社である。J-POP史どころか本邦音楽史に残る快挙であった。
 アーティストは商品、レコード会社が生殺与奪の絶対の権限をもつ。そこに風穴を開けたい。提唱、主導したのは吉田拓郎。小室 等が賛同し、井上陽水を誘い、泉谷しげるをも引き込んで旗揚げしたのだ。
「今のレコード会社の年功序列的な組織の中ではプロデューサーとしては何もできない。俺たちの力ではくずせない壁がある。プロデューサーという価値観が会社の方でも解ってない。日本ではプロデューサーの評価が全然ない。ミュージシャンだけでなくそれに携わった全部の人が評価されるシステムを作りたい」
 そう拓郎は語った。彼が29歳、小室が最年長で32歳。まさに「三十にして立つ」であった。当初、稿者は“Four Life”だと勘違いしていた。水と油の融合にそんな連想を抱いたのかもしれない。
 「幕末の志士のようだ」と賞賛はされたが、当然、業界は反発した。日本レコード協会は“フォーライフ”の販売拒否を理事会で決め、制作会社にはプレスを請け負わないように通達した。プレスと流通という首根っこを押さえる作戦であった。マスコミは狂騒し大きな社会的イシューとなった。のち紆余曲折を経てプレスをキャニオンレコード(当時)、販売をポニーレコード(当時)が引き受け設立に漕ぎ着ける。当初は業界全体のおよそ2割のセールスを誇ったものの、理想と現実の狭間で呻吟しやはり水と油に分離して2001年に解散、資産・事業を譲渡するに至る。その26年間、所属アーティストには長渕剛/杏里/今井美樹/江口洋介/坂本龍一/原田真二/水谷豊などなど、錚々たる顔ぶれが居並んだ。
 設立時のコピーは、「私たちに音楽の流れを変えることができるでしょうか」であった。元の“フォーライフ”は退いたものの、宣伝・配給は大手、制作だけを担うというスタイルのレコード会社が続出した。アーティストがプロデューサーとしての権限を強める動きが生まれ、マネージャーやタレントも含め独立の流れが社会的認知を得ていった。してみると、「流れ」は確かに変わったといえる。「フォーライフの設立は革命であり、サブカルチャーからメインカルチャーに躍り出た“70年代フォーク”の一つの到達点だった」とする見解もある。
 『商品』からの開放と下克上。70年代初頭熱い学園闘争は徒花に畢り、続いて社会に鮮やかなをコンヴァージョンを刻した熱い若者たちもいた。決してガキとはいえまい。明らかに「三十にして」苦難の道に「立つ」と決めたのだから。
 木村クンの意外で妙な浪花節に、頻りに“フォーライフ”が回想されてならない。

■ 甘利氏 辞任
 日本に30万あるといわれる姓の中で、五郎丸ほどとはいわないまでもかなり珍しい。調べてみると、武田家の家臣で譜代家老であった甘利虎泰の子孫であるそうな。先代の信虎時代には武田四天王の1人に数えられた。戦国の世の非情というべきか、その偏諱を賜った主君の追放を主導したらしい。
 疾風が吹き殴り砂塵が舞う寂寥たる街角に、1人佇立する托鉢僧。身を窶した信虎である(乱破の設定だそうだが、稿者には信虎に見えてならぬゆえ勝手にそう解釈している)。黒澤映画『影武者』の忘れ得ぬシーンだ。
 そうやって虎泰は信玄を担ぎ上げ、国盗りの攻防戦に奮闘する。50歳、初めて武田が大敗を喫した信濃国上田原の戦いで信玄を護りつつ戦死する。
 話はそれまでで、なんら寓意染みたものはない。ただ、01/25版で孫引きした大瀧詠一の箴言「真に新しいものはつねに思いもかけないところから登場する」が落想されてならぬ。
 ひょっとして終わりの始まりかもしれぬし、そうではないかも分からぬ。他力に任せた淡い期待はアマリよくない。 □


『うなぎ』

2016年01月27日 | エッセー

 「えー、こないだ出たばかりじゃない。また出た? へー」
 さきおとつい、馴染みの本屋から浅田次郎氏の新作が出たと連絡があった。浅田、内田 樹の両氏については新刊が出れば電話を入れてくれるように頼んである。訝りつつ受け取りに行くと、──浅田次郎選 日本ペンクラブ編──とある。書名は『うなぎ』、副題<人情小説集>、ちくま文庫オリジナル、今月10日発刊とある。
 たしかに新刊ではあるが、新作ではない。日本ペンクラブ会長が選(スグ)った鰻に纏わる人情話である。義理に引き比べた人情というより、人の世の情景、人生の諸相といったところか。いずれ劣らぬ作家たちによる短編の名作九篇と短歌十六首である。
 冒頭の内海隆一郎『鰻のたたき』は、鰻料理店を舞台にした人間模様がこの作家独自のタッチで描かれる。読後感は豊潤だ。
 『山頭火と鰻』は昨年故人となった高橋治の作品。小津安二郎の「東京物語」で助監督を務めた。腕は立つが一刻なうなぎ屋の亭主。人との縺れが山頭火が書き間違えた「うなぎ」の掛け軸でほぐれる。
 「半七捕物帳」で名が通る岡本綺堂が書いた『鰻に呪われた男』。題名のごとくとびっきりの綺譚である。物語る婦人の上品な物言いと世離れした中身。仕舞には夢判断までも。
 四番手は井伏鱒二『うなぎ』。釣り好きゆえの筆名、巨匠による作品だ。「山椒魚」ではなく、鰻。昭和四十六年の作品である。旧友への気遣いが徒労に終わる顚末。ついに姿を見せぬ鰻の、なんとも重苦しい存在感。
 同じ題名が続く。林芙美子による『うなぎ』。波瀾万丈ながら常に市井の眼を忘れなかったこの作家。「放浪記」のロングランはつとに名高い。こころの放浪ともいえる刹那の逢瀬。鰻はたった一箇所に忽然と登場する。これが憎い。
 吉行淳之介の『出口』はえらく生々しく隠微だ。鰻肝が禁忌の闇を表徴する。出口を釘付けにした鰻屋。いったい、どうして……。
 吉村昭『闇にひらめく』。磯田光一は「彼ほど史実にこだわる作家は今後現れないだろう」といった。「関東大震災」は忘れ得ぬ名作だ。随所に確かな知見が光る。語れぬ過去を背負う男と、それでも寄り添う女。前掲作に比して、明るい。
 『鰻』は各種文学賞の選考委員を務める今や大御所、高樹のぶ子の作品である。確かな筆致で編まれた大人のメルヘンといったところか。
 小説の取りは選者の自作『雪鰻』だ。もう絶品である。07年の短編集「月島慕情」に収められた一篇である。雪の夜、土産にもらった鰻重。贈り主は喰わぬという。なぜか。

