伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

おやじギャグで失礼

2012年05月09日 | エッセー

 フランスの大統領が代わる。まあ、持っても夏までだろう。

  〽盆からさーきゃ オランド
  
   (まことにお粗末!)

 ギリシャも再選挙になりそうだ。
 ここも“ギリシャク”している。(少し無理か?)
 括れば、両国とも緊縮策に国民が音を上げた結果か。ギリシャでは抗議の焼身自殺もあった。ベトナム戦争時代と見紛う苛烈さである。
 民意に沿って財政を緩めれば信用不安を呼び、欧州危機は再燃する。まことに厳しい舵取だ。という以前に、EU丸の巨躯には舵そのものが付いていない。経済政策は各国がそれぞれに執る。
 国家を超える共同体の創造という歴史的挑戦にある欧州連合が、その起源と中枢の地で跛行を始める。なんとも皮肉ではあるが、断じて水に絵を描いてはなるまい。日本でもEUには悲観的観測をする学識者は多い。敬愛する浜 矩子先生もその一人だ。しかしこればかりは譲れない。人類史上最強の国家という軛を解き、次のフェーズへ進めるかどうか。経済が主導はするものの、より広範な人類史的諸課題を担ったトライアルである。それを忘れる訳にはいかない。
 極めて示唆に富む言葉を挙げよう。
◇自立は「その人なしでは生きてゆけない人」の数を増やすことによって達成される。
◇私たちは自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることはできない。これが人間が人間的であるためのルールです。人類の黎明期に、人類の始祖が「人間性」を基礎づけたそのときに決められたルールです。(内田 樹著「ひとりでは生きられないのも芸のうち」文藝春秋)
 前段のトリッキーな理路は本文に当たっていただければ頓悟できる。孤立は自立とはちがうし、生存確率はまちがいなく低下する。
 後段は「沈黙交易」からはじまる贈与の思想である。二つながらEUに準えれば、底光りのするような教訓を帯びてくる。あらためて人類のトップランナーたちに声援を送りたい。

 片や、ロシア。出来レースのつもりが、案の外に苦戦。支持率はガタ落ち、反プーチン・デモが渦巻いた。
 ロシア国民もプーチンには“プッチン”と切れたか。(これもいまいち?)
 汚職の蔓延と根深い官僚体質、強権的手法に反発が広がっている。積極的支持は2割だという。ただ外に誰もいないからという消去法でこうなった。薄ら淋しい結果ではある。
 しかし大統領と首相の再交替とは、最高度のコスタリカ方式ともいえる。政治的アクロバシーも極まれりだ。ともあれ大国に変わりはない。メドベージェフ氏もプーチンのパシリなどという汚名を返上して、せめてパセリぐらいにはなってほしい。付け合わせにせよ、こちらは栄養がある。
 歴史もあり、文化も厚く、資源も豊富。なにより失念してならぬのは、隣国であることだ。嫌だといって、いまさら越せはせぬ。歴年の懸案も、是非アクロバティックな打開策を期待したい。遠い親戚より近くの他人というではないか。 □