鳩山首相はよく「国民の『みなぁん』」と言う。どこの訛りだかしらないが、『さ』が『ぁ』になる。はっきり発音できないのは国民に後ろめたいことがあるのではと、つい勘ぐりたくなる。
新政権が旧政権(党)との違いを際立たせようとするのは、やむを得ないであろう。それを割り引いても、新年度予算は愚策のオンパレードだ。しかも、国民の『みなぁん』をバカにし、足元を見透かしたポピュリズムの最たるものだ。かつて、これほど露骨に選挙対策のために組まれた予算があっただろうか。『みなぁん』の一人として断固、オブジェクションを呈したい。
挙げれば切りがない。天下の二大愚策に約(ツヅ)めてみる。
■ 「子ども手当」 ⇒ 子どもをダシに使った見せ金、やがてツケは子どもたちへ回る。
理念の問題 ―― 児童手当ではなぜいけないのか。社会での子育て、が理念だそうだ。だから所得制限を設けないという。しかし、その理念とやらがじっくりと論議された形跡はない。言い換えれば、「子育ての社会化」である。「見守り隊」とはわけが違う。同じ「手当」でも、「手助け」と「丸抱え」ではまるでちがう。今はさしたる開きはなくとも、ベクトルの違いは延伸すれば大きく隔たる。かつて本ブログで取り上げた「外注化」現象とも関わる。(09年11月16日付「外注社会」)社会の成り立ちさえも規定していく理念だ。どさくさ紛れの美名に足を掬われてはなるまい。
まず入り口に当たる理念の詮議がなかったこと。禍根を残すかも知れない大きなミスだ。やっと通ったアメリカの医療保険制度。是非はともかく、「社会主義化」が反対の大きな根拠であった。そのような骨太な議論がほしかった。
財源の問題 ―― 半額の今年が総額2.3兆円。結局、財源の確保ができず国債の増発に頼らざるを得なかった。満額を約束した来年度からは5兆円近くになる。起死回生の奇跡的な景気回復でもない限り、国債は将来世代の負担となる。子ども名義の借金と同じだ。そのカラクリに気づかず、見せ金に釣られてありがたがっていては余りに愚かだ。
支給の問題 ―― たとえ外国人でも親が日本在住であれば、子どもは外国にいても出る。ところが日本人の親が外国在住であれば、子どもが国内にいても出ない。
そんなバカな! でも、そうなのだ。自民党の丸川珠代議員は、「中国農村部の年収は約7万円。子どもを残し親が在日すれば、何もしないで年15万を超える」と指摘した。首相お得意のガンジーの遺訓にいう「労働なき富」そのものではないか。何人も養子縁組をして子どもの数を偽装する悪人も出かねない。さらに、親がいない児童養護施設の子どもには出ない。(今年度は都道府県の「安心こども基金」から同額を支給することになったが)前述のような支給に係わる制度上の不備、欠陥について、長妻厚労大臣はことごとく是正を拒否、先送りし、遮二無二6月支給に拘った。参院選に間に合わせるためだ。だから「見せ金」という。
ヘビの目をしたこの大臣、子ども手当は少子化対策にも有効だと発言した。少子化はなぜ起こっているのか。少子化は本当に問題なのか。彼は分かっているのだろうか。月2万6千円で、少子化に歯止めが掛かるのか。大臣なら、もっとましな物言いがあるだろう。第一、この金額そのものが当てずっぽうだ。数字的根拠なぞ、端からない。(児童手当の倍額、が唯一の算出理由といえなくもないが)腰だめの数字が、永田町はお化け屋敷の赤絨毯を一人闊歩しているのが実情だ。
ばらまき批判を受けて、寄付制度を導入するそうだ。高額所得者にとっての端金(ちなみに鳩山首相の場合、2.6万円は例の1500万円の0.17%に過ぎない)を、一々面倒な手続きまでして寄付するだろうか。大いに疑問だ。
ともかく、頼みもしない借金を背負(ショ)わされる子どもの『みなぁん』には気の毒な話だ。与作は木をきるが、愚策は将来の芽をきり取る。
■ 農業者戸別所得補償制度 ⇒ 票田を取るために水田へ現金ばらまき、損すれば儲かる仕組み。
昨年10月14日、朝日新聞の「声」欄に次のような投稿が載った。
〓〓戸別補償は農家の努力そぐ 農業 吉田正孝(岡山市東区、57)
民主党政権のもと、農家への戸別所得補償制度が検討されています。私たち農家にとって収入が安定するのはありがたいのですが、実施後を考えると不安も募ります。
この制度では、販売価格と生産費の差額を基本に補償するとされています。しかし、農家はたとえ結果的に損になっても、できるだけその損を減らそうと努力してきました。いくら損を出してもその分を補償してもらえるなら、生産意欲はうせるでしょう。まじめに農業をしようという人は減り、高齢化もあいまって、農業自体が地盤沈下してしまうのではないでしょうか。
私たちの不安はむしろ、不作で思うような収入が上がらない時への備えなのです。それには共済制度として別の解決策が望まれます。努力するだけ補助金が減る制度よりも、1反耕作すれば1万円など、努力に応じて支払われる補助金の制度を充実させて頂きたいと願っています。〓〓