 まずいものを食ったあとには口直しをしなければ、嫌いになるぞ。
 そのかわり、うまいものを食ったなら、それでなくては納得できなくなる。わかったか。話の結論はそれだ。俺はあの日、うまい蒲焼を食った。以来、どんな名店の鰻を食っても納得ができん。だから、生涯一度のうまい蒲焼の味を忘れぬためにも、その大好物は二度と口にするまいと決めた。(『雪鰻』より)

 「うまい蒲焼」はなにゆえ「二度と口にするまい」と誓ったほどに美味であったのか。短編でありながらこれほど重い小説はそうざらにはない。本集の中、群を抜き高々と聳える。
 次いで無類の鰻好きで知られた斎藤茂吉の短歌が並び、短編集は括られる。
 前口上で、東京生まれで東京育ちの選者にとって寿司や蕎麦ではなく鰻こそソウルフードだという。トウモロコシのパンや鯰のフライなど、アメリカ黒人の伝統的な食い物をソウルフードという。魂の源流を引き継ぐゆえであろう。郷愁を誘(イザナ)うのはそのためだ。
「ちょいとつまんだり、たぐったりする食い物ではない。見栄を張り高い金を払い、なおかつ意地で長い時間を待たねばならぬ。実に入魂の食い物と言えよう」
 とも語る。「入魂の」が江戸の粋(イキ)か。ところが、江戸と所縁のないこちとらまことに無粋。
 
 おととい、年に一度の鰻重をやっと三分の一食した。これで一年間は喰わずに済む。 …… 無理してなぜと問われれば、雷同不和、大勢に順ずるが生まれついての質(タチ)とでも答えようか。世間が挙げて興ずるものを指を銜えて見ているわけにはいかない。
 幼少のころ、「土曜」日でもないのに牛ではなく鰻を食べる理由(ワケ)を訊いて周囲の嗤いを誘ったことがある。大地の気が働いて新しい季節が始まる。その四つの「土用」のうちでも夏に備えようと始まった風習である。肉食(ニクジキ)は御法度。そこで鰻と相成った。ウナギさんには受難の時季だ。

 08年の拙稿「食、二話」に記した一節である。まったく無風流この上もない。それでも「やっと三分の一」だから、下衆の謗り食いにはならずに済んだともいえる。爾来7年間、年に1度だけ喰い続け、昨年あたりからは完食できるようになっている。それでも“土曜の牛”の方がずっといい。
 選者は前口上の結びに、
「さて、いずれ劣らぬ食道楽の作家たちは、鰻をどのように料理するのであろうか。読み始める前から、食いたくなった」
 と綴った。野暮天のこちとらは読み終わってすでに、腹が膨れて難儀であった。 □


欠片の瓦版 16/01/25

2016年01月25日 | エッセー

■ SMAP解散騒動
 お隣さんでもないし、ましてやメンバーに親戚はいないのでどうでもいいことだ。ただ、「国民的アイドル」だのなんだのと騒ぎ立てるのがなんともしっくりこない。香取クンは38だがアラフォーと括れば、みんな40を超えたいいオッサンさんだ。なにが“アイドル”であろうか。まったく『一億総ガキ化』極まれりだ。これについては10年11月の拙稿「『一億総ガキ』化」で、精神科医の片田珠美氏の著作『一億総ガキ社会』を引いて述べた。いまだに病膏肓に入るのままとみえる。
 「四十にして惑わず」という。人間40に至れば、道理を体し迷いが消え不惑となる──通途にはそう解されている。だが、古典の泰斗橋本 治氏は大いに違う。それまでの学びを終え「三十にして」現実社会に「立つ」と、孔子は大いに迷ったという。「三十代の間ずっと迷っていて、四十になった途端、『もうこれきりにしよう』と『不惑』宣言」をした。迷った挙句に、「四十になって『もう迷うのはやめよう』と決断」したというのだ。いわば強制的にシャットアウトを宣したわけだ。それはさんざ悩んできたからこその決断で、40で自動的に不惑になるという道理ではない。そう泰斗はいう(新潮新書「いつまでも若いと思うなよ」から)。「でもそう簡単に収まるはずはないから、四十代一杯『もう迷わない、迷わない』と言い続けていたんだろう」と揣摩する。だから、「不惑の年だが、一向に煩悩は収まらないな」という使い方は、「三十代の間に悩んでないから、『悩みを吐き出して四十歳に至る』ということが出来ないためだ」と容赦ない。
 してみると、この騒動は「『悩みを吐き出して四十歳に至る』ということが出来」なかったためだといえるし、悩んだ末の「四十になって『もう迷うのはやめよう』と決断」したともいえる。さて、どちらか。後者ならオッサンだし、ガキなら前者だろう。

■ DAIGOとベッキー
 DAIGOはロッカーというよりバラタレだし、ベッキーもアイドルというよりバラタレだ。DAIGOは英語で書くが、ベッキーは日本語で書く。DAIGOは日本語というよりDAI語なる英語擬きを使うし、ベッキーは混血児というよりネイティヴな日本人だ。DAIGOはああ見えて育ちと人品の良さを感じさせるが、ベッキーはああ見えてそうでもなかったことが判った。DAIGOは年は食ったが良縁に恵まれそうだし、ベッキーは中年増になって揉めているようだ。DAIGOは電撃発表したが、ベッキーは電撃暴露された。DAIGOにマスコミが殺到したが、ベッキーにもマスコミが殺到した。DAIGOは挨拶のお辞儀をし、ベッキーは深くて長いお辞儀を何度も繰り返した。DAIGOは祝福を寄せられたが、ベッキーは人びとを引かせた。
 2人は似ているようで似てないし、似ていないようで似ている。でも、どちらもテレビには相変わらず出ている。DAIGOは照れながら、ベッキーは何食わぬ顔で。

■ 琴奨菊 優勝
 場所後、白鵬は「(自分が)10年間、35回優勝して角界を引っ張ってきた」と語ったそうだ。かねてより白鵬には華がないと言ってきたが、つまりはこういうことである。
 中学よりのライバルで唯一の土を付けた豊ノ島は、千秋楽の花道で出迎え握手しハグした。「ずっと一緒に戦ってきて……。一番優勝して嬉しくて、一番優勝されて悔しい相手です」と語ったそうだ。これが華だ。優勝という“菊”の大輪といっしょに花道にも“豊”潤な花が咲いた。刹那、目が潤み言葉を失った。
 平安の宮中行事で、力士は神聖なる結界である土俵へ髷に造花を付けて入場した。「花道」の来由である。きのう見た花を造花というなら、逆境と辛抱が入念に造り上げた花といわねばならない。
 加うるに解説の北の富士も吐露したように、琴奨菊を優勝候補に挙げた者は1人としていなかった。完全に予想外の優勝であった。これも快事である。
「真に新しいものはつねに思いもかけないところから登場する」
 内田 樹氏が大瀧詠一の名言として紹介したフレーズである。だとすれば、今年のデジャブのようでなんだかわくわくしてきた。 □


多数決を疑え!

2016年01月22日 | エッセー

 集団生活を始める保育園時代から、多数決で物事を決めることが習い性となっている。意思を集約するに最もふさわしい方法として刷り込まれて育ってきた。しかし、本当にそうか。
 たとえば、一昨年12月の総選挙。この直近の選挙で自民党は圧勝し、絶対安定多数(すべての常任委員会で委員長を独占し、委員の過半数を占める)を獲得した。だが中身を見ると、小選挙区では全投票の内48%の得票率で76%の議席を獲得。比例選挙では33%であった。得票率48%も33%も、「絶対」や「安定」、さらに「多数」さえも考え及ばぬ数字だ。ましてや有権者総数(棄権、白票、無効票を含め)に占める絶対得票率は小選挙区24.49%、比例で16.99%でしかない。ましてや小選挙区で2位以下の候補に投じられた票、つまり死票は2540万票で、全体の48%。当然ながら、自民党の小選挙区での獲得票2552万票とほぼ同数となる。50%弱の得票で約8割の議席を得る。裏返せば、支持していない半数は黙殺される。比例代表は措くとして、小選挙区でこんな歪んだ意思集約をもたらす多数決に果たして正当性があるといえるのか。大いに疑問ではないか。
 多数決を「文化的奇習」と呼んで憚らない気鋭の学者がいる。慶応大学教授の経済学者 坂井豊貴氏である。昨年4月 「多数決を疑う<社会的選択理論とは何か>」(岩波新書)を世に問うてより、次第に衆目を集めている。
 氏は同書で多数決が「日本を含む多くの国の選挙で当たり前に使われている。だがそれは慣習のようなもので、他の方式と比べて優れているから採用されたわけではない。だが民主制のもとで選挙が果たす重要性を考えれば、多数決を安易に採用するのは、思考停止というより、もはや文化的奇習の一種である」と断ずる。次いで、「確かに多数決は単純で分かりやすく、私たちはそれに慣れきってしまっている。だがそのせいで人々の意見が適切に集約できないのなら本末転倒であろう。それは性能が悪いのだ」とし、「選挙が人々の利害対立を煽り、社会の分断を招く機会として働いてしまう。だがこれは政治家や有権者が悪いのではなく、多数決が悪いのではないだろうか」という。だから先に挙げた総選挙の数字は「民意」などではなく、単に「選挙結果」と呼ぶべきだろうという。宜なる哉である。
 多数決とは51%で49%を封殺できる制度である。こんなものが民主的といえるのか。「利害対立を煽り、社会の分断を招く機会として働いてしまう」のは先の安保法制審議を見れば明らかだ。加えて、氏は「オストロゴルスキーのパラドックス」(政策別の多数決と政党別の多数決が異なる場合)を取り上げている。アベ政治はこのパラドックスを逆用した阿漕な遣り口だといえなくもない。詳しくは同書に当たっていただくとして、対応・代替案はいろいろあるものの多数決は「性能が悪い」仕組みであることを様々な事例や数理的分析から明らかにしている。
 ではそれでも、なぜその結果に随うべきなのか。ジャン=ジャック・ルソーは「一般意志」を定立した。熟議的理性を行使して多数決採択された法には一般意志が宿る。自らの判断と異なっていたとしても、それは自らが一般意志を見つけ損ねていたからだ。したがってその法に随うのは屈服や服従ではなく、一般意志に随うことである。個々の利己心を捨てた一体としての人民の意志が一般意志であるのだから、自らの意思に随うことと同等だ。これがルソーが示した少数派が多数決の結果に随う正当性の理路である。
 難題がある。「熟議的理性を行使して」だ。多数決は「性能が悪い」ゆえ、そうはいかない。形骸化どころか、つい暴走をはじめる。かつてO沢I郎議員は「民主主義は数、多数決であります」と高言した。僅かな成功例と薄っぺらな理念に基づく発言であったろう。その彼が仕掛けた小選挙区制が多数決原理を振り回し、とどのつまりは髀肉の嘆をかこつ身となった。まことに皮肉だ。
 坂井氏は多数決の暴走防止策として3点を挙げる。1つは「多数決より上位の審級を、防波堤として事前に立てておく」立憲主義。2つには二院制など「複数の機関での多数決にかけること」。3つ目に「多数決で物事を決めるハードルを過半数より高くすること」である。
 当面のイシューは、改憲に関わる3つ目の策だ。氏は憲法九六条の「衆参で三分の二」のハードルでは低いという。先述の「小選挙区では全投票の内48%の得票率で76%の議席を獲得」した事例を挙げ、「現在の日本では衆議院選挙で小選挙区の割合が多く、得票率が高くなくとも圧勝する『地滑り的勝利』が容易になっている。三分の二の議席を得るのに三分の二の有権者の支持は要らない。仮に選挙区が300あるとして、そのうち200の選挙区で最多の支持を受ければ十分である」と警鐘を鳴らす。「三分の二の議席を得るのに三分の二の有権者の支持は要らない」には怖気づいてしまう。尚々以下の論攷に至っては戦慄すら覚える。
◇改憲を強く求める者のなかには「衆参いずれかで三分の一の議員が反対すれば改憲できないとは厳しすぎる」と言う者がいるが、そうでもないことが分かる。
 本来なら憲法は法律を上位から縛るものだが、公職選挙法が小選挙区制を通じて、下から第九六条の実質を変えてしまっているのだ。現行の第九六条が与えているハードルは実質的には三分の二ではなく過半数であり、過半数とは多数決で物事を決めるときの最低可決ラインである。
 そもそも多数決は、人間が判断を間違わなくとも、暴走しなくとも、構造的難点を抱えており、また小選挙区制のもとでは、半数にも満たない有権者が、衆参両院に三分の二以上の議員を送り込むことさえできる。つまり第九六条は見かけより遥かに弱く、より改憲しにくくなるよう改憲すべきなのだ。具体的には、国民投票における改憲可決ラインを、現行の過半数ではなく、64%程度まで高めるのがよい。◇(上掲書より抄録。「64%」の根拠は同書を参照されたい)
 特に、「公職選挙法が小選挙区制を通じて、下から第九六条の実質を変えてしまっている」との指摘は肺腑を衝く。立憲主義がすでに危殆に瀕しているのだ。
 ところで棄権、もしくは白票も否定意思の表示だとの見方がある。これは明確に誤っている。特に多数決では対立候補の得票が減り、有力候補を支持する結果になるからだ。有力候補を支持するのであればそれでも構わないが(有力候補を支持する方法は──その候補に投票する。白票<または無効票>を投じる。棄権する。──の3つの『支持』の方法がある)、否定意思を表示したいのであれば話は違ってくる。どうすればいいのか。
 朝日新聞のインタビューで、現行制度の下で現状に不満を持つ有権者は夏の参院選でどうすればいいかとの問いかけに、坂井氏は「一番支持する候補というよりも、自分がギリギリ許容できる政党のなかで勝つ可能性が一番ある候補に投票することです」と語る。炯眼にハタと膝を打つ。
 先入主を疑え。苔生した常識を疑え。こびり付いた慣習を疑え。当然の前提を疑え。だから、「多数決を疑え!」である。
  先日の拙稿「歪んだ『士農工商』」で、「『一度選挙に勝って与党になれば』については、稿を改めて述べる」と記した。「選挙に勝って」の与件である「多数決」をまず愚考した。はたしてそれは、「文化的奇習」であった。 □