実施を1年前倒しして、コメ農家を対象にモデル事業として5618億円の予算を付けた。参院選目当てである。
専門家の卓見を借りよう。浅川芳裕氏、新進気鋭の農業アナリストである。近著「日本は世界5位の農業大国」(講談社+α新書)で以下のように述べている。
〓〓民主党が推進する農業衰退化計画
民主党、鳩山由紀夫政権が推し進める自給率向上政策は、「自給率を10年後に50パーセント、20年後に60パーセントにし、最終的には完全自給を目指す」と威勢がいい。その目標達成のための目玉政策が、2011年から年間1兆4000億円の税金を投入するという「戸別所得補償制度」である。結論からいうと、この政策は経済政策でも社会政策でもなく、税金のバラマキですらない。国民の税金1兆円超をドブに捨てる「農業の衰退化計画」だ。
戸別所得補償制度の目的は、その名の通り農家世帯の所得について国が面倒をみることにある。中身を要約すると、「コメや麦、大豆など自給率向上に寄与し、販売価格が生産費を下回る農作物を作っている農家に、その差額を補填する」ということだ。販売価格と生産費の差額とは、赤字額のことである。
この民主党の政策は、農家の無能さ、生産性の低さを前提としている。黒字を目指す当たり前の事業の努力のあり方を否定し、むしろ赤字を奨励しているのだ。いまだかつて、これほど人間の努力とリターンに逆進性のある制度は存在しなかったのではないか。
戸別所得補償、モデル対策の対象農家数は、コメを例に挙げると180万戸ほど。そのうちの半数以上に当たる100万戸が1ヘクタール未満の農家で、農業所得は数万円からマイナス10万円程度である。これでは食べていけるはずがない。だからといって、「赤字農家が100万戸もある! 急いで補償しなければ!」という論は通じない。なぜなら、彼らの総所得は.平均で500万円前後あるからだ.彼らの多くは役所や農協、一般企業で働いている地方の農地持ちサラリーマンであり、総所得に占める農業所得の割合は1パーセント未満かマイナス、赤字農家というよりも、週末を利用してもっとも生産コストの高いコメや野菜を、自家用やおすそ分け用に耕作するのが趣味の擬似農家だ。
民主党は、「自民党は大規模農家を優遇して農業をダメにした。民主党の所得補償は自給率を高め、零細農家を救うための農家限定『定額給付金』だ」と主張する。民主党の試算例によれば、1ヘクタールで最大95万円が補償される。しかし、1ヘクタールで生産できるコメは、わずか20世帯分の消費量。1ヘクタールにかかる農作業時間も、サラリーマンの労働時間に換算すれば、年のうちの1、2週間にすぎない。
これらの疑似農家は、農業だけでは食えないから兼業しているのではなく、そもそも農業で食おうとしていない。ある特定の職業、おまけにその職業で食っているとはいえない人々に所得補償することは、たとえ合法だとしても、その効果ははなはだ疑わしい。
疑似農家に税金を配っても、農業で食べているわけではないのでポケットに入れて終わり。消費者のために美味しいものを作る、または安く作るために生産性を高めようという前向きな投資には回らない。せいぜい小規模の趣味用田植え機やコンバインなどの農業機械、肥料、農薬が売れるだけである。〓〓(抄録)
「これほど人間の努力とリターンに逆進性のある制度は存在しなかったのではないか。」とは、前記の「声」と通底する。
何よりも「自給率」が曲者である。元凶といってよい。この八百長の数字が国民に刷り込まれてきたところに問題の根がある。同書はイカサマの自給率を中心に農業問題を論じている。実に蒙を啓いて余りある一書だ。ちなみに主な論点を挙げると ――
◆農業大国日本の真実
「世界最大の食糧輸入国」の嘘/農業GDPが示す実力/食糧自給率に潜むカラクリ/現実に即した自給率は高水準/自給率栄えて国民滅びる/もう一つの食糧自給率計算法/自給率の歴史に隠された闇/自給率の発表は日本だけ/食糧自給率は新たな自虐史観
◆国民を不幸にする自給率向上政策
◆すべては農水省の利益のために
◆こんなに強い日本農業
◆本当の食料安全保障とは ―― などだ。
日本の農業生産額は8兆円、世界5位。これには驚いた。農業衰退・農家弱者論がいかに抜きがたく植え込まれているか。政治主導を掲げる新政権は、官による世論操作こそ真っ先に「仕分け」るべきではないか。
浅川氏は戸別所得補償制度を、「民主党の票田確保のための独善的政策、支持基盤の農水省職員の生き残り政策」と断ずる。胸のすく論旨である。
まことに『農なし』の制度だ。「将来の芽」をきり取った愚策が、返す刀で農業の芽をきり取ろうとしている。国民の『みなぁん』も甘く見られたものだ。 □