スポーツおバカ

2016年01月18日 | エッセー

 「白面でテレビなんか見るな!」をはじめとして、タモリの名言は数多い。煙草の警告表示を捩った「健康のためスポーツのし過ぎに注意しましょう」もまた出色であり、かつ甚深である。なぜなら、“スポーツおバカ”への凄烈なアンチテーゼであるからだ。
 激しい競技のアスリートは様々な障害を抱え、果ては短命に終わるともいわれる。特に格闘技は現役年齢も低く、安美錦はまだ37歳ですでに関取最年長である。北の湖前理事長は62歳で故人となった。均等な全身運動が理想であろうが、ほとんどのスポーツが身体に局所的で偏向的な運用を強いる。プロ野球投手は臂を病むし、膝の故障はサッカーなどおおよそどの競技にも付き纏う。
 今月13日、朝日は社説で「スポーツ競技 女性の健康守る方策を」と題して女性スポーツ選手の健康に不安を投げかけた。産科婦人科学会と国立スポーツ科学センターによる調査の結果、「多くの女性選手が体の異常を抱えながら競技している実態が浮き彫りになった」という。過剰な体重制限などで不妊や骨粗鬆症の恐れが高まっていると心配する。
 なんにせよ健康で豊かな人生のための身体活動が、あろうことかその阻害要因になる。この顚倒、まさに「健康のためスポーツのし過ぎに注意しましょう」である。
 さて内田 樹氏はかねてより、スポーツを蝕む病根を「勝利至上主義」にあると指弾している。目先の勝ち負けに拘泥し、発育段階から心身を消耗し尽くす。一生掛けて使っていく身体ポテンシャルを「先食い」してしまうと警告する。宜なる哉だ。
 その先食いを強いるのが指導者の「待ったなし主義」であると糾弾する。ゴールとなる次の大会から逆算されたリミットが設定され、「速成プログラム」が合理化される。非科学的なトレーニングや不条理な仕打ち、体罰までもが期間限定で課される。だから“年季”が明けたとたんにおさらば。大学や社会に入っても続けるのはごく限られたアスリートだけになる。
 「勝利至上主義」のおバカな典型がオリンピック2020の金メダル目標ではないか。政府として明文化は避けたものの、担当相が「個人的には30個」と漏らすに及んでは開いた口が塞がらない。一国の要路にある者の発言が「待ったなし主義」をいや増して加速する。その愚に気が付かぬのであろうか。面貌が朴訥ならオツムも無骨にできているらしい。いったいIOC憲章のどこにオリンピックは国家間のメダル獲得競争であると書いてあるのか。憲章が謳うのは、アスリート同士の競い合いである。お上のおバカな打ち上げ花火に疑問を呈するスポーツジャーナリストN宮氏のような良識派もいれば、「絶対に目標は高くないとだめですよ。僕らも予想する時に少なく言う人いるでしょ? あれ失礼ですよ」と同調したアナリストもいた。T木だ。「僕らも予想する時」とはなにか。アナリストはいつから予想屋に成り下がったのか。大所高所からスポーツのありよう、行く末に物申すのが彼らの役目ではないのか。「失礼ですよ」とは、随分アスリートを見くびったのものだ。それは、勝つこと以外にスポーツの価値を認めない「勝利至上主義」の裏返しでしかない。
 国家的規模のエネルギーと金と長年月を費やして、オリンピックの意義がたった30人のゴールドメダリストを生むことだけであるなら、こんな費用対効果の劣悪な事業は他に例を見ない。銀、銅を入れてメダリスト以外の絶対多数の参加アスリートはなにものも得ずして会場を去るだけなのであろうか。そんなはずはない。かつて内田氏は高校野球に関して、「参加者のほとんど全員が敗者であるイベントが教育的でありうるとしたら、それは『適切に負ける』仕方を学ぶことが人間にとって死活的に重要だということを私たちが知っているからである」と語った。トリビアルなスポーツ知識を切り売りして飯の種にしているT木ごときに、このような深い話は理解が届くまい。KFCの店先でカーネル・サンダースのそっくりさんでもしていれば丁度いい。「失礼」というなら、君がスポーツに対して失礼なのだ。“スポーツおバカ”のこまったジジイだ。商業主義や政治との関わりもある。今やスポーツ万歳で済む時代ではないのだ。
 パラリンピックにも新手の問題が浮上している。義足についてだ。
 健常者を超える記録が出そうなのだ。ドイツのマルクス・レームは去年の障害者世界陸上選手権=ロングジャンプで8.40mを跳んで優勝した。米国マイク・パウエルの8.95mには及ばないものの、健常者日本記録8.25mはすでに超えている。ところが、今夏のリオ五輪への参加が危ぶまれている。障害者の記録が健常者に迫り超えようとすると、懸命な努力への今までの賞賛が『技術ドーピング』だとの批判に変わった。それに応じて昨年国際陸連が出場の条件として、義足が有利に働いていないことを選手自身が証明するように決めた。証明のためには3800万円が必要だという。今後、同じ問題は他の人工四肢や種目でも予想される。これは難題だ。誤解を怖れずにいうと、極まればサイボーグになってしまう。それではスポーツとはいえまい。
 「ドーピング」はアフリカの原住民が戦の前や祭礼で飲む強い酒の名を語源とする。酒の力であらぬ力を出そうとした。つまり、外部から人為的に力を借りることだ。背景には心身二元論がある。過去何度か引用した内田氏の論攷を引く。
◇アメリカは身体加工への抵抗がきわめて希薄な国です。それは言い換えると、身体というものが一種のヴィークルのようなものとして観念されているということです。筋肉増強剤やステロイドを打ってまで、オリンピックに出てメダルを取ろうとしたり、試合に勝とうとする。それは、彼らにとっての自分の身体が、彼らの意思や野望を実現するための「道具」として扱われているからです。◇(『街場のアメリカ論』から)
 心身二元論が勝利至上主義に背中を押された時、薬物ドーピングも技術ドーピングも鎌首をもたげる。勝利至上主義は物欲、名誉欲の海に浮かぶ氷山だ。不沈を誇った巨大な神・タイタニックでさえ一溜まりもなかった。海がなければ船は浮かぬ。浮かねば動けぬ。動けば遠近(オチコチ)の氷山が待ち構える。まことに難儀な航海ではあるが、進まねば新天地は開けぬ。人類の存在と同等に難題だ。
 スポーツを無思慮、無批判に受け入れる“スポーツおバカ”たち。タモリの箴言「健康のためスポーツのし過ぎに注意しましょう」に、さてなんと応える。 □


『獅子吼』

2016年01月14日 | エッセー

 なぜ『小』説と呼ぶのだろう。数巻におよぶ長編であっても、『小』説である。『大説』ではない。あくまでも『小説』と呼ぶ。
 明治の大文豪・坪内逍遥が“NOVEL”を訳すにあたり、漢籍から引っ張った。漢書芸文志に次のようにある。「小説家者流は蓋し稗官より出づ。街談巷語、道聴塗説する者の造る所なり」。四捨五入して言うと、稗史(ハイシ)、つまり公の正史ではなく巷間の種々雑多な話のことである。街中(マチナカ)の出来事や瑣末な事件、井戸端会議、四方山話、噂話から奇譚、怪談、猥談(これは筆者の類推だが)の類いまで、民間に材を取った書き物である。だから、『小』は公の「大」に対するものだろう。「民」に近いニュアンスであろうか。内容も形式も公の縛りを受けない。
 韻を踏まずともよい。語り手がいて物語るというスタイルは要らない。形式自由。作り手が事実を脚色するもよし、想像力逞しく話を拵(コシラ)えるもよし。実に、なんでもありなのだ。

 07年4月の拙稿「絶筆 宣言」から引いた。長編小説でも哀しいほど薄いものがある。短編であっても支え難いほど持ち重りのするものもある。コピーには「稀代のストーリーテラーによる心に響く短篇集」とある。「心に響く」とはいかにもチープだが、1篇づつが並みの長編を遙かに凌駕する響きを放っていることはまちがいない。
 短編とは決して長編のダイジェストではあるまい。かといって、長編の断簡でもあるまい。変な言い方だが、小説を読む者をして小説を書かしむるものではないか。文中に書かれざるものを読者の手に委ねる。もちろん読み手は紙に書くわけではない。思念に「想像力逞しく話を拵える」のだ。そのようなインスパイアに富むものが優れた短篇小説ではないか。
 だとすれば、これは珠玉の短編集といって過言ではない。
 浅田次郎著 

 獅 子 吼

 文藝春秋社 1月10日発刊
 2010年1月から2015年12月にかけて、『オール讀物』などに掲載された6篇をまとめた短編集である。順に、
   獅子吼
   帰り道 
   九泉閣(キュウセンカク)へようこそ  
   うきよご 
   流離人(サスリビト)
   ブルー・ブルー・スカイ
 と編まれ、書名は一作目から採られている。
 『獅子吼』は学校の副読本にしたい作品だ。
「肉体よりもすぐれたものを、どうして人間は造り出したのだろうか。」
 意表を突く設定から人間の業を抉り出し、愚かさを糾弾する。
 『帰り道』は青春のほんの一齣、情念のごく僅かな行き違いを描く。帰り道がふたりを別った。なぜ「降りられなかった」のだろう。老境に入ったヒロインが振り返る。
 『九泉閣へようこそ』はクライムストーリー仕立てで憂き世と商いの愁嘆場が綴られる。「九泉」が不気味に招く。
 『うきよご』は6篇の中で一番長い。稿者にとってはタイムスリップするほどの臨場感に満ちる。受験浪人、予備校、下宿屋、大学紛争、ライバル、憧憬と謎の先輩。「うきよご」の桎梏と弟妹の絆。あの年がひとかたまりに降り落ちてくる。
 『流離人』は実に奇妙な物語だ。大戦末期の満州。任地に向かう学徒将校が老中佐と出逢う。別れの時、名前に寓意が隠されていることを悟る。最後に交わした言葉は……。
 『ブルー・ブルー・スカイ』はラスベガスが舞台だ。偶(タマ)のギャンブル渡米をした、しょぼい日本人中年サラリーマンが大金を当てる。泥棒にいたずら少年、老店主が絡んで場末のグロサリー・ストアで繰り広げられるドタバタ劇。よく考えると珍妙な、それでいて鮮やかな幕切れ。ポンコツ車で駆けるモハヴェ砂漠の空はブルー・ブルー・スカイ。海よりも大きくて青い。

 泣かせの次郎も、抱腹の次郎もこの短編集にはいない。もう、突き抜けている。わざわざ泣かずとも遣り場もなく悲しいし、笑わなくとも憂(ウ)さは跡形もなく消えている。あとは、作者がこちらに寄こした「書かれざるもの」を書くばかりだ。1日掛けて精読した本は書棚に差したが、これからしばらくは書く楽しみが待っている。 □


歪んだ「士農工商」

2016年01月12日 | エッセー

 一驚を喫した。もう十数年前から教科書には「士農工商」が消えているそうだ。90年代から研究が進み、言葉はあっても身分制度としてはなかったことが証明されたからだ。暗い江戸時代の象徴として刷り込まれた者にとっては青天の霹靂だ。
 元来は古代漢籍に「士農工商、四民に業あり」とあり、単に職分を表すイディオムでしかなかった。「老若男女、皆の衆」と同じである。順に、官吏、農民、職人、商人を意味した。上下関係はない。ただ農業が経済力の基盤であるため、プライオリティーを上げることで荒仕事の農から商工への流入を食い止めようとした意図は窺える。留意すべきは「士」は武士ではなく、官位をもち人民を差配する者、つまりは官僚の謂であった点だ(他に指導的立場との含意から知識人をも表意した)。順番も中国古典には「農士工商」も「士商農工」もあった。
 本邦には奈良時代までに入り本来の意味で使われていたが、「士」については武士集団の擡頭と共に次第に武士に限定されるに至った。特に戦国後期の兵農分離から病的なくらい保守的な徳川政権に至って職業、身分が固定され、「士」が支配者層として四民の最上位に置かれた。しかし江戸時代に四民が支配制度として成立していたわけではなく、実際は「士」を上位者として「町人」と「百姓」を下位に併置する支配構造であった。もちろん百姓は農業者に限らない。細野善彦が解明した通り、海運や手工業を営む者も含んだ雑多な職業の総称だ。職能というより、地方(ジカタ)、町方の居住圏による立て分けといえる。
 前時代の胎動から江戸中期になると、産業が更に振興し貨幣経済が一層広まる。同時に商人が力を得、大名貸や様々な特典を与えられるようになる。さらに医師は四民の枠を外れた特権が認められた。また武家との養子縁組、御家人株の売買、武士の帰農などによって身分にかなりの流動性が生まれた。決してカースト制度のような千古よりの累々たる軛、足枷ではなかった。
 社会が刷新されると、アンシャンレジームは散々に叩かれる。明治には、単なる職分だった士農工商を身分制度と言い募り「四民平等」を誇らしく謳った。爾来戦後を過ぎ、20世紀末葉に至るまで『士農工商=身分制度』が先入主となり固定観念となってきたわけである。
 さて、もう一度原義に戻ろう。「士農工商、四民に業あり」に上下関係はない。かつ、「士」は官吏であった。愚案を巡らすと、古代中国を徴するに四民にさらなる上位者がいるのではないか。皇帝もしくは王という支配者を四民を超えた最上位に措定しないと、理路が開かない。主権者たる帝の元に、その意を体し具現化する行政官。次に生産者たる「農」「工」、仲介者「商人」が連なる。概観すると、それが国のありようである。これが原義ではないか。現に最上位者には、ある時は天皇が、またある時は将軍がいた。戦後は誰がいるのか。「国民」である。
 憲法前文にはこうある。
──ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。──
 「国民主権」である。最上位者である国民から「信託」された権力は「国民の代表者がこれを行使」する。権力は三権に別たれるが、41条には
──国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。──
 とあって、実態は国会が最上位者に擬せられる。ならば、官吏たる「士」は行政府をもって準えることができよう。最上位に国会、「士」に行政府である内閣、1次、2次産業としての「農」と「工」、3次産業の「商」が並立する。そういうスキームではないか。
 ところが刻下、「士農工商」が原意から乖離し畸型を呈しつつある。「士」が極大化し最上位者を喰いつつあるのだ。内田 樹氏の慧眼を参照したい。
◇法の制定者と法の執行者が違う政体を「共和制」、制定者と執行者が同一である政体を「独裁」と呼びます。その定義に従えば、国会への法案上程に先立って制定を既成事実であるかのように語ったとき(引用者註・昨春、米国議会で安保法制の成立を約束したこと)、安倍首相は「独裁」を宣言したことになります。その後実際に安倍総理は、法の制定者たる国会にはもう立法者としての実力がないことを、あらゆる手段を尽くして国民に周知徹底させ、それに成功しました。国会はただの諮問機関であり、内閣が提示する法案をいじりまわすセレモニーの場であり、国会での野党質問は「ガス抜き」であり、採決はただの茶番なのだということを、メディアを通じて徹底的に訴えました。最後の参議院特別委員会での強行採決も、議会のルールを平然と破って大混乱のうちに終わらせました。あれは安倍さんの失点ではなく、成功なんだと僕は思います。あれこそ彼が日本人全員に見せたかった絵柄なんです。上が指示したら、与党議員はみんなロボットのようにそれに従う。誰ひとり自分の意見を言わない。指先での指示通りに立ったり座ったり拍手したりする。それだけ。質問には閣僚はまともに答えない。総理大臣は口汚いヤジを飛ばす。あらゆる絵柄が「国会は国権の最高機関として機能していない」という印象を国民に刷り込んでゆく。これこそ独裁を目指す行政府にとっては最も願わしい展開なわけです。
 一度選挙に勝って与党になれば、それ以降は、国会審議はただのセレモニーであり、行政府がやりたい放題というのが今の日本の政治の実態です。この1年間の国会の威信低下・機能劣化はあらわな官邸とメディアの共作という気がします。こうやって政策審議過程をドタバタ騒ぎとして報道することで、最終的には、「国政の方向を決定するのは国会ではなく内閣である、国権の最高機関は国会ではなく内閣であり、国民の代表は国会議員ではなく内閣総理大臣である」というアイディアを、メディアを通じて国民に刷り込んでいる。そうやって三権分立・主権在民という立憲デモクラシーの根本にある信念を切り崩している。そして、たしかにそれに成功している。◇(「『意地悪』化する日本」から)
 独裁的ではない。すでにして独裁なのだ。「原意から乖離し畸型を呈しつつある」国の病理をこれほど深く抉り取った論攷を他に知らない。「『士』が極大化し最上位者を喰いつつある」病状をこれほど顕わに曝け出した眼光に喫驚し、たじろがざるを得ない。
 「一度選挙に勝って与党になれば」については、稿を改めて述べる。ともあれ、「士農工商」が歪で醜悪な位階秩序に貶められている。最上位者を蹴落とし、「士」のみを上位者とした畸型に。
 新手の歪んだ「士農工商」に、今度ばかりは誑かされてはなるまい。 □


『昭和えれじい』

2016年01月08日 | エッセー

 テレビを観ていた荊妻が、「しもねたネギがおいしいんだって。今度食べてみたいね」と言った。「ほんとにお前は下ネタが好きだな。それを言うなら、しも“に”た、だ。群馬の」と優しく諭した。すんでの所で、外で恥を掻かずに済ませてやった。まことに一字はおそろしい。
 このような例は枚挙に暇がないが、なんといっても最高傑作は次の『一字』だ。つい2週間前なのにもう去年の暦になって恐縮だが、かつての拙稿を引く。

 この時季になると、いろんなクリスマス・ソングが巷に溢れる。山下達郎の「クリスマス・イブ」もそうだ。
   ・・・・・・・
   〽雨は 夜更け過ぎに 雪へと変わるだろ
 これだ! このフレーズを聞くと、かつてのフジTV「ボキャブラ天国」最優秀作品(もちろん筆者独自のチョイスだが)が蘇ってくる。なんど聞いても、たんびに笑う。これが笑わずにいられよか。
 「雨」を「あ『に』」と一文字、たった一文字変える。すると、こうなる! 
   〽兄は 夜更け過ぎに 雪江と変わるだろ
 なんだかそそくさと夜の御出勤をなさる妖艶な偉丈夫の姿がくっきりと瞼に浮かび、吐き気と爆笑が同時に襲ってこないであろうか。これが地口、今様にいえば「ボキャ天」の凄み、妙味である。この投稿者は絶賛に値する。勲章ものだ。(11年12月「言葉遊び」から)

 この伝でいくと、浜 矩子先生御命名の『アホノミクス』も出色の出来だ。地球儀を俯瞰する外交とはいっても歴史は俯瞰しないようで、未だに成長戦略一辺倒だ。なんとかの一つ覚えとはよくいったものだ。「成熟」へのパラダイムシフトはまったくアタマの片隅にもないようで、年頭から「挑戦、挑戦、そして挑戦」を連呼している。なんのことはない。アホノミクスが上手くいかないものだから、無理やり皆の衆の視線を振り返らせずに前方のみへ向けさせようという算段だ。だからなのかどうか、北挑戦、いや北朝鮮が無謀な挑戦をおっぱじめてしまった。年明け早々晋三に、いな心臓に悪い。
 前稿に続いて橋本 治氏の箴言を紹介する。
◇高度成長を達成しちゃった後の日本は、人の基本単位を「若い」に変えちゃったから、この先は自分の「若さ」を捨てられなくて、「老人だ」を認められない人が激増するような気もします。◇(新潮新書「いつまでも若いと思うなよ」から)
 うーんと唸るほど深い。「若さ」を「成長戦略」に、「老人だ」を「成熟」に置き換えれば、戦後史を鋭く俯瞰した社会論ではないか。
 ついでに同書からもうひとつ。
◇多くの女性は、自分の「見た目」ではなく、「見たい目」に従って自分を構築しているらしい。◇
 「見たい目」とは、見たいと欲するようにとの謂である。だから、
◇バーさんの着ているものには、なにかしら光り物がくっついている。可愛い花模様も結構多い。やっぱり「私は女だ」ということがつい思い出されてしまうのだろう。◇
 と続く。「一億総なんとか」も「新三本の矢」も、なんとなく「バーさん」がくっつけている「光り物」のようでもあり「可愛い花模様」のようにも見える。老いの若作りは哀しくもあり、滑稽でもある。ああ、“アホノミクス エレジー”が聞こえてくる。

   〽憂き世しぐれの 冷たさに
    生きているさえ つらい夜は
    せめて酔わせて ねぇお酒
    昔(もと)にゃ戻れぬ 昭和川
    <『昭和えれじい』 作詞:吉田 旺/作曲:船村 徹/歌:ちあきなおみ>

 憂き世には冷たい時雨が打ちつける。世渡り下手のこのあたし。華の昭和はもう遠い。元にゃ戻れぬ哀しさを今宵の酒に忘れよか。
 因みに、この唄は平成12年のリリースであった。この年ITバブル崩壊の只中で、日本はもがき喘いでいた。戦後繁栄の昭和に捧げた挽歌でもある。
 酒の当てはもちろんしも“ね”たネギ。と、落ちを付けたいところだが、3番で当てが大外れ。

   〽死ぬも生きるも 一度なら
    死んだつもりで もういちど
    待ってみようか ねえお酒
    いつか来る春 昭和川

 「死んだつもりで もういちど 待ってみようか」とくる。「いつか来る春 昭和川」を。それなら、もう話は振り出しに戻ってしまう。アホノミクスは16年前と同じ、『昭和えれじい』の若作りなのである。
 括りに内田 樹氏の直近インタビュー記事を引く。
◇右肩上がりの成長はもう無理です。収奪すべき植民地も第三世界ももうないからです。投資すべき先がない。だから、自国民を収奪の対象とするようになった。貧者から吸い上げたものを富裕層に付け替え、あたかも成長しているかのような幻想を見せているだけです。
 左右を問わずメディアは『経済成長せねばならない』を前提にしています。でも、ぼくはそれは違うと思う。成長がありえない経済史的段階において、まだ成長の幻想を見せようとしたら、国民資源を使い果たすしか手がない。今はいったんブレーキを踏むべきときです。成長なき世界でどうやって生き延びてゆくのか、人口が減り、超高齢化する日本にどういう国家戦略があり得るのか、それを衆知を集めて考えるべきときです。
 歴史には必ず補正力が働きます。ある方向に極端に針が振れたあとは、逆方向に補正の力が働き、歴史はジグザグに進む。いまは針が極端に行き過ぎた後の補正段階に入っている。◇(1月5日朝日新聞から抄録)
 グローバルな話柄ではあるが、そのまま本邦のありようでもある。なにより、3段目の洞見を信じたい。
   〽ア“ベ”は 夜更け過ぎに 雪へと変わるだろ
 夜更け過ぎまで待たなくていい。宵の口でも、昼間のうちでも構わない。いうまでもないが、変えるのは皆の衆だ。軽薄なプロパガンダに惑わされず、先ずはしっかりと後ろを見たのち、過たず前を向きたい。 □


年頭の自戒

2016年01月05日 | エッセー

 晴天の正月ではあったものの、芳しからざる体調で新年を迎えた。八年前の再来かと危ぶんだが、そうでもなさそうで、しばらく様子を見ることにする。まあ、生きてるうちは死んではいないと嘯いている。
 昨年は禍福糾える年であった。人情紙風船、長年月掛けた情けをするりと躱された禍が一件。人の世はまことに情け容赦ない。転じて、四十数年ぶりの邂逅という福が三度。三引く一で二つは儲けと料簡するか。おっと、忘れていた。娘が嫁いだので、差し引きプラス三。一件一とは杓子定規だが、福余る勘定となる。
 去年の五月盗人がわが家に出張ってきて、神妙な面持ちで嫁にほしいと講釈を垂れた。こちらは一言、「持ってけ、どろぼう!」と返してやった。あんな哀しいほど爽快な心持ちになったのは初めてだった。そのうちひょっとして娘が母にでもなれば、こちとらジジイか。あー、ヤなこった。気が滅入るね。世間並に好々爺なぞ反吐が出る。
 ついでに言おう。近ごろ、変なジジイが増えた。中でも出色は、K山Y三だ。八十に近いのに分不相応に若い。エレキ抱えて全国公演。いまだに若大将のつもりでいるのだろうか。それほど脳天気でもあるまいが、もうちょっと歳相応に老けてほしいものだ。過分に老いつつある当方には嫌みでしかない。ああ、そうとも、やっかみだ。無いもの食おうが人の癖である。
 それにもう一人。GOくん。還暦を越えたというのに、君は未だに変声期か。ジャケットを煽ったり、くるくる回ったり、まったく年甲斐もない。もちろんこれも雲に架け橋ゆえの当てつけだが。
 橋本 治氏は、日本は世界に類例のない「年を取る必要のない文化」をもつに至ったという。「オタク文化」はその典型だ。芸能界の中心は少女のアイドルたちで埋め尽くされている。

 「大人になる必要のない文化」の中では、人は時間をかけて「大人」なんかにはならず、「制約を受ける必要を感じない年期の入った若者」というへんなものになる。ずーっと若いままだから、無駄な若さが層を作って、バームクーヘン状の「妙に重みのある若者」になる。(「いつまでも若いと思うなよ」から)

 「バームクーヘン状の」「妙に軽みのある年寄り」は避けたい。そう自戒を込めて橋本氏の言を引いた。 □


「似せぬ位」

2016年01月02日 | エッセー

 少し旧いが、拙稿を引く。

 「真っ赤なウソ」を愉しむのが「ものまね」であろう。知りつつ騙されるのだ。だから、テレビだ。これがラジオでは洒落にならない。音だけでは「オレオレ詐欺」になってしまう。いかな年寄りでもテレビ電話では騙せまい。視ることは「百聞」を凌ぐからだ。ラジオがそっくりさんであることを隠して歌番組を流したら、冗談にもならない。立派な詐欺だ。
 だからコロッケは最初、口パクの顔まね、形態まねで売ったのだ。声音を真似しはじめたのは「深化」をめざしてであろうし、その精進は充分報いられている。だが、コロッケの『旨み』は形態にこそある。歌い手の個性を抽出し、これでもかとデフォルメする。デフォルメは芸の伝統的本質のひとつだ。すでにしてホンモノを喰っている。これぞ芸だ。(11年5月「ラジオじゃダメだよ」から)
 ものまねの青木隆治は「オレオレ詐欺」の亜種ではないか。似せれば似せるほど、自らのプレゼンスはより希薄になっていく。本物が存在価値を高めるのに比して、偽物は似るほどに不要の度を高める。それは偽札と事情を同じくする。そっくりなほど人を誑かし、ついには排斥される。当人はこのパラドックスに気づいていないのではないか(所詮は座敷芸の類いだからいいのかもしれないが、偽物はおもしろがっても賞すべきものではない)。能天気といわざるを得ない。おまけに、CDとの“聞き比べものまね”なる演目まで繰り出しているそうだ。救い難いし、この手の芸が跋扈する風潮こそ気持ちが悪い。コロッケの先見に学んだほうがよろしいのでは。(12年10月「鳥の囀り」から)

 要するにコロッケは芸だが、青木は特技でしかない。作り手も受け手も、挙げてものまね芸を履き違えている。
 世阿弥の『風姿花伝』に「似せぬ位」という訓がある。
◇老じたる風情をば、心にかけまじきなり。そもそも、舞・はたらきと申すは、万に、楽の拍子に合はせて、足を踏み、手を指し引き、ふり・風情を、拍子にあててするものなり。年寄ぬれば、その拍子のあてどころ、太鼓・歌・鼓の頭よりは、ちちとおそく足を踏み、手をも指し引き、およそのふり・風情をも、拍子にすこし遅るる様にあるものなり。この故実、なによりも、年寄の形木なり。このあてがひばかりを心中に持ちて、そのほかをば、ただよのつねに、いかにもいかにも花やかにすべし。まづ、仮令も、年寄の心には、なにごとをも若くしたがるものなり。さりながら、力なく、五体も重く、耳も遅ければ、心はゆけども、ふるまひのかなはぬなり。このことわりを知ること、真のものまねなり。わざをば、年寄の望みのごとく、若き風情をすべし。これ年寄の、若きことをうらやめる心・風情を学ぶにてはなしや。年寄は、いかに若ふるまひをするとも、この拍子に遅るることは、力なく、かなはぬことわりなり。年寄の若振舞、珍しきことわりなり。老木に花の咲かんがごとし。◇
 「老じたる風情」を真似るのでは“花”がない。「拍子にすこし遅るる様」を演じても「年寄の形木」、定番でしかない。いかにもそれらしくではいけない。「年寄の心には、なにごとをも若くしたがるもの」なのだが、「力なく、五体も重く、耳も遅ければ、心はゆけども、ふるまひのかなはぬなり」である。「このことわり」を弁えてこそ「真のものまね」である。だから、「年寄の望みのごとく」敢えて「若き風情をすべし」だと説く。これこそが年寄が抱く「若きこと」への羨望や振る舞いを真似ることではないか。「拍子に遅」れてもなお為す「若振舞」が「珍しきことわりなり」となって、「老木に花の咲かんが」如き演技となる。花のある芸とはそのようなものだと、世阿弥は訓える。
 腰を曲げて歩く「形木」がいかに完成度が高くとも、そこに物まねの真髄はない。「年寄の望み」を体現するフライングもしくは出遅れの齟齬、ずれ、つまりは「似せぬ位」にこそ至高の境位はある。そういうことであろう。
 御座敷芸に過ぎぬコロッケを能楽と同等に論ずることはできない。しかし郢書燕説をするなら、奇しくも「フライングもしくは出遅れの齟齬、ずれ」という「似せぬ位」を志向しているといえなくもない。だから彼を評価したい。
 ともあれ、「似せぬ位」に達するには「年寄の心」に分け入ることだ。「年寄の望み」へと至り、「若振舞」にまで思念と想像力が及ぶかどうかだ。
 昨年大晦日の朝日新聞は社説で辺野古移設問題に触れ、翁長知事が裁判で放った言葉「魂の飢餓感」を取り上げた。首相談話には「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」などと「焦点だったキーワードはすべて盛り込」まれ「とても巧く書かれていた」。だが、沖縄はどうか。「『魂の飢餓感』への理解がなければ、政府との課題の解決は困難なのだ」と訴えた。さらにワタミで過労自殺した女性にも触れ、「享受してきた『安さ』の裏に何があるか、私たちは考えてきただろうか。目には見えないものへの感受性がもっと豊かな世界だったら、彼女はいま、来年の抱負を新しい手帳に書きつけているかもしれない」と嘆いた。彼女の手帳には「どうか助けて下さい」と書き遺されていたのだ。
 『風姿花伝』とは隔絶しているかもしれぬが、「目には見えないものへの感受性」では等位ではないか。内田 樹氏は福島みずほ氏と対談した中で、こう語っている。
◇ほんとうに貧しくて、とうてい生きてゆけない状況に追い詰められたら、必ず人間は助け合う。周りの人間を蹴落としてゆこうなんていうことは、自分が蹴落とされたら飢え死にするという状況では出てこないんです。ある程度豊かな状況において初めて人間は残酷になれる。人間同士で肌寄せ合ってゆかなければ生き延びてゆけないときは相互扶助的になる。
 戦後七〇年が経過して、だんだん日本人が冷淡になっているのは、豊かさに相関しています。それは安倍さんが戦争をしたがっている理由が、彼自身に戦争経験がないことと同じです。実際に戦火の下を逃げ回ったとか、兵士として人を殺したことがあるとか、戦病死してゆく戦友を看取ったというような経験があったら、戦争したいなんていう願望がこれほどストレートに出てくるわけがない。
<福島:私は安倍さんよりも年下で、安倍さんよりも戦争の経験から遠い人生を歩んできましたが、戦争は絶対に嫌です。>
 それは知性と想像力の問題ですよね。戦争について文学を読んだり、映画を観たり、他国の戦争実情を知ることで、戦争がもたらす災厄について共感、共苦することができる。想像力のない人だけが戦争をしたがる。◇(昨年12月刊、岩波書店「『意地悪』化する日本」から)
 「豊かさに相関」した日本人の「冷淡」。「想像力のない人だけが戦争をしたがる」。実に重い言葉だ。肺腑を抉る。
 青木某の猿真似にも似て、ベルエポックな『強い日本、強い経済』を連呼する某宰相。似るほどに「音だけでは『オレオレ詐欺』になってしまう。・・・ラジオがそっくりさんであることを隠して歌番組を流したら、冗談にもならない。立派な詐欺だ」。アベノミクスは戦後の起死回生策「高度経済成長政策」の『オレオレ詐欺』といって外れてはいまい。ただし、ぴくりともしない経済指標は隠したままだ。アンダーコントロールだと虚言を弄して原発を売り歩く。“日本株式会社CEO”のそっくりさんではないか。安保法制は大国アメリカの猿真似だ。極めつけは2020東京オリンピック。文字通り、1964の脳天気なものまねだ。
 この程度の人物に「似せぬ位」の極意なぞ解ろうはずはない。解っていれば猿真似政策とは無縁のはずだ。「年寄の若振舞」の奥義なぞ遙か理解の外にちがいない。『魂の飢餓感』に無頓着でいられるのは、「目には見えないものへの感受性」が致命的に欠落しているからだ。反知性主義のヤンキー宰相では「知性と想像力の問題」に適わない。ならば、どうする。“株主総会”でオブジェクションを突き付けるに如(シ)くは無し、である。CEOのそっくりさんには選挙こそが株主総会であるからだ。今度こそ『皆の衆も悪い』といわれぬ選択を心得たい。年初に去来した一覚悟である。 □